「天晴! 見事であった! 流石、我が甥殿だ。僅か二太刀で、キラータイガーを討ち取ってみせるとは!」
戦い終えて、武具や自身に付いた血の曇りを払ってから貴賓席に参上したアレンを、性懲りも無く、デルコンダル王はぎゅむぎゅむ抱き締めた。
「お褒めに預かり恐悦に存じますが。叔父上。私も、残り一年足らずで成人する歳になったのです。そろそろ、そういうことはお止め下さいませんか」
「叔父が甥を抱き締めて、何が悪い。──そんなことより、アレン。約束だ、例の石は、お前に譲ろう。それから、あの鎧もやる。石ころ一つが儂の我が儘に付き合わせた褒美では、些か気が引けるからな」
小さな子供でもないのに一々抱擁してくる叔父王から、やんわりとアレンが逃れれば、王は詰まらなそうに口を尖らせ、が、破顔しつつ、貴賓席の隅に用意させておいた、見事な鎧を指差す。
「鎧……ですか? ですが、先程の件は、私も納得してのことです。お約束通り、石をお譲り下されば、それで。あのような鎧は過分です」
「そう言うな。素直に受け取らんか、石頭。あれは、ガイアの鎧と言う逸品だぞ。ロト伝説に出てくる『大地の鎧』は、あれのことだとも言われとるくらいなんだぞ」
促されて見遣ったそれは、叔父王に言われるまでもなく一目で逸品と判り、受け取る理由がない、とアレンは断ったのに、王は、持って行け、と言って譲らなかった。
……己の道楽の為が理由であったのも確かだが、アレン達が国にも戻らず旅を続ける訳を悟っている様子の、甥が可愛くて仕方無いデルコンダル王は、どうやら、甥達が挑んでいる旅の助けになるだろうガイアの鎧を『押し付ける』建前も欲しくて、『石ころを褒美にした戦い』をアレンに強いたらしい。
唯、持って行け、と言った処で、頭の堅い甥は固辞するだろうが、強引だろうと建前があれば、彼も折れるだろう、と。
「……判りました。では、謹んで拝領致します。有り難うございます、叔父上」
そんな叔父王の腹の中が何となく読めて、有り難い話ではあるし、とアレンは漸く頷いた。
「うむ。……で、だ。これが、お前達の欲しがっていた石だ」
少し照れ臭そうに笑んで傅いた彼を嬉し気に見遣ってから、デルコンダル王は、今度は懐より、ひょい、と約束の品を取り出す。
王の掌に乗せられた剥き出しのそれは、確かに三日月にそっくりの形をしていて、時折、小さく光った。
「失礼します」
ほんの僅かだけ眺めてから、ほれ、と差し出されたそれを、アレンは受け取ろうとした。
けれども石は、まるで彼の手から逃れる風に独りでに転がり落ち、トン、と石床の上で一度弾んでから、ローザ目掛けて宙を行き、咄嗟に腕伸ばした彼女に触れるや否や、ふいっと掻き消えた。
「又か……」
「今度は私?」
「何なんでしょうね。どういうことなのか、さっぱり判りません」
大灯台で見付けた、星の紋章かも知れない石と同じく、月の紋章かも知れないそれにも姿消されてしまい、アレン達三人は、何が何やら……、と嘆息したが。
「ほう……。真に不思議な品だったのだな。……うむ、珍しい物も見せて貰ったし、お前の戦い振りも堪能させて貰って、儂は満足だ。今宵も宴を開くぞ、アレン」
不可思議な出来事を目にしたにも拘らず、デルコンダル王は、そんなことはどうでもいい、と力一杯アレンの背中を叩いた。
二晩続けての宴は正直遠慮したかったのに、ぽろっとアレンが洩らしてしまった、明日には王都を出る、の一言を聞き逃してくれなかった叔父王に駄々捏ねられて、不承不承、列席したけれども。
お義理程度にだけ付き合って、三人は、その夜の宴からは早々に逃走した。
明日も早いしとか、疲れているしとか、先を急がなくてはいけないしとか、山程の言い訳を重ね、何とか退席の許しを王に貰った彼等は、そそくさ、アレンの部屋に逃げ込む。
