その後。

真に非難がましい目でアレンを見据える女官長へ、

「ローザ殿下のお心をお慰めするには、アレン殿下とアーサー殿下にお力添え頂くより他ないかと」

と侍医が進言してくれた為、渋々ながらも彼女は、直ちにロト三国の王太子として相応しい支度を整えて来るのを条件に、アレンとアーサーがローザの枕辺に付き添うのを許してくれた。

そうして、女官達が運んで来た三人分のホット・チョコレートを彼等が飲み終わる頃には、少年達の付き添いに安堵したのか、それとも、侍医に与えられた少々の眠り薬も含まれていた水薬が効いたのか、ローザは、呆気無く、静かに眠った。

故に、彼女の眠りが深まるまで待ってから、少年達は一先ず胸を撫で下ろしたが、直後、部屋より引き摺り出された二人は、女官長から、「ローザ殿下の御為とは言え、ロト三国の王太子殿下が、揃って、お立場も弁えない振る舞いを為さるとは何事ですかっ!!」……と、それはそれは盛大な雷を落とされると言う、その日二度目の『修羅場』に突入し、更にアレンは、事の仔細を聞き付けた王妃に呼び付けられ、「夜着姿で城内を駆け回った挙げ句、そのままローザ殿の寝所に飛び込むなど、何と不届きなっ!!」……と、母妃直々の『制裁』を喰らい、止めに、同じく事の仔細を知った父王にも、「この馬鹿息子!!」の怒鳴り声と共に、夕べ同様ぶん殴られた。

……それでも、ローザにとっては正しい判断であったのだろうと、その件は、四方八方からの説教のみで不問に処されて、『無かったこと』にもされた。

王宮や宮廷の『中』と言うのは、そもそもからして『そういう処』でもあるし、元々から、ローレシア王城の者達は、父母達や故郷を失ったローザが、何かを切っ掛けに取り乱すのは特異でも何でもない、寧ろ取り乱さぬ方がおかしいと、彼女へ同情を寄せていたし、そんな彼女を、共に旅しているアレンが慰めるのは或る意味では当然、と感じたらしい者達も少なくなかったようで。

「……夕べから、父上と母上に殴られてばかりだ…………」

もう間もなく日没を迎えると言う頃、漸く全てから解放されたアレンは、未だに眠り続けているローザの寝所の続きの間にて、長椅子の隅に踞る風に座り込み、痛い……、と頭を抱えた。

「ムーンペタでも思いましたけど。『武』の国は、女官まで怖いですね。揃って怖いですね……。それに、僕、今回改めて、ローレシアは、デルコンダルとは又違った意味で、色々が激しい国だったんだと、思い知りました。アレンが、すんごく『真っ直ぐ』な性格になったのは、陛下も王妃殿下も、爺やや婆やまで、『ああ』だからなんですねえ……。……うん、凄い…………」

浴びせ続けられた説教や、父からも母からも落とされた鉄拳の所為で、何処かふらふらしているアレンへホイミの術を掛けてやりながら、対面の椅子を占めたアーサーは、心底からの感想を洩らす。

「…………アーサー。それは、どういう意味なんだ」

「え? ……えーと。初代だった曾お祖父様は、出自の所為か、とってもとっても、ざっくばらんな方だった、とのそれが、ローレシアの王家や王宮では、今でも受け継がれているんだなー、と言う意味です。一応。単刀直入、とも、力技勝負、とも、言い換えられる気もしますけど」

「一応、って…………。……って、あ。そうだ。──アーサー……。どうして、あの時は僕を見捨てたんだ。酷いじゃないか」

「あの時? …………ああ、今朝の話ですか? だって、僕までローザの寝所に飛び込んで、アレンと一緒にローザに張り付く訳にはいかないですよ。それに……」

「それに?」

「………………御免なさい。ここだけの話、本当に怖かったんです、女官長が。迫力でした、アレンの婆や……。女官達やローザには悟られないようにしてましたけど、も、クワッ! って。ローザを抱き締めたアレンを見た瞬間、クワッ! って感じで顔色が変わって……」

