final fantasy VI
『眩暈』
前書きに代えて
全く違う話を書いていました時に、唐突に、ご降臨(←何の)を受け、書いちゃったお話。
出来れば、その時書いてた話を書き上げてから、文章の神様にはおいで戴きたかったですが、まあ、そういうこともあるでしょう。
では、どうぞ。
その女は。
私が、もう間もなくここにやって来る予定の、セッツァーの連れだと知るや否や。
……酒に酔った勢いに任せた、と云う事情もあったのだろう。
堰を切ったように、彼のことを喋り始めた。
その喋り口はまるで、壊れた機械か何かのようだと、目を瞬かせてしまう勢いで……。
最初は、こちらの『正体』も知らずにまくし立てる彼女に、唖然とするばかりだったが。
やがて私は、女性に対して不快感を覚える、と云う……滅多にない感情を、彼女に抱いた。
──それ程、酷かったのだ。
彼女の語ることは。
彼女の言葉で描かれる、セッツァーのひととなりは。
……誠、私を苛立たせるくらい。
「え、貴方、あの男と待ち合わせてんの? ここで?」
「……ああ、そうだが?」
「信じらんない。あのろくでなしの友人? 友達は選んだ方がいいわよー。あんたまで、ろくでなしと思われるわよ」
「そうかい? まあ……彼が堅気の人間でないのは、私も認めざるを得ないが……」
「…………ミトメザルヲエナイ? ……良く云うわー。友人だってなら、よー……く判ってんでしょ? あの男の質の悪さ。ひっっどい性格してるじゃないさ、あいつ。あんな奴の友人なんて、よくやってられるわねー」
──そう。
ふとしたことで、言葉を交わし始めた時から。
彼女の言葉は、『そう』だった。
だから、彼のことを悪し様に云う彼女に、少々私は憤慨し。
が、それでも、女好きな国王陛下、と云う評判を損ねぬように。
「どうして君はセッツァーのことを、そんな風に云うんだい?」
作り笑いを湛えて問い掛けることで、憤りをやり過ごした。
……すれば、彼女は。
「……だって。評判じゃない。あんただって判ってるでしょ? 良く知ってるでしょ? ──噂でだけってワケじゃなくって。あたしもよーく知ってるの。あの男のろくでなし加減をね」
「いや、それは……──」
「──博打狂いの放蕩者で。世界で一番のギャンブラーだか何だか知らないけど、口を開かせれば勝負事の話しかしないし。たまに違うこと言い出したなと思えば、飛空艇がどうのこうの、空がどうのこうの。そんなことしか云わない。すれっからしの癖して、向こう側の世界がどうの、空の向こうの『空』がどうの。青くっさーーーいロマンなんか語っちゃってさ。こっちは、ガキの寝言が聴きたくって、一緒に酒飲んでんじゃないってのに」
彼が口にすることの、何も彼もが気に喰わない、そんな風に。
怒濤の勢いで。
憤まんを吐き出した。
確かに、彼の語ることは。
勝負事の話、駆ける大空の話、そんな類いが、多いのかも知れない。
けれど、彼は。
少なくとも私には、旅の空で見たこと、聴いたこと、喜ばしきこと、哀しむべきこと、怒るべきこと、楽しむべきこと……それらを、惜しみなく聞かせてくれるから。
「そんなことはない……と思うが? 彼だって、様々な話をするよ。……それに…女性には、理解し難いのかも知れないが……男と云う生き物は、何処かね、夢を食べて生きているから」
私はそう云って、彼を弁護したのに。
「……あの男の友人だけあるわねえ、あんた。………夢を食べる? 冗談じゃないわ。そんなことでお腹は満たされないのよ。それにねぇ? そう云えば聞こえはいいけれど。好きな時に好きなだけ酒飲んで、好きなことだけして。勝手に生きてるだけじゃないさ、あの男は。それを普通、夢って云う? 云わないでしょ? 気侭に生きて、気侭に女と遊んで、抱いて、飽きたらポイ。……女の敵だわ、あんな奴」
「それ、は……」
「それにねえっ! あんた、知ってる? 酷いのよー、あの男。あたしが知ってるだけでも、両手でも足りないくらい、何度も女誑かしてさ。抱くだけ抱いて、弄んで、飽きたらゴミみたいに捨てるのよっ。……あいつに本気で惚れてた子だって、多いってのにさ。女の純情なんて、暇つぶしの道具程度にしか思ってないんじゃないの? その癖、捨て去ることに決めてる女達、その気にさせるのも、虜にするのも、天下一品なんだから……。質が悪いったらありゃしない……」
私の擁護は、却って彼女を煽ってしまったのだろう。
宵の口の酒場の片隅で始めるには、かなり相応しくない話を、その女は大声、で。
あからさまに、私が顔を顰めたのも、気付かず。
──だから、本気で私は憤慨し掛けて、が、ふと。
「……君……は…?」
「は?」
