─ Lighthouse Tower〜Rupugana〜Northern Sea ─

日没が近付いて来た頃になって、やっと船に戻った三人を心配そうに出迎えてくれた船乗り達に、待ち惚けを喰らわせてしまった詫びを告げる彼等の脳裏は、疑問ばかりに埋め尽くされていた。

あれは、本当に、竜王の曾孫曰くの『五つの紋章』の内の一つだったのだろうか。

だとしたら、何故、触れた途端に消えてしまったのだろう。

真実、あれが星の紋章だったとして、グレムリン達が、大灯台に星の紋章が眠っていると知っていたのは何故だろう。

そればかりか、自分達が紋章を探しにやって来るのも知っていたのは何故だろう。

…………そんな風に、後から後から湧き上がる幾つもの疑問に、三人は頭と心を悩ませた。

けれども、少なくとも今は未だ、覚えた幾つもの謎の答えを見付ける術などなく、一旦、大灯台での出来事全てを忘れることにし、彼等は、ルプガナへの航路を辿ることのみに意識を傾けるよう努めた。

彼等も、船乗り達も精を出した甲斐あって、大灯台の島を発ってより数日後、船は無事ルプガナの港に戻り、今度こそローレシアへ、とアレン達は意気込んだ────……が。

事は、三人の思う通りには運んでくれなかった。

船とアレン達の無事を喜び、再び己が屋敷に招待してくれた船主の総元締の老人と孫娘の少女に、物の序でと言うか、経過報告と言うか、そんな気持ちで、彼等が懇意にしている例の貿易商の船の沈没場所に関する手掛かりが得られた、と『うっかり』伝えてしまった所為で、老人や少女から話を聞かされたらしい件の貿易商に押し掛けられた挙げ句、泣きながら懇願される憂き目に遭ったから。

本音では、沈没船より荷を引き上げる仕事は後回しにしたかったのに、「一刻も早く引き上げに向かって貰えないだろうか、何やら大変な旅の途中らしいのは判っているが、こちらも人生と生活が懸かっている、本当に、明日にでも破産しそうなのだ」と、中年に差し掛かった大の男に眼前で号泣されて、「もう少し待ってくれ」とは言い出せなくなってしまったアレン達は、「又、旅程が狂う……」と思いつつも、これも人助けの為と自分達に言い聞かせ、ローレシアへ向ける筈だった船の舳先を北海へと向け直し、ルプガナを出た。

急遽、沈没船探しを優先させなくてはならなくなった為、こっそり渋い顔した三人のように、予定の変更を告げられた彼等の船の水夫達も、揃って渋い顔をした。

但し、船乗り達が渋面になった理由は、行き先の変更ではなく、向かう先にあった。

ラダトームの酒場で出会った饒舌な商人の話通りなら、目的の沈没船が眠る場所は、北海の沖にある、船の墓場として有名な浅瀬だ。

潮の流れが悪い故か、激変し易い天候故か、餌食になった船の枚挙に暇が無い、浅瀬と言う只でさえ悪条件のそこに、そうと判っていて尚行くのは、剛胆な船乗り達をしても及び腰にならざるを得ず、だが、彼等の雇い主達の頼みでもある仕事に嫌とも言えず、ルプガナと北海の往復に耐えられるだけの荷を積んだ船を常と変わらぬ調子で操りつつも、船乗り達は、何処か不安気だったし。

予想外且つ急な成り行きだったので、ルプガナで出来たのは、大灯台で痛めてしまったアーサーとローザの『身かわしの服』の繕いのみだったアレン達も、少々の不安を覚えていた。

物資豊かな街でなら調達出来る、一度目のルプガナ訪問時に彼等が手に入れていた『身かわしの服』は、服は服でも、術者が魔力を籠めつつ織り上げる布で仕立ててある、冠された名の通り、敵の攻撃を躱し易くしてくれると言う魔法具でもあるので、それだけは、と総元締の屋敷の女衆の手を借り何とか繕って貰ったが、慌ただしく航海に出なくてはならなくなったが為に、それ以外の支度は整え切れなかった。

