final fantasy VI
『Beautiful Day』

 

前書きに代えて

 

 2004年の、年賀企画で、フリー扱いにしていた小説です。
 今はもう、フリー扱いにはなっておりませんけれども。
 ……企画小説だったのに、セッツァーさんの台詞がないんですが……(遠い目)。
 では、どうぞ。

 

 

 

 例え。
 暦の上でだけは極寒の、真冬の季節であろうとも。
 砂漠の国フィガロに、雪は降らない。
 通年を通して雪に覆われる、炭坑都市ナルシェ辺りでは良く見られる、冬特有の、灰色をした重たい空も、フィガロの天頂を覆うことは、有り得ない。
 砂漠の国、フィガロの冬は。
 唯、夏の頃よりも若干蒼さの冴えた空が、何処までも果てしなく、広がっているのみだ。
 ──空には。
 雲一つない時もある。
 空の蒼よりも、雲の白の方が多い時もある。
 そんな風に、空が見せる顔は、日々刻々、移り変わりはするけれど。
 暦の上では真冬の季節であろうとも。
 ここ、フィガロでは。
 見上げる空は常に、何処までも蒼い空だ。
 

 

 …………だから、と云う訳ではないが。
 やはり、良く晴れたその日。
 空には、雲一つとしてないその日。
 フィガロ国の主、エドガー・ロニ・フィガロは、己が城で最も高い、物見の塔の天辺に立って、塔の周囲をぐるりと囲む、彼の腰の辺りまでの高さの塀に手を付き。
 ……遥か彼方。
 砂漠の茶と空の蒼が混じり合う、遥か彼方の一点を、じっと見つめていた。
 時折、緩く、又は強く、砂漠を吹き抜ける風に、蒼絹を用いて背でまとめた黄金の髪を、逆巻かれながらも。
 物見の塔の天辺まで拭き上がる砂塵が、碧眼の中へと忍び込んで、痛み故の薄い涙を流しても。
 唯、黙って、乱れた髪を直して、目許に滲んだ涙を拭って。
「……陛下? お戻りにならなくて、宜しいのですか?」
 …………と、見回りの衛兵に声を掛けられても。
「大丈夫。心配してくれて、有り難う」
 軽く振り返り、一寸した笑みだけを返して。
 彼は何時までも、砂漠と空の混じり合う、遥か彼方の一点を、石造りの塀の上へと手を付いたまま、見つめ続けていた。
 ────時折、だけ。
 彼方の一点を見つめることを止めて、ふいっと、何かを思い出したように、天頂の蒼を見上げ。
 眩しそうに、嬉しそうに、瞳を細め、頬に笑みを浮かべ。
 空の蒼も。
 砂漠を覆う、黄味掛かった茶色も。
 ともすれば、吹き抜ける風さえ。
 何も彼もが全て、鮮やかで色濃い、美しいその日の恩恵に、身を委ねているかのように。
 その場に一人、たゆとう風に。
 エドガーは何時までも、そうしていた。
 

 

 彼が、そんな風にしている、この『美しい日』は。
 来る年と行く年の、狭間を迎える日でもあり。
 時折、エドガーが一人佇む場所へと姿見せる衛兵が案じたように、本来ならは、フィガロの国王である彼に、物見の塔の天辺で、空と砂漠の交わる彼方など、見ているゆとりが有ろう筈はないのだが。
 判っていても、彼は。
 それを止めようとはせず。
 風に髪を攫われては、ゆるりと腕を持ち上げ。
 砂塵に視界を奪われては、そっと指先を動かし。
 時折、天頂の蒼を見上げ。
 時折、砂漠の黄味掛かった茶を見下ろし。
 何時までも。
 …………何時までも。
 

 

 だが、やがて。
 遥か彼方の一点を、一人静かに見つめていた彼は。
 ほんの僅かだけ、その身を前へと乗り出させた。
 ……どうしても欲しいと思っていたモノを、商店の店先で見つけた子供のように、少し、前のめりになった後より彼は。
 風に髪を攫われても、砂塵にその身を包まれても。
 微動だにしなくなった。
 天頂の蒼も、眼下の茶も、眺めること止めて。
 唯、一点だけを、身じろぎもせず、彼は見つめ出した。
 空を見上げていた時よりも、尚、瞳を細め。
 尚、嬉しそうに笑みを湛え。
「…………来た」
 静かに、呟いて。
 

 

 ────そんな風な風情を見せて。
 そんな風に呟いた彼の見つめる、遥か彼方。
 その一点には何時しか、小さな黒い影が、ぽつりと浮かび上がっていた。
 ……黒い影は。
 砂漠を渡り、フィガロの城を目指しているのだろう。
 エドガーが見守る中、徐々に大きさを増し。
 やがてそれが、飛べない鳥に乗った、人である、と云うことが判る程の、大きさになった。
 黒い影が、人影なのだと判別付くようになって、暫しの時が過ぎたら。
 飛べない鳥に跨がっている人物は、強い砂埃が舞う砂漠を渡るに相応しいマントを羽織った、比較的体躯の大きな人物である、と云うことも判るようになった。
 髪を掻き上げる際に動かした手で払い落としたらしい、マントのフードの中に仕舞われていた風な、長い銀の髪を、今は靡かせているらしいことも。
 ──だから、エドガーは。
 見つめていた遥か彼方の一点に浮かび上がった影が、そのような風体の人物である、と云うそれを、己が瞳で確かめるや否や。
 見上げること忘れていた空の蒼を、ふ……と再び仰ぎ。
「美しく、幸せな日の、始まりかな」
 弾んだ声音で囁くと、踵を返し、急くような足取りで、物見の塔を降りていった。
 恐らくは、彼の城を目指している、『あの人』を出迎える為に。
 鮮やかな空の蒼と。
 目に痛い程色濃い、砂漠の茶色が世界を覆う、美しいその日を。
 本当に美しく、幸せな日にしてくれる、『あの人』を出迎える為に。

  

END

 

 

 

後書きに代えて

 

 ……プッチーニ作曲、『Madame Butterfly(蝶々夫人)』の中の有名なアリア、『Un bel di, vedremo(ある晴れた日に)』。
 ──これ聴いてて、唐突に書きたくなった、なんて言いません(笑)。
 これ書き上げた後、一瞬、聴いてたのが『椿姫』でなくって良かった……なんて思った、などとも言いません(笑/つーか、何を考えた、自分)。
 『蝶々夫人』のラストは、かなり痛いですが、エドガーさんはね、幸せだから(……多分)、いーの♪
 宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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