final fantasy VI@第三部
『Nightmare』

 

前書きに代えて

 

 新春企画の代わりになれば、と書きました小説、第二弾。
 コメディと云えばコメディなんですが……。
 すみません、先に海野、御免なさい、しておきます(汗)。
 では、どうぞ。

 

 

 

 そんな夢を、セッツァー・ギャビアーニ空軍大尉殿が見たのは。
 先年の十二月の終わり。
 フィガロで催された聖誕祭で、ドマ国大使、カイエン・ガラモンドが、それはそれは長い事、熱を込めて語った、彼の故郷の習慣に関する、他愛無い話に起因しているのかも知れない。
 ──何時ぞや、フィガロの現・国王、エドガー・ロニ・フィガロ二世が即位した年の聖誕祭とは違って、平穏無事なまま──あの式典を、平穏無事でないそれにしたのは、セッツァー本人に多大なる責任があるのだと思うが、その様な認識は、彼の中からはもう、とっくに消えている──取り仕切られている式典の最中、何がきっかけだったのか、その場に居合わせた者達全員が、もう記憶などしてはいないが、気が付いたら、セッツァーを始めとする例の面々は、カイエンが語る、彼の故郷ドマの、新年の風習に耳を傾ける羽目になっていた。
 その時、カイエンが最初に説明し出したのは、夢の事だった。
 何でも、新年の最初に見る夢の事を、カイエンの故郷ドマでは、これから一年の行方を占う為の特別な夢として扱うのだそうで。
 『初夢』、と呼ばれているのだ、と、そんな話を初老のサムライがしたものだから。
 その話の印象が、やたらと強かったのかも知れない、だからセッツァーは、そんな夢を見たのかも知れない。
 東方の神国で、一年の吉凶を占う、重要なそれだと云われている、新年最初の夢。
 それを、見た──否、見てしまったセッツァーは。
 全身、びっしょりと汗を掻いて、飛び起きた。

 …………よーーーするに。
 フィガロ空軍一の腕前を誇るエースパイロットの大尉殿は。
 新年早々、禄でもない悪夢に、苛まれたらしい。

 

