final fantasy VI
『本性』
前書きに代えて
まあ、管理人の、軽い発作の様なものだと思って頂ければ幸いです、この話。
最近、己の中で若干のブームである『突き抜けちゃってる陛下』シリーズの一つ(……ええ、私の中には、『突き抜けちゃった陛下』が何人かおられます(笑))。
恐らく、可愛らしいコメディかと。
本編のお話達とは、とってもとっても、思いっきり、別次元です。
では、どうぞ。
誠、珍しい事に。
全身を、くてんと、ファルコンのロビーの長椅子に投げ出し、ミシディアうさぎよりも赤い目をしたエドガーの顔を、居合わせた者達は、しげしげと見入った。
「どしたの? エドガー」
どう見ても、どう考えても、寝不足だな、と云う事が一発で判るその姿に、リルムが口を開いた。
「……一寸ね…寝不足なんだ……」
やっぱり、珍しい事に、滅多な事では愚痴めいた事や、周りに心配を掛ける様な言葉は吐かないエドガーであるのに、彼はその時、自身の睡眠が足りていない事を、幼子相手に素直に白状した。
「あら……ファルコンの件、そんなに大変?」
おやおや、そんな事を口にする事もあるのね、と、セリスは、目を丸くする。
「いや、そう言う訳じゃない。別段、大変と云う訳じゃ……。唯、最近一寸、寝つきが悪いと云うか……睡眠が浅いと云うか……」
「やはり、疲れが溜まっているのでござろう」
何がどう、と云うのではないのだけれど、と、ぶつぶつ、セリスの問いに答えた彼に、カイエンは云い。
「眠りが浅いと云うのなら、これでも、服用されてみては如何かな?」
懐から、何やら筒の様な物を取り出して、そこより、小さな丸薬を一つ二つ、選び。
東方のサムライは、西の彼方の国王に、それを渡した。
「これは?」
手渡された小さな薬を見遣って、エドガーは訝しげな顔をする。
「眠れないって云うくらいなんだから、眠り薬の類いなんじゃないの?」
ファルコンの中で摂った、夕餉の終わり、硝子の皿に乗せて出された、赤いチェリーを銜えながら、ロックが云った。
「眠り薬と云う程、物騒な物ではござらぬよ。それは単に、血の巡りを良くする漢方薬でござる。……まあ、若干、睡眠の作用をもたらす葉が、入っていない訳ではないでござるが。血の巡りが良くなって、体が暖まれば、深い眠りの手助けにはなってくれるでござるから」
宝探し屋の推測に、カイエンは苦笑を浮かべ。
それは、強い効力を持った薬ではないのだと告げた。
「成程ね……。有り難う、カイエン。試してみるとするよ」
だから、エドガーは、そういう事ならば、と、手のひらで転がしていた丸薬を口の中に放り込み、何でもいいか、と、目の前にあった茶で、一息に飲み干した。
眠りが浅い理由なぞ。
本当は、判っている。
──カイエンに貰った薬を飲んで、夜半、飛空艇はキャビンのベッドの中で横たわったエドガーは。
漸く訪れて来た眠りに身を任せながら、つらつらと、考えていた。
そう、ここの処、己の眠りが浅い理由は、たった一つ。
恋人……セッツァーが、忙しくしているからだ。
この数日、ファルコンの調子は余り良くなくて。
エドガーの恋人は、寝食さえ忘れる勢いで、『相棒』の世話を焼いている。
長い、冒険の旅の、今は途中であるのに、自分達が人里離れた草原で、足留めを喰らっているのも、その為。
同じ屋根の下…………いいや、この狭い飛空艇の中で、寝起きを共にしていると云うのに。
そして、二人は恋人同士であるにも拘らず。
一日の内、顔を見るのも話をするのも、数える程、と云うすれ違いの日々が、ファルコンの機嫌を損ねてより、ずっと続いていた。
仲間達の目を盗んで、同じ褥の中、互いの呼吸に耳を傾け、眠りに落ちていた夜も、遠退いている。
それに。
この艇に乗り合わせている者達の中で、機械に長けているのは、セッツァーとエドガーの二人きり。
故に、それぞれがそれぞれ、担当を請け負った機関の調子を、一つ一つ見て歩く事は確かに労働で、疲れていない筈はないのに。