「だから。君は? セッツァーのことを、そんな風に語れる君も、彼とはそれなりに、親しいのだろう? ……もしかして君も、彼に本気で惚れた子の、一人なんじゃないのかい?」
…………彼女の口調に、隠し切れない辛さと僅かな悲しみを感じ取った私は、そんなことを尋ねていた。
「………………そりゃ、ね……」
すれば、彼女は。
「…悔しいけどさ。あいつって、いい男『では』あるじゃないさ。そりゃ……寝台の上でさえ荒っぽいけど……。……でも…。優しい時が、なかった訳じゃないし。これだけ悪口並べ立てても、どっか、憎み切れない部分、あるし、さ……。『上手い』し、ね…………。何か…何か、こう……。言葉に、出来ないんだけどさ……。変な、魅力って云うか、さ……。────忘れられない、男なんだよね…………」
テーブルの上に頬杖付いて。
溜息を零し。
ぽつり、ぽつり、ぽつり。
彼女は…語った。
「…………なら…忘れなければ、いいだろう? 彼を、忘れなければいい……」
──告白に。
ずきりと胸が痛むのを覚えながら、私は答えた。
彼の『愛』を知る者がいる。
ここに。
私以外に。
女……と云う存在として。
彼を受け入れるに相応しい躰で。
……その事実が、私を締め付けたけれど。
この胸の痛みなど、到底、語ればしないから。
「でもね……。でも。駄目なんだ……。駄目なの……。あんた、彼の友人なら、知ってるかも知れないけどさ……。駄目、なの……」
けれど彼女は、苦しい想いを隠して云った私に。
諦め切った口調で、自嘲の笑みを浮かべてみせた。
哀しそうに。
遠い目をして。
……彼女は。
「……駄目なんだ……。あたしだけじゃなくって。あいつに本気で惚れてた子達、皆。駄目、なんだ……。あんなろくでなしに惚れちゃった内の誰か一人を除いて、ね。…あんたも知ってる子かも知れないけど。──あいつさあ……。どうもねえ……本気の相手、ってのが出来たみたいでさ。それまで遊んでた女と、ぜーーんぶ、手、切って。娼館にも、顔出さなくなってさ。遊ばなくなっちゃったのよねえ……あたし達となんか、さ……。馬鹿だよねえ……。今まで通り、沢山の女と、自由気侭に遊んでりゃいいのに。面白可笑しく、暮らせただろうに。どっかの誰かさんにさぁ、自分をぜーんぶ、あげちゃったんだってさ。……ま、噂だけどね」
「…………噂、ね…」
「そ。噂。──あいっかわらず、声掛けてやれば、賭博の話か空の話しかしない癖に。寝言ばっかり、ほざいてる癖に。一人の人が好いー……だなんてね。無理しちゃって。馬鹿よね。そんな馬鹿に惚れちゃって、捨てられても忘れられないあたしも馬鹿だし。あの馬鹿と、将来誓ったどっかの誰かさんも、馬鹿よねー。絶対、苦労するわよ。……何たって、ろくでなしだからねえ、あいつ」
──彼女、は……そんな風に、語った。
「……そうだね…」
ほぅ……と。
溜息ばかりを付く彼女に、私は相槌を打つ。
──彼が、愚かだということ。
私が、愚かだということ。
それには、素直に、同意出来たが故に。
……誰にも言えぬ関係を築いてしまった彼と、私。
紛うことなく愚かで。
どうしようもなく、愚かで。
何も彼も、捧げ切らなければ気が済まぬ程……、我々は、我々、を…………──。
否……。少なくとも、私は。
悪し様に罵らねばやり切れぬ、彼への深い想いを抱えた眼前の女性に、労りを示す処か。
こうして、彼を罵らねば生きて行けぬ立場にいるのが、己でなくて良かったとさえ、想い巡らせるくらい……彼を……。
彼を、愛して……──────。
けれど、仕方ないではないか。
私、は。
「待たせたか? エドガー」
頬杖を付いて、溜息を零し続けた彼女が、何時しか酒に負けてしまった頃。
やって来た彼が、ちらりと彼女へ一瞥をくれただけで、私へと微笑み掛ける姿に。
眩暈を、覚える程。
己が手に取れるまで、醜さの滲む自分を、それでもいい、と許せる程。
──ろくでなしの癖に。
愚か者の癖に。
私を魅せ続ける彼に、くらくらと、世界が歪んで見える程、激しい眩暈を覚え続けるのだから。
……彼を……愛し続けるのだから。
「行くぞ」
場所を変えよう、と、酔い潰れた彼女など、その場に居ないかの如くに振る舞う彼に従い、席を立ちながら。
「……さよなら」
もしかしたら、私がそうするべきだったのかも知れない姿を晒す彼女に、偽善を傾けてしまう程。
私は、彼を愛しているのだから。
生涯消え去らぬ、眩暈を覚えつつ。
END
後書きに代えて
久し振り(なのかな?)の、陛下の一人称でした。
相変わらず、相思相愛のお二方です。
まあ、今回は、エドガーサイドだけのお話ですけど。
世界が霞んで歪む程の眩暈を、生涯抱え続けるのが、陛下の恋模様。
……熱愛だなあ……。
宜しければ、感想など、お待ちしております。