水の都とロンダルキアとの往復も、これで何度目になるやら、と思いながら舞い戻ったベラヌールで、早速、収穫物を売り飛ばし、力の盾と光の剣を一つずつ買える以上の資金を得られたのを確かめて、武器屋で買い物を済ませた三人は、幾度となく世話になった宿屋を訪れ、ガイアの鎧を預かって貰う交渉をしてから礼代わりに一泊し、「もうこれで、二度と戻らない!」の決意を固めた翌日、三度目の正直ならぬ四度目の正直、と意気込みつつ、徐々に見慣れてきたロンダルキアの洞窟の、入り口前に立った。
──光の剣は、魔術とは無縁な戦士や騎士達の為に造られた剣なので、敢えて分類するなら魔法剣士に属するだろうアーサーには不向きな剣身と重さなのだが、彼等には、得物でなく魔法具として使えれば事足りる為、隼の剣と共にアーサーの腰に佩かれることになり、二つ目の力の盾は、ローザが携えていくことになった。
魔法具故に盾としては軽いとは言っても、女性の身にはやはり重い防具で、アレンは、買い求めた後も、力の盾をローザの荷物とするのに難色を示していたが、これくらいの重さなら耐えられると彼女自身が説得したのと、それまで彼女が担当していた荷物の三分の一程をアレンの荷物の中に押し込めることで、彼の『ご機嫌斜め』も、一応、直った。
メタルの欠片が採れる『はぐれメタルの皮様々』とでも言おうか、光の剣と力の盾を購入しても尚資金には余剰があったので、例の男がロンダルキア内地は極寒の荒野と言っていたからと、防寒具代わりの厚いコートやマントも入手した彼等は、幾度も幾度も自分達の装備や支度を確認してから、記憶と刻み込んで歩いた印を頼りに、やはり段々馴染んできた洞窟内を進んで、今度は労せず、ロトの鎧を手に入れた階層まで辿り着いた。
「ここまでは、すんなり来られたな」
「前回、散々迷ったお陰ですね。皮肉ですけど。ですが、問題はここからです。未知の領域ですから」
「でも、光の剣と力の盾のお陰で、格段に魔物達との戦いが楽になったから、この先も何とかなりそうだわ」
「例え駄目でも、何とかする」
前回とは比較にならない早さで、仕切り直し地点に戻れたことを僅かだけ喜んだ三人は、直ぐさま気を引き締め直し、未探検の方角へと足を進める。
それまでとは打って変わって、三度目の挑戦時同様あちらこちらを右往左往し漸く見付けた、初邂逅の古びた階段を二、三階昇ったら、無数の柱が床の下から天井の先までを貫いている、崩れ掛けた広い場所に出た。
目にうるさいまでにあった柱達の約半数程は、どうも、大昔は何らかの建造物だったらしいここが崩れた際、衝撃か何かで階下から跳ね上げられた物のように見受けられ、と言うことは、この階には、天然の落とし穴と化してしまっている床石も数多だろうと、『落とし穴落下防止道具』として世話になった長い枝を捨ててしまったことを少々だけ後悔しつつ、「一歩進んだ先には落とし穴が待っている」ぐらいのつもりで、そろそろと足を運んでみたのに、数歩と行かぬ内に、彼等は、ずぼりと音立てて階下に落ちた。
「……学習してるつもりなんだがな…………。どうして、こうも簡単に引っ掛かるんだ……?」
「今回は、仕方無いですって。何時落ちてもおかしくないまで、床のあちこちが崩れ掛けてたんですから」
「ええ。そういうことにしておきましょう。でないと、悲嘆に暮れそうだわ……」
又も、アーサーとローザの緩衝材役を果たした所為で、ビタン、と階下の床に全身を叩き付けられたアレンも、彼の上でベシャリと潰れたアーサーもローザも、埃や土や石塊塗れのそこに引っ繰り返ったまま、体でなく、自負の何処かを激しく傷付けられた如くな声を絞る。
「だな……。……まあ、落とし穴に嵌って階下に転げ落ちても、ロトの鎧を身に着けていれば怪我もない、と判っただけ良しとするか……」
「そ、そうね……」
「……ローザ、声が引き攣ってますよ。──さて、上に戻る道を探しましょっか」
そのまま一頻り落ち込んで、漸く半身を起こした彼等は、きょろりと辺りを見回した。
