final fantasy VI
『真夜中の苛立ち』

 

前書きに代えて

 

 これから始まるお話も、ある意味、壊れちゃった陛下を、扱っているのかも知れません(笑)。
 ああ、傍迷惑な貴方、と云うことで(謎)。
 可愛らしくあるとは、思うんですけどね(更に謎)。
 あ、何時も(本編)のお二人さんとは、別人格。
 では、どうぞ。

 

 

 元々、寝付きの良い方ではなかった。
 幼い頃から、そうだ。
 寝台に潜り込んで、ばあやの語ってくれる寝物語に耳を傾け終え、ランプの明かりが落とされても、閉じた目蓋の中には意識があって、何度寝返りを打ってみても、安らかな眠りは訪れてくれない……などと云う経験は、数限りなくある。
 たまに、一緒に寝よう、とねだって来る弟に答えて、大きなそこに二人潜り込んでみた時などは大抵、最悪の結末を辿った。
 お休みの挨拶が消え入る頃には聞こえ始める、弟の、穏やかな寝息が耳に付いてしまって、隣にある暖かな温もりは、確かに『温もり』なのに、落ち着かなくて眠れず。
 一人、ベッドの中で夜明けを迎えてしまうなんて事は、珍しくもなかった。
 幼き頃の夜、弟と二人の夜、少年期の一人の夜、泡沫の恋を楽しんだ女性との夜。
 眠りの訪れは遅く、浅く。
 漸く寝つけたと云うのに、些細な物音、隣人の身じろぎ、そんな物で、眠りは簡単に、破られた。
 ──なのに、何故か。
 この、銀髪の恋人、セッツァー・ギャビアーニを手に入れてから、事態には、僅か変化が訪れた。
 彼と共に眠る時だけは。
 どう云う訳か、寝付きが良いのだ。
 閨の中で二人、もっと話をしていたいのに、睡魔は無情にも訪れて、柔らかく抱き締めてくる腕の中、その温もりに甘える様に、何時しか眠ってしまう。
「本当にお前、良く寝やがるな」
 そしてその眠りは、からかいの溜息を付いた恋人に、優しくそう云われる程、深かった。
 けれど、今夜に限って。
 隣には、深く安らかな眠りを約束してくれる人が横たわり、その安らぎの腕の中に包まれていると云うに。
 その人を得る以前の様に、中々、寝つけなくて。
 エドガー・ロニ・フィガロは、そっと、溜息を付いた。
 疲れていない訳じゃない。
 躰は、緩慢で心地よいだるさを訴えて来る。
 恋人に、その温もりに、変化の兆しも見えない。
 ……なのに、眠れない。
「良く……寝てる……」
 消える寸前まで細められたランプの、小さく薄い灯りの中、エドガーは半ば、眠る事を放棄する覚悟で、セッツァーを見上げた。
 どう足掻いてみても眠れないのだ、ごそごそしていれば、その内自然と眠たくなるだろうと、そう思った。
「ふうん……。案外……綺麗でなだらかなライン……」
 凭れていた胸から顔を持ち上げれば、希有な紫紺の瞳を目蓋で隠して、己が金髪の渦の中に頬を埋める様に眠る人の、頤から喉、喉から胸へのラインが見えて、彼は一人ごちる。
 体勢は常と等しくても、こんな風にまじまじ、恋人の躰の一部を、こんな角度で見遣った事など、無かったから。
 ──その一つ一つに如何なる過去があるのか、想われ人である自身にさえ理由の明かされぬ傷痕が、セッツァーの躰にはある。
 だから今、紺碧の瞳に映った箇所にも、確かに傷痕はあって、古いものらしいそれらは、尚も生々しい何かを語り掛けてくるのだけれど。
 見上げた恋人の『曲線』は、思っていたよりも、美しかった。
 そしてその向こうから、自分の記憶よりも拍の遅い、リズムの整った息を洩らしながら、恋人は寝ている。
「あ……──」
 ……と、滅多に見遣る事ない箇所を見つめつつ、洩れ聞こえる呼吸に耳を傾けていたら、エドガーは、とある事に気付いた。
 何時しか、気付かぬ内に己の呼吸が、彼の息の拍数に、揃いつつある事に。
 眠る者にはその旋律で良くとも、意識のある自分にその息遣いは少々苦しく感じられて、腕の中で彼は、居心地を正さんとするかの様に、身を捩った。