 ──夢の中で。
 彼は一人、荒涼とした砂漠のど真ん中に、ぽつんと立っていた。
 周囲にあるのは砂と逃げ水と、陽炎ばかりで。
 本気で何もなく。
 照りつける日射しは痛い程の眩しく。
 だが何故か、今、夢の中に自分がいるのだ、夢を見ているのだと云う認識があった彼は、最近、サバイバル系の映画を観た記憶はないんだが、と考えながら、適当に方角を定めて、サクサクと、砂を踏みしだく足音も軽く、歩き出した。
 己が今置かれている状況が夢だ、と云う事は、良く判っている。
 ならば、適当に歩いても、その内に状況は、劇的な変化を見せるだろう。
 ……そう踏んでの事だった。
 だから、さくさくさくさくさくさくさくさくさく…………──以下略──、彼は砂漠を渡り始めたのだが。
 行けども行けども、周囲の景色に変化は訪れず。
 襲い始めた喉の乾きは、やけにリアルで。
 ポタポタと全身から滴り始めた汗は、夢だと云うのに体力の消耗を感じさせ。
 些か、うんざりと、彼はし始めていた。
 夢、なのだから。
 どう転んだって、死にはしないから。
 いっそ、このままここでひっくり返っていてやろうか、と思いもしたが、そこはそれ、やはり、夢、なので。
 全てが全て、思い通りにはならず。
 留まりたい思いは叶わず、彼はひたすらに歩き続けた。
 暑い暑い、昼の砂漠の直中。
 燦々なんてもんじゃなく降り注ぐ太陽の光は、脳天直撃で。
 何でかは知らないが、止まらなくなった足取りは、鉄球付きの枷でも付いてるんじゃないかと思える程重たく。
 喉の乾きは絶頂を迎え。
 意識も、いい加減、朦朧としてきたが。
 夢は、覚めてはくれず。
 勘弁してくれ、と、彼はぼやき始めたが。
 まあ、その内……と、予測していた通り、唐突に、そんな彼の目の前に、滔々とした水を湛えた、オアシスが出現した。
 『ラッキー』。
 ……その時の、セッツァーの心情を一言で言い表わすなら、恐らく、そんな様なものだったろう。
 夢なのに……夢だと判っていながら。
 眼前に姿見せたオアシスの、澄んだ水目指して、歩を早め。
 彼は、水辺に片膝を付いた。
 が。
 彼が見ているこの夢を、垣間見られる者がいたならば、間違いなく、世の中そんなに甘くはないだろう? と予想するだろう通り。
 その夢の展開は、そんなに甘くはなかった。
 片膝を付き、湧き出る水に、セッツァーが手を差し入れようとした瞬間。
 夢の世界故の『劇的な変化』が起こり。
 次の瞬間彼は、夜の中、にいた。
 月も星もない夜空に支配された世界に、砂漠を彷徨い歩いた時の喉の乾きも体力の消耗も、そのままに、彼は放り出された。
 そこは、幹がネジくれた樹に支配される、森の直中の様で。
 鬱蒼とした木々の向こうに、ちらちらと、民家らしきものの明かりが見えた。
 ……いい加減、覚めてくれないかと、げんなりとしつつ、彼は明かりを目指し、再び歩き出した。
 最近は忙しくて、サバイバル映画も、ドキュメンタリーも、ホラー映画も観た覚えはないのに、と、ぶつぶつぶつぶつ、口の中でぼやき続けながら、一変した夢の世界を、彼は黙々と歩き。
 漸く、眼前に迫った明かりを見上げた。
 案の定、見遣ってみればそれは、一世代前の、出来の悪いホラー映画に出て来そうな……否、童話かも知れない。兎に角、そんな世界に登場しそうな、ぶきみーー、な、廃虚と化した城だった。
 『ここには化け物が住んでいます』と、自己主張していそうな。
 でも。多分。きっと。恐らく。
 この城の扉の中に、向かう羽目になりやがるんだろうなあ、とセッツァーが考えた瞬間。
 大正解、さあ、中へどうぞっっ……と、盛大且つ耳障りな軋みの音を立てて、古い古い城の扉が中から、何者かの手によって押し開かれた。
 やれやれ、何処まで続くんだ、この夢は、と、彼は巨大な溜息を付いたが。
 これ又、中世の物語に出て来そうな、古めかしいランプを翳し、招き入れようとする主の正体は、彼の最愛の恋人、エドガー、で。
 ランプの薄明かりの中、何も語らず、唯にっっっっこりと微笑んだ恋人につられて、セッツァーも笑み。
 するりと彼は、城の中に足を踏み入れた。
 途端背中で、音もなく扉が勝手に閉じたが、そんな事は意にも介さず。
 彼はエドガーへと、手を伸ばした。
 夢の中とは云え、恋人に逢えるのは、嬉しいに決まっているから。
 砂漠で覚えた喉の乾きと、体力の消耗にプラスして、不気味な森を彷徨った疲れも忘れ──そもそも、これは夢なのだ、と云う事すら忘れ掛け。
 セッツァーは、恋人を抱き締めた。
 すれば、やたらと情熱的な抱擁が、エドガーからは返され。
 恋人が手にしていたランプは、カシャンと音を立てて床に落ち、衝撃で火が消え。
 闇だけに支配される筈の周りに、何処より射し込む、何時しか姿を見せたらしい月光の元、情熱的な抱擁には、情熱的なキスを返してやろうと、彼は、恋人の唇を寄せた。
 淡い月光に、己達の姿が浮かび上がる中。
 唇と唇が、触れ合おうとした刹那。
 不意に、生暖かい空気の対流を感じて、セッツァーは、閉じていた瞳──瞳を見開いて、キスをする程、彼は不粋ではないので──を、開いた。
 と。
 腕の中で、相変わらずの笑みを湛えたままのエドガーの紺碧の瞳が何故か、金緑色の、鈍い光を放ちながら。
 物の怪でもここまではしないだろう……と思える程、ぱっっっっっっ……くりと、大口を開いていて。
 そう、セッツァーを、喰らわんばかりに。
 ──如何な最愛の人とは云え、そんな姿を見せられたセッツァーは、ドン! と恋人の体を突き飛ばしたが。
 体は床へと倒れて行くのに、馬でも一飲みにしそうな程、でっかく開かれた口許だけは、眼前から消えず。
 その形相と云うか、その姿、と云うか、兎に角、ひきつけを起こしそうな程の恐怖──まあ、無理もないだろう、最愛の恋人が、そんな化け物に変貌したならば──を与えて来るデカ口からは、想像出来ない程可愛く、かぷり、とセッツァーは喉元に噛み付かれ。
 痛み故なのか、ショック故なのかの判断はし難いが、彼の意識はブラックアウトし…………────。

 

