final fantasy VI
『ball gown』
前書きに代えて
『異形都市裏通り』様が、開設された時。
サイトマスターのHayakawaさんのリクエストをもぎ取り(笑)お祝の代わりに、と書いて、押し付けさせて頂いたブツの一つです。
戴いたリクエストが、第三部設定で、との事でしたので、先に出来上がったのはパラレル置き場にある方の、ball gown、なんですが。
余りにも、向こうは色気がなかったので、ゲームと同じ時代の彼等も、書きました。
因みに、何時も私が書いている設定の二人とは、違います。
では、どうぞ。
彼がわざわざ、その夜の、その舞踏会に、国を留守にしてまで出席しなければならなかったのは、舞踏会を主催した者とフィガロ王家とは、親戚筋に当たるから、と云うのが理由だった。
今までは、年に一度、某国の、その貴族の館で行われる舞踏会への出席を、何や彼やと、適当だけれども『らしい』言い訳を書状にしたためて、彼、エドガー・ロニ・フィガロはずっと逃れ続けてきたけれど。
さすがに、断わりばかりが続いた所為か、最近は、その舞踏会の欠席に関して、主催側が機嫌を損ねているらしい事が伝わってきたから。
本音にすれば、どうしたって、出席などしたくはないそれだが。
仕方ない、と重たい腰をあげて、フィガロの国王として、彼は、舞踏会に赴いた。
所詮は、一晩の事だ。
たった一晩、その場を我慢してやり過ごせば、それだけで責任が果たせる。
だから、と。
溜息を付きつつも、国王の正礼装に身を包んで、綺麗な、愛想笑いを浮かべて、彼は、その席に姿を現したのだ。
夜の闇の中、煌々とした灯りを洩らす、その館にエドガーが到着したのは。
招待状に記された時間を、ほんの少しばかり過ぎた頃だった。
ソシアルエラーになる様な遅刻ではなかったけれど、フィガロ国王陛下、エドガー様が御到着です、と云いながら、会場の扉を開けた先触れに従って、館の大広間に彼が足を踏み入れた時にはもうそこは、沢山の招待客で溢れていて。
楽団が奏でる管弦楽に乗って、紳士淑女達が楽しそうに、ワルツのステップを踏んでいた。
自分も、この輪の中に入らなければならないのかと思うと、気が重かったが。
「これは、エドガー様」
彼の登場を知って、近付いてきた主催者に挨拶をするべく、彼は、人々の間を縫い、大広間の片隅へと、進み。
「お招きに預かりまして、恐縮です、大公殿下」
あら、お珍しい、エドガー様がいらっしゃったわ、と、めざとく彼を見つけた女性達の視線の中で、親戚に当たる貴族と会話を始めた。
「今年は、わざわざいらして下さって、嬉しく思いますよ。毎年、陛下はこの時期は、お忙しいとの事で、中々、出席して頂けませんでしたからな。……如何です、折角ですから、踊ってこられては。家の娘の相手を、してやっては下さいませんか。陛下がおいでになると聞いて、楽しみにしておった様ですし」
正しく礼をし、にこやかな笑みを湛えた彼に、何処か嫌味な事を告げて、大公は、側に控えていた自身の娘を呼び寄せた。
「いえ、しかし、私はこちらに着いたばかりですし……」
現実問題、そんな訳には行かぬと、判ってはいたが、出来る事なら今宵は、女性で例えるならば『壁の花』でいたいと願っていたエドガーは、大公の申し出を何とか断わろうとしたが。
「まあ、そう云わず」
「では……お父上の許可も戴いた事ですから、失礼して」
押し切られる形で、期待に目を輝かせている大公令嬢の手を取って、大広間の中心へと、歩いていった。
その時、大広間に流れていた管弦楽は、円舞曲だった。
だから彼は令嬢と向き合い、一礼をして。
優雅に、ウィンナ・ワルツのステップを踏み出した。
一曲か二曲、パートナーを勤めれば、取り敢えずの義理は果たせるだろうと、右から左へと抜けて行く、令嬢の話に耳を傾ける振りをし、精一杯の愛想笑いを浮かべていたが。