 ……変なの。
 そんな事すら、考えつつ。
 ──他人の呼吸を意識した事は、今までにもある。
 今、セッツァーがしてくれている様に、一夜限りの関係を共にした女性達を、その腕に抱いた夜などには良く、人の呼吸に耳を傾けた。
 でも。
 彼女達の規則正しい息遣いを耳にしても、頭に過ったのは、人体の神秘、とか、医学書の一節、人は何故呼吸をするのか、とか云った、不粋な事ばかりで。
 他人の呼吸に己が息が揃った事など、無かったし。
 ましてや……傍らに眠る人が、今確かに生きている、と……安堵に似た想いなど、覚えたのは皆無だった。
 なのに、今宵。
 頭上から、愛しい人の息遣いが聞こえる。
 寄り添った胸が隆起する。
 触れる場所は何処も彼処も、暖かい。
 ……それが。
 …………ああ……生きているんだ、生きていてくれるんだ……と……そんな想いを生み出すなんて、彼は初めて、知った。
 だから、彼は。
 嬉しさに眼(まなこ)閉じて、眠る人の胸にそっと、耳を押し当てた。
 すれば、呼吸よりも尚規則正しい鼓動が響いて来て、やはり、底はかとなく、嬉しくなる。
 最愛の人が、生きている事。
 傍らで、無防備な姿で、眠り。
 何も彼も、晒してくれている事が。
 唯、嬉しかった。
 こんな事で、愛が一層募る事実も。
「……可笑しいね……」
 嬉しくて、幸せで。
 エドガーは微笑んだ。
 幸福感が、こそばゆい。
 嬉しさと愛しさが、楽しい。
 こうしている事の、そこから生まれる想いの、何も彼もに、笑い出してしまいそうだ。
 祖国で一番の女好きと云われた自分が、男の腕の温もりに酔って、そんな風に想う事も、可笑しい。
 良く良く考えれば。
 こんな角度で誰かの頤を見上げた事もなければ、胸に耳を押し当てた事も無かった。
 自分はそれを見せて、それを与える側だった。
 抱(いだ)く人の呼吸を聞き届けて息詰めるのは、自分ではなくて、相手の役割だったのだろう。
 ……そう、今までは。
 この人を、得るまでは。
 女性に『優しさ』を振りまく事が、あれ程好きだった自分が、何故、同性を愛してしまったのかは判らない。
 彼は優しかった。
 そして、今でも優しい。
 判ってくれたし、今でも判ってくれているし。
 温もりをくれたし、今でもくれるし。
 唯一の場所を、与えてくれた。
 たった一つの、拠り所、を。
 …………だから、愛したのだと、思う。
 けれど、彼を愛したその本当の答えは、『彼だったから』、と云うそれしかない。
 立場も忘れて、何も彼も忘れて、愛せた人が、彼だった、それだけが答え。
 ……仕方がないと思う。
 愛とは、そんなものだから。
 理由でもなく、理屈でもなく。
 好きだから好き。
 愛しているから、愛し続ける。
 それだけ、だ。
 例えそれが、同性同士の愛であろうと。
 禁忌であろうと、醜聞であろうと。
 …唯……愛しい。
「考えた事……すら、なかったんだけどね。同性と、こうなる姿、なんて……。どうしてだろうね……」
 込み上げる笑いを堪え切らなくなって、声を震わせ、肩を震わせ、例え、セッツァーを起こしてしまっても構わない心持ちで、エドガーは笑った。
 心から誰かを愛した時、世界は輝き薔薇色に染まる。
 ……それは、こういう事なのかも知れないと、感じた。
「……起きない、かな……。──セッツァー……?」
 眠る人が愛しくて、余りに愛しさが募って。
 出来るなら、彼とそれを分け合いたくて、エドガーは、最愛の人の腕の中、少しばかりの伸びをして、その顔を覗き込んだ。
「セッツァー…」
 …額に掛かる、髪を掻き上げてみた。
 頬を、撫でてみた。
 唇に、指先を這わせてみた。
「セッツァー」
 けれど、恋人の眠りは深く。
 紫紺の瞳は、開かれなかった。
「何か、悔しい」
 故に、幸せな我が儘を募らせ、彼は、機嫌を損ねる。
