final fantasy VI

『瞳』

 

前書きに代えて

 

 前々から、書いてみたかった話の一つです。
 第一部後編が終わった直後くらいのお話。
 びみょーーに、痛いかも。
 おでいと(笑)の最中のお二人の会話です。

 

 

 酷暑の夏のそれに比べれば、未だ、柔らかいと例えても許されるだろう、冬のフィガロの日射しが燦々と降り注ぐ、フィガロ城の中庭。
 ささやかな薔薇園の片隅に、小さな円卓を引きずり出して。
 城主であるエドガー・ロニ・フィガロと、彼を訪ねてきた恋人のセッツァー・ギャビアーニの二人は、茶の時間を楽しんでいた。
 ──数カ月前、フィガロに、彼等に、起こった事件。
 その事件が結末を迎えた時、彼等は一つの約束をした。
 月に一度の、逢瀬の約束。
 今日、セッツァーがフィガロ城にいるのは、その『約束』の為だ。
 最愛の人を失くし掛けたエドガーが、その最愛の人へ向け、初めて告げた『我が儘』を、叶える為。

 

 だからその日、余りにフィガロの空が、晴天に恵まれていたから。
 彼等は、小さな庭園の直中で、午後のお茶を嗜んでいた。
「……何だ?」
 それまで、手にしていたティ・カップを傍らへ押し退け。
 両手で頬杖を付き、じっと見つめて来るエドガーに、セッツァーが小首を傾げた。
「何でもない」
 だが、にこにこと微笑み、意味はない、と告げながらも、エドガーは恋人を見つめる事を、止めようとはしなかった。
「何なんだ? 云いたい事でもあんのか?」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、何故そんなに熱心に、俺の顔を覗き込む? 何か付いてるか?」
「そう言う訳でも、ない」
 軽い言葉のやり取りをした後も。
 恋人は、己が面から視線を外そうとしないから。
 セッツァーは、手にしていたカップをソーサーへと戻して、ツイっと身を乗り出し、エドガーへと顔を近付けた。
「……何だ?」
 円卓の上で腕を組み。
 先程と同じ問い掛けを、彼はする。
「本当に、大した事じゃないよ。……唯、ね。君の瞳が、そこにあるなあ……って。そう思っていただけさ」
「俺の瞳?」
「そう、君の瞳。希有な、紫紺の色をした」
 度重なる問い掛けに、湛えた笑みを深くして、漸くエドガーは、何を見つめていたのかを白状した。
「又、何で? 俺の瞳なんざ見つめて、楽しいか?」
「楽しい……と云うのとは、一寸違う」
 ゆるりとした瞬きをしながら、息が掛かる程に近付いた恋人の目蓋をなぞり、城主は自身に言い聞かせる様に、軽く、頷く。
 眼差しを細め、触れて来る指先の感触を甘受しつつ、刹那何かを思い出して、セッツァーは、云い掛けていた言葉を飲み込み、口を噤んだ。
「不思議だなって……思って」
 恋人が、息を飲み込んだ事にも気付かず、エドガーは目蓋をなぞりつつ、独り言の様に云う。
「君のこの瞳が、ついこの間まで、私の世界の、唯一の色彩だったなんてね。不思議だな……と」
「そうだったな……」
「君の瞳が恐くて……でも、この紫紺しか見えなくて。……君がね、あんな風になってしまった私を、それでも見つめていてくれたから。だから私は、今、こうしていられるのかな……って。そんな風にも思う」
 何度も何度も、紫紺の瞳、そのものに触れているかの様に、愛おし気に指先を動かして、彼は、ぽつり、と。
「お前があの『世界』から帰ってこれたのは、お前が望んだからだ」
 ──その呟きが、まるで、感謝を告げているかの様だったから。
 あの頃……恋人の紺碧の瞳が光さえも映さなかった頃、彼の世界に唯一存在していた人を確かめる術として、触れて来た仕種そっくりに動く指先に、己が手を重ねて、セッツァーは首を振った。
「そうかも知れない。けれど、君の紫紺の瞳は、あの頃確かに、私にとっては、灯台に等しかった」
 しかしエドガーも又、首を横に振り。
 重ねられたセッツァーの掌から、するりと指先を逃がし、両の手で、相手の頬を包み込んだ。
「あの頃。私にとっては、君の瞳だけが、唯一の世界だった。唯一の『外界』だった。私が見遣るべきものは、この一対の紫紺だった。……ねえ、セッツァー。ずっと……私には、知りたい事があったんだ」
「知りたい? 何を?」
 掌の中から逃げていった、今は己が頬に触れる手を、セッツァーの右手は追い掛けて。
 優しく、握り込み。
 あの頃の、『唯一の色』だった瞳で、彼はエドガーを射抜いた。
「何も見えない私が『見るべき』ものは、君の瞳だけだった。他に、『見るもの』はなかった。でも、君には、あの頃も、今も、沢山の見るべきものがあるだろう? だからね。あの頃…君は、何を見ていたのだろうかと。そんな事を、思う時があるんだ」
 何処までも、微笑みつつ。
 セッツァーの眼差しを、彼は真正面から捕らえる。
「人間の瞳なんて、所詮、掌で掴み取れてしまう程の大きさしかないのに。誰も彼もが、同じ大きさの、同じ物を持っているのに。見ているものは、余りにも違う。君が見つめているものを、私は見てみたい。あの頃のそれも、今のそれも。君の紫紺の瞳と、私の紺碧の瞳と、一つずつ入れ替えたら、私にも、君の見ているものが見れるかな。私が見ているものが、君にも見えるかな」
「お前が見ているものは多分。俺が見ているものだ。あの頃、俺が見ていたものは……紛う事なく、お前だ。お前だけだ。……お前だけを、見ていた。あの頃も、今も。俺達の瞳を、一つずつ入れ替えてみても、きっと何も違いはしないさ。そうだろう……?」
 握り込んだ手の上を、その先の腕を、セッツァーは指先で遡って、エドガーの頤を軽く弾き、掠める様なキスをして。
 『眼差しの先にあるもの』、それが何かを、告げた。
「ああ。そうなんだろうと……思う。でも時々、欲しくなる。君の紫紺の瞳を。今あるそこから取り上げて、私の手の中に収めたくなる。あの頃の私の様に、君が、唯一つの存在だけしか、見なくなればいいと……私だって、思う事はある。だけど。そんな事は、叶う筈ない事だ」
「エドガー……。それは、お互い様って奴、なのかも知れねえぞ」
「それならそれで、構わないさ。いっそ、両方入れ替えてみようか。そうすれば、私達は互いに、互いだけしか見えなくなる。本当の意味でね」
「フン。出来もしねえ事を、考えてんじゃねえよ。まあ……俺の視線の先が、俺が見ているものが、そんなに気になるってんなら、別に、瞳の一つや二つ、くれてやっても構わないがな。その代わり。お前の瞳も、俺に寄越せよ? あの頃だけじゃなく。今も、これからも、お前は俺だけを見てりゃいい。……それだけで、充分だろ?」
「……そうだね。……多分」
「なら、この話は、ここで終いだ」

