─ Liriza〜Lake Cave〜Gate of the Lora ─
少しでも早く親密な関係を築きたいのか、それとも生来なのか、宿の一階で食事を摂って、湯も使って、それぞれの寝台に潜り込んでも、アーサーは何や彼やと喋り続けていた。
その殆どが他愛も無いことで、寝かせてくれ……、と思いながらも、アレンはそれに付き合った。
妹姫曰くの暢気者な部分を除けば、アーサーの人となりそのものは好ましいそれだったし、これまで、身分だの立場だのを気にせずに語らえる同年代の男子など、アレンの身近には存在していなかったので、思い掛けぬ友人を得られたような気がしたから。
少しお喋りが過ぎるきらいがあるのは、ご愛嬌、と言うことにした。
それでも夜が更ける頃には、アレンもアーサーも、旅の疲れに負けた風に寝入り。
…………その夜、アレンは夢を見た。
ローレシアを発ってよりこれまで、日々の疲れの所為で、夢など一度も見なかったのに。
────夢の中で。
彼は、ひたすらに名を呼ばれた。
何処かで聞いたことがあるような、されど心当たりは無かった声『達』に。
延々と彼に呼び掛けた声『達』は、やがて、何やらを語り出したが。声『達』が己に何を言って聞かせようとしているのか、彼には判らなかった。
自身の名ははっきりと聞こえるのに、それ以外は酷く聞き取り辛かった。
だから彼は、何者なのかと、声『達』へと問い掛けて。その声『達』の正体を知るより先に、目覚めた。
呟き声で、「誰…………?」と言いながら彼が目覚めた時、既に夜は明けていた。
翌朝、似たような時間に起き出し、アレンは早朝鍛錬代わりの素振りを、アーサーは神に捧げる朝の祈りをと、それぞれ旅の空の下でも欠かさなかった日課を終え、揃って朝食を摂ってから繰り出した商店街で、旅の必需品や消耗品の補充を済ました二人はリリザを発った。
だが、彼等が向かったのはローラの門ではなく、大陸の西方にある湖の畔の、小さな洞窟だった。
朝食や買い出しをしながら、ムーンブルクへ至るまでの簡単な旅程を話し合っていた際、ローレシア大陸を出る前に、湖の洞窟に立ち寄ろう、とアーサーが言い出したのだ。
──半年程前の話になるが、サマルトリア城下に盗賊団が出没したことがあった。
件の盗賊団は、戸締まりも警護も固い筈の有力貴族の館や豪商の館に、いとも容易く侵入を果たして略奪を繰り返しており、どうしてそうも簡単に、と人々は首を捻ったのだが、無事捕縛された盗賊団の首領が、各館へは、魔法具を用いて侵入した、と自白した。
未だ、その魔法具なる物の入手経路は明らかになっていないが、兎に角、一般的な錠前程度ならば、形や作りを問わず開けられる仕掛けが施されている道具らしく、盗賊団首領は、サマルトリア軍が自分達の捕縛に乗り出したと知った直後、『大切な商売道具』を湖の洞窟に隠した。
だから、上手くその魔法具を手に入れられれば、ムーンブルク王都で行う予定の探索の助けになるかも知れない、とアーサーは主張し、確かに、そんな便利な道具が入手出来たら探索が捗るだろうとアレンも同意し、故に。
昨夜のように様々語り合いながら、二人は大陸西方を目指した。
残念ながら、今直ぐムーンブルクへ駆け付けられたとしても、救援、と言う意味での手が差し伸べられる可能性は限りなく低い、と認めるしかなかった彼等は、暗黙の内に、ロト三国の為になるだろう、ムーンブルク陥落の真相その他を掴む為の探索に重きを置き始めていた。
「アレンは、初めて会った、未だ僕達が子供だった頃のこと、憶えてます?」
「一応。五歳くらいだったから色々と曖昧だけれど、確か……ローレシアの建国祭の折だったかな」
「そうそう、それです、それ。……僕、凄く楽しみにしてたから、能く憶えてるんですよね。ほら、僕とムーンブルクのローザ姫は誕生月も近いけれど、アレンは、僕達よりも半年くらいだけ年下でしょう? だから、ちょっぴりだけお兄さんの顔が出来たりしちゃうかなあ、なんて子供心に思ってましたし、初めて会う君やローザ姫と仲良くもなりたくて。期待してたみたいに、僕達三人は楽しく遊べていたのに。……父上達が、ねえ……?」