「……エドガー様? どうかなさったの?」
何かを見つけたのか、フロアの一角を見つめつつ、重ねた手を、僅かばかりこわばらせた彼に、令嬢が、訝し気な声を出した。
「ああ……。いえ、何でもありませんよ、レディ。一寸、友人を見つけたもので」
「あら、陛下の御友人? 何方かしら。まさか、何処かの御令嬢か御夫人ではないでしょうね」
問い掛けに、己へと視線を戻したエドガーの弁に、踊りながらも令嬢は、辺りを見回した。
「まさか。貴方とこうしてワルツを踊っている最中に、他の女人に目を奪われたりするものですか。あちらの、ほら、深い赤い色のドレスの御夫人と踊っている、銀髪の男ですよ。黒い、タキシードの」
「ああ、あの方のお連れ様。あの方、伯爵夫人でいらっしゃるのですけれど。今年の初めだったかしら、伯爵様を亡くされて。今は、未亡人でいらっしゃるの。毎年の事ですし、せめてものお慰みになればと、父も招待状をお送りしたのですけど。まさか、年下の殿方と御同伴なさっていらっしゃるなんて、思いませんでしたわ。……今夜はその事で、皆さん、色々とお喋りなさってますわ」
友人を見つけたのだと云うエドガーの説明を受け。
それが、どの男なのか知った令嬢は。
彼の『友人』である銀髪の男──則ち、セッツァー・ギャビアーニと云う名の男──と踊る貴婦人が何処の誰で、如何なる境遇にいるのか、頼みもしないのに語り出した。
「…………成程」
その説明に、何処か憮然とした声をエドガーが出したから。
「あら……申し訳ありません、エドガー様。私ったら、はしたない話をしてしまいましたわ。折角、陛下とのワルツの最中に」
それを、噂話に対する不興と令嬢は受け取ったのか、殊勝に侘びた。
「いえいえ、気になどしていませんよ。確かに……人々に、噂話をさせてしまうくらい、注目を浴びそうな二人の様ですしね。……あの方が未亡人でいらっしゃる事と、私の友人の年齢さえ考えなければ、お似合いの二人でしょう」
「そうですわね。……私と陛下も、そう言う風に、周りの方に云って頂けると、良いのですけど」
「……お上手ですね、レディ」
だが、彼女曰くの『はしたない噂話』を、エドガーはさらりと流し。
自分達も、似合いと云って貰えるかと、誘う様に云った言葉をも流し。
その時、丁度終わりをみた円舞曲の引きに合わせて彼はステップを踏む事を止めると。
恭しく膝を折って、取った令嬢の手の甲に唇を寄せた。
視界の端で『友人』が、楽しそうに踊っていた未亡人相手に、同じ礼をするのを捉えながら。
「奇遇だね」
「それは、俺の台詞だな」
流れる曲が変わるのを機に、それまで踊っていた相手の元を、それぞれ離れ。
今、彼等は、大広間の片隅で向き合っていた。
踊りの最中、エドガーがセッツァーを見つける事が叶った様に、セッツァーの方も又、彼を見つける事は容易だった様で。
どちらからともなく、彼等は、偶然同じ舞踏会に出席していた友人として、『歓談』を始めたのだ。
だが。
「知らなかったよ、お前の処が、ここの大公の親戚に当たるとはな」
「父の、伯父だったか伯母だったかの連れ合いが、この家の出だとかでね。……あれ? 祖母の伯父だったかな……」
「……それでも、親戚って云うのか?」
「そうらしいね。私は良く、知らないし、どうでもいい。そうなってるんだから。──そう云う君は? 今夜のお相手は、伯爵家の未亡人だそうじゃないか。君、有り体に云えば、彼女の『つばめ』らしいって、噂されてるみたいだけど?」
彼等の関係が『友人同士』ではなく、『恋人同士』であると云う真実を知っている者が聞いたら、口論の始まりと、捉える事さえ出来たろう。
二人の間になされたそれは、歓談、ではなく、どちらかと云うと、剣呑なそれで。
