─ Rondarkia Road ─
「よー……やく、ここまで来られましたけど。……ここで、邪神の像をどうすればいいんでしょう?」
「海底の洞窟に造られていた、邪教の礼拝堂の対になるような物があって、そこで邪神の像を使うのではないかしら、と私は思っていたのだけれど、何も無いわよね……」
「悩んでばかりいても仕方無いから、色々、試してみよう」
魔物の瘴気が生む毒の沼を、自身達の身を癒しつつ渡り切り、山の岩肌に縋る風にしながら身の置き場所を確保した三人は、何も無いそこで、うーーーん……? と邪神の像の使い方と使い所を暫し悩んだが。
何時までも悩んでいても……、と荷物の中から像を引き摺り出したアレンは、どうすればいいやらさっぱりだけれども、ペルポイの牢のあの老人は、『邪神の像を持つ者だけが……』と言っていたからと、先ず、地面の上に像を置いてみた。
「……駄目だな。崇めている振りでもすればいいのか……?」
「え。これを? 祈る振りをするの?」
「…………うわぁ……。想像しただけで、鳥肌立ってきました……」
けれど、そうしてみても風の流れ一つ変わらず、本気で、ものす……っごく嫌だったが、三人は、邪神に祈りを捧げる振りもしてみたけれど、やはり『不正解』で、
「喚き出したいのを堪えて試したのに……っっ」
ムゥ、と唇を尖らせ、やらずとも良かったことまでやったのに! と、「こなくそ!」の勢いでガッと両手で掴み上げた邪神の像を、アレンは掲げてみた。
────直後、大地が揺れ、目の前の岩山が揺れ、倒れまいと足踏ん張った彼等が見守る中、山が割れた。
地響きや轟音を立てながら、何者かに断たれた如く割れた山は左右にずれて、ぽかりと、真っ暗な口を開く。
「…………本当に、山が割れた……」
「な、何か、恐ろしいですね。何をどうすれば、こんな力が生まれるのやら……」
「それに、何とも言えない嫌な雰囲気が漂ってくるわ……」
「ああ。……油断しないで行こう。命の紋章を見付け次第引き上げるにしても、どれだけ掛かるか判らないし、何が待ち構えているかも判らないから」
「そうですね」
「ええ、気を付けましょう」
現れた、ロンダルキアへ続く洞窟の入り口は、生者を冥界へと誘う口のようにも、地獄の門のようにも感じられて、自分で自分を叱咤しつつ、三人は洞窟探索に挑み始めた。
「松明……は要らなそうですね」
「何で、所々に火が灯されてるんだ?」
「魔物達の出入り口でもあるからではないかしら」
真っ暗な口を潜った先は、やはり暗闇かと思いきや、人である彼等でも行くには困らぬ程度、何者かが据えた篝火に照らされており、「ああ、魔物が自分達の為に置いたのか」と言い合いながら、そろりそろりと、アレン達は歩を進め続ける。
踏み込んだばかりの、入り口も直ぐそこの所だけれども、敵の懐の取っ掛かりには違いなかろうから、何時、見たことも聞いたこともないような恐ろしい魔物に出会してもおかしくない、と神経を研ぎ澄ませ、最大限、周囲に気を配りつつ足踏み出して────。
「えっ!?」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「きゃーーーーーっ!」
……気力を削られる歩みを数歩進めたそこで、突如、彼等の身が浮いた。
正しくは、いきなり消失した足許に、揃って『飲まれた』。
「………………こう来るか」
「落とし穴ですよねえ、今の……」
「……もしかして、私達、馬鹿にされてるのかしら」
「やることが、子供染みてますよねー。引っ掛かった僕達も僕達ですけどねー……」
「アーサー……。嫌なこと言うな。全く……。──それよりも。二人共、退いてくれないか?」
「あ、御免なさい」
「庇ってくれて、有り難う、アレン」
三人を飲み込んだのは落とし穴で、原始的なれど何時の世でも大変有効な罠の一つに、物の見事に引っ掛かった彼等は、階下に落ちた。
落とし穴があった地点から恐らく地下なのだろうそこまでは、それなりの高さがあった為、落下の最中、何とかアーサーとローザを引っ掴んで抱き込み、自らを二人の緩衝材代わりすることは叶えたものの、只落ちただけでなく、二人に潰される格好になったアレンは、慌てて彼等が退いた途端、強かに打ち付けた背の痛みに呻く。
「ゲホッ…………」
「大丈夫ですか? アレン。骨、折れてませんか?」
「今、ベホマを唱えるから、少しだけ堪えて」
「いや、平気だ。骨も無事みたいだし、僕よりも二人は怪我──」
「──駄目ですよ。後から痛むかも知れないですし」
「それで私達の気が済むのだから、好きにさせて頂戴」
「……じゃあ、頼む。有り難う」
強く体を丸めて激しく咽せた彼が言った「平気」は、アーサーとローザには強がりにしか聞こえず、我慢ばっかりしない、と二人は彼を叱り、彼は二人に叱られ、ローザが唱えた治癒魔法の光が褪せるのを待って、立ち上がった。
「取り敢えず、上に戻るべきだろうな」
「ええ、どうするにせよ、その方がいいと思いますよ」
「あ、見て。向こうに階段があるわ」
そのまま、きょろりと辺りを見回してみたら、がらんとした、めぼしい物は無さそうな地下の空洞の先に、階段らしき物が一つ二つあるのが見えて、一先ず出発点に戻ろうと、アレンが一歩踏み出した直後。
ボコリ、と地面が盛り上がり、突き出された人の手が彼の足首を掴んだ。
「ちっっ」
纏わり付いてきた手は、膿み爛れた腐った死体──魔物の物で、彼が、舌打ちと共に抜き去ったロトの剣で引き摺り倒そうとする手を刎ね飛ばせば、それを合図とした風に、ボコリ、ボコリと、幾体もの腐った死体が地の下から湧いた。
「数が多い。気を付けろ」
「──ベギラマ!」
「雷の杖よ!」
土塊と腐肉を撒き散らしつつ這い出て来た腐った死体達に、瞬く間に取り囲まれ、アレンは剣を薙ぎ、アーサーはベギラマを唱えて、ローザは雷の杖を掲げる。
「この程度なら、ロトの剣でも充分に渡り合えるけれど、この先が不安だなあ……」
数はそこそこいたが、手子摺ることなく腐った死体達を一掃し、曇りを拭ったロトの剣を納めたアレンは、渋い顔をした。
「手の打ちようが無いので、何となく流してきたみたいになっちゃってますけど、ロトの剣をどうにかする方法も探さないとならないですね」
「そうね。稲妻の剣が見付かれば、少しは違うのでしょうけれど」
打開策など見当も付かなかったし、これまでは何とかなってしまっていたので、「御先祖様達に頼めば」と、半ば冗談、半ば本気の与太ばかり言っていたアーサーとローザも悩んだ風になり、
「最悪は、もう一回、竜ちゃんの所ですかねえ……」
「……それは、一寸」
「でも、背に腹は変えられないわよ、アレン」
「…………悔しいから、嫌だ。──兎に角、地下から出よう」
再度、竜王の曾孫に頼るなんて自負が許さない、とアーサーが出した案にぶつくさ垂れてから、地階への階段に向き直ったアレンは、改めて足を進めたが。
ボコッと湧いた腐った死体達に、又もや行く手を阻まれた。