Final Fantasy VI
『One day 〜夕刻〜』

 

 

「エドガー。………………ん?」
 そっと、音もなくその部屋の扉を開けて、中を覗き込んだセッツァー・ギャビアーニは、室内にいる筈と思っていた、エドガー・ロ二・フィガロの姿が何処にも見当たらないことに気付いて、おや、と首を傾げた。
 久し振りの逢瀬と洒落込めて、砂漠の直中の無骨な城から、国王などという、面白くも何ともない、下らないだけの商売、としかセッツァーには感じられぬそれに『人生』を置いている恋人を連れ出し、己が飛空艇・ファルコンに連れ込んだのに、当のエドガーは、ファルコンに足踏み入れるや否や、艇長室──セッツァーの居室でもあるそこに、一人籠ってしまって。
 暫く好きにさせてくれと恋人が言うから、渋々、我が儘を聞き届けはしたものの、いい加減、限界で。
 なのに、エドガーの姿は見当たらず。
「何処行きやがった、あの馬鹿」
 夕刻になってしまった今まで、あいつの稀の我が儘だからと耐えた己の立場は、と憤慨しつつ、セッツァーは、ファルコンの中を、エドガー求めて彷徨った。
 居住空間だけを見れば、ファルコンの内部は狭く、世界崩壊以前にセッツァーの艇(ふね)だったブラックジャックとですら比べ物にならない感があるが、人一人が何処かに隠れる場所、という意味では、そこそこには広い。
 故に、それなりには労しながら、セッツァーは、エドガー求めてファルコンの中を彷徨った。
 キャビンにも、それ以外の居住スペースにも恋人の姿は見当たらず、セッツァー一人程度なら十二分に賄えるキッチンもどきの小さな部屋にも、機械オタクなエドガーの好物ばかりが詰まっている機関室にも、彼はいなかった。
 甲板にも、甲板上の操舵にも、影も形もなくて。
 ファルコンを繋いだ草原に一人降りて、散歩か何かに行ったか? と、甲板の中程辺りの手すりから、セッツァーは身を乗り出し、眼下に広がる緑の海へと目を凝らした。
 が、そこにも、恋人の影すらなく。
「本当に、何処行った……?」
 段々、心配になってきて、少々の焦り顔を拵えた彼が、自らも下に降りてみるかと身を翻し掛けた時。
「………………ん?」
 甲板真上の揚力部分の、曲線描く壁面に、ぴとっと、蒼色の布地が貼り付いているのを彼の瞳は捕らえた。
「エドガー?」
 蒼色の布地は、エドガーが纏うマントの一部に他ならず、そんな所で何をやっていやがる、馬鹿が、と内心でのみ憤りつつ、セッツァーも又、甲板から『上』へと続く梯子を登った。
「おい。そんな所で何やってる?」
 登れと言っても、女子供は尻込みするだろうくらい、頼りな気な風情の梯子を登り切り、お情け程度にも程がある手すりを伝って、壁面沿いの狭過ぎる足場を進めば、足場の行き止まりの、本当に狭苦しい場所に、長い金髪をお団子に纏め、上着を脱いでシャツを腕まくりし、一人しゃがみ込んでいるエドガーがいて、そんな恋人を見付けた瞬間、セッツァーは、おいおい……、と片手で目許を覆った。
 頭痛がする、と言わんばかりに。
「あ、セッツァー?」
「あ、じゃねえ。こんな所で何やってやがるって訊いてんだよ。転げ落ちたらどうするんだ」
「平気だよ。私は、そこまで鈍くない」
 が、至極不機嫌そうな声のセッツァーに呼ばれても叱られても、漸く我に返った風に振り返ったエドガーは、朗らかに笑って。
「だから……」
「……ああ、ここで何をしてるかって話? ──実はね、夕べ、ふと思い付いてから、ずっと考えずにはいられなかったことを、どうしても試してみたくなってしまってね」
「思い付いたこと? 何を思い付いた?」
「聞いてくれるかい? セッツァー。これ、なんだ」
 嬉々として語り始めた、思い付いたこととは何だ? とうっかり尋ねてしまったセッツァーに、エドガーはうきうきと、脱ぎ捨てた傍らの上着の中から、折り畳んだ設計図のような紙を取り出した。
「……これは…………」
「ファルコンの改造計画書。……ほら、ここをこうやって弄ったら、もう少しこの艇の最高速度が上がると思うんだ。で、こっちにこういう細工をしたら、こう、ね。例えるなら、『シャキーーン!』と、収納可能な砲台が出たりなんかしちゃうかなー、とか──」
「──却下」
「………………即答過ぎないかい?」
 ────誰の目にも、うきうきそわそわしている、としか見えない態度のエドガーが、設計図? と容易に予想出来た紙を引き摺り出した瞬間から、セッツァーは嫌な予感を覚えていて。
 その、覚えた嫌な予感通りのことを、楽しそーーーー……に恋人が言い出したから、全てを聞き終える前にセッツァーは、きっぱりはっきり、それを退け、一刀両断、な拒否を受けたエドガーは、軽く頬を膨らませた。
「当たり前だろうが。誰が、んな馬鹿な真似許すか。──ったく、お前のたまの我が儘だからと、好きにさせた俺が馬鹿だった。そんな、どうしようもなく馬鹿馬鹿しい考え、今直ぐお前の頭から叩き出してやる。夕方になるまで、延々、放っとかれた礼も兼ねてな。……覚悟しろよ」
 でも。
 ふざけるな! と言わんばかりに目を吊り上げたセッツァーは、どうしようもない足場の悪さを物ともせずに、エドガーの腰に腕を回して引っ掴むと。
「え? セッツァー?」
「黙れ、馬鹿」
 きょとん、と目を瞬いた恋人を担ぎ上げ、艇長室へと戻って行った。
 …………エドガーの『馬鹿』の所為で、今夜の彼等の『夜』は、夕刻から始まってしまうらしい。

 

END

 

 

 

後書きに代えて

 

 2009.03〜12の拍手小説です。
 ……すみません、九ヶ月もそのまま……。
 ──これは、各ジャンルの各キャラ、又は各カップルの某日の某時間帯のお話、という設定で書いたものでして、セツエドは、夕刻担当でした。
 エドガーさんって、時々、猛烈に天然だと思うんだ。うん。
 ──宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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