final fantasy VI
『失格者』

 

前書きに代えて

 

 確か……この話を書いたのは、先月(2001.12)の事だったと思いますが……。
 今頃、抜き打ちのよーに、up。
 ある意味、鬼な管理人です。
 ──何で、鬼と書いているのか?
 ……それは、お話の後に語りましょう。
 では、どうぞ。

 

 

 

 少しばかり立て付けの悪い、その酒場の扉を肩で押し開ける様に開き。
 広めの床を横切って、適当に、空いた席を陣取り。
 ちらり、視線だけを巡らせて、棚に並ぶ酒を見遣った彼、セッツァー・ギャビアーニは。
 味の好みを考える事もなく、一等値段の張る銘柄を、酒場の主に、オーダーした。
 酒が嫌いな彼ではない。
 無論、善し悪しが判らぬ筈もない。
 浴びる様に飲んでも、早々、潰れたりもしない。
 けれど今は……いや、もう。
 どんなに舌触りの良い酒を選ぼうとも。
 最上の美酒を得ようとも。
 場末でたむろう者達ですら、気兼ねなく手に出来る安酒であろうと。
 彼にとっては、同じ事だ。
 だから、その酒場の、初老の主の手によって、目の前にコトリと置かれたグラスの中の、琥珀色の液体を一息に嚥下して彼は、溜息を付いた。
 どうやら、酒と云うものに、一定以上のこだわりがあるらしい主が、渋い顔を作るのも構わず。

 

 今の彼は。
 野良犬の様に、行き場がなかった、少年の頃とは違う。
 明日の事を考えずとも、極上の酒を飲む事が出来、その気になれば、極上の女を買う事も出来る。
 何をするでなくとも、彼は金が生み出せる。
 幸運の女神に愛された身一つを持って、勝負の世界に乗り出せば、類い稀なる才能を貯えた指先は、幾らでも、金を捕まえて来る。
 決して、健全とは言えぬ、そんな生活の中で、世間と云うものも、彼は見て来た。
 綺麗な世界も、薄汚れた世界も、闇一色の、世界も。
 これ以上、知ろうと思う事は余りない。
 世の中には、知らなくて良い事が溢れている、そんな事も、その生涯の中で、彼は覚えて来た。
 ──そこそこ、世間を見て。
 普通よりは遥かに贅沢に生きて行くだけの金もあり。
 女を侍(はべ)らす事も出来。
 馴染んだ勝負の世界は何時でも、スリルを与えてくれる。
 遠い昔、何も持たない少年だった頃に比べれば。
 彼はその手に、比べようもない程沢山の、様々なモノを掴んでいる。

 

 酒は旨くて、女は心地よくて、斜に構えて眺める世間は、楽しかった。
 けれど別に。
 その何モノを、その手の中から失ったとしても、彼は構わなかった。
 酒も金も女も世間も、所詮は一時のものだった。
 永遠に、その手に在り続ける筈のない事を、彼は良く知っていた。
 そもそも、彼は、飛空艇乗りであったのだし。
 何よりも、勝負師であったから。
 たゆとう事の出来る、広くて青い空と。
 スリルを与えてくれる、沢山の『勝負』。
 それさえあれば良かった。
 一瞬の後に、全てのモノを手に入れ。
 一瞬の後に、全てのモノを失う。
 勝負の世界は、その繰り返しだから。
 彼は、失う事を恐れはしなかったし、又、失う事を恐れるものなど、何一つなかった。
 例え今宵、何も持たない少年だった、あの日々に逆戻りしたとしても。
 その手は何時でも、『全て』を掴み得て。
 そして又、離して行くのだと。
 彼は、そう思っていた。
 失って、惜しいものなど、何一つ、なかった。
 ……そう。
 あの人を、得るまで、は。

 

 あの人を得てから。
 彼の世界の色は、一変してしまった。
 瞬く間に、塗り替えられてしまった。
 旨かった筈の酒の味はぼやけ出して、極上の女達に興味は沸かず、世間も、遠くなった。
 失っても惜しくなかった、手の中の沢山のモノは。
 それ以前の問題になった。
 もう、どうでも、良かった。
 それでも、勝負の世界だけは未だ、求めていたスリルを与えてはくれたから。
 『その世界』にのめり込む事は出来たけれど。
 惜しい処か、決して失えない存在を得てしまった彼の前では、全てのものを得、全てのものを失う勝負の世界も、少しずつ、色褪せ始めた。
 その場にある事が全てだった空は何時しか。
 あの人の元へ向かう為の『道』になった。

 

 あの人を得てから。
 彼は、己が失格者になった事を悟った。
 純粋に、空を漂う事に快楽を得られなければ、飛空艇乗りとは云わない。
 失う事を恐れたら、勝負師などではいられない。
 手の中のものは、すっかりと色を失い。
 あの人だけが、世界の全てになった。
 でも、それでも。
 彼は満足だった。
 あの人だけがその手の中にあれば、あり得る筈のない永遠の時、あの人が、世界が、色褪せなければ。

 

 けれど。
 彼も、彼のあの人も。
 互いだけを見つめて生きて行く訳にはいかなかった。
 彼には彼の生活があり。
 あの人にはあの人の、生活があった。
 世界の全ては、真実、『世界』ではあったけれども。
 常に、彼の傍らに、留めてはおけぬ存在だった。
 逢いたい想いが募っても。
 恋慕の情を掻き立てられても。
 あの人の傍に在れない、あの人が傍に在れない夜は、確かにあった。
 そしてその夜も、そう、だった。

 

 だから、そんな夜は。
 もうとっくに、酔う事の出来なくなっている酒を、興味の失せた金貨と引き換えに、彼は煽ったけれど。
 味など感じられず、酔いなど得られず。
 女を近付ける気も毛頭なくて。
 勝負の世界に溶け込んでみても……失格者となった彼に、一夜限りでも、あの人の代わりになり得る何かは、もう、得られはしなかった。
 ……空も、飛べなかった。
 失格者の彼にとって。
 如何様なる『スリル』も、スリルではなく。
 空はもう、『道』、だったから。
 だから、彼は。

 

「オーダーを……」
 空になったグラスを、酒場の主の方へと押しやって、酒精を所望した。
 飲み過ぎだ、と言いたげな顔をしながらも、主は黙って、グラスに酒を注ぐから。
 どれだけ飲んでも、酔えないそれを。
 どれだけ浴びても、あの人の代わりにはならない琥珀の水を。
 彼は又、勢い良く、飲み干した。
 酒も、金も、女も、世間も。
 最愛の空も、唯一のスリルも。
 何も、あの人の代わりにはなり得なくて。
「逢いたい……。お前に、逢いたい……──」
 空のグラスの縁を、両手で掴んで、彼は。
 恋しい人を、唯、想った。

  

END

 

 

 

後書きに代えて

 

 私の友人の何人かは、現在連載中の『Will』、あれの粗筋を知っています。
 んで、その友人達に。
 Willの合間合間に、今回の様な短編をupしていくつもりがある事を語ったら、鬼、と素で云われました。
 自分でもそう思います。Willの方、あんな展開にしておきながら、ここではこんなお話書いてますからね。
 如何に、本編とは切り離された話であっても、向こうの痛さと相まって、相乗効果が発生するかも……(汗)。
 ……御免なさい、痛い話が好きな管理人で。
 ──エドガーの傍に在る事が叶わない時のセッツァーさんは、こんなです。
 それでも、本編の方で、彼の語る事は……──。
 宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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