「アーサー殿下!!」
三人が、大きな正門を視界に収められるまでサマルトリアの都に近付いた時、門前で右往左往していた、貴族らしい出で立ちをした初老の男性が、パッと動きを止めて声を張り上げ、アーサーを呼んだ。
「あれ……? うちの宰相ですね。どうして、僕達が今日到着するのが判ったんでしょう?」
「アーサー殿下、お帰りなさいませ!」
何処の国でも、宰相や爺やは小言好きなのか、「叱られるー……」と及び腰になりながら、何で宰相があそこで自分達を待っていたのだろう、と小首を傾げた彼へ、サマルトリア宰相は一直線に駆け寄り、アーサーの右手を両手で握り締めてブンブン振りつつ、喜びを迸らせながらも小言を始める。
「お待ち致しておりました! 殿下のお戻りは今日か明日かと、国王陛下もリリアーナ様も、私とて、一日千秋の思いで……。それにしても、一体何をしておられたのですか、殿下は……。ムーンペタより、ローザ殿下の名代を務めておられる賢者殿から、殿下方がサマルトリア目指して彼の街を発たれた、との報せの文が鳩で届けられたのは、もう半月も前のことですぞ。いいえ、そもそも! 殿下方がハーゴンを討たれただろう日から、幾日経ったとお思いですかっ! 何故に、ルーラをお使いにならなかったのですっ」
「え。……それは、まあその。色々と、あのー……。…………と、取り敢えず、城に行きましょうかっ。ねっ? そうしましょう、アレン! ローザ! ──ほらほらっ。お二人をご案内しないとなりませんからっ」
だから、思った通りお説教からだった……、と焦ったアーサーは、慌ててアレンとローザを盾に誤魔化し、
「おお! そうでございました! ──では、殿下方。ささ、馬車の方へどうぞ」
小言は後回しにするべきだったと、ばつが悪そうに笑んだサマルトリア宰相は、いそいそと、待たせておいた馬車へ三人を導いた。
彼等と宰相の四名を乗せた馬車は、王城目指して優雅に王都を行き出し、「あれは王家の馬車だから、と言うことは……」と、大通りに押し寄せて来た人々の熱気に送られながら王城の正門を潜って、正面の車寄せでピタリと停まった馬車より三人が下りれば。
「お兄ちゃ──じゃなかった、兄上! お帰りなさいませ!」
凱旋する兄の為に着飾った様子のリリアーナ姫が、ドレスの裾翻しつつ城内より駆け出て来て、アーサーに飛び付いた。
「ただいま、リリアーナ。でも、今のは一寸、行儀が悪いです」
おっと、と受け止め、嬉しそうに笑みながらも、アーサーは彼女を嗜めてみせる。
「はーい……。でも、嬉しかったから……。────アレン殿下も、ローザ殿下も、お帰りなさいませ」
「ああ。有り難う、リリアーナ殿下」
「お陰様で、無事に戻って来られたわ」
「はい。ご無事で何よりです。……処で、あの。兄上が、ご面倒をお掛けしたりしませんでしたか?」
「面倒って……。……あのですねぇ、リリ。どうして、そう生意気なことを……」
「だって、お兄ちゃん、暢気者なんだもの」
「リリアーナ。お兄ちゃん、じゃなくて……」
アレンやローザにも零れるような笑みを向け、が、飛び付いたアーサーからは離れぬまま、嗜められたばかりなのに、しれっとリリアーナは言って、故に、アーサーは肩を落としたけれど。
「…………中、行きましょっか」
「お兄ちゃん、か」
「お兄ちゃん、ね」
「……何が言いたいんですか、アレンもローザも。全く…………」
今は何時も以上に馬耳東風な、興奮の所為で猫被りも出来ていない妹に説教を続けても無駄だ、と思ったらしい彼は、張り付く彼女毎城内へ向き直って、「そうかー。アーサーは私的には、妹君から『お兄ちゃん』って呼ばれてるんだー」と、アレンとローザはニタッと笑みつつ、『仲良し兄妹』の後に続いてサマルトリア城内へ入った。
