手土産の、甘い甘い菓子が詰まった箱を寝惚け眼で凝視しながら、お菓子にはお茶が……と、やはり寝惚けた声で求め出したアーサーとローザの言う成りになって、はいはい、とアレンが直ちに茶を淹れてきたので、戻ったばかりの彼と、目覚めたばかりの彼と彼女は、午後も早い内から茶の一時に傾れ込んだ。
美味くは感じられなかった軽食でとは言え、一応は腹を満たし終えている、甘味は一寸……、なアレンが、茶菓に手を出そうかどうしようか悩んでいる横で、むぐむぐと林檎や木の実の焼き菓子を頬張り、茶も啜ったアーサーとローザは、漸く頭が働き出したのか、アレンの分まですっかり食べ終えてしまった菓子の出所を知りたがり、ベラヌールの例の店でアレンが買い求めた物、と言うのを知った後は、彼がベラヌールまで何をしに行ったのかを知りたがり、これを調達しに行って来たのだと、アレンが荷物袋の中から魔導士の杖を二本も引き摺り出した直後には、喜びと、喜びでは決して無い何かが織り混ざった甚く複雑な表情を、二人揃って拵えたが。
そんな彼等の様子には気付かぬまま、「向こうで食事も摂ってきたけれど、一人きりの食事は酷く不味かった」とアレンが洩らしたら、アーサーもローザも瞬く間に喜びのみで満たされた笑顔を浮かべ直し、魔法具制作に取り掛かり始めた。
その作業には、アレンも力仕事担当で駆り出され。
彼が痛めぬように苦心して杖から外した二つの宝珠より、ローザが最初から宝珠に封じ込められているギラを生む為の術と魔力を取り除いて、只の宝珠となったそれを、今度はアーサーが清め直して、そういう意味で『綺麗』になった宝珠達の片方にはトラマナの術と魔力を、もう片方にはトヘロスの術と魔力を、アーサーとローザがそれぞれ籠めて。
「出来たー! 出来ましたよ、アレン、ローザ!」
「ええ! 何とかなったわね!」
造り上げたそれが、思った通りに使えるか否かの試しを終えたアーサーとローザは、安堵と歓喜を迸らせた。
「へぇ……。魔法具は、そうやって造るのか。初めて見た。……なあ? 決して、二人の腕前を疑う訳じゃないんだが、本当に、例のことの目的は達成出来るのか?」
『魔法使い』達に口で説明された時には容易く感じられた、が、実際は、この上無く複雑怪奇だった魔法具製造過程を目の当たりにし、感心した風に目を瞠ったものの、どうしてもピンとは来なかったアレンは、作り替えられたばかりの宝珠を一つ手に取って、微かに首を傾げる。
「はい。試しも成功しましたから、問題無い筈ですよ」
「でも、トラマナは兎も角、トヘロスは、強い敵相手には意味が無い術だろう?」
「……ああ、貴方は、そこを気にしていたのね。──大丈夫よ。確かにトヘロスは、その程度の結界など物ともしない力を持った魔物には無益な術よ。でも、この二日、唸った甲斐あって強化は出来たし、夕べアレンが思い付いてくれたように、トヘロスの結界で魔物自身を包んでしまえば、その限りではないわ。私達にとっては恵みになる聖なる結界も、彼等にとっては害にしかならないから、トラマナの術で召喚魔法の為の魔方陣を無効化した場に────」
「────あー、御免。判った。使えるならそれでいいんだ、うん」
すれば又、『魔法使い』達の解説が始まったので、その手の専門的な話はもういい、とアレンは慌てて話を打ち切り、
「あら、そう?」
「ああ。大丈夫。二人が問題無いと判断したなら、僕はそれで。──兎に角。これで、ハーゴンの神殿を目指せる目処が立ったな」
語り足りなさそうなローザを笑顔で誤摩化した彼は、傍らに座る二人へ改めて向き直って、明日には、ハーゴンの神殿目指して祠を発とう、と告げた。
