final fantasy VI
『彼等の選択』

 

前書きに代えて

 

 一寸、何時もの時代設定とは毛色の違うお話です。
 人物設定はゲーム本編に近いですが、時代は現代チック、と云いますか。
 先日開いていたチャットルームで、とあるお話をして下さった方がいらっしゃいまして。
 その方のお話を元に出来た小説です。
 一応コメディの中に分類しては有りますが、私的には、コメディとシリアス(?)の中間くらいの位置付けでしょうか。登場するお二方、至極真面目なので。
 では、どうぞ。

 

 

 卵料理は、簡単で、手軽で、いい。
 熱したフライパンに薄く油を引いて、卵を割り入れてやれば、それだけで、サニーサイドアップが出来る。
 朝なんて、これに、軽く色が付く程度に焼いてやった食パンを添えて食卓に並べれば、立派な食事にもなる。
 一日一つの卵は健康にもいいし、添え物も、味付けも、自由自在だ。
 非常に、宜しい食物の一つだ。

  ──だから。
 セッツァーは、その日の朝も、卵を片手に、コンロの前に立っていた。
 表面のざらざらした卵は、新鮮さの証だから、指先に引っ掛かりを感じさせるその感触に、彼は機嫌を良くする。
 うっすらと茶色掛かった卵の殻を、コン、とフライパンの淵で割ってやったら、カシャリ……と、それは小気味の良い音がした。
 その音は、益々、彼の機嫌を良くし。
 ジュワジュワと熱くなった油の上で、卵が焼かれて行く音は、目覚めてから未だ、幾許も経過していない、何処かもたれた胃袋に、食欲を与えてくれた。
 本当は、彼だって、我が儘を言って歩きたい性分を持ち合わせた男だから。
 今、自分の目の前で繰り広げられている光景は、出来れば、『恋人』の目の前で繰り広げられて欲しいそれであり、耳にする様々な音、鼻孔に届く、様々な香り、は、ベッドの中で感じたくはあったが。
 幸か不幸か、彼の『恋人』は同性であり、家事全般とは全く縁の無さそうな彼よりも尚、庶民生活とは縁遠い、国王陛下であったので。
 どうしてあいつは、目玉焼きの一つも焼けないくらい、世間知らずなんだ、と、ぶつぶつ、愚痴めいた物を口の中で呟きながらも、まんざらでもない表情を作って、セッツァーは、己と恋人の為に、らしからぬエプロンまで掛けて、朝食の支度をしていた。
 世間様からは、空賊だの、不敵なギャンブラーだのと囁かれ、間違っても堅気に見られる事はない彼だが、ああ見えて案外、甲斐甲斐しい性格をしているのである。
 世話焼き、と、言えるのかも知れない。
 だから、その朝の光景を、垣間見た者がいるのなら、微笑ましい、と例えられるだろうそれだったが。
 この直後に起こった出来事を考えるならば。
 この恋人同士が、彼等自身の──正確にはセッツァーの──手によって作られた朝食が並んだテーブルを囲む、と言うシチュエーションを、今までに経験した事がなかった事実が、彼等に不幸をもたらしたのかも、知れない。

 

