Final Fantasy VI 『oasisにて』
2003年の、『更新止めちゃって御免ね企画』で書かれた小説です(多分、そうだと思う……)。
最近(2008年02月)になって、ひょんな所から出て来たので、私自身詳細を良く憶えてないんですが(汗)、再度晒してみます(笑)。
それでは、どうぞ。
「………………暑い」
────それは、この世のものなのだろうか、と、一瞬疑ってしまった程。
地の底から這うような、何とも言えぬ低い、不機嫌そうな声で、その夏を暑さを呪う声が聞こえたのは、ナルシェの方角からフィガロ砂漠へと脚を踏み入れて、砂漠の直中に建つ、フィガロ城へと向かっている途中のことだった。
「……砂漠が暑いのは、当たり前だ」
聞き付けてしまった、呆れですらなく、耳障りとすら言えるかも知れないその『怨嗟』の声に、こんな地方に生まれ育ってしまったが故、砂漠の気候に慣れ切ってしまったエドガー・ロニ・フィガロは、その声音の主に向けて、苦笑を浮かべながらきっぱりと言ってやったが。
「んなこたぁ、言われなくたって判ってんだよ……。仕方ねえだろうが。暑いモンは暑い。俺はな、こんな、どうしようもなく暑い地方なんざ、滅多なことじゃ訪れねえんだよ……」
『怨嗟』の声の主、セッツァー・ギャビアーニは、ずるずると脚を引きずるようにやる気の欠片もない風情で、エドガーの隣をフィガロ城目指して歩きながら、ぼそっ愚痴を零した。
「悪かったね、どうしようもなく暑い地方で」
「そういうことを言ってるんじゃねえよ……」
「夜になれば、涼しくなるさ。……寒くなる、とも言うけど。それまで、我慢するんだね」
「…………そういうことを言ってるんでもねえんだがな、俺は……」
故に、あからさまな呆れをトーンに滲ませて、エドガーはセッツァーをからかい、エドガーに素っ気無くあしらわれたセッツァーは、唯でさえ項垂れていた頭(こうべ)を、益々俯かせ。
「……マッシュ。どっかに、こう……、オアシスとかそういう場所はねえのか? お前もお前の兄貴も、こんな暑さなんて平気、ってなツラして歩いてやがるが、俺は平気じゃねえんだよ……………」
隣を歩く、この暑さの中でも凛とした姿勢を崩さない国王陛下に何を訴えてみても無駄だと悟ったのかセッツァーは、八つ当たりの対象を、己達の前を歩く、仲間の一人、マッシュ・レネ・フィガロへと変えた。
「平気じゃない、って言われてもー…………。……でも、まあ……慣れない奴には、暑いっちゃ暑いか……」
何処までも不機嫌さの消えていかない声を、後ろから投げ付けられたマッシュは、振り返りながらも後ろ向きで歩みを進め。
「…………あ、あるある。この近所に有る、オアシス。城への最短コースからは少しだけずれるけど、そう言えばあったっけ、オアシス」
暫し、考え込むような渋い表情を続けた後、ポンと手を叩いて、ああ、という顔に彼はなった。
「あそこ、寄ってこうぜ、兄貴」
そうしてマッシュは、セッツァーからエドガーへと視線を移し。
「…………本当に、仕方がないねえ……」
弟にも涼を求められたエドガーは、好きにしてくれ、と、やり切れなさを一杯に湛えた面を作り、が、それでも頷き。
世界を救う冒険の旅へと、様々な事情と理由を切っ掛けに赴くこととなった仲間達が、来る日も来る日も顔突き合わせ、旅の空を共にするようになって暫し後。
一行は、エドガーとマッシュの実家でもある、フィガロ城へと立ち寄ることになった。
何故そこに彼等が赴くこととなったのかと言えば、一寸、己が統治する国の様子を覗いておきたい、とエドガーが言い出した、セッツァー辺りに言わせれば『我が儘』が理由なのだけれど、取り立てて反対する者は出なかったから、ならば……と彼等は、一路フィガロ城を目指し、こうして、灼熱のフィガロ砂漠を渡っているのだが。
どうにも、この砂漠の暑さは、セッツァーを筆頭とする、『どうしようもなく暑い地方』に馴染みのない者には辛かったらしく。
男の一人や二人から、ぶうぶう文句が垂れられようが、兄同様、そんな苦情を、マッシュは、オアシスの存在を思い出せなかった振りし、無視しただろうけれど、ティナやセリスやリルムと言った女性陣達──更には、北国ナルシェ出身のモグも──が、とても怠そうな雰囲気を漂わせ始めたのに気付いたから。
寄り道をして行こう、と彼等は、進路を若干変更し、フィガロ砂漠に幾つか点在する、オアシスの一つを訪れることと相成り。
赴いた、冷たい水を湛えるオアシスに、先ず女性達が飛び込み、木陰で涼を取り始めた後。
