アレンの心底の疑問を無視し、三度みたび目の魔法具のぶん投げをアーサーとローザがやり遂げた直後。

彼等の推測通り、形はアークデーモンそっくりの、が、あれとは違い、体全てを金色に輝かせる、三つ叉の矛を手にした魔物が現れた。

アトラスよりは低いけれども、アレンの二倍は身の丈があり、横幅もあった。

要するに、それだけ巨大、と言うこと。

『ロトの血を引く者共は、随分と不味そうな魂をしている』

バズズは、三人の血肉を値踏みした風だったが、ベリアルは、彼等の魂の値踏みをしたようで、美味そうに見えない、と呟くや否や、大きく息を吸い込み灼熱の炎を吐き出す。

「アレン! 私達を構っては駄目よ! ──精霊よ、ルカナン!」

「攻撃に専念して下さい! 僕達は水の羽衣だって着てるんですから! ──スクルト!」

されど耐え、ローザとアーサーは詠唱を紡ぎ、体に引き付け構えた盾の影から、アレンは剣を繰り出した。

精霊の守護の盾を厚くすべく、再度スクルトを唱えたアーサーは逸早く治癒魔法の詠唱に入り、ローザは二度、三度とルカナンを唱え続けて、

「うっ……。こ、の……っ!」

無言のまま突き出した矛の叉でロトの盾の縁を捉え、盾毎、左腕を関節から捩じ切ろうとしたベリアルとの力比べを強いられたものの、何とか踏ん張ったアレンは、矛の中程を握り締める魔物の左手首から先を斬り落とす。

支えの片方を失った矛の先は垂れ、石床をカランと弾いて、アレンの片腕をもぐ筈が、己の片手を失う羽目になったベリアルは、瞳に怒りを灯した。

────イオナズン!!』

「させない! ──イオナズン!」

かなり憤ったのだろう、次いでベリアルは、右手のみで滅茶苦茶に矛を振り回しながらイオナズンを唱え、しかし、その身から迸った魔力より、そうと悟ったローザは、ベリアルの眼前で球状に膨れ上がったイオナズンの光に、同じくイオナズンをぶつける。

共に、閃光と疾風を孕む力の塊りは、ぶつかり合い、そして爆ぜ、敵味方の別無く襲い掛かりつつも、全く同時に消滅した。

その隙を縫い、アレンはロトの剣を振るい続けたが、ベリアルも直ぐに傾げた体を立て直し、再び炎を吐く。

逆巻く火炎を、三人はそれぞれ、ロトの盾と水の羽衣で防ぎ、

「もう一度行く!」

──ベホイミ!」

──ベホマ!」

再びベリアルの懐に突っ込んだアレンと、彼にベホイミを掛けたアーサーと、そのアーサーへのベホマを唱えたローザの声が重なった。

「二人共、そのまま術か盾で治癒を続けろ! 無駄になってもいい!」

脚鎧や肩当ての隙間や、兜のバイザーの繋ぎ目より忍び込んだ、矛の先や炎に肌を裂かれ焼かれても、アレンは剣を振るう手を休めず、治癒の力を迸らせ続ける二人は、時に身を守りつつ己や仲間達を術で庇い────やがて。

ロトの剣は、ベリアルの胸を深々と断った。

……絶命を迎える直前、アトラスは叫びを放ち、バズズは嗤いを零したが、ベリアルは、微かな呻き声すら洩らさず、唯、何処となく詰まらなそうな、物足りなさそうな表情をアレン達三人の瞳に焼き付け、この世界から消え去った。

邪神の僕達の中では最も手強かった、金色の悪魔の最期を目にした刹那、もしかしたら『わざと』なのだろうかと、そんな思いが脳裏を掠めたが、アレンは、わだかまりとも言えるそれを、ぐっと飲み込む。

