─ Castle of the Dragon King ─
アレク──勇者ロトの時代は大魔王ゾーマの居城とされ、アレフ──ロトの血を引く勇者の時代は竜王の居城だった、かつて、この世界を脅かした歴代の魔王達の城は、ラダトーム王都とは海峡を挟んだ対岸の、『魔の島』に聳えていた。
そして今尚、昔通りの場所に件の城はある。但し、廃墟へと姿を変えて。
勇者伝説の舞台の一つとなった魔の島、そして魔の城は、アレクの頃もアレフの頃も、ラダトーム王都や王城からは目と鼻の先と言えるにも拘らず、ラダトームより延々と陸路を辿った果て、『太陽の石』や『雨雲の杖』と言う神具を用いて漸く手に入れられる、『虹の雫』と言う名の取って置きの神具を用い、海峡を渡る為の『幻の橋』を架けてやっと辿り着ける、『遠い遠い場所』だった。
魔物達が猛威を振るっていたからか、然もなくば、ゾーマや竜王によって結界でも築かれていたのか、何方の時代でも、ラダトームと『魔の島』の間に横たわる海峡は、生き物全てを拒絶する『死の海』と化していて、船にて向かうのは不可能以前だった、との記録が残っている。
が、現在、かつては『死の海』と呼ばれたそこは、大層穏やかな内海と変わり、漁に使用する程度の小舟でも容易に渡れるのだけれども。
廃墟となって久しいとは言え、ゾーマや竜王が君臨していただけでなく、数多の魔物が跋扈していた魔の城の跡地近くに、好き好んで向かう者は今でも皆無に等しく、竜王城の跡地に行く、などと言ったら、怖いもの知らずの外洋船水夫達も、流石に出航を拒絶するのではないか、とアレン達は懸念した。
しかし、敢えてそんな場所に赴く『アレン坊』達の何かに冒険心やら庇護欲やらが刺激されたのか、次の目的地は竜王城跡地、と知らされた途端、船長以下、外洋船の乗組員達は異様なまでの盛り上がりを見せて、ラダトーム城下から港へとアレン達が戻って来たその日の内に、船は、『魔の島』目指しての短い航海に出立した。
ラダトームを出港してより約半日後。
「気を付けて行って来いよ!」
……との、野太い声に見送られつつ下船し、竜王城に程近い浜辺にアレン達は立った。
百年前の名残か、崩れた城壁を今日でも取り囲んでいた毒の沼に少々手を焼いたものの、それ程は労せず、三人は『魔の城』へと踏み込む。
百年前、そして数百年前は、禍々しくも巨大で堅牢だっただろう魔物達の城の中は、城壁以上に崩壊しており、正しく廃墟だった。
遺跡としての価値すら見出せぬまでに。
「思っていたよりも、荒れているわね」
「ですねえ……。これは一寸、何も期待出来そうにないかも」
所々に、昔は石の壁や床だったのだろう塊が転がっているだけの、遺跡もどきとしか言えない辺りを見回し、ローザとアーサーは、ルプガナの武器屋で新調した魔導士の杖で以て、瓦礫を突き始める。
「でも、折角来たんだ。探すだけは探してみよう」
その杖は、そんな風に使っていいものじゃないだろうに、と微かに苦笑しながら、アレンも、ラダトームで手に入れた鋼鉄
……実を言えば、アレンは、ラダトームの武器屋で見掛けた、大金槌と言う、彼の身の丈程もある、無骨で重たくて物騒だが威力はかなり期待出来る鈍器を購入しようとしたのだけれど、「そんな武器、アレンには似合わない。と言うか、鈍器で魔物を叩き潰して歩くなんて止めてくれ」と、アーサーとローザの猛反対を喰らい、渋々諦め、代わりに鋼鉄の盾を新調する、と言う侘しさを味わっており、それを若干だけ根に持っていた彼は、「似合わないって何だ、似合わないって……」と、ブツブツ文句を垂れながら、これ見よがしに鋼鉄の盾を土掘り道具代わりにし、