「『つばめ』ねえ……。ま、そう見えるんだろうな、見方によっちゃ」
やけに尖った声で、君は、未亡人の情人と噂されているのだと云ったエドガーの台詞に。
セッツァーは、完璧な否定を、見せなかった。
「否定する気はないのかい」
「否定するも何も。俺にその気があろうがなかろうが、あのwidowには、その気があるのかも知れねえしな。……それが、俺にとって都合がいいってのは、否定出来ねえし」
「ふーーーん………。不実だね、君って人は」
「不実? ……ま、不実なんだろうな。それを、誑し込んでる、と取るなら。──じゃ、エドガー。後でな」
そしてそのまま彼は。
今宵の『連れ合い』である未亡人に呼ばれるまま、その場に、機嫌を損ねた恋人を残し、又、喧騒の輪の中へと、消えた。
「どうして、あんなにろくでもない男を、好きになってしまったんだろうね、私は」
聞きようによっては、浮気をしている、と宣言されたにも等しい言葉を残して、セッツァーが大広間の人いきれの中に溶け込んだ後。
お相手を、と申し込んで来る女性達の誘いを、上手く断わって、エドガーは人々に気付かれぬ様、大広間を抜けると、テラスを行き過ぎ、中庭の片隅で、高い塀に凭れ、一人、佇んでいた。
何度も何度も。
こういう事がある度に。
自分には自分の生活がある様に、恋人には恋人の生活も、付き合いもあって、事情もあって、ましてや、自分達は、決して人に云う事の出来ない禁忌の恋愛をしているのだから。
致し方ない事なのだと、彼は自分で自分に言い聞かせてきた。
男同士である事、己には一国の王と云う立場がある事、恋人には、賭博師としての立場がある事。
だから互いが、何時何処で、誰と何をしていようと、『普通』の恋人同士の様に、それをあげつらい、詰れなどしない事。
そもそも、女性相手に嫉妬などしてみても、詮無い事。
……事あるごとに、繰り返し、繰り返し、エドガーは、それを自分に語り掛けてきたけれど。
どうしたって、現実は、とても、痛いから。
セッツァーが、あの美しい未亡人と手に手を取って、衆人の注目の中で踊る姿など見ていたくないから。
こんな華やかな夜、人などやっては来ない庭の片隅まで、逃げ出してきてしまった。
愛していると、愛されていると、信じていても。
そんなもの、目には見えない、手には取れない。
目にするものが、全てであるなら。
何らかの目的があるにせよ、恋人は、あの貴婦人と『そう云う関係』であっても、不思議ではないのだ。
否定さえ……しては、くれなかったのだから。
「馬鹿みたいだ。こんな事で、涙が出そうになるなんてね」
──恋人と、あの夫人の間に、躰の関係があるのかも知れない。
庭の片隅で、そんな想像を思わず巡らせてしまって。
エドガーはぽつり、独り言を洩らすと、組んだ両手を額に押し付けた。
親戚の顔を立てる為に訪れた舞踏会の席から逃げ出して、あまつさえ、泣き出す訳にはいかないのに。
泣き出しそうになるのを、堪え切れそうになかった。
一刻も早く、戻らなければ、きっと誰かが探しに来るだろうに。
堪えようとすればする程、別の事を考えようとすればする程、目の前は、溢れそうになるモノで潤み、霞んでしまうから。
己を押さえようとする事だけに懸命で、彼はその時、庭の芝を踏みしだいて近付いて来る足音に気付けなかった。
「探したぞ。何やってんだ、お前。こんな所で」
「……えっ、あっ……」
近付き、話し掛けてきた足音の主は、不実な恋人だった。
誰に、この涙を一番見せたくないのかと問われれば、それはセッツァー本人であったのに、問われ、肩を叩かれるまで、恋人の気配に気付けなかったエドガーは、ぴくりと全身を震わせ、思わず振り返ってしまってから、慌てて顔を伏せたが。
「……泣いてた、な? お前」
流されたそれに、セッツァーは気付いてしまった。
