final fantasy VI
『初恋』
前書きに代えて
一寸先日、『煩悩』を戴いて参りまして(笑)。ありがたや(拝)。
その結果、出来た作品です。
多少、毛色が違う……と云いますか、「視点」、が違うお話です。
色気が、あると良いのですが。
では、どうぞ。
私が、このお城に奉公に上がる様になって、未だ、幾許の月日も経たない。
けれど。
やっぱり、皆の云う通りだった。
皆が云う通り。
──私の生まれた小さな村でさえも、女性に「優しい」と、噂になる程だった陛下。
陛下は……新米の女官でしかない私に、気軽にお声を掛けて下さって、あまつさえ──それは勿論、お世辞なんだろうなって、判ってはいるけれど──、今日も綺麗だね、とか、素敵な髪をしている、とか……、そんな事まで、仰って下さるから。
世間の事なんか何にも知らない私が、陛下──エドガー様に憧れる様になるまで、時間なんて掛からなかった。
そう。
村の皆の、云う通り。
だから。
例え、お優しいエドガー様が、どんなお言葉を掛けて下さったとしても、それは、女官になったお前に対する気遣いであって、正直に受け取っては駄目だよって云う、父さんや母さんの言い付けを守って、憧れは、憧れのまま、大切にしておこうって、そう思った。
でも……。
エドガー様は、余りにもお美しくて。
小さい時に良く眺めた、童話の中の王子様、みたいだったから。
憧れが、恋に変わってしまうのにも、時間なんて必要なくって。
どんなにお優しくても、どんなに、親し気にお声を掛けて頂いても……遠い遠い世界の人なんだって……判っていても……エドガー様を好きになるのは、簡単な事、だった。
どうしようもなく、エドガー様が好きになってしまったから。
ずっとずっと、私は、エドガー様の事を、目で追ってた。
失礼な事かもって、女官長様とか、神官長様達に、お叱りを受けてしまうって思いながらも。
何時だって、エドガー様の事を見ていた。
だから。
あの日、早朝のお掃除の番が来て、エドガー様のお部屋のお近くまで上がれる事になったのも。
私には、とっても嬉しい事だった。
時間よりも早く起き出して、お道具を手にして、一寸だけ、足取りは軽く。
恐い、近衛兵の人達にだって、ちゃんと朝の挨拶が出来て……お掃除をする手も、滑らかだった。
あの朝、エドガー様の御親友が、お城に泊まってらっしゃった事は知っていたから。
又、朝早くに旅立たれるお友達を、お見送りに出られるエドガー様のお姿が、ちらりとでも見られればって……そう……思ったから。
うん。そう。
そんな私の願いは、叶った。
私以外、だぁれもいない、静かな静かな、回廊に。
未だ、朝靄の残る頃、そっと、お部屋の扉が開く音がやけに大きく響いて、エドガー様と、御親友のセッツァー様のお二人が、お出になられたから。
──別に……悪い事をしていた訳じゃないのだけれど。
その時、何となく、私は回廊の柱の影に、隠れてしまった。
どうと云う事じゃない。唯、エドガー様のお顔を、御本人に気付かれない様に、少しでも長く、拝見していたかっただけの事だったって、思う。
兎に角……だから私は、隠れてしまった。
だから、お二人は、回廊には未だ誰もいないと、そう思われたのだろう、きっと。
ちらり、そんな風に、凄く印象的な、あの紫の瞳で、セッツァー様は辺りを見回して、エドガー様を御自身のお近くに、『引き寄せた』。
まるで、女性になさるみたいに、腰の辺りに腕を廻して、力強く。
エドガー様は、少し、困った様な、はにかんだ様なお顔を何故かなさって、セッツァー様から視線を逸らせながら、何とか、その手を振り払おうとされていたけれど……あの方に、耳元で、何かを囁かれた後、嫌がる事を止めてしまわれて。
振り払う為に伸ばされた手は、セッツァー様の御手に重なったまま、動かなくなってしまわれた。
