final fantasy VI@第三部
『猫目石』
前書きに代えて
どうも、こういう話は。
第三部設定で書くのが、私的に宜しいようで。
又、現代世界のお二方のお話。
……魔大戦の頃や世界崩壊の頃のお二方よりも、第三部のお二方の方が、バカップルなんでしょうか(笑)。
──ちょいとですね。管理人、ここの処ずっと、猫を飼いたいと思っていて。その欲求発散の為と。某方の(笑)、『囁き』を元に書いてみたお話でございます。
故に、この小説は、お嫁入りを果たしておりますが、我が家でもお披露目。
では、どうぞ。
ニャ……、なんて。
ビルとビルに挟まれた、人間には到底抜ける事の出来ない、狭い路地の影から、 小さな小さな鳴き声が聞こえて来たのは。
気の所為、だと思った。
──ミャウ。
でも。
鳴き声は、決して、空耳などではなく。
この週末の休暇を過ごす為に買い溜めた、食料品で満載の、スーパーの茶色い紙袋を放り出し。
エドガー・ロニ・フィガロ二世──そう、やけに庶民的な事までやってのける、この国の国王陛下は、ビルとビルの、僅かな隙間に腕を突っ込んで、『声の主』を手探りで探し始めた。
荷物を放り出して、徐にしゃがみ込んだ金髪の青年に、通りを行き過ぎる人々は、何事かと目を見張ったが、ほどなくして、路地の中から、彼が小さな生き物を引きずり出したのを見届けて、立ち止まった人々の足は、再び動き出した。
「うわー……。……汚い……」
彼が引きずり出して来た小さな生き物、それは、この上もなく汚れた子猫で。
首を捕まれ、体を丸め、じっとしている子猫に向け、率直な感想を述べると彼は、肩に巻き付けていたショールを取り、子猫をそこに包んだ。
「飼ってあげられるかどうかは、未だ判らないけれど。……今は、私と一緒に来るかい?」
柔らかくて暖かい、ショールの温もりに包まれて、喉を鳴らし始めた子猫に、彼は静かに話し掛けて、路上に放り出した紙袋を抱え直し、再び、歩き出した。
──と、まあ。
どうして、セントラルパーク前のマンション──簡単に言うならば、国王陛下の秘密の仕事場──で、恋人と二人過ごす事になった週末。
久々に、恋人同士が揃って休日となった、その週末。
マンションの居間を、我が物顔で子猫が闊歩する事態に陥ったのかは、この様な事情があったからだった。
所謂、ペット、と言うものを飼った事の無かったエドガーにしてみれば、その子猫との出会いは正に、猫を飼いたくて仕方のない者には、絵に描いた様なそれで、マンションに着くや否や、それはもう、甲斐甲斐しいとしか言い様のない程の世話──子猫にしてみれば傍迷惑、とも言う──を彼は始め。
元の毛色が判らなくなる程に汚れ切った子猫が、暴れて爪を立てるのも気にせず、バスルームに隠って、丁寧に洗い、宥め透かしながら毛を乾かし。
何時しか懐き始めた子猫の、ふわっふわの、綿毛の様になって靡く、柔らかい毛並みを見遣って──因みに、洗い終えた子猫の毛は、全身、真っ白だった──、御満悦の表情を浮かべたが。
後からマンションにやって来て、玄関のドアを開けるや否や、それはもう、蕩けそうな顔をして、子猫を構う恋人の姿を目撃する羽目になった、セッツァー・ギャビアーニ空軍大尉にしてみれば。
恋人と子猫の、『心暖まる出会い』は、癪に触る以外の、何ものでも有り得なかった。
どう考えてみても、何とか乳離はしただろう、程度にしか思えない、子猫と言うよりは赤ん坊猫は。