「あれ、何か置いてありますよ」
「ん? 何だろう」
「お酒みたいね」
草臥れたような顔をして、漸く肩の力を抜いた彼等の避難先の片隅には、数刻前に部屋を出た時にはなかった筈の銀盆が置かれていて、その上に乗せられていた葡萄酒入りらしいデカンタと、労いの言葉が綴られた、デルコンダル王太子名義の添え文をアレンは取り上げた。
「……ああ、王太子殿下からだ。叔父上の我が儘に付き合った礼代わりらしい。気遣わせてしまったのかな。彼は真面目な方だから」
「あの陛下のご長男なのに?」
「なら、少しだけでも頂きませんか。全く手を付けずにおいたら、失礼ですしね」
ロト三国は一様に、身分問わず、若い内から大っぴらに酒を嗜むと大人達に渋い顔される国柄だが、羽目を外さぬ限り、宴会に付き合うのも役目の一つな彼等の飲酒を兎や角言う者は国許でも皆無で、故に、三人共に、市井の同年代者よりは遥かに酒精に慣れており、差し入れられたそれを、寝酒代わりにさせて貰うことにした。
「あ、美味しいわ、これ」
「ですねぇ。それに、やっとのんびり飲めますしね」
「夕べのも今夜のも、目に痛い宴だったしな」
「…………凄かったですよね、踊り子とか。舞も衣装も、うわあ……、な感じで、何処に目をやっていいやら……」
「私は、彼女達は下着姿で踊っているのかと疑ってしまったくらいよ。色々、凄い国だわ…………」
やっと、三人だけで気楽に他愛無い話が出来ると、敷物の上に直接座り込み、デカンタや杯の乗った銀盆を囲みながら、彼等は酒と共にのお喋りに興じ始め、
「それはそうと。昼間、陛下に頂いたあの石。月の紋章で間違いないと思います?」
「さあ……。それは何とも。大灯台のあれも、今日のも、多分……とは考えているけれど、実際は判らない。でも、悩んだ処で真偽の答えは出ない気がする」
「例え紋章ではなかったとしても、私達には、こうやって心当たりを探し歩くしか手が無いのだから、悩まない方が良いのではなくて?」
「ま、どうにもならなくなったら、竜ちゃんを問い詰めに行けばいいですしね」
「え。…………あいつには、二度と会いたくない」
「それは同感だけれど。最悪は、それしかないわ」
「……なら。次、あいつに馬鹿にされた時には、殴っていいか。と言うか、殴る」
杯の中身をチビチビとヤりつつ、竜王の曾孫を殴るの殴らないのと、三人は荒っぽい話題を続けていたのだが。
本当に、非礼にならぬ程度しか、差し入れの葡萄酒は飲まなかった。
寝酒代わりとも言えないくらい。
「あ……」
なのに寝入ってしまったらしく、アレンは、閉じていた瞼を薄く開いた。
竜王の曾孫の話をしていたのは覚えているが、その先がどうにも思い出せない、少しの酒に負ける程、僕は疲れていたのだろうか、とぼんやり考えながら、彼は、知らぬ間に横になっていた体を起こそうとした。
が、どうしてか体は上手く動かず、それでも起き上がろうとしたら、酷く頭が痛んだ。
それは、酒を過ごしてしまった時とは違う、重たく嫌な痛みで、アーサーかローザに水を取って貰おうと、二人の姿を探して瞳彷徨わせた彼は、全く見覚えのない部屋の寝台に、己が寝かされていると悟る。
「え……?」
体同様、頭も上手く働いてくれなかったけれども、女性が主の寝所であるのは判り、寝台を覆う天蓋の中に、女性向きの香が薫き染められているのにも気付いたが。
「気持ち……悪い…………。吐く……っ」
漸く気付いたその香りは噎せ返りそうなくらい強くて、吐き気を覚えたアレンが、何とか、寝返る風に身を返せば。天蓋の薄布の向こうに、男の従者を二人ばかり控えさせた、デルコンダル王家が抱える、『厄介なお姫様』が立っているのが見えた。