言葉にする必要は無いし、してはならぬ、と直感した。

それ処では無かった所為もあって。

アーサーとローザが二人掛かりで治癒を続けたにも拘らず、炎の息や、尖った矛の突きや、イオナズンの閃光や爆風を受けた三人の身は、未だに傷付いていた。

「手子摺ってしまったわね。強かったわ……」

「ええ。しもべの中では、ベリアルが一番、実力があったかと。でも、この程度なら、どうとでも出来ます」

たった今、アレンがいだき掛けたような思いは、アーサーやローザには湧かなかったのだろう。

ベリアルを倒し遂せたことに安堵しながら、二人はホイミやベホイミを詠唱し始める。

「有り難う、二人共。でも……、癒して貰わない訳にはいかないんだが、そんなに魔力を使って大丈夫か? 次にやり合う相手は、ハーゴンだ」

「心配要りませんよ。ローザも僕も、自分の癒しは力の盾だけで済ませましたから」

「極力、魔力を消耗しないように意識したから、平気よ。でも、念の為、祈りの指輪を使っておくわね」

常のように、幾つもの手傷を跡形も無く癒してくれた二人に感謝しつつも、もし、魔力を疲弊させてしまったなら、と気遣い出したアレンへ、心配ご無用、とアーサーとローザは笑み、壊れないでくれ、と呟きながら、それぞれ手に嵌めた、魔力を分け与えてくれる指輪へ祈りを捧げた。

「……うん。ベリアルとの戦いで使った分の魔力は補えました」

「準備万端ね。壊さずに終えられたから、ハーゴンとの戦いでは、魔力のことは余り気にせずにいけるわ」

「なら、良かった。────そこの階段を昇れば、恐らく最上階だ。ハーゴンもいる筈。……アーサー。ローザ。……いいんだな?」

僅かな時を要した短い祈りのみで彼等は目的を達し、支度は整ったと告げた二人を真剣な眼差しで見返したアレンは、覚悟の方の準備もいいか、と問う。

「はい」

「ええ」

その問いに、アーサーとローザが直ぐさま返したのは、一言と頷き。

「…………判った。行こう。これで最後だ」

ならば。

覚悟も定まっているならば。

最早、言うべきことは何も無い、最後の戦いに挑むのみだ、とアレンは踵を返した。

半歩だけ遅れて、アーサーとローザも後に続いた。

ハーゴンは、いざなったロトの末裔達の訪れを、三人は、敵討ちと邪神教団大神官との決戦を、それぞれ望んだ邪教の神殿の最上階にて、どんな真実が待ち受けているかは不鮮明なままなれど、彼等の足取りに、迷いも乱れも無かった。

────残り後一度となった戦いを制すれば、敵討ちは叶い、胸に在る全ても世界も守れ、長かった旅は終わる。

何も彼もに決着が付く。

そして、それを必ずや、勝利で以て。

…………そう信じて、誓って、彼等は、数多の人々の命と引き換えに何処いずこより招かれた、邪神の僕の全てを倒し遂せた右塔六階を後にした。

──七階。

言い換えれば、ハーゴンの神殿・最上階。

そこは、右塔と左塔を土台に築かれた屋上のようになっており、天井は無かった。

外と内を隔てる壁も無く、その代わりに、異形らしきモノを象った大きな像が四方全てを囲う風にずらりと並べられていて、外壁の役目を果たしていた。

階中央部分は、きちんと手を加えられた石の壁で囲まれており、その内は、最上階の八割程度に相当する広さがあるらしく、中への出入り口は、階段から見てみた限りでは南側に一つしか無いようだった。

幾つも並ぶ異形の像と内壁との間の床は、全て魔方陣を刻まれた罠床で、アーサーが静かに低くトラマナを唱え終えて直ぐ、心の臓の鼓動すら止まれと言わんばかりに、己達の何も彼もを潜めて、三人は、つい先程まで青白く輝いていた、しかし今は只の床を、一歩ずつ踏み締めながら、時を掛けて行った。