 卵が焼ける音と、香ばしい油の匂いを嗅いで、セッツァーに遅れる事数分の後、エドガーがキッチンに顔を出した。
 目玉焼き、と言うものが、料理と言う言葉の範疇に入るのか否かは兎も角として、そんな料理なぞした事のないエドガーは、物珍しそうな顔をしてフライパンの中身を覗き込んだ。
「ああ……朝食の支度?」
 勿論。
 作った事などなくとも、そこにある物が何なのか、それくらいは幾ら世間知らずな国王陛下と言えど、理解は及ぶので。
 にこっと、エドガーは笑みを作った。
「ああ。まあな。もうすぐ、出来る」
 恐らくは、照れ臭かったのだろう。
 何処か、ぶっきらぼうにセッツァーは告げて。
 卵を焼き終った後のそこに放り込もうと用意しておいたベーコンを、まな板の上から摘まみ上げた。
 ──そう、そうして。
 『悲劇』は、ここから起きる。
「え……。ベーコンって……卵と一緒に焼くものじゃないのかい?」
 ぽつり。
 セッツァーが手にしたそれを見遣って。
 エドガーが洩らした。
「……一緒に焼いちまったら、カリカリにゃならねえだろうが。白身が絡んで、ベタベタする」
「でも。カリカリに焼いたベーコンって、固くって、下手をすると焦げ臭いじゃないか」
「焦げ臭い、たあ言ってくれるじゃねえか。そう言う風に例えていいもんじゃねえだろう? 朝食にサニーサイドアップを出す時は、カリッカリに焼いたベーコンを添えるってのが、俺の好みなんだよ。こう、少しきつめに塩胡椒を振ってだな……」
「朝っぱらから? ベーコンなんて、最初っから塩分を含んでいるものじゃないか。病気になる気かい? それに。朝食の為にと作るなら、ベーコンエッグよりも、ハムエッグの方が、私は美味しいと思うけど」
「どうして」
「ベーコンよりも、ハムの方が好きだから。卵と一緒に火を通してもいいし、薄くスライスしてある物を添えただけでもいいけど。噛み応えも、ハムの方がいいし」
「そりゃあ……お前、好みの問題って奴だろう? 俺に言わせりゃ、ベーコンの方がよっぽど旨いぞ」
「そうかなあ……。私にはそう思えないけど。それに、薫製してある癖に、火を通さないと料理には向かないって言うのも、何となく納得行かないし」
「ハムだって似た様なもんじゃねえか。何が気に入らないってんだ。あの、丸い肉の固まりの方が、よっぽど納得いかねえよ」
「どうして? 君、何かハムに、嫌な思い出でもあるのかい?」
「お前こそ、ベーコンに、何か恨みでもあるのか」
「そうじゃないけどっ。私は単に、卵料理にはハムの方がいいって思うだけっ」
「ほー……。その言葉、そっくり返してやるよ。俺は、卵料理にはベーコンの方がいいと思う」
 ──恐らく、は。
 微笑ましく、初々しい筈だった、朝食の支度の最中。
 彼等は、違いの趣向が相違していたが為に、セッツァーが取り出したスライスベーコンを間に挟んで、フライパンの上でサニーサイドアップが悲鳴をあげている事にも気付かず、延々、目玉焼きに添えるのは、ベーコンの方が相応しいのかハムの方が相応しいのか、を、何時しか、言い合い始めた。
 だが。
 どうでもいいと言えばどうでもいい事で、真正面から睨み合っていた彼等は。
「…………焦げ臭い」
 ふと、自分達の傍らから立ち上る異臭に、気付いた。
 言い争いを中断し、恐る恐る異臭の元、今だ、火の付いたコンロの上に置かれ続けているフライパンの中、を見遣れば。
 出来上がる寸前まで辿り着いていたサニーサイドアップは、完璧な出来上がりのタイミングを遠に通り越して、見事なまでに、焦げていた。
 慌てて火を止め、鼻に痛い異臭と、目に痛い煙りを上げている、元は美味しそうなサニーサイドアップだった物体を見つめ。
 セッツァーはげんなりと頭を押さえ、エドガーは無言で、キッチンの窓を開け放った。
「下らない話を、お前が持ちかけて来るからこうなる…」
 決して、食べられはしないだろう、元・卵を、それはそれは乱暴に捨てながら、セッツァーが言った。
「下らない事じゃない。私は元々、素朴な疑問を口にしただけだ」
 開け放った窓辺から、恋人の傍へと戻り、エドガーは又、言い争っていた時の様に、眼差しをきつめた。
「……ああ、もう何でもいい。飯の作り直しじゃねえかっ。俺は腹が減ってるってのに……っ」
 だがもう、普段だったら何を放り出しても食って掛かるだろう視線を、恋人に送られても、うっとうしい、とセッツァーは、片手だけを何度か振って、焦げをこそげ落としたフライパンを、火に掛け直した。
 暖めて、油を引き直して、二人分の卵を落として。
 今朝は食べる気の失せたベーコンを、まな板の上に置き去りにしたまま、何の飾り気もない、サニーサイドアップ、と言う名称で呼ぶよりは、誠、『目玉焼き』と称するに相応しいそれを、皿の上に彼は落とす。
 冷めてしまったトーストと、木の器にそれは適当に盛ったグリーンサラダと、熱々の目玉焼き。
 ……そんな物をメニューとした朝食の席を、彼等はそれでも囲んだが。
 悲劇は未だ、続いた。
「ソイ・ソース?」
 ──いただきます、の挨拶の後。
 徐に、ソイ・ソースの瓶を手にしたセッツァーに、エドガーが顔を顰めた。
「目玉焼きは、ソルトとペッパーに限ると思うけど」
「……冗談だろ。目玉焼きってーのは、醤油に限るっ」
「お醤油なんて掛けちゃったら、お醤油の味しかしないじゃないか」
「醤油の味しかしなかったら、掛け過ぎってんだよっ」
「そんな事あるもんか。ちらっとしか掛けなくったって、お醤油の味は強いんだもの。卵の風味なんて飛んでしまうよ」
「塩胡椒で食べる方が、味気ないっつーの。卵の黄身にも白身にも、醤油しかないっ」
「偏見だってばっ。胡椒の風味の方が、卵には合う。絶対っ」
「そうまで言うなら、試してみろっっ。絶対に醤油の方が旨いっ」
「試してみた事くらい、私にだってあるっっ。君こそ、試してみればいいんだっ」
「試した事があるから、味気ねえって言ってんだろうがっっ」
「経験があるのに、どうして、塩や胡椒よりも、お醤油の方が美味しいと思うんだ、君って人はっっ」
「……お前、俺の味覚にケチ付けようってのかっっ。お前の方が絶対、おかしいっ。醤油を掛けて、しっかりと混ぜてっっ。それが、正しい食べ方ってもんだ。本当は、パンよりも飯で喰った方がいいとも思うんだがな。うん。熱々の飯に、醤油の味の付いた卵。いいぞー、如何にも朝飯、で」
「…………私は、御飯に何かを掛けるのが、好きじゃないんだ」
「嘘だろ?」
「嘘なんて付いてどうするんだいっっ。……御飯は御飯で噛み締めた方が美味しいってばっっ。一緒にしてしまったら、何にもならないじゃないか。食事には食事の、ハーモニーって言うものがあるんだからっっ」
「お前なーーっ。料亭で、お上品な朝飯喰ってんじゃねえんだよ。俺がしてるのは、一般的な、極、日常のっっ。朝飯の話だ」
「私も、そのつもりだけど」
「じゃあ、何で醤油の良さが判らねえんだよっっ」
「君こそっっ。塩と胡椒の何がいけないって言うんだいっっ」
「いけねえなんて言ってねえだろうが。単に、目玉焼きには相応しくねえって言ってるだけだっ」
「私だって、醤油が悪いなんて言ってないっっ。目玉焼きには相応しくないって言ってるだけっっ」
 ──互い、フォークを掴んで。
 暖かかった『筈』の、二つの目玉焼きを挟んだまま。
 食卓の席で彼等は、再びの言い争いを始めた。
 目玉焼きを食するのに相応しい味付けは、醤油なのか、塩胡椒なのか。
 それはそれは、真剣な顔をして。
 まるで、この世の終焉や、世界が成り立つ理を、喧々諤々、議論しているかの様に。
「醤油程、どんな料理にも合う調味料はねえんだよっ」
「塩胡椒なんて、殆ど全ての料理の基本じゃないかっっ」
「…ほーほーほー。随分と愉快な事を言うな。目玉焼き一つ作れねえお前に、料理の基本なんざ、説かれたくないねえ」
「別に、料理が出来ない事と、味覚云々は関係ない。何でも醤油の味が付いていればいいとでも言いたげな君に、そう言われる筋合いはない」
「たかが、木の実を潰しただけの香辛料と、手間暇掛かる醤油と、お前は同レベルで比べんのかっ」
「手間暇なんて掛けなくっとも、充分美味しいだけの事だろうっっ」

