final fantasy
『二十四時間』
前書きに代えて
とある御仁の、一日。
その愛すべき生態の物語です(笑)。
管理人の発作と、長期に渡る野望から生まれた小説。
海野、懲りてません。
では、どうぞ。
トンベリ。
これでもか! と言わんばかりにくらーーい暗い物陰から、背中に陰鬱な効果線を背負って、のっそりと登場する、ちんまいモンスター。
ゆーらりゆらりと揺れる、仄かな光灯るカンテラを片手にぶら下げ、体長との比率から考えれば、一寸大きいんでないかい? と言いたくなる、古式ゆかしい出刃包丁の刃先を向けて、じりっ……じりっ……と、そりゃあもう、ぶきみーーーーーー、に近寄って来る、ラブリーな癖に手強いお方。
愛らしく、だが孤独な日々を砂漠で送るさぼー同様、このお方に泣かされた冒険者の方も、さぞ多かろうと推測出来る。
ここだけの話だが、この物語を語っている影の声も、トンベリ様に初めてお会いした時、その麗しい──彼の事をこう表現出来る影の声の感覚も、少々狂っているとは思うが──お姿に見愡れている隙に、強烈な一撃を喰らい、全滅した経験を持つ一人である。
ラブリーモンスターに負ける我々ではなぁいっ! と、舐めて掛かったのが間違いだった。
だが、そうやはり、さぼー同様。
涼しい顔をして、さっくりと冒険者達をのして行くトンベリ様にも、人知れぬ苦労があったりするのだ。
これは、ちょーっと暗くって、ちょーっと憎々しいけれど、『様』、と言う敬称を付けずに呼ぶ事の出来ない、モンスター・トンベリの一日を綴った物語である。
〜〜朝〜〜
トンベリ様の一日は、日の昇らぬ、暗い暗い内から始まる。
……とは言え、トンベリ様の生息地は往々にして、暗いよ狭いよ恐いよ、と、某漫画に登場する財閥御曹子(出典・うる星やつら)が叫び出しそうになる程、日の光も届かない、隠された洞窟の一角だったりするから、本当にトンベリ様の朝が、御老人のそれの様に、爆裂に早いものなのかどうかは、定かではない。
まあ、そんな事はどうでもいい。
とにかく、トンベリ様の朝は早いのだ。
瞳孔は何処にあるんだ? と言いたくなるお目々をぱっちりと見開き、むくりん、と彼は起き上がる。
あれでいて、洒落ものであるトンベリ様、じたじたじたじたじたじた……と、盛大な時間を掛けて寝床から這い出て、きょときょときょときょと……と、己が立ち姿を、完璧だ! と思えるそれになるまで、存分にチェックする。
うん! ばっちりっ! ……と満足がゆくまで身繕い──こう書くと猫のよーだが、まあ良い──に念を施すと、じりっ、じりっ、じりっ、じりっ…………と、本当は君、寝てるんじゃないのか? と言いたくなる程のスロースピードで、トンベリ様は朝食に出掛ける。
魔物である彼の朝食は恐らく、朝っぱらから彼の餌食になった人間様が気絶した隙に奪う、彼等の携帯食料なのかなー、それとも、人間の生気かなー、なんて事も察せられたりもするが、比較的どうでもいい事なので、この辺りの事はさらりと流す。
まるっこい、幼児体型そのものとしか言い様のないお腹を、ぱんぱかぱんになるまで膨らませて、トンベリ様は『食卓』から、じりっ、じりっ、じりっ、じりっ……と、退出する。
たったこれだけの日々の雑事に、どれだけの時間を要しているのか計るのも馬鹿馬鹿しいので、詳しく明記は出来ないが、トンベリ様の朝は、来る日も来る日も、こうやって過ぎて行くのだ。
〜〜午前中〜〜
身支度を終え、食事も終えて。
午前中、結構真面目なトンベリ様には、やらなければならない事がある。
棲処(すみか)のど真ん中にべちょっと腰を下ろして。
何処より、しゃきーーーーーーーーん! と、愛用の包丁を取り出し。
しゃこっ……しゃこっ……しゃこっ……しゃこっ……──と。
彼はそれを研ぐ。
そう、それが午前中の内に、トンベリ様のなさなければならない事なのである。
可愛い顔してばばんばん、なモンスター・トンベリ様に課せられた、唯一にして最大の使命。
それは、この世界で慎ましやかに暮らしている同胞のモンスターに徒なす、天敵・人間、学術名ホモ・サピエンスに、『みんなのうらみ』を喰らわせてやる、と言うそれであるので。
最大にして唯一の武器、出刃包丁のお手入れは、どうしたって欠かせない。
使い込まれた砥石に、洞窟に滴る水をぺたぺたと掛けて、しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ、と、懸命に、懸命に、トンベリ様、出刃包丁を研ぐ。
あんまり熱心に研ぎ過ぎると、刃の部分がなくなってしまうんじゃ? と言う突っ込みも、彼の耳には届かない。
彼は日々、同胞達の恨みを晴らす、無償の必殺仕事人@モンスターバージョン、としての生きように、どっぷしと己を浸しているのだ。
〜〜お昼〜〜
余念ない、出刃包丁の手入れが終わると。
トンベリ様に、お昼の時間がやって来る。
じりっ、じりっ、じりっ、じりっと、再び『食卓』へ……──以下、略。