手っ取り早く、艇の不調を何とかする為に、分担箇所を分けた事がすれ違う事態を生み、疲れている体を、休ませてはくれない。
又、更に。
幾らエドガーが機械に長けていても、飛空艇に関する事は、セッツァーに一日の長があるから、恋人を手伝うにも、自ずと限界は生まれ。
どうしても手伝ってやれない部分がある事を、もどかしく思いつつ。
自分にしか出来ない調整をファルコンに施す為に、何時寝ているのかも判らない程、メンテナンスルームに籠りっきりのセッツァーが心配で。
だから、エドガーの眠りは、浅かった。
──早朝、真昼、夕刻、深夜。
何時、メンテナンスルームを覗いてみても、様子を窺ってみても、恋人から戻って来るのは、生返事ばかり。
声を掛けているのが最愛の人であるのか否かさえ、判っているのかいないのか疑わしい始末だったから。
寂しさと、心配と、苛立ちと…………様々なものが胸の中で入り交じって、自分は眠れないのだと。
そんな事、エドガー自身、良く判っている事だった。
でも。
今宵は。今宵くらいは。
少しでも早く、恋人を忙殺から解放する為に、ゆっくりと休んでしまおうと、彼は、薬の効果に甘んじた。
──翌朝。
漸く、作業に一区切りが付いて、昇り切った太陽を拝みつつ、エドガーに負けず劣らずな寝不足の顔を作り続けているセッツァーは、自身のキャビンの扉を開けた。
機械油や汗に塗れた体を綺麗に拭うのももどかしいくらい、眠たくて。
乱雑に衣装を脱ぎ捨てた彼が、どさりとベッドに、身を投げ出した瞬間。
やけに大きく、扉を叩く音がし。
「…セッツァー?」
何処か……何故か……とろん、とした表情のエドガーが、夜着を纏ったままの姿を見せた。
「んー……? ああ……どうした……」
今直ぐにでも、ドロの様に眠りたい。
そんな訴えを放つ思考を叱咤し、何とかセッツァーは、身を起こした。
「悪い…エドガー、用があるなら後にしてくれ……。いい加減、俺も眠い……。昼飯の頃まででいいから、寝かせて……」
が、この数日、顔を突き合わすのも稀なのに、見掛けたら見掛けたで、互い口を付いて出て来る事は、飛空艇の機関に関する、専門的なやりとりでしかなく、甘い台詞はもとより、気遣いや思い遣りの一言さえ掛けてやる暇がなかった事を、頭の片隅で侘びつつも、強烈な睡魔には勝てず。
エドガーの表情が、とろん……としている事も深くは考えず、ボスン、と、何とか起こした身を、瞬く間にセッツァーは、ベッドに鎮めた。
…………と。
「……セッツァー」
ふらんふらん、そんな足取りで、エドガーは恋人の名を呼びながら、ベッドへと近付いて。
徐に、どっっすん、と、急速な眠りに落ち掛けていたセッツァーの上へと『飛び乗り』。
「ぐえっ! てめえっ! 何を考えて──」
衝撃に飛び起きたセッツァーの顔を『見据え』ると。
「……構って」
一言、ぽつっと、だがはっきりきっぱり、言い放った。
「………………はあ?」
俺の、聞き違いじゃねえよな? と。
きょとんと、飛び乗られた怒りも忘れ、セッツァーは、狐に摘まれた様な顔を作る。
「だから。……構って。構えってば」
けれども、エドガーは。
己の云っている事、やっている事に、微塵の疑いも抱かぬ風に。
幼子の様な口振り、拗ねた様な表情、駄々を捏ねる仕種、で。
布越しに乗り上げたセッツァーの体の上で、くるん、と丸くなった。
「お、おいっ! 幾らお前でもっ……そこで丸まられたら…お、重いっ!」
情事の時には心地よい恋人の身の重さに、今は息が詰まって、セッツァーは慌てて、体の上からエドガーを除ける。
「…………嫌?」
すれば、押し退けられたのが不快だったのだろう、何処か様子のおかしい砂漠の王様は、『泣きそう』な顔を作って、恋人に縋り付いた。
「そうじゃなくって、だな……」
勢い、抱き付いて来た体を受け止めつつ、セッツァーは言い淀む。
一体、恋人に、何が遇ったと云うのだろう。