 セッツァーは、飛び起きた。
 ぐっしょりと、己が横たわっていた場所さえ濡らす程の汗を掻いて。
 額に滲むそれを拭い、夜の闇の中、周囲を見回して、そこが、恋人所有のマンションの寝室だと認識し直し、肩で息をして。
 ベッドヘッドのランプを小さく点けると、そっ……と、隣で眠るエドガーの顔を、彼は覗き込んだ。
 何時も通りの穏やかな寝顔をして、恋人は眠っている。
「何で……あんな夢…………────」
 その寝顔に、ほっと安堵をし。
 セッツァーは、サイドのテーブルからシガレットケースを取り上げて、気分を落ち着かせるべく、煙草を銜えた。
 火を点けようとマッチを擦れば、寝室の片隅で、何かが蠢く気配がして。
 ちらりと、気配の方角に彼は視線をくれる。
 すれば。
 まるで、夢の世界の延長の様に、真夜中の黒の中、金緑色の鈍い光がそこには見えたから。
 一瞬、ぎくりとセッツァーは身を硬直させたが。
「……馬鹿猫か……」
 直ぐにその正体に気付いて、彼は緊張を解いた。
 そして、金緑色の鈍い光の正体に気付くや否や。
 セッツァーは何故、あんな夢を見たのかに思い当たって。
 手にしたままだった金属のシガレットケースを、闇に光る猫の瞳目掛けて、力一杯、投げ付けた。
 ヒュッと、そこそこの重みがあるケースが、空を切る音がした後。
 投げ付けられたそれを、ちゃんと猫は避けたのだろう、どっかん、とケースが壁に当たった音がし。
「……何……?」
 エドガーが目覚めた。
「ニャーーーーーーーっっ!」
 と、主の目覚めに気付いた猫の鳴き声が、間髪入れずに上がったから。
「ん……? アニー……?」
 のそのそと、エドガーはベッドから起き上がって、手探りでリモコンを探し、寝室の明かりを付けて。
 ミーミーと、何かに怯えた風な仕種でベッドに飛び乗ってきた──勿論、それは猫の演技だが、エドガーに判る筈もない──愛猫と、起きていたセッツァーと、部屋の床の片隅に転がるシガレットケースと、どう見てもへこんでいるらしい壁の、それぞれを見比べて。
「……セッツァー…………」
 地を這う様な、低い低い声音で、恋人の名を呼んだ。

 

 ──この日。
 セッツァーが、訳の判らない悪夢を見た夜。
 恋人同士は、新年最初のデートの約束をしていた。
 午後の早い内に落ち合って、他愛もない、けれど楽しい会話をして、共に夕食を取って。
 セントラルパーク前のマンションに辿り着いた時には、程よい時間だったから。
 セッツァーは当然の様に、『閨にてのそれ』、に、雪崩れ込もうとしていたのに。
 仕事と云う名目の時にも、本当に仕事の時にも、マンションに泊まり込む時には、エドガーが必ず連れて来る愛猫は、やっぱりその夜も、そこにいて。
 当たり前の様に、最愛の主と恋敵の、甘いひとときの邪魔を始めた。
 だが、もういい加減、そんな状況にはセッツァーも慣れ切ってしまっていたので、猫の相手なぞせず、とっととエドガーを寝室に誘い、とっとと押し倒したのだが。
 年が代わって、猫の方も、心機一転、とでも思ったのか、気合いの度合いが違ったのか、寝室に潜り込み、全裸にされ、ベッドの上に横たえられた主と、やはり、全裸になっていた、憎き恋敵の間に、もぞもぞと、割って入り。
 ちょこん、とエドガーの『上』に鎮座すると。
 こやつの正体は化け猫です、と云われても信じられそうなくらい物凄い形相をして、セッツァーの、『あらん場所』、を噛み付かんばかりの勢いで、威嚇の牙を向いた。
 プリプリと長い尻尾を揺らし、セッツァーを威嚇しつつ、体の上から退かない愛猫に、エドガーは苦笑を浮かべ、溜息を零して、だがそれで済ませてしまったから。
 とっときのひとときを奪われたセッツァーの方は、げんなりしつつ、猫に恨みを抱きつつ、寝てしまった恋人には深い溜息を捧げて、ふて寝を決め込んだ。

 

 ──まあ、要するに。
 この夜、セッツァーが見た悪夢は、この、エドガーの愛猫との『一戦』の結末に起因していると思われるのだが。
 去年の終わり、カイエンが語った、ドマ国の習慣に倣うなら。
 その年の吉凶を占う、新年始めに見る夢が、そんな出来事に起因したろくでもない夢だったセッツァーのこれからの一年間に待っているものは、推して知るべし、なのだろうし、彼の事を生涯の恋敵と認めているエドガーの愛猫との戦いは、苛烈を極めるのだろう。

 

 因みに。
 夢占いの本によれば。
 砂漠を渡る夢は、人生の低迷期が訪れた事を示し。
 オアシスは、刺激的で新しい冒険──この場合、新しい戦い、と云う気もするが──を示し。
 廃虚の様な城は、情熱を抑えないと、トラブルを引き起こし兼ねない事を示し。
 猫は、良くない兆候そのものを示し。
 ──所謂『悪夢』、と云うものは。
 精神的に何かを抱えていると見る場合が多い夢なので、最悪の場合、専門家に要相談、と云う意味になるのだとか。

 

END

 

 

後書きに代えて

 

 新年早々、下品だったかも知れません……。
 御免なさい……。
 否、下品よりも何よりも。
 如何な夢とは云え、物の怪のよーに、ぱっっくり口を開いている陛下なんぞ、書いた私が一番見たくありません(滝涙)。
 まあ、でも、書いちゃったし(笑)。
 しかし、猫を虐めて(?)、シガレットケース投げて、部屋の壁へこませたセッツァーさんと。
 それを知り、ひくーーい声を出したエドガーさんのお二人。
 あの後、どうしたんでしょうねえ(笑)。

 宜しければ、感想など、お待ちしております。

 

 

 

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