この辺は、朝食の模様と大差なく、表現する方にも途方もない時間が掛かるだけなので、省く。
〜〜午後〜〜
再び、お腹をぱんぱかぱんに膨らませて、ぷひ、なんて情けない呼吸もして、午後を迎えたトンベリ様。
午前中同様、午後には午後の、お仕事がある。
使い込まれたカンテラに火を入れ、研ぎ終わった、ぴっかぴかの出刃包丁を握り。
じりっ、じりっ、じりっ、じりっと、彼は棲処を徘徊する。
……何をしているのか、と言えば。
如何にして見目麗しく、且つ、天敵人間達に、恐怖を与える『エレガンスホラー(トンベリ様造語)』な動作を見せつけてやれるのか、そのシュミレーションだ。
ここでこう、少し斜めってる感じで、顔なんかも斜に構えちゃって、登場した方がいいかな、とか。
カンテラは、もうちょっと不気味に揺らした方がいいかな、とか。
じりっ、じりっ……じゃなくって、とてん、とてん、って歩いた方がいいかな、とか。
そんなシュミレーションに、トンベリ様は余念がない。
どうも、『みんなのうらみ』を晴らす時には、同胞達の期待を一身に背負うに相応しい、そんな態度で事を行わなければ、とトンベリ様の脳裏には、刷り込まれている様だ。
貴方、基本的動作がのろいんだから、そんな事のシュミレーションをする前に、素早さのステータス数値を上昇させる方が建設的なのでは、と思う方もいらっしゃるだろうが、これが、トンベリ様の信念である。
彼には彼の、美学があるのだろう。
例えその練習に、毎日の午後一杯を、費やす羽目に陥ろうとも、譲れないのである。
〜〜夕食〜〜
さて、そのシュミレーションが終わると。
トンベリ様に、夕御飯の時間がやって来る。
──以下、略。
〜〜夜〜〜
これでいて、トンベリ様の夜は忙しい。
何でかと言えば、世界各地から、どこそこのほにゃららー、と言う旅人に、こんな目に遇わされた、とか、そこここの国の魔物討伐隊に、痛い目を見させられた、とか。
そんな沢山の報告が、魔物通信テレックス──細かい突っ込みは、不可──によって、もたらされるからである。
皆の嘆きの声には、きちんと耳を傾ける、優しく心正しい、正義の魔物、トンベリ様であるからして。
その一つ一つの報告に、彼はきちんと目を通して行く。
稀に、生息域を同じくするモンスター仲間のベヒーモスちゃん、とか、モルボル君、とかが、愚痴を洩らしに訪れる事もある。
本当に本当に稀、に。
オメガ君とかアルテマウェポン君とか、トンベリ様が内心ではファンだったりする、尊敬すべきモンスター達も、彼の元を訪れる事があって。
皆の為に、我等が同胞の為に、僕は『みんなのうらみ』を晴らさなければっ! と、熱い熱い使命感に、その身を焦がつつ、トンベリ様の夜は耽る。
〜〜就寝前〜〜
こうして、長かった一日が終わり。
ぱふんと頭の上に、三角お帽子をちんまく乗せて。
トンベリ様は、就寝の準備をする。
さすがにこの時間には、トンベリ様と言えど、疲れを感じる頃合だ。
先天的な基本動作のトロさも相まって、やたらと寝床が遠く感じる。
じりっ、じりっ、じりっ、じりっ──芸がない──と、何とかかんとか、ふっかふか寝床に近付いて。
じたじたじたじたじたじたじたじたじた、彼はそこへとよじ登る。
ぱぷぱぷと、軽く上掛けを整えてやるとトンベリ様は、愛用の出刃包丁を、そっと枕の下に忍ばせ、これで安心、防犯もばっちり♪……と、安堵の息を洩らして、カンテラの火を落とす。
ぱちこん、真円お目々を激しく閉じると。
お休みなさい、とトンベリ様は、眠りの淵に落ちた。
──トンベリ。
誠に強烈且つ、踏ん張る程レベルを上げていなければ、一撃で即死する『みんなのうらみ』を喰らわせてくれる、憎くて憎くて仕方ない、だが、肩に乗せて歩きたい程、激「ぷりちー」なモンスター。
唯一の救いは、大抵の場合、とんずらする事が叶う、と言う、そのスローモーな動作であろう。
でなかったら、愛情が募る前に、オメガさえも打ち倒すパーティーによって、絶滅の危機に晒されていると思える。
そんな彼は、同胞達の愛に溢れた、一人果敢に、悪の秘密結社に立ち向かわんとする正義のヒーローの如きモンスターである。
愛しい。
来る日も来る日もトンベリ様は。
己がスタイルに磨きを掛け、同胞への愛に燃え、安息を乱す冒険者達に、正義の鉄槌を喰らわさんと、精進をしているのだ。
例え、目の前で冒険者達にとんずらこかれようとも。
とろいが故に、返り討ちされようとも。
アイテム漁り&レベル上げの餌にされようとも。
皆の敵は、僕の敵っ! と彼は、驀進を続けるのであった。
トンベリ様の日々に幸あれ。
END
後書きに代えて
我が最愛のモンスターの双璧、さぼーの片割れトンベリ様。
彼も又、愛場を注いでいるモンスターの一人です。
狂おしい程愛しいじゃありませんか(笑)。
トンベリ様にだったら、『みんなのうらみ』を喰らってもいい。その後、ぶちのめすけど(笑)。
宜しければ、感想など、お待ちしております。