final fantasy VI
『記念日』
前書きに代えて
去年、2001年の8月、外伝の部屋に放り込んでしまいましたが、一応、エドガーさんお誕生日企画と称して、短編を一本書いたので。
どうにも、悩んだんですが、最愛のキャラクター達の中で、差別があってはならぬと(笑)、セッツァーさんお誕生日企画と云うコンセプトの元、書かれたお話です。
かなり、幅を持たせたつもりの作品です。
本編の時間軸の中に組み込んでもOKですし、本編の彼等ではない別次元の彼等でもOKである様に書いたつもりです(その筈(汗))。
空を取り戻した日シリーズの中の彼等として御覧になって戴く場合は、シリーズ第一部前編の、崩れ掛けた世界で、の最終章が終わった直後のお話だと思ってやって下さい。
鬱陶しい説明ですが、宜しくお願い致します。
では、どうぞ。
エドガーが、
「君、何か欲しいものってないのかい?」
と、セッツァーに問い掛けたのは、彼等が恋人、と云う関係を築いて初めて迎える、銀髪のギャンブラーの、誕生日を目前にした頃だった。
「あ? 欲しいもの?」
訪れた、とある街でしけ込んだ宿屋の一室。
そのベッドの上で、唐突にそんな事を尋ねられたセッツァーは、少しばかり目を見張り、間の抜けた声を出した。
「そう、欲しいもの」
纏められていない長い金の髪と、裸体を被う為に掴んだ白い掛け布、その両方からさらりと云う音を立てて、エドガーは寝台から身を起こす。
「どうして、急に、そんな事を聴く?」
秘め事が終わりを告げて間もないと云うに、何処か不粋な感じで問いを繰り返す恋人に、若干呆れを見せながら、セッツァーは煙草を銜えつつ、見開いた瞳を、今度は僅かに細めた。
「もうすぐ、君の誕生日だろう?」
乱れた髪を片手で掻き上げながら、エドガーは理由を語り始める。
「……ああ、そう云えばそうだな。それで、か?」
「そうだ。……君と、こういう事になって、初めて迎える君の誕生日だから? 何かを、そう思いはしたけれどね。私達がこの関係を築き始めてから過ぎた時間は、余りにも少ない」
「そうだな」
「だから、ね。有り体に云えば、私は未だ、恋人としての君を良く知らないから。君の嗜好もちゃんと理解し切れていないし、今、君が欲しいと思っているものの見当も付かない。だったら、聴いた方が早いと、そう思ったんだ」
「成程、な」
「で? セッツァー。欲しいものって、ないのかい?」
相手の望まない物を強引に贈ってみても、余り意味をなさないだろうと、そんな想いを竦めた肩で示して、エドガーは、想い人に見せていた背を返し、じっと見上げた。
「欲しいもの、ねえ……」
恋人同士の些細な会話。
態度や声音で、それを装いつつも、見上げてくるエドガーの、紺碧の瞳に宿る光だけはやけに真摯だから、一応はセッツァーも、思考を巡らせてみた。
だが。
欲しい物、なぞ、セッツァーには思い付かない。
彼は、己が望む物の大抵を、確実に手にする主義だ。
欲求を我慢する事なぞ、しない。
そして、『欲しい物』は、己の手で以て掴むのが、信条でもあったから。
「それは、俺の誕生日をお前が祝ってくれる為の贈り物を選べ、と云う意味だな?」
『物』は欲しくはないが……と、セッツァーは明確な気持ちを隠しつつ、言葉を選んだが。
「私が欲しいとか、一晩を閨の中でとか、そういうのは、なしだよ」
隠された明確な想いは、エドガーに先手を打たれて、塞がれる。
「つれない男だな」
「どうして」
「俺は、お前がいてくれればそれでいい。お前と過ごせる時間が、最高の贈り物だ。それじゃ、駄目だってのか?」
「今回くらい、思い出でなく、品物を贈りたいんだけどね、私は」
「だから、お前でいい」
「冗談じゃない。私は物ではないし、幾ら君の誕生日だからって、昼夜を問わず、ベッドの中に引きずり込まれるのは御免だ」
傍にいてくれればそれでいい、それだけでいい。
……そんなセッツァーの願いを、心地よく聞き届けぬ訳ではないが、その願いの先にある欲望までを、如何な最愛の人のそれとは云え、今年の誕生日に叶えてやるつもりはエドガーにはなかったら。
食い下がる恋人に、砂漠の国の国王陛下は、抑揚一つ変える事なく、一度は起こした躰を掛け布で被ったまま、再び寝台へと横たえつつ、ぴしゃりと宣告した。
特別な日に、この身と心のみを望まれるのは、確かに嬉しい。
嬉しい、けれど。
恋人となって初めて迎える記念日にくらいは、形ある物を贈りたい。
それが、エドガーの願いだった。
始まったばかりのこの関係。
心地よく、互い、望み望まれて築いたそれ。
けれど、戸惑いと、嘆きの中で、この繋がりは始まった。
確かに自分達は、それぞれの手を離さないと決めたけれど。
終わりは何時か、やって来るかも知れないから。
残酷で、甘美な終焉は、きっと、何時かやって来るから。
思い出は勿論、思い出を『思い出す為』の品を、エドガーは贈りたかった。
「欲しい物は、ない」
