Final Fantasy VI
『約束』

 

 

前書きに代えて

 

 2008.02.08、坊屋桃さん宅の絵茶にて行われた、阿弥陀籤お題にて出されたお題に基づく小説です。
 お題は、『狐』、『カーテン』、『シロップ』、この三つを作中に盛り込んでお話を書く、というそれでした。
 ──それでは、どうぞ。
 

 

 這々の態、と言うのが相応しいナリで、漸く辿り着いたのは、港町ニケアだった。
 魔大陸が落ち、世界が割れ、崩壊し、砕け散った飛空艇ブラックジャックから放り出されたセッツァーが何とか辿り着いた最初の街が、そこだった。
 ……けれど。
 あの日、あの時の出来事から既に、もう、十ヶ月以上が経っていた。
 ──だと言うのに。
 世界は壊れたけれど。がらりと、その姿を変えてしまったけれど。
 それでも『世界は変わらなかった』。
 神の如き存在と化したケフカがもたらす『裁きの光』に怯えながらも、人々はきちんと生きていて、営みを送っていて。
 例えば世界の為に、例えば祖国の為に、例えば人々の為に、例えばたった一つの大切なモノの為に、剣を、武器を手に取って、強大な帝国に、心壊した魔導師に、何としてでも挑もうとしていた己達だけを置き去りに。
 全てを失くしてしまったあの日、あの時は一体何だったのだろうと、思わず振り返らずにはいられぬ程。
 壊れてしまった世界は、姿を変えてしまった世界は、何一つとして『変わらなかった』。
 

 

 壊れてしまった、姿を変えてしまった、けれど何も変わってはいなかった世界を眺め。
 セッツァーは、酷く馬鹿馬鹿しくなった。
 ガストラ帝国相手に、命のチップを張った賭けに負けただけのこと、と思ってしまえばそれまでだが、自分達は今まで、一体何をして来たのだろう、と。
 何も彼もを失って、唯一の翼も、愛しい人も、この手の中からは零れて、だのに。
 どうして世界は、何も変わっていないのだろう、と。
 ………………そんな風に、一言で言うなら『思い煩い』、彼は、何をするでもなく、何処へ行くでもなく、以前程賑やかではないが、それなりには様々な品が手に入りそうな市の立つ、港町を彷徨い始めた。
 ──フラフラと、ひたすらにフラフラと、定まらぬ足先を何とか動かし、石畳の町並みを辿れば、一つの露店の前で、あの日あの時、己が掌の中から零してしまった、愛しい人にそっくりな面を持つ青年が、品を物色している姿を見掛けた。
「………………エドガー……?」
 ……そう。
 青年は本当に、セッツァーの愛しい人──失ってしまった彼の人に、そっくりだった。
 髪の色は、金でなく栗色だったけれど、瞳の色は、彼の人と同じ紺碧で。
 エドガーよりは、若干粗野な雰囲気を醸し出しているが、それは、『わざと』の雰囲気だと、セッツァーには一目で判った。
 青年の身の奥から滲み出て来る何かは、面同様、エドガーそっくりだった。
「おい。あんた」
 けれども。
 眼前の青年が、失くしてしまった恋人としか思えないのは、己が欲目かも知れない、と思い直し、青年に近付いたセッツァーは、極力声のトーンを落として、抑揚なく語り掛けた。
「何か?」
「お前、何て名前だ?」
 振り返る仕草も声も眼差しも、何処までも、エドガーに瓜二つだったけれど、セッツァーはそれでも、己を抑え続けた。
「はあ? こちらの名を問うなら、自分から先に名乗ったらどうだ?」
 不躾に腕を掴まれ、不躾に名を問われた青年は、手にしていた露店の品──こんな時代には酷く珍しい品と化している筈の、silver foxの襟巻きを、放り投げる風に店先へと戻して、挑戦的にセッツァーを見上げて来た。
「…………セッツァー。セッツァー・ギャビアーニ。……お前は?」
「ジェフだ。……それが、どうかしたのか?」
「本当に? 本当に、それがお前の名か?」
「……何を疑っているのか知らないが、初対面の人間に、訳の判らない言い掛かりを付けられるのは心外だし不愉快だ」
 真っ直ぐ眼差しを注いで来る紺碧の瞳を、紫紺の瞳で弾き返し、セッツァーは問いを続けたが、彼の腕を振り払った、ジェフと名乗った青年は、不快そうに吐き捨てると、マントの裾を翻し、何処へと踵を返した。
 ────その後を。
 セッツァーは、唯、静かに追った。
 

 

