Final Fantasy VI

『その乾いた唇に』

 

 2005年の、お年賀小説@FF版とさせて頂いていた小説です。
 お年賀企画小説、と銘打たせて頂いていた時は、フリー小説でしたが、今はそうではありません。
 

 尚、この小説は、現代パラレルです。
 宜しくお願い致します。
 それでは、どうぞ。

 

 

 柄にもなく、彼は緊張していた。
 今まで、幾人もの女性と恋愛をして来て、それこそ、昨日はあっちの女、一昨々日は向こうの女、そして今日はこっち女、と、数えられないくらいの相手と、数えられないくらいの数、デートなどこなして来たのに、今年初めてするデートは、これまでに体験して来たそれと、余りにも勝手が違って、何となく、胸元辺りが落ち着かない……と、彼、セッツァー・ギャビアーニは、そんなことを思いながら、緊張した面持ちで、道を歩いていた。
 

 

 ────去年の秋。
 二十七にもなって、あちこちの女と浮き名ばかりを流して来た彼に、恋人が出来た。
 勿論、今まで彼が付き合って、デートと言う代物を重ねて来た女達も、恋人だった、と言えなくはないけれど、去年の秋彼に出来たのは、そういう意味合いでの『恋人』でなく、真っ当な意味での『恋人』。
 『恋人』としては、至極真っ当な、けれど世間的にはどう思われるか判らない、同性の恋人。
 あちらの女、こちらの女と、まるで海の男のように、女の間を渡り歩いて来た自分が、どうして男と付き合うことになったのだろうと、彼自身、自分で自分が不思議ではあるが。
 一言でそれを説明するならば、彼のそれは、『惚れてしまったんだから仕方がない』との、定番の科白に当て嵌まる。
 知り合った切っ掛けも、惚れた切っ掛けも、言葉では説明出来ないくらい些細なことで、正直な話、「ああ、俺はこの男に惚れたのかも……」などと、そんな自覚を抱いたばかりの頃彼は、伊達や酔狂で、自分は男に惚れたりなぞしない、と判ってはいたが、それはそれ、これはこれ、で、女達と付き合う時のような気楽なノリを、現在の恋人である彼との関係に、持ち込もうとしたのだけれど。
 『敵』もさるもの、と言うか。
 セッツァーよりも、彼の恋人の方がいち早く、生命繁殖の理に背く関係に対する覚悟を決めてしまったのか。
 彼の恋人は、セッツァーに負けず劣らず、女性との付き合いの経験は豊富なくせに、奇麗さっぱり、過去の女とも、現在の女とも手を切って、さも、「さあどうだっ!」的な状況を、突き付けて来たので。
 恋人と定めた相手に先手を打たれてしまった手前、セッツァーも、それに追随するより他なくなり。
 恋人に倣って、彼も一切合切女達と手を切り、恋人一筋の日々を送り始めた。
 ………………が。
 己同様、女性達との浮き名を流し、セッツァーに言わせれば、笑みを湛えながら喉元にナイフを突き付けて来るような真似をしてみせたくせに、彼の恋人、エドガー・ロニ・フィガロは、セッツァーの想像以上に、奥手だった。
 もしかしたら『それ』は、同性との恋愛、とか、同性を恋人に持つ、とかいう、今まで経験したことのない世界に対する、怯えの裏返しだったのかも知れないし、そんな真似を仕出かすくらい、エドガーはセッツァーに対して本気だった、ということなのかも知れないけれど。
 理由が何であれ、セッツァーとエドガーの、恋人同士という関係に於いて、エドガーが奥手な部分を見せるのは、歴然とした事実であり。
 セッツァーも又、どうにも、エドガーの前に立つと緊張を隠せず──即ち、本当に柄にもなく、照れが勝り。
 ……去年の晩秋、知り合ってより数ヶ月。
 男が二人だけで出掛け歩く、ということに気後れでもしているのか、セッツァーとエドガーは、二人きりでデートに出掛けたこともなかった。
 故に、無論。
 手を繋いだこともなくて、それ以上に関係が進むことも、ある筈がなくて。
 …………けれど。
 恋人同士として付き合い始めて、数ヶ月が経った、今年、元旦。
 彼等二人は、初詣に出掛ける、との『建前』を振り翳して、初めての『デート』に、赴くことになった。
 

