final fantasy VI
『一房の幸福』
前書きに代えて
2002年の、新年企画の代わりに書いてみた、甘い(私の基準では)お話です。
去年の年頭に書いた小説同様、まあ…他愛ないと云えば、他愛ないお話ではありますが。
Duende発の、お年玉代わりになってくれるといいな、と、思っていたりします。
では、どうぞ。
冷たい風の吹き抜ける、飛空艇の甲板の上。
何時も、恋人が身に付けている漆黒のコートの背で踊る、長い銀の髪に、ふと視線を止めたエドガーは。
そっと背後から近付いて、腕を伸ばし、風の中、踊り続ける銀の一房を掌で掬った。
「……何だ?」
すれば、クン……と、軽く後ろに髪を引かれる感を覚えた彼の恋人、セッツァーが、操舵から手を離さずに振り返ったから。
首だけを巡らせたセッツァーの、紫紺の瞳を覗き込み。
「……何でもない」
紺碧の瞳を細めて、エドガーは、それはそれは幸せそうに、笑ってみせた。
──何時だったか。
やはり、飛空艇の甲板の上で。
強風に煽られた己が長髪を、うざったそうに掻き上げる恋人の仕種を見つけた時。
ふと、その表情が気になって、エドガーは、
「どうして……君は、髪を伸ばしているんだい? まとめもしないでこんな場所に立っていたら、邪魔になる事の方が多いだろうに。何か、意味でも?」
そんな風に、尋ねた事がある。
するとセッツァーは、
「別に…意味がある訳じゃあねえが……」
くしゃりと前髪を掻き上げつつ、何処か、言い淀む風な口調で答えたから。
「じゃあ、何時から、髪を?」
「覚えてない」
「覚えてないって。あり得る訳がないだろう?」
恋人の、ささやかな隠し事を知る機会かも……と。
ふっ…とそんな事を思って、エドガーは更に、問い詰めてみた。
だから、覗き込む様に見つめながら、明確な答えを期待している想い人をちらりと見遣って。
セッツァーは、『追求』の手を緩めてはくれそうにないエドガーに向け、少しばかり渋い顔を作ると。
「……ガキの頃からだ、ガキの頃から」
至極云いたく無さそうに、ぽつり、小声で告白した。
「子供の頃から?」
「そうだ。随分と、ガキの頃から」
「でも、どうして?」
故に、エドガーは、更に、問うた。
「どうしてって……。ガキ共の髪の手入れなんぞ気にする様な大人は、あの娼館にはいなかったからな。それに……」
「それに?」
「長い方が、都合が良かったんだ。あそこで一緒だったチビ共を、寝付かせる為にはな。顔も判らねえ母親の髪と勘違い出来たからなんだろうが……、髪を一房握らせてやると、男の俺が一緒に横になってやっても、呆気無く寝てくれたから」
──少しばかり、懐かしそうな……否、遠い眼差しをして。
彼が、そんな風な『理由』を語るとは、エドガーは思わなかったから。
「……そう……。その……御免……」
余り思い出したくない事を、語らせてしまったのかと、今だ、風吹く甲板の上、エドガーは僅か俯いて、すまなさそうに、右の指先を、唇に押し当てたが。
「…気にするな」
靡き続ける自身の髪から手を離してセッツァーは、同じ様に風に靡く、俯いたエドガーの金のほつれ髪を掻き上げて、笑った。
「何年前の事だと思ってる。もう、昔の話だ」
「……ああ。そう……だね。──あれ、でも……じゃあ……今、は……?」
下向いた面のまま、視線だけを持ち上げて、本当に申し訳なさそうに、それでも僅か、エドガーは小首を傾げた。
「今? 今、俺の髪が長い理由か?」
そんな恋人の態度に、セッツァーは、金髪を掻き上げる指先の、優しさを深めて。
「数年前までは、唯の習慣だったな。切ろうが伸ばそうが、どうでも良かった。そんな事に一々気を使うのも面倒臭かったしな。ま、実際問題、この場所じゃ、この髪が邪魔になる事がない訳じゃねえが……。でも、又、昔と一緒でな」
少しばかり意地悪そうに、が、湛えていた笑みも深めた。
「昔と一緒……?」
云われている意味が理解出来ず。
エドガーは、伏せたままだった面を上げ、訝し気な表情を拵える。
だからセッツァーは、少しばかり意地悪そうな、それでも優しい笑みを、愉快そうなそれに変え。
「『添い寝』してやると、良くな、俺の髪を掴んだまま、何時までも眠りこけるでっかいガキが、数年前から俺にはいるんでね。切らない方が、ガキのお守には便利だろ?」
最後には、声を立てて、笑い出した。
──何時の事だったか。
この甲板の上で、恋人の髪が長い理由(ワケ)。
それを尋ねた時のセッツァーの答えは、そんな風なモノだったから。
その時エドガーは、理由を云い終えて、盛大に笑い出したセッツァーに、若干頬を染めつつ、それこそ盛大な抗議で仕返しをしたのだが。
漆黒のコートの背で踊る、長くてしなやかで、触れると心地よい銀の髪が、何故その姿であるのかの理由が、己の為だと知らされたその告白は、とても滑らかに、胸の中に忍び込んで来たから。
エドガーはそれ以来、風に流れる恋人の銀髪に、益々の幸福を、感じる様になった。
恋人の髪が長い理由。
それさえもが、己の為に。
……だから、その日も彼は。
風に踊る銀髪の先を、指先でそっと、掬い上げ。
掌に、その感触を移しながら。
それはそれは、幸せそうな、笑みを湛えるのだった。
END
後書きに代えて
今回のSSは、短かめでございましたが。
私の思惑通り、甘かったでしょうか。
でもねー、ここでこう云う小説を書いておきながら。
『出来るかな』の航空医学編には、あんな事を書いてしまう管理人。
どーしよーもない奴ですね(笑)。
宜しければ、感想など、お待ちしております。