「僕達には見付けられていないだけで、この剣を『力』にする術は、確実にある、ってことか。…………ま、あいつは、ロトの剣の『今』に関しては悟れなかった、口程にもない奴だと言う可能性だってあるけど」
────と、言うことは、そういうことかも知れない……、と。
鞘へ納め掛けたロトの剣を再び凝視し、アレンは一人頷いた。
序でに、ロンダルキアからは遠く離れたアレフガルドの地下深くで、暇を持て余しているだろう『竜ちゃん』へ向けた当て擦りも呟きつつ。
「……あ。そう言えば、あいつ、暇に任せて僕達のことを悪趣味に覗き見してるんだったな。……なら、今の当て付けも聞いてたかな。いっそ、聞いてくれてた方がいいが。僕の溜飲が下がる」
そうしてから、竜王の曾孫には悪口も筒抜け……? と肩を竦め、早朝は屍と化していた二人も、そろそろ目覚めたかも知れない、と祠の地下に戻ったが、アーサーもローザも未だに眠ったままで、飲み物を拵えてきてから、眠り続ける二人の邪魔にならぬように部屋の反対側の隅を陣取ったアレンは、再び、考えを巡らせ始める。
しかしながら、問題解決の為の手立てとして彼に思い付けたのは、ロト伝説や勇者アレフの竜王討伐物語の中で、二人の勇者が伝説の剣を手に入れた件を思い返してみる、と言うことだけだった。
どれだけ記憶を辿ろうと、ロト伝説の中にも竜王討伐物語の中にも、役に立ちそうな伝承は見当たらなかったが。
「んー…………。あれ……? ……あ、おはようございます、アレン。良く眠れましたー……」
「ふぁ……。……おはよう…………。今、何時……?」
「おそよう。もう、疾っくに午後だ」
と、そうこうしている内に、もそもそとアーサーが起き出して、釣られたのかローザも目覚め、瞼の開き切らない目元を擦りつつ伸びを始めた二人を、少々だけアレンはからかい、
「あーー、寝たらすっきりしました。……処で、アレンは何をしてたんです?」
「外で『運動』してきた。それからは、考え事」
「あ、これ、美味しい。──考え事って?」
「ロトの剣のことで。一寸、思い当たったことがあったから」
のそのそ部屋を出て、のそのそ調理場から取ってきたアレン制作の軽食を齧りながら、何を? と問うアーサーとローザに、彼は、つい先程の思い付きを語った。
「あ、成程。そうですねぇ、言われてみれば、確かに。…………今の内に、もう一回、竜ちゃんの所に押し掛けてみます?」
「……いや、行かない。ルーラを使えば、ここと竜王城の往復も容易いが、ロンダルキアを離れたら、何となく、色んな決意が鈍りそうな気がするんだ。アーサーだってローザだって、ここの祠にもルーラの契約印が置けると判ったのに『下』に戻ろうと言い出さないのは、そう思ってるからじゃないのか?」
「…………そんな気持ちは無かったと言ったら、嘘ね。一度でも『下』に帰ってしまったら、気分的な仕切り直しが大変になるだろう、とは思っていたわ」
「あー……。それは、僕もです。……じゃあ、竜ちゃんの所に行くのは無しで。でも、そうなると……」
「まあ、何ともならなかったら、その時はその時、くらいのつもりでいた方がいいんじゃないかな。稲妻の剣があるのだし。──それよりも、二人は? 又、今から夕べの続きか?」
「はい。一寸懲りたので、出来る限り徹夜はしないようにしますけど、未だ、問題解決の糸口も見えてないので……」
「どうすればいいのかの方向性のようなものは見えてきたのだけど、その先がね……」
そこから、話は三たび竜王城へ赴くか否かになって、だが、それはしたくない、とアレンがきっぱり言った為にアーサーの案は流れ、今度は、アーサーとローザが挑み中の複合魔法開発絡みの話に移り、
「その先って?」
「やっぱり、ハーゴン達が使ったんだろう召喚魔法の性質からして、トラマナとトヘロスを組み合わせるのが一番だろうってことにはなったんですね。でも……。……トラマナはいいんです。あれは、そもそもから床だの壁だのに特殊な効力を持たせる魔方陣の力を無効化する為の術なので、従来通りの使い方が出来るんですけど、トヘロスは、そういう訳にはいかないんですよ」
「トヘロスは、トラマナのように特定の場所を対象にして結界を築く術ではないの。トヘロスを唱えると、唱えた場所から移動しても、呪文の効力が切れるまで魔物達は寄って来ないでしょう? それは、場所ではなくて、人を対象にして結界を築いているから。けれど、邪神の僕達の力を削ぐ為にトヘロスを用いるなら、場所を対象にしないとならないのよ」