「あー……。うん、まあ、婆やは確かに、父上や爺やとは別の意味で怖い。僕だって、未だに怖い」

「やっぱり? ですよねー」

──アレン様。私が如何が致しましたか」

約束通り、傍らで、と言う訳にはいかないが、出来る限り近くでローザの目覚めを待ちつつ、少年二人がボソボソと、『ざっくばらんで「怖い」王家や王宮の面々』に付いて愚痴零していたら、静かに寝所に続く扉が開き、女官長が出て来た。

「何でもない」

「…………そうですか。では、聞こえなかったことに致しましょう。──ローザ様が、お目覚めになられるようです」

彼等のボソボソは、しっかり、婆やの耳に届いていたらしかったが、彼女はそれを聞き流し、ローザの目覚めを告げる。

「判った。……入っても──

──くどくどしくはありますが。今だけでございますよ」

「……判ってるから…………」

しつこいくらい、特別に、と釘を刺しはしたものの、婆やは彼等を中へ入れてくれ、

「ローザ? 気分は?」

「良く眠れましたか?」

うんざりしながらも、彼女の枕辺に立ったアレンとアーサーは、薄らと瞼を開いたローザの手を、片手ずつ握った。

「良かった……。二人共、いてくれたのね…………。……もう、大丈夫よ。ちゃんと眠れたわ。御免なさい、心配掛けて、迷惑も掛けて……」

目覚めて直ぐにアレンとアーサーを見付けられたのが、二人が手を握っていてくれたのが、心よりの安堵を生んだのか、ローザは代わる代わる彼等を見詰め、甚く嬉しそうに笑んだ。

「傍にいると言ったろう。それに、ローザは何も気にしなくていい」

「ええ。折角、ゆっくり眠れたんですから。今は、自分の体のことだけ考えて下さいね」

「…………有り難う。──あら……? もう夜なの? 私、そんなに眠っていた……?」

「未だ、陽が落ちたばかりですよ。それに、それだけぐっすり休めたってことです。……あ、ローザ、お腹は? 空いてません?」

「あ、そうだな。食べられるなら食べた方がいい。一緒に、何か少しでも食べよう」

「お腹………………。……空いてる、かも」

そうして、二人に支えられつつ身を起こした彼女は、微かにだったけれど、くすりと笑い声を洩らした。

料理長達がローザを思って拵えておいてくれた、体や胃の臓に優しい献立で揃えられた夕餉を三人揃って摂って直ぐ、彼女は再び眠った。

朝の出来事が出来事だったので、アレンもアーサーも、食事を終えてもローザの傍らから離れ難くしていたが、不安に駆られる彼等を、もう一人で大丈夫だと彼女自身が制した為、女官長達の目もあるし、と少年達も大人しく、それぞれの部屋に引っ込んだ。

前夜や前日とは打って変わって平穏な夜と、同じく平穏だった朝を迎えた翌日は、ローザは大事を取って部屋で休み、アーサーは、毎度の趣味用の帳面と睨み合いながら、何やら書き物に没頭し、アレンは、鍛錬と、父王や宰相達との協議に一日を費やし。

────再度のローレシア王城滞在四日目。

ローザが心身共に健やかさを取り戻したのを確かめてから、三人は、再び旅立つ為の支度を始めた。

と言っても、彼等の旅支度の手始めは、話し合いだった。

次に向かう先を何処に定めるか、を決める為の。

だから又、三人は、初日に『優雅な茶の一時ひととき』を楽しむ振りをした、王城中庭に面したテラスの調度を占領し、先日同様、茶器や茶菓を前にの語らいを始めた。

アレンの自室や客間に籠ると、必要以上に周囲の目が突き刺さる気がしたので、テラスを通り抜ける風の冷たさは、耐えよう、と決めて。