final fantasy VI@第三部
『ball gown』
前書きに代えて
『異形都市裏通り』様が、開設された時。
サイトマスターのHayakawaさんのリクエストをもぎ取り(笑)お祝の代わりに、と書いて、押し付けさせて頂いたブツの一つです。
この作品の中のエドガーさん。
少々、何時とノリが違うかも知れませんが。たまには、こういう陛下も、アリなんじゃないかなー……と(笑)。
タイトルの、『ball gown』。舞踏会の衣装(又はドレス)の意味です。
では、どうぞ。
たった今届けられ、テーブルの上に置かれた、包装紙に包まれたその箱を。
顔全体に、それはそれは嫌そうな色を滲ませ、セッツァー・ギャビアーニ空軍大尉は、ちろりと見遣った。
だが、何処かいそいそとした雰囲気を全身から漂わせて、膝の上へと引き寄せたその箱の包装を、手慣れた風に取り除いた、エドガー・ロニ・フィガロ二世陛下は。
正面に座る恋人の不興など何処吹く風と云った風に、足元にじゃれつく飼い猫を、優しい手付きで、あちらへお行きと追い立て、包装が、すっかり取り除かれた箱の蓋を開けた。
「お前、本気か?」
だから。
酷く不満げな表情を拵えて、トットッと、床の上を歩いて行く白い猫を見送りながら、セッツァーは、嫌そうな面を崩さずに、今度は箱の中身に視線をくれた。
「くどいねえ、君も。一度は首を縦に振ったのだから。いい加減、ごねるのは無しにしないかい?」
それまで、届けられた箱と箱の中身ばかりを気にしていたエドガーは、そこでやっと、恋人を見上げる。
「そりゃ、まあ、この間は……」
眼差しをきつめた紺碧の瞳で見つめられて、セッツァーは言葉を濁た。
「なら、それでいいじゃないか」
「いいも何も……。あの状況で断わりが入れられる奴がいるとは、余り思えないがな……」
けれど、彼は言葉を濁しながらも。
今更、何の文句があるんだと、心外そうな声音を出したエドガーに、聞こえぬ様に、ぽつり零した。
幾ら、ここ、フィガロの国の王家が、国家の体勢の中に於ける『飾り物』となってから、数百年の年月が過ぎているとは云え。
この国の王族は、国王と云えど、必要があれば、一人、徒歩で外出する様な生活を保証されているとは云え。
王家が存在し、貴族制度が存在し、エドガーが現・国王である以上。
どうしても、逃れられない諸処の行事と云うものは存在する。
その、逃れらない『宮中行事』の一つに。
宮中舞踏会、がある。
招待客に送られる招待状のドレスコードはホワイトタイ、則ち、いい加減、過去の遺物と化しつつある、テールコートの着用が義務付けられた、映画や小説の中に出て来そうな一団で埋め尽くされるそれ。
紳士淑女が踊るクラシックダンスも、単なるワルツではなく、ウィンナワルツ、と云う、徹底振りの晩餐会だから、貴族社会、と云うものに対して、憧れを持つ事の出来る一般国民にしてみれば、お城での、夢の舞踏会、と云う奴なのだろうが。
生まれついての立場上、逃れる事の叶わないエドガーにとって、天地がひっくり返っても、出席するのが楽しみな催しになり得るものではない。
なのに、今年も又、そんな鬱陶しい宮中行事の季節が巡って来たから。
逃れられないのなら、何とかでも苦痛を軽減しようと思い立ち。
彼は、恋人であるセッツァーに、『騙し討ち』を仕掛ける事にした。
その、手始めに。
今日から遡る事、三週間程前になる、とある日の昼間。
城中に、エドガーはセッツァーを招いた。
当然、『騙し討ち』なのだから、何の為に自分が呼ばれたのか、その真意も知らぬまま、例えてみるなら『のこのこ』と、国王陛下の自室に登場したセッツァーを待っていたのは、店に、宮中御用達の看板を掲げる紳士服のテーラーの、従業員達だった。
己を待ち構えていた数名の者達と、招いた本人であるエドガーに、何事だと質問する暇さえ与えられぬ内に、採寸を終えられ、テーラーの従業員達は、依頼された品は、三週間後に出来上がる旨だけを告げ、立ち去り。
