「………………証は?」

空の彼方の異世界より、この世界へと竜王を降臨させた当人は、神に他ならぬ。

──そう竜王の曾孫に告げられてから、長らくの沈黙を挟んでより、漸く、アレンが言葉を発した。

「本当に嫌気が差すまで長々とお前が続けたこの話が、全て真だと言う証が何処にある? 何も彼も、竜王の血を引くお前の妄言かも知れない。今までの話が、妄言でなく真実だと言うなら、僕達に証立てをしてみせろ」

「証なら、其方の目の前にあるじゃろうに」

「目の前……?」

「儂じゃ、儂」

始まりは呻くような声で、終いには声高に、そんな証拠が何処にある、と彼に噛み付かれた竜王の曾孫は、ひょい、と自らを指差した。

「其方達が、初めてこの地の底に降り、儂の前に立った時のことを覚えておるか? 儂は、名乗られずとも、其方達を承知しておったな。其方達の名ばかりか、何者であるかも、何をしておるかも」

「だから?」

「この世の全てをあまねく司りし神は、天界に座したまま、世の全てを知れると言う。文字通り、世界の何も彼も、その手に取るように。流石に、世の全て、と言う訳にはいかぬし、水鏡みたいな物は要るが、神の眷属たる竜の長にも、似たようなことが叶う。……即ち、儂の存在そのものが、竜王が神の眷属たる竜族の一人だった、と言う証みたいなもんじゃな」

「…………でも、だからって……っ。そんなことは、強大な力を持った魔族にも成せるだろう。事実、ゾーマだって──

──だからって、何じゃ? ゾーマがどうした? 少なくとも、儂の血筋が、神の眷属だとの証明にはなるじゃろが。儂が神の眷属の血筋なら、曾爺様もそうじゃろうが。それに。曾爺様が、自らを魔族と称したことがあったか? 『王の中の王』と、曾爺様は自称しておったが、『魔王の中の魔王』と言うたことは一度も無い筈。……納得いかぬなら、もう一度、始めから問答を繰り返すか? 竜王は、何処から現れた何者だったんじゃろうなー? 竜王が、神の眷属たる竜の女王の息子だったならば、神以外の何者が、竜王をこの異世界に降ろせるんじゃろーなー?」

「だと言うなら。何故、神はそんなことをしたんでしょうか」

酷く軽い仕草と、同じく酷く軽い言い草と、彼の語りの中身に、アレンの声には、又、憤りめいた色が混ざったけれども、咄嗟には言い返しの科白が見付けられず口籠ったアレンの代わりに、アーサーが口を開いた。

神や精霊を愛する自称・司祭の彼には、神こそが、人々に悪魔の化身と言わしめた竜王をこの世界に齎した、と言うのは、到底信じられぬばかりか、腹立たしい話でしかなかったのだろう。

何時も通りの口調を保ちながらも、アーサーの声も、何処か尖っていた。

「…………ああ、そうそう。そう言えば、其方達の『始祖』の話が中途のままじゃったな。アレクが、ゾーマの不吉な予言を信じたのは何故か、と言う話」

だが、竜王の曾孫が返したのは、彼等三人には話をはぐらかしているとしか感じられぬ科白だった。

────でも。以降、彼が語った話は。

結論から言えば、アレクは、ゾーマの予言を信じた訳ではなかった。

彼が信じたのは、己が背負った『勇者の運命』だった。

……否、正しくは、彼は己が運命を諦めていた。

──ゾーマを討ち果たし、世界に光と平和を齎したのと引き換えに、生母の待つ故郷へ戻る術を失った彼に、者達は、この世界に骨を埋めろと言った。

後の世の為にも、勇者の血筋を残せとも言った。

…………それが己の運命ならば、とアレクは思った。

何をどう抗おうとも、『勇者の運命』は、そうとしか成らぬのだろう、とも思った。

……そう、それは、諦め以外の何物でもなかった。

但、アレクには、一つだけ諦め切れぬことがあった。

それは何かと言えば、己が子孫達のこと。

彼は、己が末達に、否応無し、自身のような運命を背負わせたくなかった。

だから、生死を共にした仲間達すら置き去りに一人旅立ったアレクは、自らの手で救い出した精霊ルビスにこいねがった。

この世界に、永久の平和を齎して欲しい。それが叶わぬならば、せめて己が子孫達は、『勇者の運命』から解き放って欲しい、と。

だが、ルビスの答えは、否だった。

アレクの願いに応える代わりに、ルビスは、彼に五つの紋章を与えた。

ゾーマを討ち滅ぼした暁には、必ず恩返しをすると誓ったから、その証の品として、と。

貴方の末達が、精霊の加護を必要とする日が来た時の為に、と。

けれども、与えられた五つの紋章は、到底、アレクにとっては報いになど成り得なかった。

己が血を引く者以外には、僅かの価値も無い石ころでしかない紋章達は、報い処か、呪われた品にすら感じられた。

『勇者の血』を引く者は、そうと言うだけで、決して『勇者の運命』から逃れられぬのだと言わんばかりの、呪物にしか見えなかった。

信じようと信じまいと、己にとってはどうでもいい些末なことであろうと、何時の日かきっと、ゾーマの予言は果たされて、やはり、何時の日かきっと、己が子孫達は『勇者の運命』を背負わされるのだろう、まるで、呪いのように。……とも、与えられた五つの紋章に思わされた。

故にアレクは、又もや諦めた。

今度は、何も彼もを。

そうして彼は、再び旅立った。

アレフガルド大陸を彷徨い、海も越え、世界中を歩き続けた。

己が、そして『己が血』が、『勇者の運命』より逃れること叶わぬと言うなら、世界の為でなく、自身の末達の為に、出来得る限りのモノを伝えようと。

…………それは、酷く孤独な、終わりの見えぬ旅だった。

それでもアレクは、この世界中を流離い続けた。

────そんな、或る日のことだった。

アレクは、一匹の魔物を見掛けた。

たったそれだけの些細な出来事を切っ掛けに、ふと、彼の胸には疑問が湧いた。

ほんの小さな出来事を機に生まれた、ほんの小さな訝しみは、みるみる膨らんだ。

何時までも何時までも、アレクの中に生まれた疑問は膨らみ続け、大きな不審になった。

…………そうして、やがて。

アレクは、この世の全てを遍く司りし神に、不審を抱いた。

────以降、竜王の曾孫が語った話は、ロト伝説が伝えぬ、勇者ロトの『その後』だった。

ゾーマを討ち滅ぼし、ラダトーム王城に凱旋を果たして後、一人のみで何処いずこへと消えた、勇者ロト──アレクのその後。

「……何で──

──何で、儂がこんな話を知っているのか、と問いたいのであろう?」

竜王の曾孫が口を噤んで直ぐさま、世界の何処にも残されていない筈の『伝説の先』を、見て来たように語るのは何故かと、アレンは問い質そうとしたが、見越していたのだろう竜王の曾孫は、かなりの年代物だと一目で判る帳面風の物を懐から取り出し、ポン、と卓の上に放った。

「それは?」

「アレクが残した、回顧録みたいなもんじゃな」

「本物か?」

「言うまでもなく」

「何で、お前がそんな物を持ってるんだ」

「アレク自身が、この城に隠したから」

数百年は時を経ているのだけは、三人も認めざるを得なかった帳面風のそれは、『アレクの手記』だと断言されて、まさか、とアレンは眉間に皺を寄せたけれど、竜王の曾孫は、「残念でした、本物です」とばかりに、ベーーー、と舌を出した。