Final Fantasy VI
『怯えたことはありませんか』

 

 

 日射し、というものが、砂漠の彼方だったり峰の向こうだったり、に消えた後。
 眼(まなこ)に映る世界が闇色になって後、鬱々と考えることは大抵、碌なことじゃない。
 『現在(いま)』、色恋に溺れてるなら尚更に。
 闇色に染まった世界──俗に言う夜、それも、真夜中、という刻(とき)に、溺れた相手、溺れさせられた相手、そんな存在のことを考えると、思考なんかまともには働いてくれない。
 ……だから。
 多分恋を知るモノ全てが、一度は経験するだろう煩いを抱えて、そんなもの達が良くするように、エドガー・ロニ・フィガロも、ふ……と溜息を零した。
 彼は今、色恋に溺れているから。
 不意に目覚めてしまった真夜中、時間と自分を持て余して、ご多分に洩れず、碌でもないことを考え、まともではない思考を働かせてしまったが故。
 こんな瞬間を迎えてしまったのが、一人きりの夜だったら、恐らくは未だ前向きに、碌でもない考えにケリを付け、まともではない思考を眠らせることが出来たのだろうけれど。
 幸か不幸か、先程まで彼が眠っていた、今も尚、身を横たえている寝台の中には、夢の中で何事かを仕出かしているのだろう恋人のも在って、煩いの最中、眠り続ける恋人の横顔を、じっと見つめてしまったから、エドガーの、碌でもなくて、まともではない想いは、中々、収束を見せてくれなかった。
 そして、ぐるぐると巡る彼の思い煩いは、今も未だ、続いている。
 ──動乱、と例えても大袈裟ではないだろうあの『季節』が過ぎて。
 恋人と漸く、恋人らしく過ごす時が増えて。
 世の中は、確実に穏やかな姿を目指していて。
 今、こうして同じ閨の中で恋人と眠った後、朝が来て、別れの時を迎えても、次は何時に逢おうかと、そんな約束も出来るのに。
 時折、ふとした弾みで、彼は。
 怯えを覚えることがある。
 もしも今、瞳の中に在るこの存在が、露よりも簡単に、消えてしまったらどうしよう、と。
 ────人間など、所詮は身勝手な生き物で、動乱だった頃は、何時命を落とすやも知れない、無事に明日を迎えられるのかは判らない、なんて、そんな覚悟はきちんと決まっていたのに、いざ、こうやって平和を手に入れてしまえば、明日がないかも知れぬことに、恐怖を覚えるのだ。
 次は、何時逢おうか、……と『気楽』な約束を恋人と交わせる程に、明日が来ることを疑わなくなるのだ。
 こうしている次の瞬間に、己が果てて死ぬ可能性は、なくなった訳じゃないのに。
 確実に朝はやって来て、朝が終われば昼がやって来て、昼が終われば夜が来て……、と、刻が、季節が巡り続けることを、信じて止まない。
 明日は必ずやって来ると信じていなければ、多分、人は生きてゆけぬ生き物なのだろうけれど、それにしたってよくよく考えれば、随分気楽な発想。
 歴史が乱れていたあの頃は、明日が来ないことの方が、当たり前だったのに。
 挙げ句、明日が来ることを、季節が巡ることを、当たり前だと人が受け止めてしまうのと同じ次元で、瞳の中に在るモノは、己が前から決して消えぬと、信じて疑わないなんて。
 どうかしてる。
 平和に、惚け過ぎている………………、と。
 ……そんな風に、彼の碌でもない思考は、ぐるぐる、ぐるぐる、音を立てて廻り続ける。
 ──エドガーとて、明日が来るのを疑いたい訳ではないし、何時か、己が傍らから最愛の人が消える、と思い込んでいる訳ではない。
 彼のこの思考は、それを疑いたくなる、こんな夜もある、という証明だろう。
 けれど、彼の思い煩いが、碌でもないとか、まともではないとか、そんなことは兎も角。
 人の世に、永遠がないのは確か。
 止まない雨があるのも確かならば、明けない夜があるのも確か。
 例えその身の傍らにあるのが、最愛の存在であろうとも、傍らの存在が、等しく、最愛だという想いを返してくれても、何時か最愛の存在が、消えてしまうのも確か。
 如何様なる形を取るか、それは判らないけれど、最愛の存在に、『捨てられる』のも確か。
 ………………そう、エドガーは、それを識っているから。
 だから、不意に目覚めてしまったこんな夜、彼の思考は止まらなくなる。
 ──何時の日か。
 瞳の中に在るものを、失くす日を『夢見て』。
 瞳の中に在るものを、失くした『先』を『夢見て』。
 色恋に溺れるモノが迎える真夜中、夢見た果てに涙する彼に気付いた傍らの存在がゆるりと起き上がり、
「……どうした?」
 と、優しい声を放っても。
「怖い夢でも見たのか? ガキみたいに。────俺が、傍にいるだろう?」
 と、刹那の真実を語っても。
 ぐるぐると巡る、彼の思考は止まらず。
 夢見た果てへの、彼の涙は止まらず。
 

 

 怯えたことはありませんか。
 瞳の中に在るものを、失くした刹那を考えて。
 怯えたことはありませんか。
 瞳の中に在るものを、失くした『先』を、考えて。

 

END

 

 

 

後書きに代えて

 

 2002年の冬コミにての、無料配布本に掲載した作品の再録。
 元原稿見付からなかったので、家に残ってた見本からサルベージしてみました。
 ……古い。そして暗い(遠い目)。
 どうして、エドガーを書くと暗くなるのだろう……。
 ──宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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