「いい加減にしろ………」
バシバシバシバシ、両手で玉座の肘掛けを叩きつつ笑い転げた『竜ちゃん』は、徐々に両の眦を吊り上げたアレンの声音に本気の怒りが滲んでやっと、込み上げる笑いを抑え、眼前にて立ち尽くし続ける三人を見比べながら居住まいを正した。
「そう怒るな。すまなんだ」
「人を馬鹿にしたように散々笑っておきながら、すまない、の一言で済ますつもりか」
「良いではないか。謝っておるじゃろうに。…………それはそうと、アレン。──アレン・ロト・ローレシア。其方の問いに答えて欲しくば。何を以て、儂が、其方達を無知と断じたのかを知りたければ。先ず、儂の問いに答えよ」
「……どんな」
「このような地の底深くで暮らしておっても、儂には、世の様々を思うまま知る力がある。竜王の曾孫じゃからな。其方達のこと然り、邪神教団やハーゴンのこと然り。じゃから、其方らが、揃いも揃ってロトの血を引く各王家の王子王女でありながら、祖国を後にし、身分をも偽り、旅をしているのも既知じゃが。…………さて、其方達は、何故、そのような旅を続けておる? アレン。そしてアーサー。其方達二人が祖国の王城を発った理由は、邪神教団によって滅ぼされたムーンブルク王都へ馳せ参じる為ではなかったか? その望みは叶え、ローザ・ロト・ムーンブルクも、掛けられた呪いより解き放った。この上、其方達が旅を続ける理由は何処にある?」
途端、面持ちも、纏う雰囲気も塗り替えた竜王の曾孫に、己達の旅の理由を問われ、咄嗟に、三人は顔を見合わせる。
「それ、は……」
「……答えられぬか? 其方達の旅は、胸張っては答えられぬ旅でしかないのか?」
「違う。……どうやって掴んだのかは知らないが、僕やアーサーは、お前が言った通りの理由で旅に出た。…………ああ。城を飛び出したあの時、僕達が抱えていた願いは確かに叶えた。この目でムーンブルク王都を確かめ、ローザに掛けられていた呪いも解けた。でも、それで終わりには出来なかった。ハーゴンが何をどうしようとしているのか、知らなくてはならないと思った。何とかしなければ、世界が終わってしまう、とも。……だから、僕達は旅を続けている」
「と言うことは。今の其方達の旅は、ハーゴン討伐の為のそれ、と相成るのぅ?」
顔を見合わせ、口籠りはしたものの。黄金色した、竜族特有の彼の目を真っ直ぐ捉えたアレンが自分達全員の気持ちを代弁すれば、ニヤリ、と竜王の曾孫は唇を歪める嗤いを浮かべた。
「………………それは……、それは勿論、僕達にも、勇者ロトや曾お祖父様のように、ハーゴンをこの手で、との志はある。ムーンブルクの人々の無念は晴らしてみせる。但…………」
「……但。今の其方達に、そんな力は備わっておらんな」
「…………判ってる。言われずとも。でも、行ける所まで行くと決めた」
「成程。……その志や良し。じゃが、その程度では話にならん。其方の問いにも到底答えられぬ。────アレクとアレフの末裔達よ、出直して来い。もう少しだけでも『真っ当』になって見せよ。さすれば、儂自ら、其方達を無知の池より救い上げてやろう」
────見下しているような嫌な嗤いを拵えつつの竜族の長の問いに、その時、アレンにも、アーサーにもローザにも、是、とは返せなかった。
……彼等の誰もが、秘かには心に誓っている。
惨たらしく殺されたムーンブルク王都の人々の仇を討つ為にも、世界の為にも、ハーゴンを討つ、と。
だけれども、何者の前でも胸張って、ハーゴン討伐の旅をしている、とは、今の彼等には告げられなかった。
三人にとっては、邪神教団も、ハーゴンも、未だ未だ、『夢のように遠い』存在だった。
自分達の弱さを、彼等は『弁え過ぎていた』。