「だって。ねえ? くどいようですけど、大金槌なんて、アレンには似合わないです」
「ええ。流石にあれは。勇者の末裔としても、ローレシアの王太子としても、どうかと思うの」
「それに。鈍器ですよ、鈍器。魔物を潰す為の物なんですよ、あれ。プチって潰すんですよー」
「……想像もしたくないわ…………」
耳聡く彼の小声のブツブツを聞き付けた二人は、「あ、未だ根に持ってるー」と、ちょっぴりのジト目を彼へと向ける。
「形振
「そうは言っても。流石に鈍器はー……」
「そうよ。鈍器は駄目」
「だーかーらー。得物の選り好みをしているようでは、武人や戦人としても……────。……あ、そうだ」
故に、遺跡発掘の真似事に勤しみながらも、三人は、ぎゃあぎゃあと一寸した言い争いを繰り広げ、その言い争いが白熱し掛けた最中
「アレン? どうかしました?」
「何か見付かったの?」
「『出づりし「幻の橋」渡り、魔の地を往きし勇者アレフ、いよいよ以て、竜王城の扉を開け放てば、其に広がりしは、ものの気配一つなき無人の間なり。なれどアレフ、精霊ルビスの導きにより、偽りの玉座の裏にて、竜王の許へ続く一筋の暗き道を探り当てん』」
「……曾お祖父様の、竜王討伐の一節ですよね、それ。本当にアレンは、ロト伝説や曾お祖父様の物語が好きなんですね」
「あれを、一言一句違えずに覚えているのは凄いと思うけど……、それが?」
「この一節の通りなら。玉座の裏に、地下への入り口が隠されてる筈だ。──玉座を探そう」
どうして直ぐに思い出さなかったのか、と舌打ちした彼が低く語ったのは、勇者アレフの竜王討伐を物語風に仕立て綴った有名な本の中の一節で、伝承が事実なら……、と彼等は玉座の間を探し始める。
──目的の場所は、直ぐに見付かった。
瓦礫ばかりの廃墟と化した城跡の奥に、形を留めたままの座る者なき玉座があり、裏側を覗いてみたら、疾っくに風化してしまっていた、かつては石床だったのだろうそこの一部に、言い伝え通り、地下へと続く階段が顔覗かせていた。
…………ゾーマや竜王が自らの根城とした場所、今でも手強い魔物達が蔓延ったままだろう、そんな魔物達と何度も戦わなければならないだろう、と覚悟して彼等は下りて行ったのに、どれだけ潜っても、一匹のスライムにすら出会さなかった。
己達三人以外の息遣いと足音以外には、何処より水滴がポトリと落ちる音が稀に聞こえるのみの、真っ暗な石段を、彼等はひたすら下る。
石段も、天井も両の壁も、荒削りながら確かに何者かによって築かれた物で、三人の中には、恐怖にも似た何かと、僅かな期待が生まれた。
「曾お祖父様は、こんな所を、たった一人で行かれたんだろうか。先には、竜王が待ち構えていると知りながら」
「一人きりで竜王に挑むなんて、私には出来そうもないわ。……改めて、曾お祖父様は偉大な勇者だったと思わされるわね」
「しかも、行く手を阻む魔物を討ちながら、ですもんね。…………ロトの血を引く勇者アレフ、かあ……。そんな方が、僕達の曾お祖父様──近い御先祖様なんですよね……」
────地下への入り口に転がっていた木切れに布を巻き付け、ギラで火を灯した松明のみを頼りに、永遠に続くかのような錯覚に陥る『一筋の暗き道』を、ぽつりぽつりと語らいながら辿り続けて、数刻が過ぎた頃だろうか。
地上では恐らく、陽が没し切った頃。
突然、暗かった細い道は終わり、パッ…………、と。
彼等の視界が開けた。