Final Fantasy VI@第三部
『見つめる先、その先』
あれから、何年が過ぎたのか、と。
ふと立ち止まって、しみじみと振り返らなくてはならない程、長い年月が過ぎ去った訳ではないけれど。
それでも、数年の年月は過ぎ行き。
だから彼はもう、『あれ』から一体、何年が過ぎたのだろうかと、指折り数えることは止めていた。
『一年戦争』と呼ばれるようになって久しい、あの戦争が終わった翌年。
彼にとっては、運命の人以外の何者でもない、『彼』と巡り逢って。
共に、寄り添うように、日々を過ごして。
さて、それより一体、どれ程の歳月が、と。
そのようなことを思うのを、とっくの昔に彼は放棄していた。
巡り逢った運命の人と送る彼の日々は、多少の山や谷こそあれど、総じて恙無く。
寄り添い始めてから、彼と『彼』は、離れることなく。
一言で言ってしまえば、そう、彼はとても、幸せだったから。
時の流れを指折り数えるような真似なぞ、彼はする必要がなかった。
…………でも。
彼が、過ぎ行きた歳月を振り返ろうとしないのには、もう一つ、理由があり。
あれから、数年が経った、世間に言わせれば、現・国王陛下が即位してよりの、『区切り』となる年の。
──冬。
その年、最後の月の、最後の週の。
彼と『彼』の祖国に於ける、最大の式典の席でのことだった。
────彼は、祖国と祖国の主を守り、祖国と祖国の主の為に戦う軍人が生業だから。
空色の、式典用の軍服を着込んで、同僚や、上官達と共に広場に居並び、頤を持ち上げなければ見遣れぬ程の高い場所に今はいる、生涯を賭した運命の人であり、やはり、生涯を賭して守り続ける祖国の主である『彼』へ。
高い場所から、兵士達を見下ろしている『彼』へ。
彼は、紫紺の瞳を注いでいた。
……『彼』は、彼に比べれば、身の丈が低い。
それ故に、『彼』と並んだ時彼が、『彼』を見上げることは皆無で。
年に一度のこの式典の際のみ、彼は、高い場所に座している『彼』を、見上げる。
普段、目の前で見つめる『彼』よりも、二廻りも三廻りも小さく映る、『彼』の姿を。
…………『それ』を、嫌だ、とは、彼は思わない。
例え『彼』が、己にとっての運命の人であっても、『彼』には『彼』の立場があり。
『彼』は、己が祖国の主であり。
故に、見上げる程に高い場所に『彼』が立つことは、彼の中でも必然であって。
嫌だ、…………などと、これっぽっちも彼が、思うことはないけれど。
…………但。
遠いな……と、彼は思う。
『彼』は何と、『遠い』のだろう、と。
運命の人でも、日々寄り添い続ける人でも、恙無く、共に時間を送る人でも。
何時でも、伸ばした腕に掴め、指先で、触れられる人でも。
『本当の世界』の『彼』は、何処までも、遠い遠い、そして高い、そんな場所に立つ人で。
どうしたって、本当の意味で『彼』には、手が届かぬ気がして、彼は仕方なくなるから。
遠くて高い場所に立つ、『彼』を見遣ると、彼は。
遠いな…………、と思い。
届かない……、とも思い。
嫌、とは思わぬけれど。
彼ともあろう者が。
胸が潰れる程の、切なさを覚える。
──どうして、こんなにも遠いのだろう。
どうして、あんなにも高いのだろう。
どうして、真実の意味で、この手は『彼』に届かぬのだろう。
…………どうして。
……どうして、遠い場所、高い場所、そこに立つ『彼』を。
見上げ、見つめる先、その先に在る、『彼』を見遣ると。
こんなにも、苦しくなるのだろう………………と。
彼は、思わずにはいられなくて。
見つめる先、その先の、『彼』へと向ける、両の紫紺の瞳から。
年に一度、彼は。
幾筋か、涙を零すのだ。
遠過ぎて、高過ぎる、彼の人を想って。
過ぎ行きた幾年(いくとせ)は、指折り数える必要もない程、幸せだった。
巡り逢った運命の人はいて、運命の人と寄り添いながら日々は過ごせて。
滔々と流れる月日は、何時も、何処までも、恙無く。
幸せは、触れられる程傍にあり。
腕を、指先を伸ばせば、その躰は常に、温もりを得られる場所にあった。
けれど、過ぎ行く時を指折り数えることは、痛くて。
どれだけ時を重ねようと、真実の意味で『彼』には、手が届かなそうで。
──愛している人も。
愛している人と織りなす幸福も。
確かに、握り締められる場所にあるのに。
掴んだら最後、するりと、水のように溢れて行きそうで。
……信じ込むように。
指折り数える時など存在しなくて、幸福のまま、全ては凍り付いて。
遠く、高い場所に立つ『彼』を。
見つめる先、その先に立つ、『彼』を、己が瞳に収め。
その遠さ、その高さ、それに感じ入り、泣き濡れるしか、彼には出来ない。
時が、止まることなど、ないのに。
END
後書きに代えて
セッツァーを、一人秘かに泣かせてみたかった。
……多分、その一言に尽きます、この話(笑)。
宜しければ、感想など、お待ちしております。