final fantasy VI
『CASABLANCA』

 

前書きに代えて

 

 私は百合が大好きです。
 花の中で、一番好きかも知れません。
 故に書いてしまった話、かも知れません。
 私の小説の設定とは、少々、時代考証が合わないかも知れませんが、その部分には目を瞑って頂くとしましょう。
 多分、本編の彼等じゃ、ないと思います。この彼等。でもね、多分……なの。書いた私にも、その、保証が……(汗)。
 

 

 

 きついきつい、芳香だった。
 辺り一面が、その香りに満たされてしまう程。
 暗く湿った、灰色一色の、墓地の床中を埋め尽くしても、立ち尽くす男の両腕から零れても、尚、余り有る程の、白いそれ。
 もう、何も置く場所などない墓地の床の上に、男は、両腕一杯のそれをばらまいた。
 途端、又、きついきつい、芳香が立ち昇った。
 男が刹那、両手から手放した華は。
 大輪の白百合だった。
 その白百合は。
 名を、Casablanca、と言った。
 

 

 もう、随分と訪れていない場所だった。
 大切な人が眠ると言うのに。
 何故か、訪れぬ場所だった。
 訪れる事の出来ぬ場所だった。
 懐かしい人の思い出が痛くて、懐かしい人が『懐かしく』て。
 何時しか、足は遠退いた。
 自分は、亡骸のないこの墓所に眠る人の『死』を、何時までも、信じる事が出来なかったから。
 もしかしたらこの世の何処かで、と、そんな幻想を抱いていたかったから。
 だから、訪れる事が叶わなかったのかも知れない。
 彼の人は死んでしまった。
 …………そんな事、遠い昔に、現実になっていたのに。

 

 あの人に対する思いが、本当は如何なるモノだったのか、その真実は、今となってはもう、判らない。
 姉だったのかも知れない。
 朋友だったのかも知れない。
 女、だったのかも知れない。
 形など、判らない。
 けれど。
 自分にとって、形ない、歴然とした何かであった事だけは、確かだ。
 恋人ではなかったけれど。
 あらゆる意味で、愛おしい人だったのも、確かだろう。
 唯、恋ではなかった。
 それも又、確かだ。

 

 男は。
 つらつらと、無言の中で考えながら。
 手の中から零したカサブランカを、一人見つめていた。
 その芳香に、包まれていた。
 純白の百合の華。
 汚れのない華。
 死者への手向けに、相応しい、華。
 辺り一面を、埋めて埋めて、埋め尽くしても、尚も溢れるカサブランカの中で。
 彼は唯、物言わぬ石塊を、見つめていた。

 