「私がこんなに幸せなのに、それを君に伝えたいのに、一人だけで眠ってっ。どうして起きないんだ。元々、私を誑かしたのは君の癖してっ。……大体っ。どうして、男の私が、男の君の腕の中で眠って、こんな気持ちにならなけりゃいけないんだっ。セッツァーっ。起きないなら……────」
 そして、この上もなく理不尽で甘い怒りを、迷惑も顧みず、恋人の耳元で盛大に囁くと彼は。
 するりと腕から抜け出し、掛け布を跳ね上げセッツァーに被い被さり。
 徐に、勢い良く、その唇を塞いだ。
「……ん…………。──んっ……。…んんっっ……。────エ……エドガーっ! ……何しやがるんだ、お前はっ……」
 眠りに必要な息を絡め取る、真夜中の接吻(くちづけ)に、さすがにセッツァーも目を覚まし。
 瞳見開いた途端、そこにあった面に驚き、次いで、己が唇を塞ぐ『もの』にも気付いて。
 何事かと彼は、寝起きの腕に力を込めて、エドガーの躰を押し退けた。
「窒息するかと思ったろうが……。急に、何をしやがるんだ……」
「君が一人で眠ってて、悔しかったから」
 上がった苦情に、けろりと、エドガーは答える。
「…………てめえな……」
 あっけらかんとしたその態度に、不機嫌だったセッツァーの表情が、更に鋭さを増したが。
「だって。君が傍らにいる事が、こんなにも私を幸せにするのに。君は私を置いて、一人で眠ってるから。悔しかったんだ。なのに、君は起きてこないんだもの。少しぐらい付き合ってくれてもいいじゃないか」
「…知ってるか……? そう言うのをな、世間では、身勝手とか、我が儘、とか云うんだ……。──っとに、お前は…………」
 告げられた理由は、『我が儘』を補っても尚、甘かったのだろう。
 乱れた銀髪を掻き上げ、肩を落として溜息を吐き。
 軽い苦笑を浮かべて、セッツァーは、シーツの上に猫の様に座る恋人を抱き寄せた。
「……眠れなかったのか? ……なら、お前が眠るまで、今度は付き合ってやるから。……もう、こういう不意打ちは、勘弁してくれ。真夜中に、お前からキスなんてされた日にゃ、泣きながら何か云われるんじゃねえかと、馬鹿な想像しちまう……」
 もう一度、しっかりと腕の中にエドガーを収め、横たわり。
 掛け布を引き上げてセッツァーは、若干乱暴な仕種で胸元に押し付けたエドガーの、波打つ金髪を撫で始める。
「そうか……。幸せ、か……」
「ああ」
 相手を起こせた事に満足したのか、理不尽な我が儘を引っ込め機嫌も直し、エドガーはゆるりと、目蓋を閉じた。
「叩き起こして、云い募りたくなる程、幸せ、か……」
「そうだ。幸せだよ。何も彼も、ね。……君の『所為』、でね。だから、幸せのまま、眠らせてくれ。……お休み」
 小さな子供を寝付かせる時の様な動きを見せる、セッツァーの指先に、今度こそ、眠りへと誘われて彼は、それまで寝つけなかったのが嘘かと思える程呆気無く、恋人の肩口にその身の重さを預け始める。
「……お休み。我が儘な…俺のエドガー……」
 セッツァーは。
 そんな恋人の姿に苦笑を深め。
 聞こえ始めた寝息へと向け、そっと囁いた。

  

END

 

 

 

後書きに代えて

 

 …………傍迷惑ですねー、この陛下。
 私が男で、付き合ってる女性にこんなことされたら、間違いなく手が出てますねー(笑)。
 まあ、たまには可愛い(そうか?)陛下もいいだろうと思って、書いてみたものですし、こんな陛下は可愛いんだろうなあ、とは思いますけどもね……(笑)。
 と云う訳で。
 我が儘全開、やりたい放題し放題、なエドガーさんでした。セッツァーさん、ご苦労様。幸せだから、いいですよね(笑)。
 宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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