普段は、己の前ですら、甘える様な素振り一つ、見せはしないと云うのに。
「だってっ。構って欲しいんだ……。構ってくれなかったら、泣いてやるから」
「…おい、エドガー……」
「それとも、何を云っても無駄? もう、私の事なんて、嫌いになった? こんなに私が頼んでも、泣いてやるって云っても、君の心は動かない?」
「そんな事は云ってない」
「……じゃあ、構って」
「…………お前、変な物でも、喰ったか?」
──余りにも、エドガーの態度が尋常でないから。
熱でもあるのか、疲れが変な処に廻ったか、それとも、変な物でも喰ったのか、と。
セッツァーは、抱き留めたままの恋人の額に、手を当てた。
「セッツァーっ!」
が、パシっと云う音も甲高く、エドガーは愛しい人の手を払い。
「私が、こんなにこんなに云っているのにっ。やっぱり、君は私の事なんて、嫌いになったんだねっ。どうせ私は女ではないし、何時も君の傍にはいられないし、甘い言葉一つ云う訳じゃないし、気に入らない事には口を挟むし、皆の前では君の事なんて知らんぷりを決め込む事だってあるし、夜だって君の云うなりにはならないしっ。君の我が儘一つ聴いてやらないし、将来の約束だって出来ないし、君に頼らなくたって生きていける可愛げのない人間だし、君の子供が産める訳ではないし、産みたくもないけどっ! でも、だからって、嫌いになるなんてっ! 愛してるって、云った癖にっ! 私が、こんなにこんなに、愛してるのにっ!! 構ってもくれないんだ、君って男はっ!」
怒濤の様な台詞と云うか、鬱積と云うか、秘めたるものと云うか、を、吐き出し。
「……エ、エドガー……?」
呆気に取られてそれを黙って聴いていたセッツァーの長い銀の髪を、ムンズ、と掴んだ。
それも、目一杯。
「──いっっ! 痛いっ、こら、放せ、エドガーっ」
大の男の渾身の力で髪を引かれ、グッと潰れた声を、セッツァーは出した。
「構ってくれなきゃ、放さない。愛してるって、私の事を嫌いになった訳じゃないって判らせてくれない限り、駄目っ」
けれどエドガーは、ムッスリ膨れた顔で、恋人を睨み。
手の中の銀の一房の端を、唇ではみ。
まるで、御主人様に遊んで欲しくて仕方ない子猫の様に、コロンと、恋人の膝の上に転がった。
「判らせてくれない限り……たって……お前……」
かんっぜんに様子のおかしいエドガーの言い出した事に、セッツァーは途方に暮れたけれども。
何時までも呆然としていても、埒が明かないので。
「……後で、幾らでも構ってやるから。……頼むから、今は寝かせてくれ、エドガー。それが嫌だってなら、一緒に寝よう。……頼む……俺は、眠い……」
癇癪を起こした赤ん坊を宥める風に、セッツァーは丸まった体を引き上げ、掛け布の中に納めたが。
「…………や」
布の中で再び丸まって、エドガーは伸ばされたセッツァーの指を、はんでいた髪の代わりに、かぷりと噛んだ。
「いい加減にしろ……。お前は質の悪い赤ん坊か? それとも我が儘猫か?」
痕が残る程にしっかり噛み付かれた指先を取り返して、疲労困憊の飛空艇乗りは溜息を付き。
「だって」
「だって、じゃない」
「……直ぐ君は、そういう扱いをするんだからっ」
「…………判った、判った。俺が悪かったから。……何でもいいから……もう、勘弁してくれ……」
延々、ベッドの中でむずかる、やけに質の悪い子供と化した恋人を、無理矢理、腕の中に押さえ込み。
噛み付かれようが暴れられようが髪を引かれようが、この部屋の扉を叩いた時からとろんとしていたエドガーの表情が、もっと、『危なっかしい』それに代わり、やがて、寝息を立てるまで、セッツァーは耐え。
「……何だっつーんだ……」
心身共に、これ以上はない限界点まで疲れ果てつつ、漸く、眠りを手に入れた。
「…………おい……」
──昼餉の時間も過ぎ、午後のティ・タイムも過ぎた頃。
やっと目覚めたセッツァーは、朝方のダメージが大きかったのか、何処か、疲れの抜け切らない体を引きずって、ロビーへと姿を現し。