「あー……。あれは僕も能く憶えてる。僕達が遊んでいた間に、どうしてか、父上とムーンブルク王の口喧嘩が始まってて。父上は、ムーンブルク人など魔術しか能が無い貧弱者のくせに! と言ってしまって、ムーンブルク王も、魔力無しのローレシア人など剣を振り回すしかない体力馬鹿のくせに! なんて仰られてしまって。お互い、売り言葉に買い言葉だったんだろうけど……」
「本当にねえ…………。お二人は、従兄弟同士と言うよりは、喧嘩友達と言った方が正解なんだと後になって知りましたけど。あの時のあれが、仲裁に入った僕の父上まで巻き込んだ大喧嘩になってしまった所為で、あれきり、アレンともローザ姫とも会えなくなってしまって。全く…………」
「ああ。お陰で、アーサーとは十一年と数ヶ月振りの再会になってしまった」
「ですね。…………ローザ姫とも、再会出来るといいですね」
「…………ああ。そう願ってる。……いや、再会出来ると信じてる。きっと、何処かで無事でいてくれる。もう、ムーンブルク王城の陥落から一月半以上が経ってしまうけれど……それでも。ムーンブルク王も、兵達も、姫は守り通そうとしただろうから」
「僕も、そう思います。王は、王として自ら戦われたのでしょうし、お覚悟もお持ちだったのでしょう。でも、姫は。それに、姫さえ無事なら、ムーンブルク王家は滅亡せずに済みます」
「………………アーサー。急ごう。一刻も早く、ムーンブルク王都へ行かなくては」
「はい」
未だ幼子だった頃の一日
少々の無理は承知で強行軍に踏み切った、湖の洞窟への往路も洞窟内の探索も、存外上手く行った。
有り体に言って、アーサーは殆ど戦力にならなかったし、所持していた得物も、棍棒と言う、アレンは沈黙するしかないそれだったが、後方支援要員としては先ず先ずで、傷付いた体を癒す為の呪文ホイミや、毒消しの呪文キアリーを操って、アレンを助けた。
如何せん、アレンよりも遥かに基礎体力が劣る今のアーサーには、無尽蔵に魔術を使役するのは無理だったけれど、それでも、薬草や毒消し草に頼る他ないアレンには有り難い力であり術だった。
きっぱり言い切っただけのことはあり、アーサーは魔物と対峙しても躊躇わなかったし、怯みもしなかったし、リリザの武器屋で仕入れた皮の盾も、良い働きをしてくれた。
財布の中身との相談は続けなくてはならないが、この先は、互いの武具を向上させていくことも考えなくては、との教訓も得られ、言うまでもなく、例の盗賊団首領が洞窟内に隠した魔法具も入手出来。
復路は、奮発して購入した『キメラの翼』──魔術で以て結ぶ契約の印を使い、使用者を、任意の場所へ一瞬にして送り届ける魔法具──を使ったのもあり、よれよれの風体になってしまったものの、予定よりも遥かに早く、彼等はリリザに帰還した。
そうして、又一夜の休息を取って、毎度の如く魔物や獣の遺骸を売り飛ばして路銀に替えると、今度こそ、と二人はローラの門を目指す。
『技』の国の王子故か、アーサーは、獣や魔物のどの部分が売り物になるのかを能く知っており、一々、死体の全てを引き摺って行く必要も無くなった為、旅の足は一層早まった。
ローレシアとムーンブルク、二つの大陸を隔てる海峡を背に建つローラの門──サマルトリア王国直轄の関所の一つであるそれが見えてきた時、疑いたくなる程に順調に運んで来られた足を、揃って二人は止めた。
「ローラの門、ですね」
「ああ。この先は、ムーンブルク大陸」
「少し……どきどきします」
「……僕も。さあ、行こう」
土でなく石畳で覆われるようになった街道の終点の、彼等の曾祖母の名を冠した立派な砦を見上げて、二人は、共に奥歯を噛み締める風になり。留めてしまった足を動かして、ローラの門の厚い扉を叩いた。