城内を少し進んだ所でリリアーナ姫とは分かれ、玉座の間に向かった三人は、サマルトリア国王に謁見した。
「父上。アレン殿下、ローザ殿下と共にハーゴンを討ち倒し、只今帰還致しました」
「うむ。三人共、大儀であった。何よりも、無事で良かった……。──ロトの血筋が力を合わせ、再び平和を取り戻した。こんな嬉しいことはない!」
「はい。有り難うございます、父上」
「我が息子、アーサーよ。良くやった! だが、未だ其方には一仕事が残っておる」
「一仕事、ですか?」
「そうだ。ローレシアまでアレン殿と共に参り、盟主国での報告も済ませなければならんぞ」
「……ああ、そのことでしたら、固よりそのつもりです」
言い交わしている科白は至極真っ当なのだが、王とアーサーの性格故にか、どうにも、おっとり且つ、のんびりした会話にしか聞こえぬやり取りを父子が終えるのを待って、アレンとローザもサマルトリア王に挨拶と報告をし、最低限のことは済ませた三人が、一先ず、アーサーの自室に引っ込めば。
「お兄ちゃん! お父様とのお話、もう済んだ? 私ね、お兄ちゃんのこと見直しちゃったの!」
待っていたとばかりに、茶の支度が乗った盆を携えた女官を引き連れ、リリアーナ姫が押し掛けてきて、
「だから! リリアーナ、僕の話聞いてますっ!?」
「……アーサー。こればっかりは、諦めた方がいいんじゃないか……?」
「私も、そう思うわ。その方が早いわよ、アーサー」
「諦めるって、何をですか、お二方? ──って、それはそうと! お話を聞かせて!」
人前でお兄ちゃんって呼ぶなー! と喚くアーサーを宥めながら、彼等はリリアーナ姫のお喋りに付き合い、夕刻からは、サマルトリア国王主催の正餐に列席し、としつつ、一晩をサマルトリアで過ごして──翌日。
次に行く先はローレシア王都、と。三人は、サマルトリアを後にした。
今度こそ、本当に最後の、そして、二年数ヶ月前より続けてきたそれと比べれば、余りにも短い旅をする為に。
サマルトリア王都の外まで馬車で運んで貰い、そこからは徒歩の旅に戻った三人は、始めの内はやはり、毎度のお喋りに興じていた。
「夕べは、ムーンペタの時以上に喋り疲れた……」
「色んな人に、ハーゴンを討った時の話をしてくれとか何とか、ねだられましたからねー……」
「訊きたい気持ちは判るのだけれど、何度も同じ話をさせられたのは、一寸よね」
「けど、多分、ローレシアでも同じ憂き目に遭うような……」
「……でしょうねー…………」
「それだけでは済まない気もするわ……。……って、ああ、そう言えば。アーサー、宰相殿に、ルーラを使ってローレシアまで、みたいなことを言われていなかった? こんな風にしていて平気なの?」
「ああ、大丈夫ですよ。父上のお許しを貰いましたから。……どうも、未だ別れたくないと僕達が思っているのが、父上にはバレてるみたいなんですよね」
「…………あ、お見通しなんだな。成程……」
そんな風に、夕べの正餐のことだったり、サマルトリア王のことだったりを語りながらの彼等の足取りは、軽快そのものだったけれど。
「ローレシア、か」
「終点、ですね」
「ええ。私達の旅の終点」
サマルトリア王都が見えなくなった辺りから、三人の口数は徐々に少なくなり、足取りも重くなって、一様に肩を落とした風になる。
………………だけれども。
時には立ち止まりもしたけれど。
彼等は、サマルトリア王都とローレシア王都を繋ぐ南街道を、東に向けて辿り続けた。