「アーサーっ!!」
風を切る音を立てて振り被られた棍棒が狙い定めた先は、光の剣を掲げたアーサーだった。
煌めきと共にマヌーサの霧を生んだ剣を納めようとしていた彼と、振り下ろされた棍棒との間に身を抉じ入れたアレンは、盾で敵の攻撃を逸らすと同時に剣を振るったが、悪魔獣族の中では最上位近くに位置するデビルロードさえ一太刀で屠った伝説の剣を以てしても、致命傷を与えるには至らなかった。
「くっ……。硬い、な……っっ」
打ち据えられた青鍛鋼の盾が、ガインと耳障りな音を立てた時から、アトラスの一撃の余りの重さと威力に彼の左腕は感覚を失くすまでに痺れていて、それを気にしつつも急所と思しき所は狙ったのに、堪えた様子を巨人が見せぬのは、鋼の如き強靭な体躯をしているからなのだろうと、痺れの代わりに痛みを訴え出した左腕を無視した彼は、戦いながらも思案を始める。
ロトの剣すら容易には通さぬ体のアトラスを討つには、どうしたら良いかと。
「──精霊よ、スクルト!」
「アーサーっ! 逃げてっ!!」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
その間にもアトラスは、再度狙い定めた、スクルトを唱え終えた直後の無防備なアーサー目掛けて得物を振り回し、吹き飛ばされた彼は叫びを放った。
「アーサーっ!! ──ローザ、彼を頼む、治癒を!」
「ええ! ……精霊よ──」
「──……っ。ローザ、僕なら大丈夫……です……っ。癒しは力の盾でします、こっちは気にしないで下さいっっ。──アレン! アトラスが僕を狙い撃ちしている今の内に!!」
確実に何本かの骨が逝ったのだろう彼が上げた悲鳴に、アレンとローザは顔色を変えたが、アーサーは、自分には構うなと気丈な声を張り上げる。
「ローザ、もう一度だけルカナンを頼む!」
「はい! ──精霊よ、ルカナン!」
その屈強な体躯故か、巨人族は、攻撃呪文を弾き返してみせる者も多く、ローザにイオナズンを放たせてみても、通らなければ彼女の魔力を浪費するだけだと、ルカナンの使役だけを求めたアレンは、アトラスとは己の剣のみで立ち合うしかないと思い定め、巨人族の長の眼前に立ちはだかると、幾度も、丸太のような両足を斬り付けた。
一太刀や二太刀程度ではアトラスはびくともしなかったが、棍棒が振り被られる度引いて、再度突っ込んで、を繰り返し、足のみを狙い続けていたら、漸く、彼の思惑通り、アトラスの体が前へと傾ぎ、そこを狙い澄まして床を蹴った彼は、剣を真上目掛けて突き出す。
──何処も彼処も鋼の如き硬さを誇るアトラスの身体の中で、唯一剣で以て貫けるのは、あの一つしかない目だけだろうと思った。
その考えに従い、彼は、己の方へと傾いできた──即ち、『低い位置』になったアトラスの顔面の、上半分の殆どを占める大きな一つ目にロトの剣の切っ先を食い込ませ、
『ウギェアウガァァァァ!!』
唯一の目を潰されたアトラスは、叫びを轟かせつつ身も仰け反らせた。
顔面に剣先を食い込ませたまま巨人が背を逸らせた所為で、アレンは体毎振り回されたが、両手で握り直した剣を支えに持ち堪え、次いで身を縮め、巨人の喉元に両足を着いた彼は、全身で剣を押した。
…………ズッ……ガツリ……、と生々しい音が切っ先から湧き、直後、ロトの剣はアトラスの頭部を貫く。
「アレン!」
「あ、アトラスが!」
────ロトの剣に貫かれた瞬間、叫びを放つ間もなく、巨人族の長は事切れたようだった。
……と同時に、身の丈がアレンの三倍はあった巨体が、辺りの景色と空気に溶け始めた。
「え? ……うわっ!」