まあ、だからと言って、今更どうにも出来なく、沈没船を探すだけが目的の短い船旅なのだから、と一同は気楽に構えることにし。

それより五日程が経った頃。

────晴天に恵まれ続けていた空の雲行きが怪しくなり、穏やかだった海も徐々に波を逆巻かせ始めた。

どうにも幸先の悪い空や海の具合に、アレン達は又もや不安になったが、目指す先は北海上の船の墓場、多少の荒れは覚悟の上だし、この程度なら充分対処出来る、と船長達が保証してくれたので、船乗り達を信じ、その腕前だけを頼りに目指し続けた、噂の『船の墓場』とやらに到着して直ぐ、彼等は、白く泡立つ荒い波間に、キラリと光る物──沈んだ財宝を見付けた。

浅瀬故に、船を横付けてと言う訳にはいかないけれども、引き上げは容易そうで、何だ、簡単に発見出来た、後は回収だけだ、とアレンは素潜りの支度を始める。

船員達は、その場に船を係留させる仕事に掛かり切りだったし、アーサーは海で泳いだ経験がなかったから。

尚、ローザは論外。

「気を付けてね、アレン」

「一寸でも無理そうだったら、直ぐに戻って来て下さいね」

海の中の光るそれを見て、自分が行って来る、と彼が言い出した直後、アーサーとローザは口を揃えて、通年を通して水温の低い北海になんか潜って平気なのか、と考え直させたそうな態度を取ったが、誰かが潜る以外に方法は見当たらず、アレンが達者に泳ぐ姿は、ムーンブルク西方砂漠のオアシスで既に目撃済みだったので、ブツブツ言いはしたものの、結局、二人は大人しく彼を見送る態になり、

「あのな、二人共。そんな風に見詰められると、激しくやり辛いんだが。特にローザ。凝視は止めてくれ」

「え、どうして?」

「何か問題あります?」

「……潜るんだってば。これから。海に」

「…………そうね」

「…………そうですね」

「……だからー。脱げないだろう? 僕の下着姿を見て、何が楽しい?」

「あ、御免なさい。でも、どの道見られるわよ?」

「まあ、今更な感じもしますしねー」

「勘弁してくれ、頼むから……」

じー……、っと注目してくる彼等の視線から逃げるように支度を終えたアレンは、全くもう! と愚痴垂れながら、海に飛び込んだ。

前もって汲み上げておいた海水を頭から被ってから飛び込んだし、大分昔の話だが、祖国の軍艦の甲板で遊ばせて貰っていた時、ふざけ過ぎて海に転落すると言う、余り有り難くない経験もしていた所為か、船上から身を乗り出し、何や彼やと叫ぶアーサーやローザの心配を他所に、彼は難なく、沈んだ財宝へと辿り着く。

船から投げ落とされた幾つかの縄を、破損し掛けている木箱の山に片端から結び、浅瀬から蹴り出して、船へと上がって後は、それを引き摺り上げると言う力仕事もして。

「あー、やっと終わった……」

「寒かったでしょう。はい、これ」

「お疲れ様でした、アレン」

疲れた……、と船の艫辺りにぐったりしゃがみ込んだ彼へ、ローザが調理室で淹れてきた暖かい紅茶を、アーサーが毛布を、それぞれ差し出してくれた。

「有り難う。でも、これで約束は果たせるし、もう、あの彼に泣き付かれるような羽目にはならないだろうから、一安心だな」

これでやっと、肩の荷が下りた、と頭から毛布を被ったアレンは、紅茶を啜りつつ二人へ笑い掛ける。

「ですね。後は、ルプガナに戻るだけですし」

「さっき、船長達に、引き上げは終わったからと言っておいたわ」

後はもう、ルプガナへ引き返し、回収した荷を例の彼に渡しさえすれば晴れてお役御免、漸くローレシアへ向かえる、とアーサーもローザも笑み返し、動きを止めていた船も、ゆるゆると反転を始めたが。

『船の墓場』と名高いそこより離れ始めた直後、只でさえ雲行きが怪しかった空が真っ黒になり、海は一層荒れ始め。

────彼等の船は、本格的な嵐に巻き込まれた。