二人きりになった後、今月末、城で行われる晩餐会に、出席してくれ、と、にっこりとした微笑みを浮かべつつ、が、拒否は許さない、とでも云う様な、きっぱりとした口調で言い放ったエドガーに、急場の凌ぎとしてでも、セッツァーは、頷かざるを得なかった。
──故に。
三週間前、今、彼等がいる国王の自室で繰り広げられた光景から鑑みるに、適当な返答をするしかなかったセッツァーの心中を察するのは想像に難くはないのだが。
今月末、を、今週末、と言い換えねばならぬ程、迫って来てしまった晩餐会に、主催者の親友として、出席しなければならない運命は、彼もそろそろ、受け入れた方がいいのだろうとは思う。
運命は、運命だ。
テーラーの者が言い残していった期限は破られる事もなく、エドガーが、恋人を出席させる為に仕立てさせた、オーダーメイドのテールコートは、そのエドガー本人の、膝の上に、今、あるのだから。
「どうしても。何が何でも。それを着て、俺に出席しろって云うのか? お前は……」
薄紙の中から、するりと出て来た黒いテールコートを眺めて。
往生際悪く、セッツァーが云った。
「無関係の者の為に、わざわざこれを仕立てる程、私も酔狂ではないけど?」
端切れの悪い声音に、至極当たり前の返答を、エドカーはした。
「……だがな、別に、テールコートである必要はないだろう? 俺は軍人なんだ。軍人の正礼装は、軍服だぞ」
「空軍のあれも、私は好きだけど。ウィンナワルツには、軍服よりも、テールコートの方が良くはないかい? ま、主観の問題だけど」
「だから。お前は、俺に、社交ダンスが踊れるとでも、思ってるのか? 単なるワルツでも、御免だ。ダンスがパスなら、いいだろう、軍服でも」
「ふーん、ワルツのステップなら、踏めるんだね?」
「適当でいいならな」
エドガーが取り出し、ソファの背凭れに掛けられた漆黒の服を二人、眺めながら。
彼等はそんなやり取りを交わした。
何時しか会話の流れが、晩餐会に出席する事だけは了承する形になってしまった事に、セッツァー自身が気付いているのかは謎だが。
「なら、話は簡単じゃないか。別に、競技用のステップを踏めと云っている訳じゃないのだし。ウィンナワルツなんて、ワンドアのクローゼットが置ける程度のスペースしか、動かないんだよ。覚えなければならないステップなんて、たった六歩だ」
「だからって、付け焼き刃程度の事で、場慣れした貴族の女共のリードなんざ出来るとは思えない」
「……逆」
「は?」
「逆、なんだよ。ウィンナワルツだけはね。あれだけは、他のダンスと違って、唯一、前進する側が、リードしなければ駄目なんだ。ウィンナだけは、フォローするのは男性ではなくて、女性」
「しかし…………」
「じゃ、試してみるかい? 練習って奴を、してみればいいだろう?」
──云うが早いか。
すっと、背凭れに掛けた服を取り上げて、エドガーは立ち上がった。
セッツァーがどう食い下がっても、テールコートを着用させて、週末の晩餐会に恋人を出席させ、ウィンナワルツを踊らせる、と云う計画は、彼の中からは消えぬ様で。
上着、側章付きのパンツ、ウィングカラーの白シャツに、カフスに蝶タイ……と、ぽいぽいと、彼はそれを、セッツァーへと投げた。
「どうしろと?」
勢い、投げられたそれを受け取ってはみたものの。
相手の目的が判らなくて、セッツァーは訝し気に問い掛けた。
「着る以外に、服の利用目的って、あったかい?」
が、問い掛けに返された答えは、あっさりとしたもので。
「たかが練習に、これを着ろってか……」
「練習の為だけじゃなくって。ちゃんと、仕立て上がってるのか、確認して欲しいだけ。私も、自分の分の試着をしてみないといけないのだし。……どうせなら、本番で恥を掻かない練習をした方がいいだろうしね」