 むせんばかりの芳香の中に。
 ふわりと風が起こったのは、それから暫くした後だった。
 何故だろう、と男は振り返る。
 振り返った先には、幾重もの花弁を持った、赤色があった。
 赤色は、小振りにまとめられた、花束の色だった。
 赤い華の名前は、カーネーション、と言う名前だったと思う。
 ──余り、墓所には相応しくない。
 そんな風に思って、男は、花束を携え、この神聖な場所を踏みしだいた者の面に、視線を移した。
 その者は。
 男が、とてもとても、良く知る人だった。
 全てを知っているのに、永遠に全てを掴む事の出来ない、そんな人だった。
 不意の訪問者は。
 戸惑いの顔を作った男に向けて、柔らかく微笑むと、墓の前へと進み、身を屈め、暫しの祈りを捧げた。
 花束を手向ける事なく、訪問者は立ち上がって、
「……彼女が、いなくなった日?」
 と、そんな言葉を口にした。
「ああ、そうだ……」
 だから男は、答えてやる。
 彼女が『何処』にいるのか、誰も知らないから。
 彼の人が目の前から消えた日に、ここを訪れるしかなかったのだと。
「ここを詣でる日と……決めた……?」
 訪問者は、訥々と告げる男に向けて、言葉を重ねた。
 これからも、今日、この日に、ここを訪れる事にしたのか、と。
「さあな」
 ぶっきらぼうに、男は答えた。
 そんな質問の答えは、持ち合わせていなかったから。
 ──唯。
 何故か、彼女が消えた日に。
 ここを訪れてみようと、ふと、思い付いただけ。
 今まで出来なかった事を、してみようと思っただけなのだから。
「ふぅん。……カサブランカ、か……。相変わらず、きつい香りだ……」
 訪問者は、足元に転がる華を見遣る。
「そうだな」
 男の眼差しも、自然、同じ場所へと落ちた。
「何故、これを、手向けの華に選んだんだい?」
「こんな手合いが、一番、相応しいだろ?」
「まあね」
「……どうして、そんな事を聞く?」
「私の好きな華だからさ」
 訪問者は。
 男とのそんなやり取りの後、急に思い出した様に、ふいっと、手の中の花束を、男へと差し出した。
「あいつに手向けるなら、お前の手からにしてやってくれ」
「違うよ。……今日、君がここを訪れるらしいと耳にしてね。私は、これを君の為に、持って来たんだ」
「俺の?」
 死者に対する手向けのそれと思いきや、自分の為だと聞かされて、男は訝しむ。
「そう。君の為」
「……何故だ?」
「この華はね。大切な人の亡骸を掻き抱いた女の涙から、生まれたんだそうだ。大切な人を亡くした嘆きと、せめてもの癒しの為に、生まれたんだとか。……だから」
「──下らねえ事、良く知ってやがんな。お前の事だ、どうせ、女をくどく為に覚えたんだろう? 俺は、華なんざ愛でる趣味はねえよ」
「……そうかい? それは残念だ」
「悪かったな……。何の足しにもなりゃしねえモンに、興味は持てない」
 ──何故、彼が、赤い花束を自分へ、と言って差し出したのかの意味を知って。
 男は、苦笑を浮かべた。
 そして、意気がってみせる。
 華などを、振り返る時間は、己にはないのだと。
 それでも、彼は。
 訪問者が差し出したままのブーケを受け取って、ポン……と、カサブランカの白い海へと投げた。
 ふんわりと放物線を描いた花束は、ゆるりと純白の花弁の上へと落ちて、何度か、軽く跳ねた。
 男がそんな態度を見せるだろうと、訪問者は予想していたのか、男の仕種を気にも止めずに、墓所の入り口へと、一足早く、歩き出す。
 その背を見つめて、男も又、歩み始めた。
 墓所から、遠ざかるべく。
 そして、彼は今更ながらに気付いた。
 何故、彼の人の墓を訪れようと思ったのか。
 何故、現実を現実として、受け止められる日がやって来たのか。
 その事実に、彼は気付いた。
 受け止められぬモノを、それでも受け止められた時。
 人は、別の何かを、手にしている、と。
 

 

「カサブランカ、か……」
 墓所より地上にいでて。
 男は天頂を振り仰いだ。
 陽光が、眩しかった。
「カサブランカが、どうかした?」
 今だに全身にまとわりつく、白百合の芳香に、若干柳眉を潜めて、訪問者は振り返った。
「覚えとく。……お前の好きな華だ……ってな」
「ほう。そう言う事には、興味がなかったんじゃないのかい? それとも、彼女の様に、私が死んだ時には、世界中のカサブランカでも、手向けてくれる、と?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。死人にそんな事が出来るか」
「……死人? だって、私は君よりも、先に死ぬのだよ? もう、そう決めたんだ」
「悪いな。俺も、お前よりも先に死ぬと、決めてるんだ、もう」
 当分、この百合の香りは残るな、と。
 渋い顔をしながら男は、止めていた脚を、再び動かした。
「我が儘だなあ……」
 今度は、男の後を追い掛ける形になった訪問者は。
 呆れた様な面を作って、それでも男と肩を並べた。
「我が儘は、てめえだろ。俺よりも先に生きるの死ぬの、勝手に決めんじゃねえ」
「その言葉、そっくり返されたいのかい?」
「……勝手にしろ……」
 隣に並んだ『訪問者』の額を、男は指先で、軽く弾いた。
 盛大に、不満げな表情を刹那浮かべて……それでも、『訪問者』は笑ってみせた。

 Casablancaの香りは。
 何時しか、風が掻き消していた。

 

END

 

 

後書きに代えて

 

 今回の作品に対する、内心での反省点。
 ちょっち、沢山(涙)。
 ふと、思う事あって書いてみた作品ですが、こうして出来上がってみると、少々、反省点が多かった気もします。
 ですが恐らく、これはこの形でしか有り得ないので、アップ。
 宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

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