 

 ほんの少しばかり緊張を抱えたまま、セッツァーが、エドガーとの待ち合わせ場所に到着した時、既に到着していたエドガーも、何処となく、照れ臭そうな面持ちを隠せずにいるようで。
 何時も通りの、滑らかな会話も碌に交わせぬ内に、待ち合わせた駅前の広場からそれ程は遠くない、目的の神社の鳥居を、二人は潜ってしまった。
 ──その神社は、セッツァーとエドガーが住まう街では最も有名な所で、予想通り、人混みでごった返していた。
 最寄駅から参道へと向かう道すがらも、行き過ぎる人の波は大層なものだったけれど、一の鳥居を一歩潜ったそこは、それまでの混雑の比ではなく。
 まあ、その混雑も、彼等の目当ての一つと言えば一つで、混み合う所なら、男同士で初詣、という者達も少なくはないだろう、と見越して、二人はこの神社を初詣先に選んだのだが、これは幾ら何でも……と、うんざりしてしまいそうな程だった。
 けれど、二人が飛び込んだ人波は、今更引き返すのも不可能そうな程の波で、恐らくはもう、人々が向かう方に向かって、只流れて行くしかないと思え。
「凄い人だね……」
「ああ、まさかこんなに人出があるとは思わなかった」
「私も」
「お互い、元旦に初詣なんざする程、マメじゃねえからな……」
 ぶつぶつと、そんな会話を交わしながら二人は、逸れないように、と、至極自然に手を繋ぎ。
「えっと、その…………」
「……逸れるより、いいだろ」
 互いを見失わないようにと、それまでは見合わせていた視線を若干外すようにしながら、手と手を結び合ったまま、人波に流された。
 しかし、彼等が流され続けている位置からは、賽銭箱も、賽銭箱のある神殿も、程遠く。
 十五分程だろうか、人混みに揉まれてはみたが、ちっとも進まない参拝の列に、とうとう、セッツァーが匙を投げた。
「…………駄目だ、もう耐えられねえ。……抜けるぞ」
 ──手を繋いだままの、恋人の耳許でそう囁いて、彼は。
「……え、ちょ……、一寸、セッツァーっっ」
 エドガーの慌てる声に耳も貸さず、強引にその腕を引き、もみくちゃにされながらも、列を抜け出し。
 人心地付けそうな場所──神殿の脇にある、籤を結ぶ木と、社務所に挟まれた僅かな空間を目指した。
 …………そこは、直ぐそこを流れて行く参拝客達が、まるでTVの中継か何かかと思える程、人の姿はちらほらとしか見えず。
 破魔矢だったり、札だったり、お守りだったり、と言った物を買い求める客達の流れとも、引いたばかりの籤を、木の枝に結ぼうとしている客達の流れとも、ぶつからぬ場所だった。
 故に、そこまで辿り着いた二人は、慌てて、繋いでいた手と手を離し、今まで自分達が飲まれていた人混みを、他人事のように振り返った。
「こうして、改めて見てみると、凄いねえ……」
「……そうだな。もううんざりだ。ああ言うのは、御免被る。────初詣って目的果たした訳じゃねえのに、何となく、疲れちまったな」
「うん。……でも、ここでこうして神殿を眺めて、それで良しにしちゃっても、構わないのかもね」
「いいんじゃねえのか? 俺もお前も、信心深い訳じゃない。行事だ行事、こんなものは。お祭り騒ぎの一環だろ」
「それは、言い過ぎじゃないのかい?」
「何処が? あれは、参拝客の列ってよりも、お祭り騒ぎを楽しみに来た連中の列だろ、どう見ても」
「……そうかも知れないけど…………」
「そうかも知れない、じゃなくて、そうだ。多分な」
 ────動いているのかいないのか、そんなことすら判別が付かないくらい、遅々とした進みの列を、遠巻き眺め。
 神木の一つに、凭れるようにして。
 人混みに揉まれた所為で上がった息を整える間、二人は、そんな会話を交わした。
「…………戻るか。何処かで、適当に飯でも食って。家で、のんびりしてた方が良い」
「その意見には、賛成。……でも、君と一緒に、おみくじくらい引きたかったなあ……」
 ……その果て。
 もう、ここにいても仕方がないから、帰ろう、と。
 そうセッツァーが言い出せば、エドガーも素直に頷き。
 が、彼は、残念そうに、もう一度人混みを振り返った。
「何で」
「……だって……、折角の、その……デート、なんだし……。しかも、年に一度だけの初詣なんだし。何かこう、一つくらい、記憶に残ること、したいじゃないか」
「記憶に残ること、ねえ………」
 エドガーが、名残惜しそうにしてみせたのは、そんな理由故で。
 それを聞き届けたセッツァーは、余り理解は出来ねえな……と、口の中でのみ呟き。
「なら別に、籤を引く、じゃなくても良いんだろう?」
 何を思ったのか彼は、ふと、複雑気だった表情を塗り替え、木に凭れたままのエドガーの腕を引いた。
「……セッツァー?」
 そうして、そのまま。
 参拝客の混雑で騒々しい神社の境内より切り取られた、やけに静かなその一角で、神木の影に潜み、襟を立て、胸元を開いたコートで以て、恋人の頬辺りを隠し、それなりには、人目を気にしながら。
 セッツァーは、エドガーにキスをしてみせた。
「………………何を考えて……」
「初デートで、記憶に残るようなことが出来れば、それで良かったんだろう? これの方が、籤なんざ引くよりも、よっぽど記憶に残らないか?」
 ──直ぐ傍に、沢山の他人が溢れていると言うのに、何の前触れもなくキスをして来たセッツァーを、エドガーは、頬を染めつつ睨み付けたけれど。
 そんな恋人の表情は、セッツァーにしてみれば、『可愛い』以外の何物でもなく。
 でも、本当に、『可愛い』の科白を口にしたら最後、睨みではなく鉄拳が寄越されることくらいは充分想像が付いたので、彼は、誤摩化しの言葉と共に、恋人の手首を掴んで、今度は、駅へと向かう人混みの中に紛れた。
 