見る見る、アトラスの実体は向こう側が透けるまでに薄くなり、やがては、ふい……と掻き消え、支えと足場を失ったアレンは、石床目掛けて落下する。
「アレン、大丈夫ですか?」
「ああ、僕は。それよりもアーサー、君は?」
「平気ですよ。力の盾で癒しましたから。骨もくっ付きましたし、痕だってありませんよ」
「何とかなって良かったわ……。……でも、アトラスはどうして消えてしまったのかしら」
「……もしかしたら、あの巨人は、実体のようで実体で無かったのかも知れません。生け贄を捧げて召喚した、悪霊神とも言える魔物ですから、アトラスが本当に存在しているのはこの世界では無く別世界で、彼の真実の身体も、そこにあるのかもですね」
尻餅は突き掛けたが、怪我も無く床に下りたアレンの傍らにアーサーとローザは駆け寄り、亡骸──否、実体が掻き消えてしまったアトラスが事切れた、今は何も無いそこを三人は見上げた。
「兎に角、倒せたことを良しとしよう。しかし……、ロトの血は凄く邪魔だ、とは、どういう意味だ? 闇の力の源だったゾーマを滅ぼしたアレク様──伝説の勇者ロトの存在も、その血を引く僕達も、魔物にとっては忌々しいだけのモノなのだろうから、そういう意味で、アトラスが邪魔と言ったならいいんだ。でも、アレク様とアレフ様は、ハーゴンは僕達を自分の許に誘き寄せようとして……、と仰っていたし……」
「…………ひょっとしたら、魔物達は、ハーゴンのその考えを知らされていないのかも知れませんね。彼が、旅の最中では僕達を殺すつもりが無かった、と言うのが事実なら、そういうことになりませんか?」
「そうね……。だけど……、そうするとやっぱり、ハーゴンは何故そこまで……、と思わざるを得ないわね」
「うーん……。ですが、それは恐らく、ハーゴンが口を割らない限り、答えの出ない問いだと思いますよ。ハーゴンを倒せても、答えは知れない問い」
「……かもな。…………まあ、いい。上に行こう」
アトラスは討てたが、その呟きの意味は知れず。
唯、考えを巡らせた処で、呟きの意味も、ハーゴンの意図も、永遠に答えは見付からぬかも知れぬと思わされて。
己達はこのまま、ハーゴンが待ち構えているだろう、この塔の最上階を目指し続けていいのだろうか、と漠然と悩みながら、三人は五階に続く階段に足を掛けた。
彼等の誰もが覚えた不安のような想いを、彼等の誰も、口にはせぬまま。
向かった五階は、石に囲まれた、扉の無い小部屋風になっている所が幾つか連なっている、やはり、構造だけは単純な階だった。
一、二度、はぐれメタルらしき小さな魔物の姿が視界を掠めたけれど、長い旅の中で培ってしまった、メタル系のスライムを狩らずにいられないと言う性分も疼かせず、三人は先を急いだ。
塔と塔を繋ぐ回廊のような場所を行かされた訳では無かったが、外壁の無い、何処からでも空が窺えるその階を取り巻く風景から、右の塔から左の塔へと自分達が移動しているのは判り、左の塔の北側の端の、幾本もの石の柱で囲まれた所に六階への階段があるのと、その手前に、アトラスの時のように、召喚の魔方陣が置かれているのも判った。
「次は、バズズかベリアル、か」
「はい」
「悪魔族か、悪魔獣族かの違いね。何方にしても悪魔だけれど」
ぶん投げても壊れることは無いらしい、四階を出る時きちんと回収した宝珠を、アーサーとローザは再び、二つ目の魔方陣目掛けてぶん投げる。
だから、「今は良くても、きっと何時かは壊れるな……。と言うか、ああやって投げ付けないと発動しない魔法具なのか?」と場違いなことをアレンが思っている内に、二つの宝珠は力を発揮し、シルエットはデビルロードやシルバーデビルに能く似た、その全身を赤紫色の長い毛で覆った悪魔獣族が姿を現した。