綺麗にして貰って、軽く暖めたミルクを貰って、お腹一杯で御機嫌で、ミューミュー、甲高い声で鳴きながら、何時しか彼の定位置になっていたソファの上は陣取るわ、エドガーの膝の上は独占するわ、カーテンを駆け昇ったはいいが降りる事が出来なくなって、ビービー騒いだ挙げ句、頭の上に落ちて来るわ、叱ろうとすれば爪を立てて暴れるし、エドガーが機嫌を損ねるし、と言った始末だったから。
セッツァーにしてみれば、面白い筈もない。
エドガーはエドガーで、
「どうして、こんなものを拾って来たんだ」
と苦情を言っても、
「だって……これから冬なのに、可哀想だろう? そりゃあ……ずっと私が飼えるかどうかなんて判らないし、飼い主を探さなくちゃならないかも知れないけれど。 この子の行き先が決まるまで、面倒見たっていいじゃないか」
なんて拗ねるし。
「なら、お前が面倒見てる間だけでも、責任を取って躾けろ」
と返せば、
「こんなに小さいんだから、多少は言う事を聞かなくっても、仕方ないと思うんだけど」
と、拾って来て数時間と経たない内から、『親馬鹿』全開な台詞を吐くし。
──だから、セッツァーとエドガーの二人は。
「大体っ! お前、ペットなんざ飼った経験、ないだろうがっ。仕方ないだあ? ほざく前に、何とかしろ、この馬鹿猫っ!」
「馬鹿猫ってっ! 一寸、君の頭の上に降って来ただけだろうっ? そう言うのはね、不可抗力って言うんだと、私は思うけどっっ。──ああ、そうっ。そうなんだ。君が、こんなに小さい生き物の悪戯も水に流せない程、心の狭い男だったとは知らなかったっ」
「誰も、そんなこたぁ言ってねえだろうっっ。──大体、何で俺とお前が、高々猫一匹の事で、言い争わなきゃならねえんだっ!」
「君が、わからずやだからっっ」
──終いには、こんな、口論まで繰り広げる羽目に陥り。
久し振りに、甘い甘い、二人だけの一時を送る筈だった、週末の休日の第一夜目は、一寸ばかり険悪なムードの中、スタートを切ったのだった。
まあ、幾ら『険悪』、と表現してみても。
所詮はこの二人──失礼──なので。
何となく、互い機嫌を直し、どちらからともなく、御免、なんて台詞を口にし。
何時も通り、和やかな雰囲気の中で夕餉を食し、入浴も終え。
そろそろ、寝室──正しくは、ベッドの『上』──へ向かっても良い時間になった頃。
「……どうしちゃったんだろう……」
元気一杯、僕は暴れん坊、だった子猫が、うろうろと落ち着きなく、玄関ホール辺りを徘徊するのを見つけて、エドガーが、困った様な声を上げた。
「……トイレだろ、多分。俺も猫の事は良く知らないが、そいつ、ここに来てから一回もしてないんじゃねえのか? 場所が変わって、何処でしたらいいのか、判らないんだと思うがな。何とかしてやらないと、その内、粗相するぞ、そいつ」
だから、多分そうなんだろう、と思った事を、セッツァーが告げてやったら。
「あ、そうか。砂場の事なんて、すっかり忘れてた。でも、もう、ペットショップなんて開いてないし。んー……。……あ、そうだ。新聞と……確か、何処かにクッキーの空き缶が……」
一人、くるくると表情を変えてエドガーは、共に寝室に向かおうとしていた恋人を放り出して、キッチンへと駆け込んだ。
棚の中を探し廻って、不要な菓子箱を探し出し、千切った沢山の新聞紙で満たして、その中に、彼は子猫を入れてやり。
「ちゃんと、出来るかな……」
完璧に、私が飼い主、と言った顔を作って、玄関ホールの片隅に置いた『簡易砂場』を見守り出したから。
「凝視して、どうするよ……」
そんな恋人の姿に、セッツァーは暫し、眩暈を覚えた。
──そう、それでも。
何だかんだと言いつつも、『ここまで』は、それでも未だ、平穏だったのだ。