「別に、泣いてなんか……。泣く様な事が、あった訳じゃないし……」
慌てて、否定してみても、既に遅く。
セッツァーは、苦笑を浮かべる。
「嘘にもならない嘘を、付いてどうする。お前の事だ、さっきの俺の台詞、気にしたんだろう? 俺が、あの女と関係を持ってるんじゃないかって」
「そんな事……。例え、それが本当だとしても、君には君の意志や事情があるのだから、私がとやかく云う事じゃ……」
浮かべられた苦笑が、やけに辛く感じられ。
伏せた面を、エドガーは俯きに変えた。
「俺はあの女の、つばめなんかじゃねえよ。……正直に云えば、向こうには多少、その気があるのかも知れねえが。俺とあの女の関係は、カジノのオーナーとスポンサー、唯それだけの関係だ。やたらと、ギャンブルが好きでな、あのWidow。死んだ旦那の遺産注ぎ込んで、ポーカーゲームに熱を上げてる。何を考えてるのか知らないが、今日、ここに付き合えって云う、お達しがあったんでね。出資者殿の。どうせ、気紛れの一環なんだろうが、少しでも、その豊かな遺産とやらを流して頂く為にも、御機嫌伺いは、たまには必要だから。……今夜、俺がここにいるのは、それだけの理由だ。判ったか? エドガー。お前が泣く必要は、何処にもないんだ」
両手で頬を包んで、俯いた恋人の顔を持ち上げ、紺碧の瞳を覗き込み、セッツァーは云った。
「だったら、どうして、さっきそれを云ってくれなかったんだい、君は……」
「誰が聞いてるか判らない場所で、そんな事がぺらぺらと言えると思うのか? お前は。あの女から金を引き出したくて、俺はこうしている訳だから、お前の云った通り、不実だってのは認めてやるがな。真実だから。だが、それ以外の事を、俺は肯定した覚えは、ねえぞ」
「でも、君は。否定もしてはくれなかったじゃないか……」
「勝手に誤解して、泣いたのはお前の方だろう。…………だが……そうだな。悪かった。嫌な想いをさせたのは、本当の事だから。謝る。……すまなかった」
そして、彼は。
両の掌で恋人の頬を包み込んだまま。
語られた事情に、漸く涙を止めた人に、接吻(くちづけ)を落とした。
潤んだ紺碧の瞳が、目蓋で閉ざされて、組まれたままだった エドガーの両手が、セッツァーの背に廻される。
セッツァーも又。
恋人が、緩く、その身を預けて来るのに気付いて。
片手を、想い人の背(せな)へ、片手を、衣装の前へと、落とした。
寛げられていく服に気付き、こんな場所で……と、エドガーは逃げようとしたけれど。
廻された腕がそれを許さず、重ねられたままの唇が、拒否の言葉さえ奪ったから、トンと、彼は、セッツァーの背中を、握った拳で叩いてみたが。
行為は止まらず、躰は、煉瓦の塀に押し付けられた。
抗いにならぬ抗いを、それでも試みている内に、彼の服は乱されきり、館から届く灯りの中、肌の色は浮かび上がる。
暗い、夜の闇を映す芝に、横たえられる事すらなく。
立ち尽くしたまま、肌の上を、セッツァーの指が、伝い始めた。
唇は、未だ離れない。
忍び込んだ恋人の舌先が、這う指先が、エドガーの理性を奪って行く。
微かに、耳に届いていた管弦楽も、何時しか捕らえられなくなる程、舌先と指先の愛撫が続いた頃。
セッツァーの指が、今だ、衣装に隠された、『欲達』の潜む部分に届いて。
そして。
その半身を被っていた衣装が、するりと芝の上に落とされ。
抱え上げられた片脚を、なぞる様に、滑る様に、セッツァーの指は、恋人の『最奥』を目指して。
今だ、接吻をしたまま。
…………そして、彼等、は。
「エドガー様、どちらへ行かれておられたか?」
半刻程、大広間から姿を消していたエドガーが、気が付けば広間の片隅で、未亡人の同伴者として、舞踏会の始まりから噂の的だった、銀髪の男と共にいるのを見つけ。
大公が、近付いてきた。
「おや……こちらとは、知己の間柄で?」
