final fantasy VI
bed
前書きに代えて
………甘いです。私にしては珍しく。
甘いと云うか、ほのぼのと云うか、ベタベタと云うか……。
余り…意味のある話と云う訳では…(ごにょごにょ)。
白い腕が、純白の海の中から伸びた。
伸びた腕の先、しなやかな長い指は、ベッドサイドの、小さな台の上を間探り。
螺鈿細工の櫛を摘み上げる。
半月形をした、異国の品である黒い螺鈿の櫛を掴んだまま、彼、エドガー・ロニ・フィガロは、シーツの上で、まるで猫の様に伸びをした。
肌が露になった半身を起こして、身に巻き付けた、やはり白いシーツをたくし上げると彼は、背を覆う長い金の髪を、静かに梳き始めた。
だが、髪を梳く彼の手は。
瞬く間に、同じ褥の中にいる、銀髪の男に髪の先を引かれて、止まる。
エドガーが、入浴直後の女性の様に、胸元から足の半ばまでをシーツで覆っているのに反して、同じ全裸ではあるのだが、銀髪の彼、セッツァー・ギャビアーニは、腰から腿の辺りまでを、白布で覆っているだけだった。
「何?」
「別に」
髪を梳く手を止め、エドガーは横たわったままの恋人を見下ろす。
片手で髪の先を弄びながらも、何でもない、とセッツァーは、反対の手で掴んだままの、本から目を逸らそうとはしない。
「そう」
「ああ」
短い言葉を交わしただけで、エドガーは視線を己が髪へと戻し、セッツァーは、本を掴んだ方の手で、器用に頁を捲った。
──窓から昇る陽は、朝のもので。
二人は、射し込む柔らかな陽射しの中で、何をするでもなく、唯、大きなベッドの上で、時を過ごしていた。
夕べ、寝乱れた所為で。
少しだけ絡まってしまった長い髪を梳き終わって、エドガーは手慣れた風に、己が髪を編んだ。
相変わらずセッツァーは、ぱらりと頁を捲くりながら、銜え煙草をしている。
「寝煙草は、良くないと思うけどね」
「…火の用心ってか?」
立ち昇る薄い紫煙を、厭味ったらしく右手でパタパタ、エドガーは扇いだ。
しょうがねえな、と、セッツァーは軽く笑って、陶器の皿で、それを揉み消す。
すると金髪の彼は満足そうに、又シーツを掻き抱いて、コロリとベッドに転がった。
銀髪の青年は、欠伸を噛み殺しながら、それでも本を読み続けて…己が傍らに転がり丸まった恋人の髪を、優しく弄び始めた。
陽が、大分高く昇った。
いい加減、本にも飽きたし小腹も空いたと、セッツァーは、本を投げ捨て、サイドテーブルに手を伸ばし、白い皿の上の、白いナプキンを剥ぐ。
木の実を焼き込んだ香ばしい匂いの漂うパンを千切って取り上げて、口に放り込み、エールで流し込んだ。
壁の時計に目をやれば、そろそろ、正午である事が判る。
だと云うのに、隣で丸くなった、怠惰な猫みたいな恋人は、本当に怠惰に眠りこけていて、規則正しい寝息を洩らしていた。
寝汚いのか、こいつは…と、一瞬の間だけ、彼はその姿に呆れたけれど。
ふと、悪戯心が沸き起こって、するりと彼は、恋人のほぼ全身を覆うシーツを、そっと床に落とした。
思惑通り、恋人は、目を覚まさない。
何処まで『駒』を進めたら、この腕の中の人が目を覚ますのかと。
そんな事が、セッツァーは試したくなって。
所々に、紅が挿さった肌の上を、くすぐる様に指の腹を滑らせてみる。
それでも、エドガーは、紺碧の瞳を閉ざす瞼を、こじ開けようとはしなかった。
「寝込みを襲うのは、卑怯だと思うんだが」
「隙を見せる方が悪い」
仰向けに転がった自分に、覆い被さる様に抱きついて来る恋人に、エドガーは溜息と共に、抗議をした。
クスクスと、忍び笑いを洩らしながら、首許に顔を埋めたままのセッツァーは、そんな抗議など、一蹴してみせる。
眠りの淵の中で覚えたこそばゆさに意識を覚醒させてみれば、愉快で堪らない、そんな顔をして、恋人は、肌を弄んでいた。
だから、少し拗ねて、エドガーは口を尖らせてみたのだけれど。
セッツァーの体は柔らかく動いて、余計に絡み付いた。
仕方なく、もう一度溜息を付く振りをして。
エドガーも又、恋人の抱擁に答える為に、両腕を廻した。
唯、軽く唇を合わせるだけのキスを、二人はする。
何度も何度も。
正午に鳴る、柱時計の鐘の音よりも、数多く。
じゃれ合ったまま、どうする訳でもなく、唯、キスだけを繰り返して。
午後の陽射しが天道を駆け降りる頃まで、彼等は泡沫の中にいた。
そろそろ、ベッドを覆う天蓋の中も、裸体のままでは寒さを感じる様になる。
毛布を手繰りよせて、彼等は、じゃれ合う事にも飽きたのか、並んでうつ伏せに寝転んで、頬杖を付きながら他愛ない話を始めた。
生まれてから今まで、何度流れ星を見た事があるか、とか、地平線の向こうを目指して歩いてみた事があるか、とか、少年だった頃、自分だけの宝物だった物は何か、とか、何曲、オペラのアリアを空で歌えるか、とか。
やっぱり、サイドテーブルの上に置かれてあったマッチを,壁の石でセッツァーが擦って、燭台の蝋燭に灯を灯さなければいけない頃まで。
「たまには、こんな休日も、いいのかもね」
「たまには、な」
灯された燭台の灯が、そろそろ、細くなって。
又、重くなって来た瞼が、降りてしまいそうになるのに逆らいもせず、エドガーが云った。
毎度毎度、これは御免だが、と笑いながら、セッツァーもそれに答える。
彼等が手を下すまでもなく。
細った燭台の灯は、軽く揺らめいて、ふわりと消えた。
何時しか、窓の外は闇色だった。
一日中を、ベッドの上で過ごした休日も、そろそろ終わる。
「エドガー」
「ん?」
暗闇の中、セッツァーが、恋人の名を呼んだ。
呼ばれた彼は、素直に、声の方へと首を巡らせる。
そうしてみれば、又、昼間の様な、ついばむだけのささやかなキスが、何度も何度も、降って来て。
エドガーは、幸せそうに、瞳を閉じる。
お休みと、声にならぬ声で囁いた人に、もう一度だけキスをして。
その体を腕に収めて、セッツァーも瞼を下ろした。
end
後書きに代えて
これを書こうと思った動機。
単に、ベッドの中から出て来ない二人が書きたかった。
……と、まあ、それだけの事なんですが。
書いている本人が、途中で砂吐きそうになったのは、内緒です。
何故、こんな話を私は書いたのでしょう(笑)。
やはり、私には、シリアス路線からの脱線は、無理なのかも知れません。
──さて、この話、最近の私にしては珍しく、BGMがあったのですが、それが何かは、ここに書き添える事が、出来なくなりました。
何故か?
…その歌、実は悲恋の歌なんです。だから、この話も当初は、もう少し、シリアス…と言いますか…暗い話にするつもりでしたが。
本編以外で、痛い話を量産しても仕方ない、と思い至った私は、BGMを代えず、路線を変更させました。
ので、BGMは秘密(笑)。
ささやかな話ですが、楽しんで戴けましたら幸いです。
こんな休日も、可愛いかな、と、私自身は思っております。