子猫を構いながら、嬉しそうな、幸せそうな表情をエドガーが作るから、セッツァーも又、 腹の底では、どうしてこんな馬鹿猫に、折角の休日を邪魔されなくてはならないのだ、と思いつつも、子猫がいるだけで、こんなに恋人が幸福そうならば、と微笑む事が出来たから。
だが。
『日常』が与えてくれる、そんなささやかな幸福感や微笑みは、この直後、ガラガラと音を立てて崩れた。
……否、この表現は正しくない。
セッツァーの中でのみ、崩壊した、と記した方が正解だろう。
無事に、『この家にての、初めての御不浄』と言う奴を子猫が終え。
玄関ホールとの境のドアを開け放ったリビングに、毛布の寝床を拵えてやり、恋人同士が、真の甘い時間を過ごすべく、寝室に隠って暫し。
あろう事か、今、正に、服を脱がせたエドガーを、セッツァーがベッドの上に押し倒した瞬間。
カリカリ、寝室のドアを引っ掻く小さな音がして。にゅーにゅーと、『可愛い』鳴き声も、廊下から響いて来て。
「えっ?」
と言う声と共に、エドガーは被い被さって来る恋人を押し退け、ローブを羽織ると、駆け足で寝室のドアを開け放った。
「ニーーーーーーーッッッッ」
扉が開くや否や。
全ての者の想像通り、そこにいた子猫が、甘えた様な声でエドガーに飛びつき。
エドガーは、甘んじて、それを受け止めた。
「寂しかったのかな。……すまなかったね、一人にして」
──屈んで子猫を抱き締め、頭を撫でるエドガーと。
彼の胸の中に納まって、ゴロゴロゴロゴロ、喉を鳴らす子猫。
裸の己を放り出した恋人と、放り出される原因となった小動物とで繰り広げられる眼前の光景に、一瞬、唖然とした表情を浮かべたセッツァー。
……寝室には、暫し、何とも言えぬ、いやーー……な雰囲気が漂ったが。
「……エドガー…………」
ふと、我を取り戻したセッツァーの、低い低い呟きが室内に渡って。
「あ……御免……」
さすがに、マズイと思ったのだろう、エドガーは振り返り、寝室のドアを閉めると、『子猫を胸に抱えたまま』、ベッドへと戻って来た。
大事そうに、両腕で猫を抱き、ぽすん、と隣に腰を下ろした恋人の態度に、セッツァーは片眉を吊り上げ、唇の端を微妙に引き攣らせ。
「……いい加減にしろよ……?」
プチッと、何処かの血管が切れた様な表情を作って、子猫の首根っこを摘み、部屋の隅へと放り投げた。
「セッツァーっ」
「うるさい」
情け容赦ない恋人の所業に、エドガーは抗議の声をあげる。
が、相手は、聞き耳など既に持っておらず。
セッツァーは、エドガーが肩に引っ掛けただけのローブを乱暴に取り去ると、唇を奪いながら、再び彼をベッドに押し倒した。
「久し振りのお前との連休を、猫如きに邪魔されるのは御免だ」
一言、そう吐き出すと、この上もなく不機嫌そうな顔を作って彼は、恋人の首筋へと顔を埋める。
「それは……でも……。だからって放り投げなくとも良さそ……あ……」
口の中でもごもご、エドガーは、猫を放り投げた事と、押さえ込まれた事に、抗議を呟いていたが。
声音は、徐々に艶を帯びたそれに変わり始めて。
寝室を被った嫌な雰囲気は、漸く払拭されたに思えたが。
──ぽぷぽぷ、と。
エドガーを愛し始めた己の背中で、何か、小さい癖に、やけに柔らかい何かが、そう、例えるならば足踏みをしている猫の肉球の様なものの存在を感じて。
はたと彼は、動きを止めた。
恐る恐る、振り返ってみれば。
やけに柔らかいものは、猫の肉球の様なもの、ではなく。
ちんまりと、ベッドの端に座した、子猫の肉球そのもので。
自分を構え、と言わんばかりに子猫は、セッツァーの背中を叩いていた。
「……この……糞猫…………」
半ば固まったまま、ぼそっと彼は、悪態を口の中で呟き、視線だけで人が殺せそうな程鋭い、紫紺の瞳の眼差しを、子猫に向けたが。
