Final Fantasy VI
『発熱』
彼──セッツァー・ギャビアーニという男は、余り人前で恋人とベタベタするような口ではなくて、どちらかと言えば、惚れている相手程、他人の目の届く場所ではきつく当たるタイプだった。
そんな彼の態度は、照れの裏返しなのだ、と思い込むようにしてはいても、セッツァーの恋人当人である、やはり彼──エドガー・ロニ・フィガロにとっては、時に、寂しさを覚えるものだった。
もう少しくらい、愛想良くって言うか、可愛げのある態度を取ってくれたっていいのに、との小声の愚痴が、稀に、音を伴って唇から零れる程度には。
故にそれは、ここ最近の、彼のささやかな悩みだった。
で・も。
────確かに、もう少し愛想良く、とか。
可愛げのある態度を、とか。
人の目があったとしても、一寸くらい私にも優しくしてくれたって、とか。
確かに思った。幾度となく。
…………思ったけれど!
幾ら何でも、こんなのは御免だ! ──と。
その日、エドガーは、これまでに零し続けたささやかな愚痴の全てを棚に上げ、内心で絶叫した。
何故ならば。
他人の前じゃ、釣った魚に餌はやらないってな態度を取るのが、男の粋ってもんだろ? と、「一体、何処の生まれだ、貴様は」と問い詰めてみたい主張を年がら年中繰り返していたセッツァーが、掌を返したように、まるで人が変わったように、朝っぱらから、ずーーーーーーーーー……っと、背中に、べーーーーーー……ったり張り付いているから。
狭い飛空艇の中で身を寄せ合って、冒険の旅を共にしている仲間達から注がれる、奇異のモノを見遣る視線も何のその、全て綺麗に弾き返し、ベッタリベタベタ、セッツァーはエドガーのおんぶお化けと化しているのだ、過去の一切を忘れたことにし、「ふざけるな!」と叫び出したいエドガーの気持ちは良く判る。
況してや。
「セッツァー…………。君、いい加減にしないかい…………?」
と、この上もなく不機嫌な声、不機嫌な顔でエドガーが訴えてみても。
「何が? 何が、いい加減に、何だ?」
頭痛の種の当人は、何を言われているのかさっぱり判らない、と言った顔付きで、少しでも体がブレたらキスが出来ます、な距離まで面を近付け、じーーーーっと、素朴に問うて来るのだから、エドガーでなくとも、いっそ泣きたくなるかも知れない。
それは……正直、こんな風に無防備に甘えられるのは嫌とは言わない処か嬉しい、と、内心ではエドガーとて思うけれど。
物には限度と言うものが! な気持ちも、又、彼の本音で。
「あのね、セッツァー」
「……何だ?」
「真面目に、いい加減にしてくれないかい? そろそろ、そんな戯れは止しにしないかい?」
「だから、何が?」
「そうやって、私の背中に懐きまくることを、だよ。どうしようもなく、皆の目が痛いんだが」
──とうとう。
おんぶお化けを通り越し、厄介な荷物以上の厄介者と成り下がった、今は邪魔以外の何物でもない体躯を振り返って、エドガーは声を張り上げた。
苦情を言うべく。
そこが、何処なのかも忘れて。
「…………おかしなことを言うな」
が、セッツァーは益々、何を言われてるんだか、これっぽっちも理解出来ない、との風情を深め、首を傾げ。
「おかしい? 何が?」
「おかしいだろう? 俺が、お前に懐いて、何が悪いんだ?」
こんなのは、当たり前以前のことだ、と呟き様、彼は、むちゅ……、っとエドガーにキスをした。
そこは、飛空艇・ファルコンのロビーで。
思わずエドガーが張り上げた大声に驚いた仲間達が、「あ、エドガー、とうとうキレた?」と彼等二人を注目していたにも拘らず。
「……………………セッツァー……」
「だから、何でそんな声を絞る? 俺とお前の間じゃ、極々当たり前のことをしただけだろ?」
故に、エドガーは地の底から這い上がって来る邪悪な存在の如くな声で唸り。
なのにセッツァーはケロッと、再びキスを仕掛けて来て。
「……セッ……──。…………ん? ……延々、私にベッタリ張り付いてる所為だとばかり思ってたけど……、セッツァー、君、もしかして熱がある……?」
思わず、超ド級魔法の詠唱でも唱えてやろうかと思い詰めたその時、エドガーは、『鬱陶しい荷物』が、むちゅむちゅっ、と押し付けて来た唇が、やけに熱いことに気付いた。
随分前から、セッツァーの体温が高い、とは思っていたが、それは、『荷物』と化されているが故と、『荷物』を引きずって歩いている自分の所為だ、と彼は考えていて。
でも、むちゅーーーー……、と迫って来た唇は、そんな発想を吹き飛ばして余りあるくらい、ホットで。
「熱…………? ……ああ、そう言えば今日は今朝から、ちょいと頭が廻ってねえ気はするが」
これは、もしかしなくても……、とエドガーが眉を顰めた途端、言われてみれば、確かに頭がボーーっとはしている、と訴え……────訴えた、途端。
己の体調不良を自覚したのか、ボトっ、と『鬱陶しい荷物』だった彼は、その場にひっくり返った。
──その日より、幾許かが経った後日。
熱の所為とは言え、思いっきり箍が外れると、セッツァーが如何なる行動を取るのか、嫌という程思い知ったエドガーは、「もう少しくらい、その、釣った魚に餌はやらない的な態度を何とか……」と、ブチブチ愚痴るのを、ピタリ、と止めた。
『セッツァー・ギャビアーニ熱暴走事件』と、彼等の仲間達が秘かに名付けた件の出来事に、こっぴどく懲りた、というのも理由の一つだけれど、箍が外れると、ああいう暴挙に及ぶ程度には、彼も自分のことを想ってくれているのだ、と悟れはして、ここ最近の、彼のささやかな悩みは、一応晴れたから。
……だが。
彼は今度は、別の悩みを抱えた。
…………何故、って?
──彼とセッツァーの真実の関係が、誤摩化しようも言い訳のしようもないまま、仲間内にバレたから。
END
後書きに代えて
2008.06〜09の拍手小説です。
確か……、「甘い話を書いて?」との、某方のリクエストを受けて書いた筈、なんですが。
御免、甘い話じゃなくて、馬鹿な話になった。
──宜しければ、感想など、お待ちしております。