 ──晴天に恵まれた、フィガロの空の下。
 セッツァーは、目蓋に、頬に触れながら、何時までも己が瞳を見つめる彼の話を。
 そう云って、遮った。
 彼方の世界から帰って来た恋人が。
 その、紫紺の瞳に思うそれを。
 遮りたかった。どうしても。
 彼は、それ以上、エドガーの想いを、聞いていたくなかったのだ。
 何故なら。
 最愛の人の。
 この世で唯一の存在に宿る、綺麗な綺麗な紺碧の瞳を。
 あの頃も、今も。
 この手の中に収めたいと。己以外の何者も、紺碧の瞳に映したくないと。
 彼は、真実、そう願っていたから。

 瞳。
 瞳。
 最愛の人の。
 己だけに注がれる、その眼差しを。
 真実、手に入れたいと願っているのは…………────。
 

 

End

 

 

  

 

後書きに代えて

 

 以前、友人と約束して書いた、某ブツのテーマに使った物が、瞳でした。
 それ以来、ずーっと、セツエドで、瞳が出て来る話を書いてみたかったんですよね。
 人間の眼球の大きさは、25セント硬貨の大きさにほぼ等しい(正面から人間の顔を捉えて直径で考えた場合、ですけど)、と云う事が書かれた、法医学関連の資料(要するに、死体とか頭蓋骨。複顔の事だったから)見てて思い付いたのは内緒です。……ああ、ヤな裏話(笑)。
 私としては、微妙に痛いかな〜〜? なんて思うのですが、如何でしょ。
 ……しかし、この人達、中庭でこんなにイチャイチャしてて、周囲に見咎められないんですかね……(笑)。
 それでは皆様、宜しければご感想をお待ちしております。

 

 

 

 

 

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