final fantasy VI
『安堵』

 

前書きに代えて

 

 んー……。何で、こんな話を書こうと思ったのか、一寸、私の記憶にもないんですが(汗)。
 確か、「Will」の反動だったよーな覚えが……(要するに、今(2002.05)を遡ること、三ヶ月以上も前に書いたんですな、これ)。
 セッツァーをへこませてみたかったのかも知れません、私。
 では、どうぞ。

 

 

 

 手許の書類を伏せ、羽根ペンを置き。
 俯き続けていた為に、頬に掛かってしまっている、ほつれた髪を掻き上げて。
「……何か、遇ったのかい?」
 やれやれと、困った様な、呆れた様な、そんな溜息を零しながら、エドガー・ロニ・フィガロは云った。
「別に……」
 だが、その質問を投げ掛けられた相手、セッツァー・ギャビアーニは、長椅子の上にひっくり返ったまま、短い一言だけを返した。
 だからエドガーは、たった今吐き出した溜息と、同じ質の溜息を、もう一度零す。
 すると、あからさまな溜息は、セッツァーの耳にも届いたのだろう、彼は、ぴくりと片眉を震わせると、枕にしている腕を替え、椅子の上で器用に寝返りを打ち、エドガーに背を向けた。

 

 その日。
 約束していた訳でもないのに、突然にフィガロ城を訪ねて来た時から、何処か、恋人であるセッツァーの態度は、おかしかった。
 故に、時に顔を覗き込んで、時に背中から、エドガーは幾度となく、何か遇ったのか、と尋ねてみたのだけれど。
 セッツァーから戻される返答は、別に、とか、特に、とか、いいや、とか、そんなものばかりで。
 何処か苛立っている様な雰囲気や態度を、消す事も出来ない癖に、誤魔化す様なお座なりな答えが延々と続いたから、暫くは、放っておいてやるのが良かろうと、執務室に転がり込んで来て、片隅の長椅子でふて寝を決め込んでいる恋人の事を、エドガーは無視し続けていたのだが……。
 今日の出会いから数時間が経ち、そろそろ、夕刻になろうとしているのに、セッツァーの態度に改善は見られず、事情を語る気配の欠片もなかったから、いい加減、こちらが限界だ、と、執務の手を休めてエドガーは、もう一度だけ、同じ質問をしたのだ。
 なのに。
 やはり、返って来る答えは、何処までも同じだったから。
「セッツァー…………」
 ──いい加減にしろ、と言い出しそうになったのをぐっと堪えて。
 これは、相当根深い御機嫌斜めだと、エドガーは立ち上がり、そして近付き、セッツァーの頭を、していた腕枕ごと、強引に持ち上げて、長椅子に座った己が膝の上に乗せた。
 すればセッツァーは、膝の上でもう一度寝返りを打ち、覗き込んで来る紺碧の瞳から逃れる様に、恋人の腰辺りに顔を埋める。
「君にだってね、機嫌の悪い時は、あって当然だと思うけれど……。私にも、理由は言えないかい? ……個人的な事? 重たい、事? それとも……私には、云いたくない事?」
 エドガーは、脚に流れる銀の髪の先をいじりながら、静かに問い掛けた。
「別に…………──」
 先程と同じ、別に、と云う台詞が、再び、セッツァーからは返されたが。
 その『別に』には、小さく……聞き取れぬ程小さく、先に続いた何かがあった。
「別に? 何だい?」
「……お前に、言えない様な事じゃない、が……。わざわざ聞かせたい事、でもない……。聞かされて、気分の良くなる話でもねえし……。それ、に……──」
「それに?」
 ぽつりぽつり、恋人が言い出した事を最後まで引き出そうと、根気良く、エドガーは尋ねる。
「何でもない……。……何でもないんだ。大したこっちゃねえ……」
 が、消え入りそうな声音で、セッツァーは『理由』を飲み込んだ。
「……云いたくないなら、無理に問い正したりはしないよ。でもね、セッツァー。正直、そういう態度は、私の機嫌も損ねる」
「…判ってる」
「私の機嫌まで損ねたくないなら、理由を語るか、態度を改めるか。どちらかにしてはくれないかな」
 もう、憂鬱の理由を、彼が語る事は有り得ないなと踏み。
 ならば、とエドガーは、『説得』の鉾先を変えた。
「……判ってる。云われなくても……。悪い、たぁ思ってる……」
 ──少なくとも。
 己の取っている態度が、ろくでもないそれだと云う自覚程度はあるのだろう。
 恋人の云う事に、素直にセッツァーは謝ってはみせたが。
