「アレン! アレン、大丈夫なの!?」
残り一匹のグレムリンの胴を薙ぐと同時に灼熱の炎も消えて、唯一残った熱気に咽せつつも安堵の息を付いたアレンの許へ、ローザが駆け寄った。
「ああ、僕は大丈夫」
「でも貴方、火傷してるじゃないっ。又、私達を庇うような真似をして……、もうっ!」
「御免。でも、今のは条件反射と言うか、夢中でやったらああなっただけと言うか……」
心配げな顔で、お叱りを飛ばしながらもローザはベホイミの光を生み、不可抗力だから、とアレンは苦笑する。
「ゲホ……っ」
「大丈夫ですか? 直ぐに楽になると思いますから、少しだけ我慢して下さいね」
そんな二人を横目でチラチラと気にしつつ、熱で喉を焼いてしまったらしい少女をアーサーは癒して。
「皆さん、危ない所を助けて下さって、どうも有り難うございました」
アレンと少女が負った怪我の治癒が終わって直ぐ、自ら立ち上がった少女は、己を取り囲んだ命の恩人達へ、深々と頭を下げた。
「いや。無事で良かった」
「もう、本当に何処にも怪我はない?」
「ええ。貴方が無事で良かったです。処で、失礼ですが、貴方はこんな所で一体何を? しかも、お一人で」
目尻に涙まで滲ませ、繰り返し礼を告げる彼女をアレンは留め、ローザは気遣い、アーサーは、何か特別な事情でも……? と彼女へ問うた。
某かの訳があるなら、相談くらいには乗るが、と。
「特別と言う程のことではないのですけれども……。……実は……──」
すれば、アーサーに促された彼女は、躊躇いつつも事情を語った。
──その話に曰く。
彼女の祖父は、例の、三人をすげなく追い返した船主達の総元締を務める老人で、余所者には冷たいが、ルプガナの街の者達には慕われているらしいあの彼は、この街では市長と肩を並べる程の力や発言権を持っており、役目柄、様々な相談事を持ち込まれる機会も多いのだそうだ。
……そんな彼の許に、二、三日前、自警団の者達が、街の北外れの石壁が壊されているのを見付けた、と言ってきた。
市長達にも伝えはしたが、このご時世だ、そう簡単には人手が回せぬので、港の人足達を何人か、石壁の修復作業に貸して貰えないか、と自警団の者達は頼んだらしいのだが、折悪く、その日は外洋船が立て続けに入港した為、彼女の祖父も港湾関係者も、酷く慌ただしくしていて。
「────……そういう訳で、お祖父様は、自警団の方に、港の方が落ち着くまで待って欲しい、と言ってしまったのですけれど、私は、どうしても気になってしまって。それこそ、こんなご時世ですから、例え数日の間だけだったとしても、街を守る石壁を壊れたままにしておくのは良くないんじゃないかしら、と思って様子を見に来たんです。私が自分で確かめて、お祖父様に様子を伝えれば、急いで手配してくれるのではないかと」
「成程……。それで、お一人でここに来てみたら、魔物に襲われてしまったんですね」
「ええ。……軽率でした。壁を壊したのは魔物かも知れないと、想像出来れば良かったのですけれども……。──皆さん、本当に有り難うございました。……それで、あの。お礼を告げさせて頂くだけでは私の気が済みませんので、どうか、私と一緒に来て下さいませんか。皆さん、旅の方のご様子ですので、宜しければ、私の家にお泊まり下さい」
これこれこういう事情で、と語る彼女にアーサーが相槌を打てば、彼女は再び頭を垂れ、細やかなりとも命の恩人に礼がしたいからと、少々強引に三人を促し、先頭に立って歩き出した。
「しかし、そんなことをして貰──」
「──アレン、一寸」
確かに彼女から見れば、自分達は命の恩人なのだろうけれども、人として当然のことをしただけなのだから、と少女に従いつつも断りを入れようとしたアレンの腕を、ムギュッとアーサーは抓る。