「ふうん……。魔法を掛ける対象を変えるだけのことが、そんな風に言う程、大変なのか?」
「はい。それって、実は結構大きな違いなんです。例えば、えー……、大金槌で何かを斬る、みたいなことですかね。大金槌のような鈍器で、獲物を叩かずに、しかも潰さずに斬れ、と言われても困りません? 決して不可能なことじゃありませんけど、難易度は比べ物にならないまでに上がりますよね?」
「…………ああ、成程。やってやれないこともないが、甚く難しい、本来とは全く違う使い方をしなくちゃならないのか。その為の方法も、手探りで探さなくてはならない、と。……納得」
己の両脇を陣取った『魔法使い』二名にされた解説より、彼等が挑んでいることの難易度を漸く理解したアレンは、うわ……、と眉間に皺を寄せた。
「そうなの。従来とは違う使役方法を編み出して、且つ、トラマナとトヘロスを複合させないとならないのよ。悩ましいわ…………」
「何か媒体になる物に魔力と術を封じ込めた、魔法具を仕立てれば、と言う方法も考えたんです。と言うか、出来れば魔法具にしてしまいたいんです。魔術は複雑になればなる程、長い詠唱が必要になります。でも、魔法具なら術の発動時間は最短で済みます。邪神の僕達の居場所を事前に察知出来るかどうかも判らないですから、神殿内を彷徨っている内に、ばったり出会してしまった、なんてことだって有り得る筈で、その場合、直後に肝心の術を使役出来なかったら意味が無くなりますので」
「だけど、それも酷く難しいことなの。一つの魔法具でトラマナとトヘロスを同時に発動させる為には、トヘロスを掛ける対象を人から場所にするだけでなく、二つの術の使役対象も、発動条件も全く同一にしなくてはならないし、何よりも、トラマナとトヘロスを一つの媒体の中で共存させなくてはならないのよ」
「え、えと……。すまない、二人共、一寸待ってくれ。聞いているだけで、少し混乱してきた……」
だが、その後もローザとアーサーの怒濤の訴えは続き、「どうして、そんな話を僕相手にする?」と素朴な疑問を抱きつつ、アレンは今度は、皺が寄ったままの眉間を指先で押さえる。
「……あ、御免なさい、アレン。捲し立て過ぎちゃいました?」
「私も御免なさい。鬱陶しい愚痴を零してしまったかしら」
「……いや、別に、過ぎたとも鬱陶しいとも思わないが……。…………そのー、な? やっぱり、僕には能く判らない分野の話だから、正直、アーサーの言うこともローザの言うことも余り理解出来ないのだけれど。あの……、一つ、訊いていいか?」
「はい。何をです?」
「トヘロスを、直接、邪神の僕達に掛けちゃ駄目なのか?」
「……え?」
「だから、その。何と言えばいいか……。……その、魔術に関してはずぶの素人の言う戯れ事だと思って聞いて欲しいんだが、トヘロスは、人や物に掛ける術なんだろう? だったら、僕達じゃなくて、敵相手に掛けてしまえばいいんじゃないか、と思ったんだけれど……。──その『場』に聖なる力が生めればいいんだろう? だったら、トラマナはトラマナとして使役して、トヘロスは、掛ける相手だけを変えて使役すれば事は済むし、魔法具も、別々に作ればいいんじゃ? と単純に考えただけなんだが……。……駄目なのかな」
そんなアレンの態度から、自分達にも難題過ぎる話を、魔術に関しては……、な彼相手に、愚痴兼ねて盛大にぶつけてしまった、と気付いたアーサーとローザは慌てて詫びて、アレンは、ちょっぴりシュン……、となった彼等の気分を浮上させようと、話や愚痴に付き合うくらいなら僕でも出来るから、とのつもりで咄嗟の思い付きを適当に口にした。
自身の言葉通り、魔術に関してはずぶの素人の言う戯れ事を聞けば、きっとアーサーもローザも、そんなこと、と笑うか呆れるかするだろう、とも思って。
道化役を務めようと。
……でも。
「トヘロスを、私達にでも場所にでもなく、魔物相手に使役……」
「…………成程……。その方が、遥かに……」
アレン曰くの戯れ事を聞き終えた直後、狐に摘まれたような顔になったローザとアーサーは、瞬く間に揃って甚く真顔になって、ガバっと立ち上がった。