命を差し出そうが運命を差し出そうが。
開き直って挑戦者となろうが、勝てないモノには勝てないけれど。
戦いなんて、そんなものだけど。
激闘──って、自分で言うのは照れ臭いね。でも、本当に激闘だったんだ──の末、俺達は、ゾーマに勝てた。
あいつを、倒せた。
あの戦いを端から見てた者がいたら、何とか彼んとか、と言っただろうけど、それでも。
実感は、直ぐには湧かなかった。
え? と思った。
咄嗟に、俺はゾーマに騙されてるか、さもなきゃ、からかわれてるんだとすら思った。
けど、あの瞬間は、夢でも嘘でも無く。ゾーマは、俺達の目の前で消滅していった。
『アレクよ……。善くぞ儂を倒した。だが、光在る限り、闇も又在る……。儂には見えるのだ。再び、何者かが闇から現れよう……。だが、その時、お前は年老いていて生きてはいまい』
消滅の最中、高らかに笑いながら、そんな、不吉な予言とも言える『遺言』を告げて。
──それから後のことも、伝説が語る通り。
ゾーマが消滅した直後、あいつの城は崩壊を始めて、あちらこちらから火の手が上がり、リレミトで脱出しようとしたけど、どうしてか魔術が使えなくて、地上目指して走り出したら足許にぽっかり空いた穴に飲み込まれて、あ、と思った時には、ラダトーム王都の北の『魔王の爪痕』の罅割れから吐き出されてたのも。
魔王の爪痕から這い出る際、俺が掲げた光の玉から、この世界を満たした光が迸ったのも。
全て終わった。終えられた……、と漸く安堵した途端、グラリ……、と地面が、否、世界が揺れて、頭の上で何かが閉じたような音がしたのも。
……何が起きたか、やっぱり咄嗟には判らなかったけど、直ぐに知れた。
ゾーマの消滅と共に、ギアガの大穴が閉じたんだと。
俺達は、平和や平穏と引き換えに、自分達の世界に戻る術を失ったんだと。
…………そうと悟った俺達の間には、暫し、沈黙が下りた。
少し足掻いてもみた。
ルーラで、アレフガルド大陸のあちこちへ飛んで、話を聞き回ってみたり、上の世界に戻れないかと試してみたり。
けど、駄目だった。どうしようも無かった。
だから、やっぱり言葉で言うなら開き直って、ラダトームに行った。
他に当ても無かったしさ。
案外、受け止められるものだよ。少なくとも、俺達は受け止められた……かな。
今だけでも、と現実を受け入れた──つもり。
向かったラダトーム王都は、バラモスを倒して戻ったアリアハンのように、結構な騒ぎになってた。
世界に光が戻ったこと──生まれた、じゃなくて、戻った──、世界から禍々しさや怠惰な気配が消えたこと、それらから、皆、ゾーマが滅ぼされたと悟ったらしかった。
昔は、ゾーマ討伐を志した勇者達が、数多ラダトームから旅立って行ったそうだけど、当時、そんなことをしてたのは俺達だけで、だから、ゾーマを倒したのは俺達だってことも、アレフガルドの人達には判ったみたいで、戻った俺達を、物凄い歓声と共に迎えてくれた。
色んな人に背中を押されて、王城へ行って、ラダトーム王──ラルス一世にも出迎えて貰って、お褒めの言葉を頂いて。
俺は、真の勇者のみに与えられる、ロトの称号を授かった。
──勇者ロト。
それが、ゾーマを討った俺が得たもの。
────その時は、ラダトーム王城の玉座の間で催された祝典も無事に終わって、直後には、祝宴も催された。
……あれはあれで、楽しかったよ。
ゾーマはいなくなって、魔物の脅威も去って、平和がやって来て、世界が光に包まれたと、心から喜ぶ人達の笑顔が見られたのは嬉しかった。
達成感もあったかな。
だけど。
俺は、凄く賑やかで華やかだった、人々の笑顔だけが溢れてたあの宴の真っ最中、一人だけで、皆の前から姿を消した。
この先は。
君達が知る『ロト伝説』の続きだ。
あの宴の夜、ラダトームからも、仲間達の前からも、一言も言い残さず黙って姿を消した、勇者ロトの『伝説』の続き。
ギアガの大穴が閉じてしまって、自分の世界に戻れなくなったと悟り、何とかならないものかと、アレフガルドの街々を飛び回っていた最中。
例えば、マイラの村にいた占い師の老婆に。
例えば、ラダトーム城の不思議な老人に。
口々に言われた。
この世界に骨を埋めろ、と。
後の世の為に、勇者の血筋を残せ、と。
もう、元の世界には戻れないんだと受け止めはしたけれど、やっぱり、全ての覚悟は決まり切っていなかったんだろう俺に。
漸く出逢えたと思った直後に、俺が誰かも知らずに逝ってしまった父さんの亡骸も見捨てた、母さんや爺ちゃんの待つ故郷に帰る術も失った俺に、彼等は、そう言った。
…………言いたいことは……能く判った。
彼等の気持ちだって、理解は出来た。
この世界に生まれて、この世界で育って、この世界の行く末を想う者達からしてみれば、当然の想いであり求めなんだろう、と。
でも、それって変だと思わないか?
世界に滅びを齎そうとしていた敵──ゾーマは既に滅したのに。俺が、仲間達と共に、この手で滅したのに。
既に使命を果たし終えた勇者が、平和が齎された世界に骨を埋めて何になるんだ?
それって、必要不可欠なことかな?
後の世の為に、勇者の血筋を残せ、って奴だって。
確かに、俺は勇者となった。ロトの称号も授かった。人々に、アレフガルドの英雄と言われもした。
けど、俺がゾーマを倒した勇者だからって、俺の子や、俺の血筋にまでそれを求めてどうするんだ?
勇者の子は、親が勇者ってだけで勇者なのか? 違うだろう?
…………そう、俺は、人々が俺に告げてきたことに、物凄い違和感を覚えたんだ。
どうして? って。
俺は、アリアハンの勇者、オルテガの子供だった。勇者の子が、父親の背中を追っ掛けるように、同じ勇者になった。
だからって、俺の子も? 俺の血筋も? 俺が死んで何年が経とうとも、何百年が経とうとも、『勇者ロト』の血筋は勇者のままなのか?
……それって、おかしいだろう、どう考えても。
だから俺は、苦楽も生死も共にした仲間達さえ打ち捨てる真似までして、一人、姿を消したんだ。