 どうしても、気分転換は上手くいかぬ様で、憂鬱を手放す事も出来ない風で。
 それまで、なされるがままに身を預けていた膝の上から、突然がばりと起き上がると、エドガーに背を向けたまま、長椅子の上に片足を持ち上げ、膝の上に額を押し付け、俯いてしまった。
「…もう少ししたら、夕食にしようか」
 これまで、数年に渡り彼と付き合って来たが、そんな態度を見せるセッツァーを、エドガーは殆ど目にした事がなかったら、彼に掛けるべき上手い言葉も、中々浮かんではこず。
 他愛無い台詞だけを告げて、残り僅かとなった執務を片付けてしまおうと彼は、椅子から立ち上がろうとした。
 ……と。
 立ち上がり掛けた彼の背後で、性急に何かが動く気配がし。
 次の瞬間エドガーは、背中から、セッツァーに抱き留められていた。
「……セッツァー?」
「…悪い……。本当に、悪いと思ってる……。思ってる……んだが……。頼むから……もう少しだけ、このままで……──」
 不意に、強い力で抱き締めて来た人に、訝し気な声をエドガーは返したが、このままで、と訴えてくるセッツァーの声音は、何処か、苦しそうなそれに聞こえたから、唯、静かに頷いて、彼は、その身に廻された腕に、そっと己が手を添える。
 ──エドガーの掌が、セッツァーの腕と触れ合い。
 長い……長い静寂が、執務室には流れた。
 ……やがて。
 長らくの静かな時の後。
 憂鬱に満たされているらしき人が深く顔を埋めた、エドガーの肩口で。
 一際重たい息遣いが一つ、吐かれた。
「……知り合い、をな……」
 続き起こる、声。
「…ああ」
「……ここに来る前に……随分と昔からの知り合い……をな……。一人……見送って来た……。亡くしたく……ねえもんだな……知り合いってのは……。……ダチでもねえし……仲間って訳でもなかった奴だが……結構、好い奴、でな……」
「…………そう……」
「見知った奴を見送るのは、これで何度目だろう……。昨日まで、何時でも笑い合えてた奴が、急に俺の前から消えちまうのは、これで何度目だろう……、そう思ったら…… 少し、な……堪えた……」
「残されるのは……辛いもの……だからね……」
 くぐもる様な声で、首筋の辺りから語られる、恋人の抱えていた『事情』に。
 エドガーは答えた。
 腕に重ねた掌に、優しい力を込めつつ。
「……それが少し堪えて……お前に、逢いたくなった……。お前だけは……何が遇ってもお前だけは、俺の前から消えないと……確かめたかった……。──だから、な……。だから……」
 大切な人が重ねてくれた掌に、少しの力が込めれらたのを知って、セッツァーは、その人を抱き締めていた腕に、更なる力を込めて返した。
「……行かないよ。君を置いては、私は何処へも行かない……。──セッツァー?」
 重ねていた手を離し、包まれていた腕を解き、そして、恋人を振り返り。
「信じてくれていい。私は何処にも行かない。……いいや。私はね、君が居なければ、何処にも『行けない』。だから……セッツァー? せめて、私と共に居る時は、安堵を……」
 エドガーは、恋人の頭(こうべ)を、両腕で包み込み、胸の中に納めた。
「……ああ……。そう……だな……」
 胸の中から。
 低いトーンの、セッツァーの声が上がる。
「君を置いて逝ってしまった人々と、私は違う。何が遇っても、君を置いてはいかない。置いてはいけない。……そうだろう? セッツァー?」
 だからエドガーが、『真実』だけを告げて、そっと、銀の髪を撫でたら。
 心からの安堵の吐息が、彼の胸の中からば上がった。

  

END

 

 

 

後書きに代えて

 

 ……何で、こんな話を書いたんでしょうね、私……(首捻り)。
 書いた当人とはしては、この話、結構好きな方なんですけど。
 何処にも行くなって云った人間が、勝手にどっか行っちゃってたら(Will参照)世話ないんですが……って、自分で自分に痛恨の一撃を与えてしまった…(項垂れ)。
 この人達ってば、ホントに……。って、書いたのは私でしたね。
 宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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