故に、「話にならない」と竜王の曾孫に切って捨てられても、アレン達には何も言い返せなかったばかりか、唇を噛み締め、そっと拳を握る以外に出来ることはなく。
「……出直せ、か。言ってくれる…………」
「言われて当然じゃろうが。……とは言え。唯、出直せ、と突き放されても困ろうし、儂は心が広いのでな。其方達の旅の助けになるだろう話を、些少だけしてやろう。──アレン。五つの紋章を集めよ。この世界を創りたもうた精霊神ルビスの加護が賜われると言い伝わる、月の、水の、命の、星の、太陽の紋章を。月は城に、水は街に、命は洞窟に、星は塔に、太陽は祠に、それぞれ眠るとも言われておる。その、五つの紋章を探し、世界を巡りがてら、其方達の『力』となるモノも探すが良い」
「紋章……は、いいとして。力……?」
「そう。『力』。…………例えば──」
ひっそり自嘲の笑みを頬に刷いたアレンへ、「竜ちゃんは心が広い」と自画自賛しながら、紋章なるものと、『力』の話を始めた竜王の曾孫は、ふい……っと右手を振った。
次の瞬間、三人には宙を掻いただけと見えた彼の手に、何処からともなく現れた、一振りの剣が握られていた。
「これ。何か判るか?」
「………………それ、は。……まさか、ロトの剣……!?」
「その通り。正解じゃ。伝承通りの意匠じゃろ? 大魔王ゾーマの消滅によって塞がれた『ギアガの大穴』が、勇者ロトが生まれし空の彼方の異世界と、この世界を繋いでおった頃。異世界より逃げ延びて来た、古き神秘の国の刀匠が、神の鋼オリハルコンにて鍛え上げし『王者の剣』。何時しか、持ち主の称号に倣い、ロトの剣と名を変えた剣。……例えばこれも、其方達の『力』となるモノの一つじゃな。くれてはやらんが。しかし、どうしても、と言うなら──」
「──『真っ当』になって出直して来い、だろう? だが……、何で、お前がロトの剣を持っている?」
「さーのー? 何故じゃろうのー? 其方達がジジイやババアになる前に、教えられる日が来ると良いのー。……ああ、それからもう一つ。光の玉のことは、気にせんでも良い」
「……何で。どうして」
「何ででも。どうしてでも。──では、又の。心の広い竜ちゃんは、気長に待っておるぞ」
立派な鞘に納まる大振りな剣ながらも、すらりとした印象を与えてくるそれは、神鳥ラーミアを象った鍔と、青く輝く柄を有しており、一目で剣の正体を看破し驚きを見せたアレンへ、『竜ちゃん』は、わざとらしくロトの剣を見せびらかしてから、ひらひらっと手を振った。
「きゃっ」
「うわっ」
「おい、待てっ!」
直後、詠唱が紡がれた訳でもないのに、三人は魔術の光に包まれ、咄嗟に覆った瞼を開いた時には、既に地上に立っていた。
「ここ、は……」
「地上……ですね。さっきのあれは、リレミトだった、のかな」
「多分。でも、詠唱もなしに、しかも第三者だけを対象にした、転移の魔術を使役するなんて……」
何が起きたのかと、慌てて辺りを見回した彼等の目に映ったのは、廃墟と化した城跡と星々が輝く真夜中の空で、こんな時間に、こんな場所に放り出されても……、と彼等は急いで竜王城の跡地より離れ、見付けた雑木林の入り口にて火を焚いた。
「曾お祖父様に倒された竜王の子孫が生き残っていて、竜王城の深部に巣食っていると知っただけでも驚愕だったのに。何なんだ、あいつのあの性格…………」
「良く言えば、愉快な人……じゃない、愉快な竜でしたねえ……。ものすっごく、色々を馬鹿にされたような気がしてなりませんけど」
「気がする、で済ませてどうするの。私達、確実に馬鹿にされたのよ」
季節云々でなく、この地そのものが持つ某かが与えてくる底冷えから逃れる為の火を囲み、ホッと肩の力を抜いた途端、三人は。
思い掛けぬ邂逅を果たした『竜ちゃん』──竜王の曾孫への悶々を、口々に吐き出した。