「…………もう、勝手にしろ……。お前最近、根性ねじ曲がって来たぞ……」
「お陰様で。根性のねじ曲がり切ってる恋人がいるものでね。移ったのさ、それが」
何だかんだと理由を言い立てるエドガーに、反論する気も失せて、くすくす笑い出した恋人が望むがまま、新品のテールコートに袖を通すべく、セッツァーも又、立ち上がった。
室内に流れ始めた、何百年も前の作曲家の手による管弦楽に耳を傾け。
艶やかな光沢を放つ、漆黒の生地のテールコートに着替え終えた彼等は、部屋の中央に立ち尽くしていた。
耳に届く、今の世でも、ウィンナワルツの最高傑作と名高いその曲に向け、エドガーは軽い微笑みを、セッツァーは渋い顔を作る。
「知ってるだろう、君も。この曲は」
「そりゃ、な」
「普通の三拍子よりも、ニ拍目が少し早いから、最初は気になるかも知れないけど。実際に踊ってしまえば、どうと云う事はないよ。──セッツァー? 君、ワルツのスクエア、踏めるかい?」
そこで一度、テーブルの上のリモコンを取り上げ、流れる音楽を止めて、エドガーがセッツァーを見上げた。
「それなりで良ければ」
息苦しそうに、ウィングカラーの襟元に、指先を突っ込んで緩めながら、セッツァーは肩を竦める。
「結構。なら、問題ないね」
その仕種の所為で、曲がってしまった白い蝶ネクタイを直してやりながら、やはり、己が襟元に、エドガーは手を伸ばし。
「それが出来れば、平気だよ。んー……。取り敢えず、私が女性役をやるから。行くよ」
その手で、オーディオのリモコンを、彼は再び、押した。
ステレオのスピーカーから、静かに前奏が流れ出すと同時に。
彼等は、互い、すっと両手を持ち上げ。
指先を絡め合わせ。
形通り、右回りのスクエアを踏み、ウィンナワルツを、踊り始めた。
──確かに、エドガーが云う通り。
舞踏会の為のウィンナワルツは、たった六歩のステップしかなく。
僅かなスペースの中だけで踊る、優雅なダンスではあったけれど。
「随分と、せわしないワルツだな……」
見た目のイメージから掛け離れた足捌きの忙しさに、ぽつり、セッツァーが洩らした。
「そうかい? 確かに、普通のワルツよりは、ハードだけれどもね。──ここで、90度ターン」
呟かれた感想に、くすりと笑い、エドガーは手首を軽く、持ち上げた。
「……ああ」
指先から伝わる動きを受け止めて、恋人の足先に沿う様に、左足を踏み出し、セッツァーは動いて行く。
「こんなに疲れるのに退屈な事を、一晩、俺に付き合えってのか?」
「そうだよ。だって、私も退屈なのだもの。レディ達のお相手は、中々大変なのでね。マッシュは何時も、ダンスからは逃げて歩いているし。君が付き合ってくれれば、退屈な席も、多少は気が紛れる。軍の英雄に、相手をしてくれと申し込む女性は、多いだろうから。私の負担も減るしね」
「…俺の負担は、どうなるんだ?」
「たまにはいいだろう? 私の我が儘を、聞き届けてくれても」
「最近、お前の我が儘ばかり、聞いてる気がするがな」
「おや、そうだったかな」
──長い、円舞曲が静かに流れる中。
余り、雰囲気にそぐわしいとは言えぬ会話を交わしながら。
それでも彼等は、踊り続けた。
前奏が始まった頃は未だ、淀みのあったセッツァーの足捌きが、繰り返し流れる円舞曲が、何度目かの終わりに差し掛かった時にはもう、滑らかなそれに変わるまで。
「ほらね。簡単だろう、ウィンナワルツなんて」
相手の動きに、躊躇いが無くなったのを察して、エドガーが動きを止めた。
丁度、エンドレスにされていた舞踏曲が、一先ずの終わりを見た時。
「簡単……ねえ。簡単、と云えば簡単なのかも知れねえが。一晩、これは正直、遠慮したいぞ、俺は。大体、テールコートなんざ、俺の柄じゃないんだ」
すっと、コミカルに笑いながら、上着の裾を掴んで、女性の礼をしてみせた恋人の手を取り、セッツァーは膝を折って唇を寄せる。
