「では、『今夜、酒の用意を』とは、どういう意味だったのです?」

気にしなーい、気にしなーい、と微笑みを浮かべた先祖達に優しくこうべを撫でられて、気持ち良さそうに目を細めた、アレクとアレフの前では大変『お手軽』なアレンは、『お手軽』ながら訝しむ。

「何の事は無いよ。単に、俺達からの、きちんとしたお祝いがしたかっただけ」

すれば、胡座を掻き直したアレクは、そう言って、

「祝い?」

「そうだ。お前達三人が、ハーゴン討伐を叶え、破壊神シドーをも滅し、無事に帰還した祝い」

アレフは、アレンが供物として用意した諸々を、如何にしてか何処いずこより手繰り寄せた。

「え? お二人共、わざわざその為に僕を呼んで下さったのですか?」

どうやって、酒だの何だのを、この場所に持ち込むんだろう……と、胸の底で甚く不思議に思いつつも、アレンは目を丸くする。

「うん。……本当は、アレンがローレシアに着いたら……、なんて思ってたんだけどさ。あの直後は祝宴が続いてて、ローザとの事もあったから、それ処じゃなかったろう?」

「あれからも、お前は立て込んでいた様子だったし、アレクの手記を置きに来た竜王の曾孫が、私の手記の在り処も教えて行ったから、どうせなら、双方をお前が読み終えてから、と思ってね」

「…………成程。それで、ですか」

「そうそう。そういうこと」

「相変わらずの、強引な手段になってしまったがな。──まあ、取り敢えず」

そんな子孫の面を見詰め、笑みを深めたアレクとアレフは、話しながらも酒盛りの支度を進めて、酒を注いだグラスをアレンに握らせると、自身達も揃いのそれを手にし、

「ローレシアにお帰り、アレン。本当に、お疲れ様。善く頑張ったね」

「辛く大変でもあったろうが、良い旅だったようで何よりだ。済まないが、アーサーとローザには、お前から、私達の言葉を伝えておくれ」

「出来れば、二人も呼びたかったんだけど。それは叶わないからさ。御免な、とも言っておいてくれな?」

「………………有り難うございます、アレク様。アレフ様。アーサーとローザには、必ず、僕から伝えます」

チン……、とグラスの縁を合わせつつ口々に告げてくれた先祖達へ、アレンは嬉しそうにはにかんで見せた。

「それにしても……、まさか、お二人から、直接お言葉が頂けるとは夢にも思いませんでした。アレフ様が仰られたように、大変で、辛くて、苦しくもありましたが……良い旅が出来ました」

「大魔王や竜王や邪神が最後に待ち構えてる勇者の旅なんて、道のり険し過ぎるのが相場だけどさ。泣きたくなる事だって沢山だしね。……でも、それでも。ああいう旅は、良いものだよ」

「確かに。私も、幾度もは御免ですが、生涯に一度くらいは体験しても悪くないかと」

「……ああ、そう言えば、そのようなことを手記に綴っておられましたね、お二人共。────そうだ、手記と言えば。あれを拝読して、色々と感じる事がありましたし、思う事も出来ましたが……、実の処、嬉しくもあったのです」

「嬉しい? え、嬉しいって、何が? って言うか、あんなんの何処が? 結構酷い事書き殴ってあると思うけどな」

「私達が言うのは何だが、あんな手記に、お前が嬉しく思えるだろう箇所があったとは思えないぞ?」

「いいえ。お二人共に、僕を含めたお二人の末裔を、生前より心底想って下さっていたのが知れたのは、嬉しかったです。アレク様とアレフ様がされた想いと能く似たそれを、僕も知れたのも。お二人と同じ経験が出来たのだなあ……、と思うと、やはり嬉しいと申しますか、誇らしいと申しますか。少しばかり、興奮したりもしてしまいましたし……」

