Final Fantasy VI
『死を語る』
この上もなく怠惰な格好で長椅子の上にひっくり返っていたら、ほんの少し乱暴に──本当に本当に少しばかりだが──その扉が開けられる音がし、「ああ、漸く帰って来たか」と、顔の上に広げ被せたオペラ座の薄いパンフレットを放り投げ、欠伸を噛み殺しながらセッツァー・ギャビアーニは起き上がった。
「ただいま」
「お帰り」
少々余分に開けられた扉から、疲れた風な足取りでセッツァーが転がっていた部屋の中に入って来たのは、正装には程遠いがそれなりに畏まった出で立ちをしている部屋の主、エドガー・ロニ・フィガロで、セッツァーの怠惰な姿が視線を掠めた所為だろう、微かに眉を顰めながらも、穏便な声音でただいまと告げてきた彼に、セッツァーも又、穏やかに声を返してやった。
「疲れた……ってよりは、面倒臭かった、ってツラだな。病の床に伏してる親戚の見舞いに行くだけのことに、無駄としか言えない段取り踏まなけりゃならない、王族ってお前の身分に、心底同情してやるよ、俺は」
「…………それは、慰めかい? それとも、嫌味かい? 慰めとしても嫌味としても、頂けないね、セッツァー」
「俺は、事実を言っただけだ。慰めでも嫌味でもない。──……で? どうなんだ、公爵の容態は」
「……素人目にも良くない。もう、ひと月も持たないかも知れない。……まあね、私とマッシュの大叔父に当たる方だから、その……年齢的に致し方ないのかな、と思いはするんだけどね……」
「…………そうだな。誰だって、寄る年波には勝てない。生き物である限りは」
「ああ。君の言う通り、生き物である限りは、何時か必ず寿命はやって来る。仕方のないことだと判ってはいる。でも……、子供だった頃にはとても可愛がって頂いて、王になってからも随分と世話になった大叔父だから、寂しいと言うか、何と言うか……」
────互いの身分と生業上、逢う機会は中々得られないが、誰にも打ち明けることが出来ない秘密の恋人同士、という間柄であるのに、エドガーの故郷であり居城であるフィガロ王国のフィガロ城を久し振りに訪ねて来たセッツァーを放り出してまで、エドガーが一人出掛けていたのは、残念ながら、もう間もなく臨終を迎えてしまうのだろう、彼の親しい親戚の見舞いに赴いていたから故で。
件の大叔父の容態を語ったエドガーが、微かに辛そうな色を頬に刷いたのを見て取って、セッツァーは、チョイチョイ、と指先の動きのみでエドガーを手招いた。
「ん?」
纏っていた薄いマントと、嵌めていた白絹の手袋を、片隅の椅子の背へと放り投げ、彼の求めに従って、エドガーはセッツァーの傍らに腰を下ろした。
「俺とお前の他には、誰もいないってのに」
午後も深まってきたとは言え、未だ夕刻にも遠い時刻、寄り添うようにするのは躊躇われたのか、若干だけ、己より距離を隔てて座った彼へ、セッツァーは呆れを滲ませた腕を伸ばし、肩を掴み、ぐいっと胸の中に抱き込んで、小さな子供を慰めるように、青絹で纏められた恋人の長い金の髪を弄り出す。
「何時になったら、辛い時には、素直に辛いと打ち明けるってことを覚えるんだ? お前は」
「……死んでも無理だろうね、そんなこと。とは言え、少なくとも君の前では、そうしてるつもりなんだけど」
「そうは思えないから言ってる」
「だから。君が相手でなければ、こんな会話すら成立しないし、させない。────辛い、というのとは少し違うんだ、本当に。遣り切れない、というのが一番近いかも知れない。私の大切な思い出の幾つかの中に、笑顔で在ってくれる人の一人が旅立ってしまうのは、仕方のないことと判っていても、遣り切れない。私も、君も、何時の日にかは同じ所に逝くのだとしてもね」
「…………成程」
『それ』が、重ければ重い程、苦しければ苦しい程、己の胸の中に仕舞い込んでしまう質をエドガーはしているから、言葉にせぬだけで、こうしている今も辛いのだろうと招き寄せてみたのに、辛いのではなく遣る瀬無いだけ、と彼が言い張るから、その主張に黙って耳を貸していたセッツァーは、一応の頷きを返してやった。
「なあ、エドガー」
けれども、辛いことと遣る瀬無いことに、歴然とした隔たりがあるなどとはどうしても思えなくて、どうすれば、呆れ返るくらい強情な美しい彼に本音を洩らさせることが出来るだろうか、との思いも湧いて、セッツァーは、自惚れに基づいた底意地の悪い『好奇心』を口にする。
「お前、お前よりも俺が先に逝ったら、どうする? 俺が、お前を残して逝っちまったら。それでも、遣る瀬無いだけか?」
「………………君は、本当に意地が悪いね」
途端、エドガーは苦笑を浮かべ損ねたような、酷く歪んだ面になった。
「そんなこと、その時になってみなければ判らない。想像もしたくない。……そう言う君は? 君を残して私が逝ったら?」
「……さあ? 遣る瀬無いだの辛いだのと、感じてる暇もないだろうな、多分。そんなものに浸るより、お前を追い掛ける方が先だ」
「随分と、情熱的だね。私はきっと、後追いなんてしないけど」
「それは、お前が薄情だからか? それとも、王だからか?」
意地の悪い問い掛けより始まったやり合いの途中、先に逝ってしまった恋人の後を自らの命を捨ててまで追うなんて、とエドガーが、何処か馬鹿にしたような口調で言ったから、セッツァーは、彼の髪を弄っていた指先も、彼の人の身に添わせていた腕も離し、正面から、小憎らしい口を利いた彼を覗き込んだ。
「いいや。逝こうとする君を出し抜いて、私が先に逝くから。置いて逝かれるのも、後を追うのも、私は御免だ。冗談じゃない。例え僅かでも君より先に逝って、待ち構えていた方が、未だ楽だよ」
「……そういうことか」
「そう。そういうこと」
真意を質すべく、真っ直ぐ向けられたセッツァーの紫紺の瞳を、やはり真っ直ぐ見返して、が、再び、苦笑を浮かべ損ねたような酷く歪んだ面を作って、エドガーは、腹立たしそうに恋人の銀髪を思い切り引っ張ると、着替えるから、と呟き立ち上がった。
「…………エドガー」
だから、向けられた背へと、セッツァーは言った。
「何? セッツァー」
「悪かった」
END
後書きに代えて
2011年……くらいじゃないかな、何時からだったか、もう私も覚えてないくらい晒されてた拍手小説です。
既に、弁明の余地とか、そういう問題ですらない(スライディング土下座)。
──『死』に絡むことに付いて、同じようなシチュエーションで、同じような会話を、各ジャンルのキャラ達にさせてみたよ、がテーマな話@セツエド編。
何が何でも出し抜く気満々の人と、そんな答えは予想外だった人。
──宜しければ、感想など、お待ちしております。