上階同様、その階層の床や壁も酷く痛んでいたが、こちらは上階とは異なり、一本の柱も見当たらないだだっ広いだけの空間で、四方に目を走らせてみても、階段も、通路らしき影も、一つとして無かった。
「探ってみるしかなさそうですね」
「ああ。厄介だが、それしかないな」
「行きましょう。項垂れていても先には進めないもの」
そんな辺りの有様に、どうやら面倒な所に落とされたらしい、と悟った彼等は、小さく溜息を吐いてから、壁伝いに進み出した。
迂闊に行くと、崩れた床が作り出している天然の罠に再び嵌ってしまいそうだったし、痛みこそ酷いものの、崩れる心配はなさそうな壁沿いに進む方が、危険は少ないだろうと判断して。
…………でも。
そんな思惑に基づき壁を伝い、何とか着けた、広いそこの一画に立った瞬間、もう覚えるのは幾度目になるかも判らなくなってきた、床が抜ける衝撃に三人は見舞われた。
「もう嫌…………」
「僕もだ……」
「同じくです……。あー、もー……」
前のめり姿勢のまま叩き落された更なる階下で、彼等は、今度こそ盛大に落ち込む。
「…………気を取り直して、行こうか」
「ええ。それこそ、こうしていても仕方ありません」
「それはそうと……。ここも、出口も階段も見当たらないわね。どうやって出ればいいのかしら?」
しかし、へこんでばかりいても……、と漸う立ち直って、つらりと辺りを確かめた三人は、一斉に悩んだ。
一瞥で室内の全てが見渡せてしまう程度の広さしかない狭いその部屋は、完全な密室だったから。
「ここが崩れた際に、出入り口が塞がれた……、と言う訳でもなさそうですね」
「そうね。最初から、この部屋はこういう造りだったみたい。……でも、どうしてかしら」
「普通では有り得ない構造だな。何か、理由でもあるのか?」
「かも知れません。兎に角、調べてみましょう」
自分達が落下した為に天井に空いた穴を、何とかして攀じ登る以外に抜け出す方法はなさそうな、尋常とは言えない室内に戸惑いつつも、何処かに抜け道はないかと、彼等は周囲を改め始める。
「……ん? 祭壇?」
────その直後。
狭い部屋の片隅に設えられていた台のような物を、アレンが見付けた。
高く積った埃に埋もれ掛けていた、彼の膝程度の高さを持った台は、埃を払ってみたら、立派でしっかりした造りの、紛うことなき祭壇だと判った。
同じく厚い埃に覆われた、長くて幅広の箱らしき物が乗せられた祭壇、と。
「何か、納められてるみたいですね」
「捧げ物かしら?」
「大きさからして、剣だな、多分」
手招いたアーサーとローザが祭壇前へ寄るのを待ち、アレンは箱の蓋を開いた。
施錠も封印も施されていなかった古びた木製の箱は、たったそれだけのことにも耐え切れぬまでに朽ちていたのか、バキリと皹を走らせながら開き、長らく守り続けてきた『中身』を、彼等の眼前に晒す。
────アレン達の目に映ったのは、推測通り、一振りの剣だった。
だが、それは、少々珍しい、剣としては異様とも言える形をしていた。
赤銅色した地金に黄金色の刃を被せた反りの大きな片刃の剣は、刃側の根元と、峰の上部と下部の都合三ヶ所に、刺に似た鋭い突起を持っていた。
片刃故に血抜きの為のフラーは彫られておらず、鍔も無く、地金全体を、刃と同じ黄金色した細い鋼が宙を駆ける雷光のような模様を描きながら覆っていて、容易には扱えぬ得物なのが明白だった。
恐らく、並みの腕しか持たぬ者がこの剣を振るえば、敵を刺すか斬るかした直後、刺に似た突起や地金を覆う雷光の如き『模様』に、敵の血肉を深く絡み付かせてしまう結果を招き、自らの手より剣を零す羽目になるだろうのも、簡単に想像出来た。
けれども、剣としては確かに逸品であるのに相違なく、剣身ばかりか、空色に輝く柄も、刃と同色の柄頭も、その意匠とは裏腹な神々しさを放っており。
「こ、れは…………」
「まさか、稲妻の剣……? いえ、でも……」
「…………いいえ。稲妻の剣よ。確かに、稲妻の剣」
今、己達が前にしているのは、稲妻の剣なのだろうか……、と顔見合わせたアレンとアーサーへ、輝く剣を凝視したままローザは断言した。