だが、そんなエドガーの想いを知ってか知らずか、同じ様に、隣に横たわりながら、セッツァーは云った。
「何でもいいんだ。一つくらい、あるだろう?」
つれないのはどっちだ、と、エドガーはちらりと、身を寄せて来た人を睨んだ。
「いいや、ないな」
「何故」
「俺が欲しいのは、お前だけだ。お前の、全て。それ以外、何も要らない。物なら、自分の手で掴んで来る。……お前も確かに、俺の手の中に在りはするが……すり抜けて行くだろう……? 時間と立場が、お前を俺の手からすり抜けさせるだろう? だから。お前が欲しい。お前以外、必要ない」
しかし、そんな風に、恋人に睨まれても。
セッツァーは微かに、愉快そうな表情を浮かべただけで、返す答えを、変えようとはしなかった。
「だから、そうではなくて……──」
「──何も要らない。お前の全てが、あればいいさ」
掛け布の下に伸ばした腕を差し入れ。
漸く、火照りの治まった肌の上を再び弄りながら。
エドガーが、恥じてむずかるのも気に止めず。
セッツァーは、結ばれてから未だ時浅い、最愛の恋人を抱き締めた。
唯一の人の生誕の日に。
思い出と、それを思い出す為の品と。
その双方を贈りたいと考えていたエドガーは、結局、当日の邂逅を迎えても、望む品物の名をセッツァーから引き出せなかった事実に降参したのか、渋々ながらも、恋人の望む欲の部分を叶えてやる覚悟を決めたのか。
フィガロ城を訪れたセッツァーの為に、丸一日の時間を『揃えて』おく他、取り立てて何の用意も、する事はなかった。
穏やかに、その日はやけにゆるりと過ぎて行く様に感じられる、時の流れに全てを投げ出して。
彼等は、記念の日を、過ごしていた。
眩い午前が過ぎ、目蓋の重みが増す午後が過ぎ、逢魔ヶ時も、夕餉の頃合も、無事に。
そう、何もなく、その年の二月八日、彼等にとって、初めての記念日が、穏やかに終わろうとしていた夜半。
「セッツァー」
慎ましやかだったその日、起こるとは思えなかった『変化』が、エドガーの口からもたらされようとしていた。
「……ん?」
起ころうとしている事に気付かず、恋人の部屋の窓辺に立って、砂漠に昇る月を見上げていたセッツァーは、振り返る。
「未だ、云っていなかったね。君が生まれた日を、祝う言葉を」
彼の名を呼びつつエドガーは、窓辺へと進み、並び立って。
「おめでとう。君が産まれて来てくれた日に、私とこうしていてくれる事は、喜びだよ」
鮮やかに、笑った。
「それは、俺の台詞だな」
鮮烈な印象を残す笑みを湛え、微笑んだ人を僅か見下ろして、セッツァーも又、笑みを返し。
「そう?」
「ああ。それは、俺が告げたい事だ。……エドガー?」
並び立った人の、名を呼んだが。
「……いいや、違うよ」
湛えた笑みをそのままにして、『エドガー』は、首を横に振った。
「違う? 何が? お前は、エドガー、だろう? エドガー・フィガロ。違うか?」
真意を計り兼ねて、セッツァーは問う。
「私の本当の名前は、エドガー・ロニ・フィガロ。一族の者以外には、告げてはならない理の元に、授けられた名がある。最愛の者以外……生涯を誓った者以外には、決して洩らしてはいけない、秘密の名前が、私にはある。……君は、この日の為の贈り物を、私に用意させてはくれなかったからね。……代わり、に」
──問われても。
向けられた者の記憶の片隅に、生涯燻り続けるだろう笑みを崩さず。
代々、一族と、その側近くに仕える僅かの者以外知る事のない名を隠し持った、砂漠の国の王は。
唯、並んでいただけの、銀髪の男に寄り添った。
信頼に足る者だけ。
心許した者だけ。
……最愛の……生涯を誓った者以外に、語ってはならないのだよ、と教えられた名前を告白して。
「エドガー」
──だが、それでも。
寄り添った人へ向き直り、抱き締めた両腕に、力を持たせながらも。
セッツァーは、『彼の名』を呼び。
「……何だい?」
「それでも。お前はお前だ。そうだろう? 『エドガー』」
生涯忘れる事のないだろう笑みを浮かべた恋人に、負けずとも劣らぬ、慈愛のそれを向け。
「愛してる」
何か云い掛けたエドガーの唇を、深く静かな、接吻(くちづけ)で塞いだ。
「…………嬉しかった」
唇と唇が離れ。
低い静かな、それでいて甘い声が、そんな台詞を紡いだ時。
記念日は、終わった。
END
後書きに代えて
どうにも、この人達がお互いの誕生日に、何を贈り贈られするのか、私には皆目見当が付きません(汗。何で思い付かないかの理由は、語ると長いので割愛)。
故に、今回、ない知恵絞った結果が、これです。
ま、伝書鳩贈ったセッツァーさんよりは、色気があるでしょう、エドガーの方が(笑)。
確か、私の記憶に間違いがなければ、エドガーのミドルネームをリルムだけはこっそりと教えられている、と云う裏設定があったと思いますが、それは、ま、ここでは忘れてやって下さい。
相変わらず、エ●いシーンのない、淡泊なラブ話でした(笑)。
宜しければ、感想など、お待ちしております。