何処か、けだるそうな雰囲気を漂わせて、銀髪の青年に寄り添われている彼に、気遣しげな視線を向けてから、何故、この男がフィガロ国王と、と、大公は首を傾げる。
そんな彼に、セッツァーは、
「ああ……。陛下とは、古くからの友人なんです。偶然、会いましてね、ここで」
と答え。
「少々、気分を悪くしまして。大変、失礼しました、大公殿下。でももう、大丈夫ですから」
と、エドガーは答えた。
「そうですか。では、そちらがエドガー様の御面倒を。いやいや、私がホストだと云うに、申し訳ない。しかし、お二人が友人同士でいらっしゃるとは、存じ上げませなんだ。今宵、噂のお二方共、急に消えてしまわれたから、どうしたのかと」
そう云う事だったのか、と、彼等の返答に、大公は頷きを見せ。
今だ、たけなわに、ワルツが踊られている会場を、肩を落として振り返った。
「御気分を悪くされたのなら、踊りを、と勧める訳にも参りませんなあ……。貴婦人達が、お二人とワルツを踊りたくて、楽しみにされているのだが」
「申し訳ありませんが……私は、一寸……」
心底、残念そうに呟く、大公に。
ちろり、隣に佇むセッツァーを睨んでから、すまなそうにエドガーが、頭を下げたが。
「折角お招き戴いたのに、それでは、申し訳なさ過ぎないか? エドガー」
若干怒りの籠った眼差しを、愉快そうに受け止めて、小声で、セッツァーがそんな事を言い出した。
「え?」
「如何ですか? 大公殿下。フィガロの国王陛下は、旅の疲れが出てしまった様で、数多の女性の申し出は受けられそうにもない様ですから。その侘びの代わりに、余興でも、御披露しましょうか? 彼の面倒を見る為に、俺も又、席を外さないとならないかも知れませんしね」
何を云うのかと、不思議そうな顔を作ったエドガーを無視し、銀髪の男は、大公に、そんな申し出をし。
「余興? どんな?」
余興とは? と、難しい顔を作った大公の耳元で、こっそりと何かを、セッツァーは囁いた。
「あはははは。そりゃあ、いい。面白そうだ」
耳打ちをされた大公は、いきなり、愉快そうに笑い出し。
彼等が、何を語ったのか、一向に知る事の出来ないエドガーは、胡散臭気な顔を作って、真正面から恋人を睨み付けたが。
「……すみませんが、あの、ビロードのカーテンを、拝借させて下さいませんか」
「ああ、いいとも」
恋人と、親戚の男との『悪巧み』は、とんとんと進んで。
セッツァーに請われるまま、大公はメイド達に命じて、広間を彩っていた、深い紺色のビロードのカーテンを取り外して来た。
「エドガー。お前、靴、脱げ」
「……は?」
「いいから。さっさとしろ」
いきなり、メイド達がカーテンを取り外し、大公と、今宵注目の的だった二人の青年の元に、それを届けたから。
一体、何が始まるのだろうと、人々の視線が集まる中。
セッツァーは、エドガーに、靴を脱げ、と言い出した。
「それは……どうしても、そうしろ、と云うのなら、しなくもないけれど? 私が何を云っても、余興とやらは始まるんだろう?」
「勿論。せめてもの侘びに、余興を披露して、気分の悪くなったお前と、お前を介抱する『友人』の俺は、あのwidowを置いて、この館から退散するんだからな」
この彼が、言い出したら最後、何を云っても無駄だ、と。
渋々、素足になった彼に、セッツァーは低く告げ。
恋人の上着を奪い、服の袖や裾を捲り上げさせると、女人のドレスそっくりに、紺色のカーテンを聞け掛け、カーテンを止めていた、房の付いた絹の紐で止め。
己も素足になると、仕上げに、エドガーの金の髪をまとめていた蒼絹を解き、手櫛で、それなりに整えると。
その場で膝を折り、礼をして、ワルツの輪の中に、恋人を引きずり出した。
「セッツァー……。君、本気、かい?」