 そして、やがて。
 彼等の言い争いは罵り合いとなり。
 醤油と胡椒、どちらが偉大なのか、と言う論争にまで辿り着きそうな展開を見せたが。
 ぎゃあぎゃあと、そこまでの口論を、果てなく繰り広げてみても、言い争いに決着が付く事はなかった。
 テーブルの上で。
 作り直された目玉焼きが冷め、そして、固くなり始めている事にも気付かずに、彼等は。
「四百年かそこいら前に、よーやく発見された様な木の実とは違ってだな、醤油ってのはな……──」
「別に大豆が悪いなんて言わないけれど。そもそも、発酵させなきゃ利用出来ないものと、端から立派な用途を満たせる物とでは……──」
 ……と。
 それぞれが支持して病まない、調味料の歴史まで持ち出して。
 恐らくは不毛だろう議論を、何時までも、何時までも、続けていた。
 

 この、朝の食卓にて勃発した『悲劇』は。
 この後、彼等の胃袋に納まる筈だった朝食を、ゴミ箱へと向かわせる事態を引き起こしたのだが、それは、身から出た錆、若しくは自業自得、と表現して差しつかえのない事態なのだろう。
 そして、この朝より長らく。
 この論争が如何なる形にて決着をみたのかは、判らないけれども。
 彼等は、共に朝食の席に付く事を、避け続けたと言う。

 

END

 

 

後書きに代えて

 

 ……食の不一致は、喧嘩の始まり(笑)。
 生活習慣が異なる者同士が食卓を囲むと、こういう事は、まま有りますな。
 某方が、チャットで呟かれた事、それは、目玉焼きには醤油か胡椒か、そんな事で延々言い争っている二人が見たい……と云うものだったのです。
 うーん、素晴らしい、そう云うの、ツボだわ……と。管理人、速攻反応(笑)。
 因みに管理人、ベーコンもハムも好きですが、アメリカに旅行した際、カリカリベーコンに強烈な恨みを抱いたので、陛下の味方。目玉焼きはお醤油が好きなので、セッツァーの味方(でも、ウスターソースも好き(小声))。
 宜しければ皆様、御感想など、お待ちしております。

 

 

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