「………………はい。でも、やっぱり、慎重に行きましょう。無理は禁物ですよね。先ずは、この祠からハーゴン達の神殿までの道を開拓しないとなりませんから」
「ええ。何度往復させられても、それが当然、くらいの心構えでいないといけないと、自分に言い聞かせなければ。…………少しずつでいいのよね。少しずつでも、ハーゴン達の許に近付ければ、それで」
「うん。構えずに、のんびり行こう」
「ですね。──あ、アレン。結局、ロトの剣は……?」
「…………もう、多分、どうしようもない。腰に佩いてはおくけれど、ま、お守りと思っておくとするよ」
「……判ったわ。アレン、貴方がそれでいいなら。──では、明日には」
「はい。明日には」
「────じゃ、支度して休もう。随分と長く、この祠に留まってしまったが、明日からは又、雪原を行かないとならないから」
…………明日には、と。ハーゴンの神殿を目指して、と。
そう告げたアレンに、アーサーもローザも、しっかりとした頷きを返し、暫しだけ語り合ってから、三人は、揃って寝支度を整え始める。
散々に散らかしてしまった部屋の中を綺麗に片付けて、詰めた荷物を確かめ直して、横一列に並んで夕餉を拵え、拵えたそれを共に摂って、湯浴みも済ませ。
明日には、そして明日から、再び『最後の敵』目指して。
何が遭っても倒さなくてはならないハーゴンのみを目指して、広い広い雪原を往けるように、仲良く寝床に潜った彼等は、就寝の挨拶を交わして直ぐ、部屋の灯りを落とした。
翌朝。
これまでに過ごしてきた日々と同じく、各々の習慣を終え、身支度も終え、アレン達は、ロンダルキアの祠を後にしようとした。
「アレン・ロト・ローレシア」
だが、簡潔に、随分と世話になったことと、これより祠を発つ旨を彼等に告げられた守人の彼は、アレンを呼び止める。
「何か?」
「……これを」
そうして守人は、振り返った彼へ、懐より取り出した小さな珠を差し出してきた。
「これは?」
「『復活の珠』と呼ばれている宝珠だ。ハーゴン神殿を目指しての道に詰まった時。この祠へ戻る必要が生じた時。その珠を用いれば、その場にてルーラの契約印を結ぶことが叶う。……その意味は判るな?」
「…………ああ、判る」
「その珠があれば、其方達の道行きの助けにはなるだろう。持って行くといい。────伝説の勇者、ロトの子孫達に光あれ」
押し付ける風に守人の彼より手渡された珠は、一見は、何の変哲も無い水晶玉に見えた。
だが、高く掲げて光に透かしたら、珠の中央部分に何らかの紋章らしき模様が封じ込められているのが判り、何やらの力も籠められているもの感じられ、
「……感謝する。──では、又、後日。一晩か二晩、厄介になりに来る」
受け取ったそれを、ルーラを使役出来るアーサーに預けてから、アレンは、守人にもその後ろに控える尼僧にも頭を下げて、踵を返した。
彼に倣い、アーサーもローザも、無言のまま守人達へと会釈してから身を翻す。
「……何のつもりなのやら」
「さあ? でも、譲ってくれると言うんです、黙って受け取っておきましょう」
「そうね。便利な品には違いないでしょうから。あちらの思惑は、どうでもいいわ。兎や角思い巡らせても、今更過ぎるもの」
「………………確かに。────さ、行こう」
「はい」
「ええ」
祠の扉を潜ったそこで、『復活の珠』とやらを譲り渡してきた守人達──精霊達の思惑を、ほんの少しだけ勘繰り肩を竦めてから、まあ、そんなことはどうでもいいか、と。
三人は、一斉に前へ向き直り、眼前に広がる、荒涼とした雪原へと足踏み出した。