セッツァー程、あからさまな態度には出さなかったけれど、もう我慢の限界、とでも言うように、男達も又、オアシスの水に体を浸し始めた。
だが、少し離れている場所で、とは言え、涼み始めた女性達の姿をはっきりと窺える、しかも、夏の昼間のこと。
幾ら何でも、潔く全裸となる訳にも行かなかったから──彼等にも一応、常識と『恥じらい』はあるので──、男達は皆、上半身だけ裸になって、荷物を放り込んで来た革袋を桶替わりに、オアシスの畔で頭から水を浴び始めた。
「……そんなになる程、暑いのかなあ……」
が、唯一人。
仲間達が次々と、そんなことに興じる傍らで、エドガーのみが涼しい顔をして、輪に混ざることなく、門外漢な顔をし、一同を眺めるに留めていた。
「砂漠育ちでも、暑いもんは暑いと思うんだがな…………」
そんなエドガーの呟きを聞き留め、セッツァーが振り返った。
「そりゃ私だって、暑くないと言ったら嘘になるよ? でもねえ……慣れもあるし。ここを渡る度、こうしていられる余裕があるとは限らないし」
セッツァーに、振り返りざま、不思議そうな視線を向けられて、エドガーは肩を竦めた。
「お固い奴だな、お前って男は。王様ってのは、融通の利かない人間ばかりを拵える、禄でもない商売なのか?」
肩を竦められて、セッツァーは、何度も水を被ったお陰か、幾許かすっきりした顔色を見せながら、濡れそぼった長い銀の髪を、少々鬱陶しそうに掻き上げ。
にや……っと、悪巧みを思い付いた悪漢のように笑って。
「……エドガー」
「ん? ………………あのね、セッツァー………… 」
──そうして彼はエドガーを呼び、呼ばれたエドガーは、何の疑いもなくセッツァーを振り仰ぎ。
次の瞬間彼は、頭から冷たい水をぶちまけられて、辟易したような声をセッツァーへと向けた。
「何だ?」
「何だ、じゃなくて…………」
「すっきりするだろ?」
「…………まあね……」
「なら、いいじゃねえか、それで。この天気だ、服も直ぐに乾くだろうし」
「そういう問題じゃないんだけど……。────もう、いい…………」
眼前で、愉快そうに笑い続ける男を、きつく一睨みした後、先程セッツァーがそうしていたように、長い金の髪を鬱陶しそうに掻き上げて、エドガーは諦めた風に言った。
「子供じゃないんだから……」
が、それでも。
口調に諦めを漂わせ始めつつも、ぶつぶつと、文句を言うことだけは止められかったらしく。
すくっと立ち上がって彼は、乾かす為に、濡れた上着とシャツを脱ぎ。
「やられっ放しっていうのはねえ…………──」
オアシスの畔にて、今度はロックやマッシュとふざけ始めたセッツァーの背中を、トン……と押し。
「…………倍返しか? ガキなのはどっちだ……」
バッシャーー……ン……と、水音も甲高く、オアシスの中へと落ちたセッツァーが、濡れ鼠になって上がって来るのを、エドガーはにこにこと微笑みながら見つめた。
「こういうおふざけは、限度問題だろうが」
「いいじゃないか、暑い、って言ってたんだし。どの道濡れてたんだし。服なんて、直ぐに乾くと最初に言ったのは君の方」
ざばりと音を立てて、びしゃびしゃと上がって来たセッツァーは、エドガーへ突っ掛かり。
突っ掛かられたエドガーは、微笑みでそれを撃退した。
「……そうか、そうか。なら、お前にも、同じ思いを味わせてやる」
故にセッツァーは、グっと反論に詰まった後、関節技でも掛ける風にエドガーの首筋に腕を絡め、己ごと、オアシスへと飛び込んだ。
「………………何やってるんだと思う? あの二人」
「じゃれてんだろ」
「……やっぱり?」
「それ以外の、何に見える? マッシュ、お前には、あれが人生でも語らってるように見えんのか?」
「…………見えない。──成程ねえ……。一見、反りが合いそうにもないのに。案外、仲がいいのかもなー……、兄貴とセッツァー」
「親睦の一つ、とでも思っといた方がいいのかも。馬鹿丸出しだけど。……さ、俺達も、涼みに行くとするかー」
────やったの、やられただの。
オアシスの中で、年甲斐もなく、ぎゃあぎゃあと言い争い始めた二人を横目で眺め、マッシュとロックの二人が呆れたように言い放っても、セッツァーとエドガーの『騒ぎ』は続いて。
放っておこう、と残りの者達も又、女性達のいる木陰へと向かい。
「……何をしているの? あの人達は」
「男同士の親睦、深めてるんだってさ」
セリスにそう問われ、ロックは気のない風に答え。