「自分がそう思っているだけだろう? 似合うよ。君自身が思っているよりも、ずっと、ね」
──完璧。
恋人がした礼に、口の中でだけ、そんな感想を洩らし、未だ、乗り気の無さを隠し切れない彼を、姿見の前へと、連れて行き。
「ほら、良く、似合って……──」
エドガーは、そこ映る姿を、すっと指し示して。
そして、云い掛けた言葉を飲んだ。
「どうした?」
消えた語尾に、何かしたかと、セッツァーが問う。
「いいや、何でも無い。…………あの…。うん、一寸、ね。君に付き合って欲しくて、我が儘を、押し付けて来たのだけれど。良く考えたら、その、度が過ぎた、かなって、ふと、そう思っただけ。君が、どうしても嫌だって云うなら、無理矢理、引きずって行くのは、その…………」
問われたエドガーは、ぶつぶつと。
僅か、視線を外したまま、今まで、決して聞く耳を持とうとしなかった相手の心情を汲む様な事を言い出した。
「どうした、急に。いきなり、殊勝な事、言い出しやがって。今更、だろ? もういいさ。お前が、そうして欲しいってんなら、付き合ってやるよ。……但し。今回だけだぞ」
「……うん。判ってるよ。御免……」
俯き加減で、云い募り出した彼を、だがセッツァーは笑い飛ばし、もういいだろう? と、姿見の前を離れて、着替える為、隣室へと消えた。
「馬鹿だったなあ……」
そんな恋人の後ろ姿を。
ぽつり、独り言を洩らしながら、彼は見送る。
──それまで。
テールコートなど、己の柄ではないと、今日の邂逅の始まりから、終始渋い顔を作り続けた恋人を、姿見の前に立たせるまで。
退屈な舞踏会の一時を、愛しい人の存在を傍らに得る事でやり過ごそうと、それだけしか考えていなかったから。
考えてみる事もなく、気付く事もなく、まじまじと、見遣りもしなかったのだけれど。
ほら、と指差し、眼差しを注いだ姿見に映った恋人は。
艶やかな生地の、漆黒のテールコートに、長い銀の髪がとても良く映えていて。
激しいステップをこなす事が要求される、ウィンナワルツを延々踊り続けた所為で、常よりも、面も指先も、上気していて。
何時しか見慣れた筈の面差しが、初めて出会う美丈夫の様に感じられた。
多分。
恋人を、舞踏会に出席させたら。
ダンスの途中、自分が言い放った様に、あんな姿の彼に、ワルツを申し込む女性は、後を絶たないだろう。
そして、己が目の前で、たった今、自分達がそうしていたみたいに。
彼は、貴婦人の手を取って、フロアを縫う様に踊り。
曲の最後には、完璧な礼を以て、女性の手に、接吻をするのだろう。
「見たくないのにね、そんな姿」
姿見の中のセッツァーを、瞳に収めた瞬間。
恋人の姿に見愡れ。
それまで、思い到れなかった、けれど、ようやく気付いたそんな事実に、刹那、胸が苦しくなったから。
思わず、君が嫌ならば……と、今更な事を口走ってはみたが。
何時も、何やかやと云いながらも、最後はこちらの我が儘を受け入れてくれるセッツァーの答えは、やはり。
「自業自得、とは云え……」
だからエドガーは、今日、仕立て上がったばかりのテールコートを、脱ぐ事も忘れて、唯、その場に立ち尽くし、思い倦ね。
どうしたら、舞踏会の夜の間中、恋人と、見ず知らずの女性とが、ウィンナワルツを踊らずに済ませられるのか、を考え続けていた。
END
後書きに代えて
もぎ取らせて頂いたリクエストは。
『テールコート』を着てワルツを踊る二人、と云うものでしたので。
頑張って……はみたんですが……。何か、エドガー自業自得話に(泣笑)。
書き上がった後、読み返してみて、……一寸考えれば判るでしょうに、エドガー……と、自分で突っ込んだのは内緒です。
尚。この後、彼等が舞踏会本番でどうしたのか。まあ、話がない事もない、です(笑)。
宜しければ、感想など、お待ちしております。