 足早に、乱立する露店をすり抜け進んだ青年──ジェフは、一軒の店に入った。
 一階がパブで、二階以降が宿屋になっている作りの店。
 顔見知りなのか何なのか、しきりに声掛けて来る荒くれ達をいなし、パブの中もすり抜け、二階へと上がって行く彼を、セッツァーは追い続けた。
「………………何なんだっ。しつこいっ」
 扉を開け放ち、誰もいない客室の一つに滑り入っても、尚も付いて来るセッツァーに我慢出来なくなったのか、とうとう、ひたすらに無視を続けていた彼を、ジェフは振り返った。
「お前の本当の名を教えろ。本当の名と、正体を。……お前は、ジェフなんて名前じゃないんだろう?」
 憤りつつ叫んで、再び背を向けたジェフを、少しずつ少しずつ窓際へと追い詰め、セッツァーは、あくまでも淡々と問いを続ける。
「……どうして、そう思う?」
「判るからだ。知ってるからだ。お前は、ジェフなんて名じゃない。何とかして『らしく』見せようと振る舞ってる、荒くれ者でもない。お前の名前はエドガーで、フィガロの国王で。そして……──」
「──そして?」
「あの日あの時、失くしちまった筈の、俺のモノだ」
 ────お前はジェフじゃない。港町の片隅を、肩で風気って闊歩して満足しているような男じゃない。
 ……セッツァーがそう告げてやれば、不快感だけを露にしていた『彼』の面は、すっと塗り変わって。
「…………ご大層な科白だ」
「俺は、事実を告げているだけだ」
 有無を言わせず腕を伸ばしたセッツァーは、『彼』の、栗色の髪の房を掴んだ。
 すれば、栗色の『束』はズルリと音を立てて落ちて、途端、金糸の髪が溢れ。
「……エドガー」
「流石に、一目でバレるとは思わなかった」
「俺が、俺のモノを見間違える筈はない。お前は、俺のモノだから」
「………………そうだね」
 バレちゃった、と、おどけながら、困ったように微笑んだエドガーを、壊れてしまった、一変してしまった、けれど何も『変わらなかった』世界の全てから隠す風に、窓辺を覆うカーテンで包んで、セッツァーは強くきつく抱き締め、激しく深い、としか例えられぬ接吻(くちづけ)を落とした。
 

 

「お前、何でこんな所で、こんなことしてやがる?」
「……色々」
「未だ、こうしてるのか? こんな風にしてる必要があるのか?」
「あるよ。あるから、私はこうしてる」
「…………何時まで?」
「さあ。君のモノではない私の義務が果たされるまで、かな」
「……お前は、俺だけのモノだってのに?」
「ああ。………………御免、セッツァー」
「まあ……、いいさ。義務とやらが終わるまでは待ってやる。……でもな、エドガー。それが終わったら、今度こそ、お前は俺だけのモノだ」
「…………うん。そうだね。だから……御免」
「謝らなくていい」
 ────貪り合う、深く激しい接吻を、幾度も幾度も、飽きることなく、カーテンで切り取った二人だけの世界の中で交わして、やがて。
 彼等は、そんなやり取りをした。
 あの日あの時、失くしてしまったモノを、『何一つ変わらなかった世界』で取り戻せたのに、未(いま)だ、自分達は、あの頃のようには添えない、それを、確かめずにいることは不可能だったから。
「でも……、御免としか、私には言えない…………」
「だから、謝るな。…………待ってる」
 そうして二人は、この先も暫し続く、『別離の刻』を受け止めて。
「あの、露店で見てたsilver fox、やっぱり手に入れようかな……」
「あん? お前にしちゃ、珍しい物欲しがるな」
「自分でもそう思うけれどね。君の髪の色にそっくりだったから、つい、手に取ってしまって……」
「下らない買い物なんかするな。義務とやらが終われば、ずっと一緒にいられるんだろう?」
「……うん。それは、そうなんだけれど…………。でも……」
「エドガー。俺は、それ以上は、待たない」
「セッツァー……」
「壊れた、塗り変わった、なのに何一つ変わらなかった世界なんざ、もうクソ喰らえだ。何がどうなろうと、俺は知らない。お前だけがいればそれでいい」
「だけど──」
「──お前だけがいれば俺はそれでいい。お前が俺のモノならそれでいい。だから。それ以外のことは、お前の好きにしろ」
「………………有り難う、セッツァー。……本当に、どうして君の言葉は何時も何時も、甘い薬みたいなんだろう……。抜けない毒のようなのに、甘くて甘くて……甘過ぎて……」
 ──互いが互いを抱き竦めながら、再び接吻を交わした二人は、やがて。
 世界を捨てる約束をしながら、世界を捨てぬ約束をも交わした。

 

END

 

 

 

後書きに代えて

 

 前書きに書いた通り、桃さん宅の絵茶で行った、阿弥陀籤お題で出されたお題に基づく小説です。
 セツエドと言うか、セツジェフと言うか(笑)。
 久し振りに、ジェフ書いた。
 あ、そうだ。お題の『シロップ』、勝手に、甘い薬と脳内変換しました、見逃してやって下さい……。
 ──宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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