結果を先に告げるなら、セッツァーのその『睨み』は、完全に逆効果だった。
動きを止め、睨み付けて来る──子猫に、その判断が付いたのかは、定かではないが──人間は、どう考えてみても自分を構ってはくれない、と気付いたのか。
業を煮やした子猫は、ぽぷぽぷ、と言う前脚の動きを、ぱぷぱぷ、に変え。
やがて、バシバシ、に、そして、バリっっ! ……へと、変えた。
「──いっ……。……31階の窓から、放り出してやろうかっっ!」
子猫の、柔らかくて鋭い爪に、思いきり肌を抉られ。
恋人を愛撫する事さえ、念頭から吹っ飛ばし。
彼は、むんず、と子猫を摘まみ上げた。
「セッツァーっっ!」
だが、間髪入れずに、エドガーがそれを止める。
本気で、窓の向こうに子猫を放り出しそうな勢いの恋人から、子猫を奪い取ると、
「大人気ないんだからっっ」
ギッ……と、彼を睨み付け。
「可哀想にね。未だ、甘えていたい頃だろうに。……そんなに寂しいなら、私と一緒に寝るかい?」
よしよし、と子猫を撫でて、さっさと毛布の中へと潜り込んでしまった。
「……俺は、放り出されてもいいってか……?」
『全裸』のまま、ベッドの脇に取り残され、憮然とした顔を、セッツァーは作る。
「別に、放り出す、なんて言ってないだろう? 子供を預かったんだと思って。今夜は、大人しく、寝る。……いいだろう? セッツァー」
「……猫の為に、俺に禁欲をしろ、と? 今、この状況から……?」
「一晩くらい、どうって事ないだろうに。文句を言わない。私は、寝るよ」
しかし。
何を告げても、どんな表情を作ってみても。
苦情や甘えは受け付けない、とばかりに、猫と寝ると決めたエドガーは、己と、恋人が横たわるだろう間に子猫を横たえ、さっさっと、目蓋を閉じた。
一人、残されたセッツァーは。
どうしても納得出来ない成りゆきに、呆然と立ち尽くしたまま、恋人と、一声、にぃ、と鳴いた子猫を見つめていたが。
ふかーーい深い溜息を零して、背中を丸め、渋々、ベッドに入った。
──でも、ベッドに横たわってみても。
本来ならば、恋人は、甘い情事の時の後、己が腕の中で眠る筈なのに。
横を見遣れば、その、愛しい存在と自身の間には、邪魔なだけの子猫が一匹、身を丸めている現実があって。
又、深い深い溜息を、セッツァーは零す。
まさかとは思うが、又、明日の夜も、久し振りの『お楽しみ』を、この馬鹿猫に邪魔されるのだろうかと、そんな想像すら巡ってしまって、貧血に襲われた様な眩暈さえ覚え、彼はぐったりと、枕に顔を押し付けた。
だから、彼は知らない。
当然、子猫を抱え、一人幸せに寝入ったエドガーも、知らない。
情事の時を果たす事なく、その夜の眠りを迎えた一組の恋人同士を。
金緑色の宝石に似た、小さな一対の瞳を、何処か、ニヤリと細めた子猫が、何時までも見遣っていた事を。
END
後書きに代えて
猫は、こういう生き物であると、私は固く信じています。
私の、短い、『猫を飼った事があるぞ経験』がそう申しております。
あの可愛い生き物は、構ってやらないとムクれる。何度、SFCのリセットボタンを踏まれた事か。それでも無視していると、私の背中に襲い掛かって来たし。
でも、好きなんです、猫。ノルウェイジャン・フォレスト・キャットが飼いたいんです。友人が贈ってくれた写真集『ねこねんね』が私をせき立てるのです。
因みに。私の中だけにある設定(裏設定ですらない脳内設定)では。
第三部のセッツァー氏は、ガキンチョの頃、ワンコを飼った事がある模様(……いや、そんな設定があっても、自分……)。