────その、時。
……その時……セッツァー様が見せられた眼差しを、私は、生涯忘れないと思う。
多分それは、一言で云えば、流し目、と云うのだとは思うけれど……。
愛おしい者が、愛おし過ぎるから、だから却って、苛めてみたくなるんだって……そんな、小さい子供が良く見せる様な色を帯びている癖に、有無を言わせない何かもあって。
優しい気配もあるのに、こうしているのはお前の所為だって、押し付けて来る様な……傲慢さ? もある……。
そんな、『難しい』、眼差しを、その時、セッツァー様はなさった。
エドガー様は、お顔を逸らされていたから、あの方の眼差しには、お気付きになられなかったけれど。
セッツァー様は、そんな眼差しを湛えられたまま、もう片方の手を、緩やかに、エドガー様の襟元に這わされて、首筋辺りに、深く深く、そのお顔を埋められた。
嫌がるでもなく、エドガー様は、唯、静かに目蓋を閉ざされ。
私は……お二人が何をしていらっしゃるのか、理解も出来ずに、とてもお幸せそうな表情をなさった、エドガー様のお顔を、 唯々、見つめ続けていた。
回廊の、柱の影で、息を顰めて。
お美しい、エドガー様のお顔を、眺めていた。
生涯忘れないだろう、あのセッツァー様の眼差し同様。
私は、この時、エドガー様がなされたお幸せそうなお顔も、生涯、忘れないだろう。
ぼんやりと、私がエドガー様を見つめている間に、お二人は、何事もなかったかの様に、離れられたから。
その出来事は恐らく、瞬きの間みたいに、一瞬の事だったんだろう。
けれど……それは、本当にあった事だから。
回廊を歩き出されたお二人を、私は、目で追った。
お二人が、私の隠れた柱の前を、通り過ぎて行かれる時も。
私は、お二人を…………ううん、エドガー様、を。
だから、気付いた。
普段、決して乱れる事のない、エドガー様のお召し物の前が少し、寛いでいる事に。
寛ぎ……乱だされたそこ……お見せにならない筈の襟元に、はっきりと残された、紅い色に。
私は。
…………幾ら、私が世間知らずの小娘だとしたって。
それが、何の痕なのかって、そんな事くらい、判った。
エドガー様の白い肌が覗く襟元に付いた、小さな、でもきつい色のそれが……何なのかって事くらい……。
その痕を見つけてしまった瞬間、カッと、全身が火照る程、強い意味がある事くらい、判ったから。
隣を歩くセッツァー様が、すっと腕を伸ばされて、御自身が乱した、エドガー様のお召し物の前を整えられるまで。
紅い、華の様な痕が、見えなくなるまで。
私はエドガー様のお顔ではなく、その色を、色だけを、見つめていた。
だから、それから随分と長い間。 私は。
エドガー様の肌に残された、あの色、が。
忘れられなかった。
セッツァー様が、お顔を埋められた瞬間、エドガー様が作られた、あの、幸せそうなお顔や、セッツァー様の眼差しが、生涯忘れられぬだろう様に。
その色は、私の瞳に焼き付いた。
それまで、一度も見た事のなかった、本当に本当にお美しい、陛下のお顔が。
そんなお顔を、陛下に作らせる、セッツァー様の事が。
頭から、離れなかった。
余りにもお美しい陛下のお顔を、見てしまったあの、瞬間が。
私の初恋が、散った刹那でもあったから。
END
後書きに代えて
新米の女官さんの、淡く、儚く散った初恋のお話でした。
とても、罪作りなお二人です。
艶がある作品になっていると良いのですが。
──これは本当に、文章の神様に愛でて頂いた(所要時間的に、ですが)お話で。
思い付いてから書き上がるまで、三時間を切りました。我ながら、早かった(笑)。
神様、有り難うございます。乙女回路が勢い良く回転する程、眼福なイラストを見せて下さった某方、有り難うございます。
宜しければ、感想など、お待ちしております。