「アーサー、痛い」
「あは、御免なさい。……それよりも。一寸狡い気がしますけど、この機会を逃す手はないと思うんです。彼女に執り成して貰えば、船の件が何とかなるかも知れません」
「いや、でも、だからって……」
「アレンの言いたいことは判るけれど、大仰に考える必要は無いんじゃないかしら。これを切っ掛けにして、あのご老人に、もう一度、私達を雇ってくれそうな船を紹介して貰えるように頼む機会が得られただけのこと、と考えればいいでしょう?」
いきなり何をするんだと、横目で睨んだアレンへアーサーは小声で告げて、それは、『一寸狡い』ではなく『大幅に卑怯』と言わないか? と顔を顰めた彼の脇腹を、今度はローザが突いた。
「そうそう。そういうことです。だから、少しだけ、ズルに目を瞑って貰えませんか、アレン?」
「私だって気は引けているのよ。けれど、この街で立ち往生し続けるよりは。ね?」
「う……。あー……、まあ、その程度なら……うん」
あちらから小突かれ、こちらから小突かれ、ぼそぼそごにょごにょ説得されて、「まあ? 敢えて恩を売って強請り集りをする訳でなし、交渉の機会と思えば……」と自らに言い聞かせ、ぎこちなく彼は頷き、
「着きましたわ。さあ、お入りになって」
そうこうする内、到着してしまった例の館の門を、少女に背を押されるに任せ、何処となくの及び腰で潜った。
「そうでしたか……! 可愛い孫娘を助けて下さって、何とお礼を言って良いやら……!」
つい先程追い返したばかりなのに、『可愛い可愛い孫娘』に引き連れられ、再度やって来た旅の三人組を見遣るや否や、あからさまに嫌そうな顔になった船主の総元締を務める老人は、少女に事の成り行きを語られた途端、パッと、愉快なまでに表情を塗り替えて、アレン達へと身を折った。
「いいえ。僕達は、当然のことをしたまでですので、どうか、頭を上げて下さい」
「いやいや、そんな訳にはっっ。……そうじゃ! 貴方々、船をお探しじゃったな。孫を助けて頂いたお礼に手配致しましょう。小さな船じゃが、お三方の航海には充分応えられますぞ。無論、船長も船員もこちらで──」
「──ちょ……。一寸待って下さい。幾ら何でも、そこまでのことをして頂く訳にはいきません」
「何を言われますか。この爺に出来る恩返しはそれくらいのこと。何、気にされることはない。今の処は遊ばせておくしかなかった船じゃ」
「しかし…………」
「……では、儂の船をお貸しし、お三方の望む所に行かせる代わりに、貴方々が訪れる先々で荷の取引をさせて貰う、と言う具合に致しませぬか。契約上は、先のお話通り、貴方々を儂の貿易船の護衛として雇った、との形にして。それならば宜しかろう? こちらも、商売になりますしの」
「ですが……、それでは却って申し訳が」
「そう仰らず。老い先短い年寄りの我が儘だと思って下され」
そのまま老人は、アレン達が何も言い出さぬ内に、せめてもの恩返しに船を貸す、と申し出てきて、アレンは固より、彼よりも遥かに『柔軟』な考えを持っているアーサーとローザも慌てさせ、そこまでの礼は過剰過ぎると申し出を辞退しようとした三人を制すと、さっさと話を纏める。
「……なあ。本当に、ご老人の申し出に甘えてしまっていいと思うか……?」
「そうですねえ……。流石に僕でも、少し行き過ぎのような気がしますけども……」
「でも……、ああまで言われているのに、無下にするのも申し訳ないわよね……」
通された応接間の長椅子に居心地悪そうに固まって座った三人は、小声の相談を交わしたけれど、孫娘の恩人達の戸惑いを尻目に、老人は、早速手配してくると、何処へと消えてしまった。