「…………えーと。……アレン、それは、爺さん達へ向けた殺し文句かな?」

「……………………アレク。私の曾孫は、どうしてこんなに可愛いんでしょうね?」

そうして、三人は暫く、一様にクルクルと表情を変えながら、『勇者の旅』に纏わる話を繰り広げていたのだが。

「処で、アレン」

供物としてアレンが用意した葡萄酒の、一本目が空になり、二本目も半分近くが減った頃。

語らいの最中、不意にアレクが、にへら……と笑んだ。

「はい。何でしょう?」

正味の話、何が何だか能く判らない存在な先祖達が、全く判らない手段でこんな場所に出現させた、本物の酒なのかも怪しい代物を、内心では正体を疑いつつ飲んだにも拘らず、少々だけ瞼をトロン……とさせ始めたアレンは、アレクに釣られたように、ほわぁ……と笑いながら、一族の『始祖』たる彼に面を向けた。

「実を言うと、君をここに引き摺り込んだのには、もう一つ理由があるんだ」

「お前をここに呼ぶのが、今なったもう一つの理由、でもあるな」

酔っ払い始めたか? と、そんな彼の顔色を伺いつつ、アレクに続きアレフも告げてきて、

「理由……ですか? ……何か、深い訳でも…………?」

徐々に意識の芯がブレてきた頭で、アレンは思わず深刻に悩み出したけれども。

「アレンに、教えなきゃならないことがあってさ」

「そうなのだ。何が何でも、お前には伝えなくてはならない」

────直後。

アレクとアレフは、力強く言い切ると、可愛い可愛い子孫へ向けていた好々爺の如き笑みを、瞬く間に、やたら凶悪な嗤いへと塗り替えた。

「…………………………アレク様……? アレフ様……?」

……それは、例え天地が引っ繰り返っても、伝説の勇者たる者達が浮かべて良いものでなく、一瞬で微酔い気分が吹き飛んだアレンは、ツ……と、こめかみに冷や汗を伝わせる。

「……な、何をでしょう……。お二人は、僕に何を……?」

「そんなん、決まってる。なあ? アレフ」

「ええ。決まり切っています、アレク」

が、アレクもアレフも、益々以って極悪な表情になり、

「で、ですから、一体──

──だから。ラダトームのイビり方に決まってる」

二人は、声を合わせて言った。

「ラダトーム……?」

「そう。…………ムカつく! ムカつくったらない! 高々、過去の栄光とか言う、くっっっ……だらねーモノを取り戻す為だけに、俺の子孫達を利用しようとした挙げ句、ラダトームに凱旋してくれなかったってだけで逆恨みして、あんな腹立つ馬鹿げた噂触れ散らかす輩をローレシアに送り込んだんだぞ!? ……絶対! 許してやらない! ラダトームの卑怯者連中なんかっっ」

そうして、目を瞬いたアレンを余所に、アレクは、「キィィィィ!」と憤りながら盛大に吐き出し始め、

「許してやらない……? ……アレク。貴方は随分とお優しい。その程度で済ますとは。────それ以前の問題だ。……あの糞っ垂れ共、うちの可愛い可愛い曾孫達を苦しめやがって。しかも、選りに選って、このローレシアに! オレが、ローラと二人、手塩に掛けて育てたこのローレシアに! 切り刻んでやろうかと真剣に悩んだ馬鹿共なんざ放ちやがった……」

アレフは、盛大に柄の悪い口調で、低い声で言い募る。

「え……。ア、アレフ様……?」

「馬鹿共が言い触らして歩いた、腑煮え繰り返る噂は何とか消せたようだがな。下手したら、アレンとローザの婚礼話も立ち消えになって、それ処か、ロト三国の立場までヤバくなって! そう遠くない未来に産まれるだろうオレとローラの玄孫の運命まで、変わっちまうかも知れなかったっ!! …………いっそ、祟ってやろうか、ラダトーム……」

「…………あ、あの……」

「……アレン。こうなっちゃったアレフに、何言っても無駄だからな?」

アレクの「ぎゃあぎゃあ」にも驚かされたが、一人称まで『私』から『オレ』に変え、己が祖国でもある筈のラダトームを罵り続けるアレフの変わりっぷりに度肝を抜かれ、アレンが慄いていたら、凶悪で極悪な嗤いはそのままなアレクが、慰める風に、ポン……、と彼の肩を叩いた。