「大真面目、だぞ、俺は。── Lady Figaro. 一曲、ダンスのお相手を。踊れるだろう? 女のそれも」
楽しい、『余興』が始まるから、と。
触れて歩いた大公の言葉に、歓談中だった者達は、語る事を止め、二人へと眼差しを注ぎ。
踊っていた紳士淑女達さえも、さっと、引いてしまったから。
一度、音楽すら止んでしまった、静かな、誰もいないフロアの直中で、げんなりとした顔のエドガーと、愉快で堪らない、そんな顔のセッツァーは、向き合った。
「楽しいぞ、こう云う馬鹿も」
ほら、とセッツァーは片手を差し出す。
「……もう、好きにしてくれ」
勝手にしろ、とエドガーは、投げやりな境地で、その手を取る。
そして、今宵、集った者達が、興味深気に見守る中。
パンと、大公が手を叩いたのを合図に。
『余興』は始まった。
静かに流れ始めた円舞曲に乗って、彼等は踊り出す。
本当の、一対の、『紳士淑女』の様に。
沢山の眼差しが注がれる中、『余興』、と称さなければ、こうする事さえ出来ない己達の関係は少し、胸の片隅で疼きはしたけれど。
これが、今宵の舞踏会の、『ラストダンス』だと云う事実は、二人共に、悪い気分ではなかった。
長い、円舞曲が演奏され続ける中。
誰にも、邪魔される事なく、彼等はステップを踏む。
素足で大理石の床を滑り、カーテンで模したドレスの裾は綺麗に靡いて。
そっと、曲が終わり、そっと、脚の運びが止まった時には。
二人は、大広間の、丁度中心に立っていた。
だから、セッツァーは、この上もなく恭しく膝を折るとエドガーの手を取り。
甲に、接吻をして。
エドガーは、カーテンのドレスの裾を持ち上げ、礼を尽くした。
音楽が消え、ワルツが終わり、暫しの静寂が訪れた大広間は。
彼等それぞれの礼がなされた直後。
『余興』に対する拍手に包まれた。
「もう、あんな馬鹿馬鹿しい事は、二度と御免だ」
『余興』が終わるや否や、気分を悪くしてしまった事を理由に、大公の館を辞した帰り道。
やはり、介抱を理由に同伴の未亡人を置き去りにして、付いてきたセッツァーに、エドガーは文句をぶつけていた。
「悪かった。ちょいと、悪ノリが過ぎたか?」
だが、文句を受けても、セッツァーからは、反省の色など見られず。
唯、くすくすと忍び笑う声だけが返された。
「下らない余興はさせるしっ。……あんな、所で……──」
故に、益々、エドガーの憤りは募ったが。
「あんな所で? 何だ? お前がいけないんだろう? 妬きもちなんざ、妬いてみせるから」
「私の所為だとでもっっ?」
「…………お前の気分が悪かった様に。あそこの令嬢と踊ってるお前を見つけた時の俺の気分だって、いいもんじゃなかったんだがな……。お前が手を取るのも、お前の唇が触れるのも、俺以外には…………必要、ない」
ぽつり、そんな一言を洩らしつつ、誰もいないその街の通りの直中で、セッツァーが、接吻を仕掛けてきたから。
エドガーの憤りは、静かに消えた。
「信じられなくてもいい。疑ってくれてもいい。でも。俺が愛しているのも。俺が抱くのも。お前だけだ。それが、事実、だから」
──誰もいない通りの直中で。
触れ合った唇と唇が離れた時。
中庭での、恋人の涙を思い出したのか、セッツァーは告げた。
「不実な男を信じて、泣くのなんて、私は御免だよ」
告げられた言葉に、こそばゆい幸福を感じながらも。
エドガーは、つれない台詞を返して、するり、その腕の中から逃れると。
未だ、歩き出さない恋人をその場に残すかの様に、暗い通りを歩き出した。
END
後書きに代えて
色気をプラスしてみよう、と云う思惑の元。
盛り込まれたのは、私にしては珍しい(←若干の虚偽)、濡れ場の入ったブツでした(笑)。
まあ、『余興』なんぞもあったりなんかしたり……。
えい、管理人、逃走(笑)。
宜しければ、感想など、お待ちしております。