「アレン! しっかりして下さい、アレンっっ」

「息をして、アレン! 我慢しないで、全て吐いてっっ!!」

「アレン様、失礼致しますっ!」

踏み込むや否や、王女の為の広い寝所の片隅に置かれた寝台の上で苦しみ藻掻くアレンを見付けたアーサーとローザは、唖然と立ち尽くす王女を押し退けながら彼へと駆け寄り、王女と同じく、突然のことに一瞬は呆然としてしまったものの、従者達も直ぐに我を取り戻して、一人は彼の口を抉じ開け、もう一人は喉に詰まった吐瀉物を掻き出した。

「……我が姫よ。お前は、自分が何をしたのか判っているのか?」

「わ、私は何も……。そ、そうですわ、お父様。私は何も悪くありません、そこの者達が──

──判った。もういい。お前は、儂の娘でも何でもない。そういうことだな」

甥と、甥を取り囲んだ者達と、王女とを見比べ、一切の表情を面から消したデルコンダル王は、静かな声で己が娘を問い質したが、彼女が口にしたのは、己が罪を従者達に擦り付ける言葉で、親子の縁を切るとだけ告げると、王は、王女を視界から追い出し寝台へ向かった。

「アレンっ。気を確かに持たんか、アレンっっ」

「叔父……上…………っ」

「大丈夫だ。もう大丈夫だ。儂も、アーサー殿もローザ殿もいるからな。──おい、誰か! 侍医を呼べ、早く!!」

従者達の間から身を割り入れたデルコンダル王は、薄目を開いたアレンを励ましつつ自ら抱き上げ、こんな部屋では療治も出来ぬと、アーサーやローザを引き連れ、王女の寝所を出て行った。

何時しか敷物の上に踞っていた王女の傍らを過ぎる際も、デルコンダル王は、彼女を見ようともしなかった。

知らぬ間に連れ出されていた部屋に戻る間も、戻った部屋の寝台に寝かされ、駆け付けた侍医達の療治を受けていた間も、身の内から焼かれるような痛みは続き、息は上手く出来ぬままで、出す物が無くなっても吐き気は止まらず、アレンは酷い苦しみを味わった。

痛みが酷過ぎた為か、そういう薬だったのか、気を失うことも眠ることも出来ず、正しく地獄の苦しみだった。

それでも、長らくが経った頃には漸く吐き気が止まり、煎じ薬を飲まされた後、見兼ねたのか、「本当は良くないのだろうけれど……」と言いながらもローザが唱えてくれたラリホーの術の力を借りて、漸く、彼は眠った。

だが、彼が落ちたのは甚く浅い眠りで、幾度となく目が覚めた。

但、眠りの縁から引き摺り上げられ、薄らと瞼を開く度、心配そうに覗き込みつつ、寝汗を拭ったり、治癒魔法を唱えたり、としてくれるアーサーとローザの顔が見えて、時には叔父王が傍にいるのも判って、だから、浅い眠りも繰り返す目覚めも、それ程は不快でなく。

「…………ろ……ぉ、ざ……?」

────どれ程の時が過ぎた頃か。

はっきりと目覚め、のろのろと瞳巡らせたアレンは、付き添ってくれていたらしいローザを枕辺に見付けた。

「アレン……?」

「ロー、ザ。あ、の……」

「無理して喋っては駄目よ。きっと、吐いた物で喉が少し焼けてしまっているんだわ。でも、心配しないで。それだって、直ぐに治るから」

傍らの彼女へと掛けた声は、自身でも驚いたまでに掠れていたが、何とか再び声を絞り出したら、喋ってはいけないと、椅子から寝台へ腰掛け直しつつ身を乗り出した彼女に制されてしまい、仕方無く、彼は頷きだけを返す。

「………………良かった……。アレン……。貴方が助かって、良かった…………」

素直に言うことを聞いたアレンへ、ローザは薄く微笑み掛け……、が、一転、彼女は強く顔を歪め、泣き声になった。

「……本当はね、凄く怖かったの…………。どうしたらいいのか判らなくなってしまったくらい、怖かったの……っっ。万が一のことなんて考えもしなかったけれど、でも、それでも…………っっ」

声を震わせただけでなく、両の瞳から頬へと涙も伝わせ始めたローザは、未だ重たく感じる腕を伸ばし涙を拭おうとしたアレンの手を取って、きゅっと両手で握り締め、己が胸に抱いた。

「御、免……。心配……掛けて、すまなかった……」

「貴方の所為じゃないわ。貴方は何にも悪くないっ。なのに、どうして謝るの……っ」

ほろほろと泣く彼女の姿に胸が痛み、アレンが小さく詫びれば、一層、ローザの指先には力が籠り、

「泣かない、で。ローザ、泣かないで……。僕は、大丈夫……だから。だから……笑ってくれた、ら嬉し、い」

もう片腕を伸ばしたアレンは、笑みを浮かべ、今度こそ彼女の涙を拭う。

「そう……よね。もう貴方は大丈夫なのに、泣くなんて、私ったら……」

透明な雫を払っても添えられたままの、彼の左手に頬寄せたローザは、泣き笑いの顔になった。

「……でも……、やっぱり、御免…………」

「…………もう。アレンってば……」

────そのまま、暫く。再び、アレンが寝入るまで。

二人は、手と手を繋ぎ合わせていた。

次にアレンが目覚めた時、傍らに付き添っていてくれたのは、先程は姿が見えなかったアーサーだった。

「……アーサー……?」

「あ、アレン。気分はどうですか? お水、飲みます?」

「いや、未だ……。有り難う」

「いいえ。………………アレンが無事で、良かったです、本当に……」

ローザは席を外しているようで、又、僕は眠ってしまっていたのかと、首巡らせた途端目と目が合った彼にアレンが問い掛けたら、彼にもローザと同じようなことを告げられ、やはり、泣かれた。

彼女とは違い、彼のそれは、堪え切れずに零してしまった風な、細やかな涙だったけれど。

「心配掛けて、すまなかった。御免…………」

「……さっき、ローザも言ってましたけど。どうして、アレンが謝るんですか。アレンが、何をしたって言うんです」

「でも、心配させてしまったのは確かだから……」

「それはそうですけどっ。そういうことじゃないでしょうっ!?」

一粒、二粒と、憚るように落ちた涙を見て、ローザだけでなく、アーサーまでも泣かせてしまった、とアレンは詫びたが、今度は彼を怒らせてしまい、

「その…………、御免……」

僕は馬鹿だ、と思いながらも、アレンは再び謝った。

謝るしか、思い付かなかった。

「だから…………っっ。……でも、うん。許してあげます。正直、生きた心地がしませんでしたけど、もう、アレンは大丈夫なんですから」

「……ああ。…………有り難う、アーサー」

「…………はい。────薬さえ抜ければ、直ぐに良くなる筈です。ゆっくり休んで下さいね。僕達が傍に付いてますから。もう直ぐ、ローザも戻って来ますよ」

一つ覚えの決まり文句の如く告げられた、御免、の一言に、アーサーは、又、一粒だけ涙を零して、ローザにしたように、アレンが、泣くな、と指先でそれを払えば、されるに任せてから、彼は笑んでくれた。