「…………時間、掛かりそうね」
「──俺、昼寝しようかなあ。ティナもすれば?」
どうしましょうか、という眼差しを向けて来たティナに、マッシュは欠伸を返し。
涼しい木陰にて仲間達は、午後の休息を取り始め。
「……信じられない……」
「何が」
「どうしてこんな、今日日、幼子でも興じないような馬鹿馬鹿しいことに、延々付き合ってしまったんだろう、私は……。自分で自分が、信じられない。こういうことを、真剣な顔をしてやる、君も信じられない…………」
──馬鹿は放っておこう、と。
仲間達が木陰にての昼寝を始め、暫くが経った頃。
ふと我に返り、オアシスより上がったエドガーは、茫然自失と言った感を漂わせた。
「認めろ。それが現実だ」
しかし、エドガーに続いて水より上がったセッツァーは、しれっとした顔で、長い髪を滴る水を絞り始めてしまう。
「君、ね……」
「君ね、ったって、ホントのことだろうが。それとも何か? 童心に返るのは、国王陛下には都合が悪いか? そうでもなけりゃ、国王陛下な自分に未だ、そんな部分が残ってたってのが、意外過ぎたか?」
「……両方…………」
「そりゃ、結構なこった。良かったなあ、自分の意外な一面が発見出来て」
「有り難くない…………」
ペタンと、泉を被う、ささやかな緑の上にしゃがみ込み、エドガーは恨みがましげにセッツァーを見遣ったけれど、何処までも『敵』は飄々としたままだったから。
手応えがない、という言葉を、生まれて初めて使った如くの心境に陥り、エドガーは項垂れた。
「──お。薄情な連中だな。さっさと昼寝を決め込んでやがる」
けれどもうセッツァーは、エドガーの落ち込みなど意にも介さぬ風に、木陰で休息を取っている仲間達を遠目に眺め、軽く伸びをし。
「あんな馬鹿騒ぎに、進んで混ざりたいと思う『大人』は、先ずいない」
「お前は混ざったろうが」
「引きずれ込まれたって言うんだ、あれはっ!」
「……お前なー、細かいこと気にするのは健康に悪いぞ? ────すっきりしたろう? 『はしゃいで』。折角、生まれ育った『家』に帰るんだ、体の疲れは見せても、心の疲れは見せない方が、お前の帰りを待ち侘びてる連中に心配掛けねえで済むぞ? 肩肘張って生きたって、人生、碌なこたぁない」
伸びを終えたセッツァーは、ぽんぽん、と幼子にそうしてやるように、二、三度軽く、エドガーの頭を叩き、俺達も昼寝と洒落込むか、と。
「………………セッツァー……?」
咄嗟に、何を言われたのか判らない、そんな顔になったエドガーの二の腕を掴んで立たせ、歩け、と言わんばかりに、そっと背中を押した。
「眠いんだよ、俺は。とっとと行け」
「……ああ……」
促されるままエドガーは、躊躇いがちに、木陰へと向かって歩き出した。
あーあ……、お前は、とか、濡れた髪くらい、多少は拭ったらどうなんだ、とか背後で呟いたセッツァーが、己の髪の体裁を整える手伝いをしてくれていた最中、掬い上げた黄金の髪の先に、そっと唇を寄せたのにも気付かぬまま。
彼はそのままセッツァーと共に、寝静まった木陰の片隅に身を置き、仲間達に倣って、午後の休息を始めた。
だから、その後。
夏の盛りのその日の、午後の日射しが大分傾いて来た頃。
『休息』から目覚めた仲間達に起こされるまで、セッツァーとエドガーの二人は、オアシスの木陰の片隅で、惰眠を貪ることとなり。
「これも、『親睦』?」
「多分……」
「これが…………ホントに?」
「………………多分」
──そんな風な仲間達の声に目覚めた時二人は、仲良く寄り添って眠る己達の姿に気付いて、飛び起きる羽目に陥ったが。
その出来事の後も、彼等の仲間達は、長きに渡り送ることとなった冒険の旅の途中、何度も、『親睦』を深めるように『じゃれ合う』セッツァーとエドガーの姿を見掛けることとなり。
仲良く飲み潰れてみたり、カードゲームに興じた挙げ句、睡魔に負けてみたりと言った、ささやかな出来事の折々、仲良く寄り添いつつ眠る、彼等の姿も見掛けることとなり。
…………そうして、何時しか。
End
後書きに代えて
……最初はもう少し、色気の有る話の筈だった、とか。
最初は、セッツァーさんに惚れてしまいましたの自覚を持ってしまったエドガーさんのお話だったのに、とか。
そんな、どーでもいい裏話があったりなかったりしない訳ではないですが。
人生色々なように、原稿も色々という訳で(謎)。
ほのぼの(……そうなのか……?)なお話と相成りました。
──お楽しみ頂けましたならば幸いです。