茶を嗜んでいた一同の元へ近付くと、心底、不機嫌そうな声を絞った。
「……どうした?」
確かに嫌な気配の漂うギャンブラーの声のトーンに、ちろっとマッシュが視線を走らせた。
「昨日…エドガーの奴、何か変な事しなかったか?」
「昨日? ……別に、何もなかったと思うけど……」
黒い影さえ背負いそうな彼の雰囲気に、ティナが首を傾げた。
「言動がおかしかったとか、変わったモン喰ったとか」
「…ああ、そう云えば、最近眠りが浅くて寝不足だと云っていたでござるから。拙者が持っていた漢方薬を勧めたでござるが、何か?」
変わったものではないけれど、と、昨夜の事を、カイエンが語った。
「漢方? どんな?」
「ドマの方では珍しくも何ともない薬で。少々睡眠作用のある、血の巡りを良くする薬でござる。…………そう云えば、今日は、エドガー殿の姿が見えぬでござるな……」
「……………寝てる。起きない。さしずめ、その薬とやらが、効き過ぎたって処なんだろうさ……」
「は? 効き過ぎ? ……しかし、あれはそれ程強い薬では……。そもそも、漢方は、懐妊された女子でも飲める程の……」
「知るか……。飲み付けねえもの飲んだのが、まずかったんだろ……」
薬を与えたのだと言い出したカイエンと、若干のやり取りを交わし。
背負い掛けた黒い影を引っ込め。
納得の表情を浮かべ、疲れた体を引きずる様に。
それ以上の事は語らず、セッツァーは、メンテナンスルームの方へと、消えた。
「…………何だったんだ? 兄貴と何かあったのかな」
「さあね。そんなの、云うだけ野暮、聴くだけ野暮、かもよ」
「野暮って、どうしてだよ、セリス」
「……秘密」
そんな、微かな哀愁さえ滲む感のある、セッツァーの背中を見送って。
朝の、ささやかな騒動を知らぬ一同は、首を傾げた。
一体全体。
どうやったら、とは思うが。
──事の次第を聞き届け、メンテナンスルームに籠りながら。
セッツァーは、苦笑を拵えつつ、溜息を吐いた。
だがやがて苦笑は、諦めの笑みへと、取って変わる。
────本当に、どうやったら、高々漢方薬で、あそこまで錯乱出来るのかは謎だが。
どう考えてみても、今朝の恋人のあの異様な状態は、薬が効き過ぎてしまったが故の、錯乱状態なのだろうとしか思えなかったから。
よっぽど、何かが鬱積していたのだろうと思う。
沢山のものを抱えて、でも、どうしても本音が言えなくて、薬が効き過ぎたのをきっかけに、まるで子供に返ってしまったかの様に、駄々を捏ねたのだろうとも思う。
だから、今朝、突然の嵐の様な一幕を演じた恋人に、腹が立つ事などはない。
薬の所為で、垣間見せてしまう結果になったあの姿が、エドガーの本性なのだとしたら、誠に厄介な相手に惚れてしまったものだとは思うが。
自分達の間に立ちはだかる如何なる壁も見えはしない程、彼に惚れ抜いてしまっているから、そんな事、今更どうしようもない。
致し方ない事態だったとは云え、可哀想な事をしたとさえ思える。
…………だから。
せめてもう、二度と寂しい想いをさせない様に、薬の力を借りて、鬱積を晴らす様な姿を晒させぬ様に、早く、この仕事を片付けて。
夜には目覚めるだろう彼の傍に、寄り添っていてやろう。
例え、今朝の騒ぎを、何一つ覚えていなくとも。
目覚めた時、顔を覗いてやれば。
きっと彼は、何時もの彼になって、微笑んでくれるだろうから。
……それに。
もう二度と、あんな騒ぎは、遠慮したい。
END
後書きに代えて
激烈痛い話である、本編はエピローグの『Will』。
あれの反動で、海野、こんな話を書いたんじゃ、って噂が、一部ではあったりなかったりしますが。
たまには、こういうのも、好いですよね?(好いと云って、お願い)
しかし陛下、何で、たかが漢方薬でラリれるのか、書いた私も不思議です(笑)。
ま、飲み付けない物を飲み、慣れない悩みを抱えた所為でしょう。うんうん。
宜しければ、感想など、お待ちしております。