 

 ──恋人が望んだ通り、折角迎えた初のデート、少しくらい、記憶に留まることを、と、そう思っていたのはセッツァーとて同じで。
 けれど、そんな欲求を満たす為の案は、中々浮かばず。
 どうせなら、これまでの数ヶ月、一切の進展を見せなかった恋人との仲を、少しくらい進めてしまおうか、との誘惑にも駆られ。
 一石二鳥、のノリで、その日その時セッツァーが、エドガーに接吻(くちづけ)をしたのは確かだ。
 ……恋人と二人、デート、と言えるだろうことをしている為の緊張が、少々高まり過ぎてしまって、自身にも思い掛けぬ行動に出てしまった、というのも、真相の一つではある。
 が、理由や動機や切っ掛けが、何だったにせよ。
 若干ながら、二人の関係が進んだのは確かで、『記憶に留まることを』との、二人の思惑が満たされたのも確かで。
 人目も憚らぬことをしてみせたくせに、セッツァーの唇が、寒風に晒されただけとは到底思えぬ程乾いていたのが、エドガーに知れたのも確かで。
 所謂、ノリと勢い、シチュエーションの妙、という奴の力を借りて、二人の関係が進展したのは事実だけれど、更なる進展が見られるまでには、当分時間が掛かりそうだ、というのも、又確かかも知れない。

 

End

 

 

 

後書きに代えて

 

 お楽しみ頂けましたでしょうか。
 久し振りに、とても可愛いセツエドのお二人さん達を書いた気がします(笑)。
 とっとと、関係進めなさいね〜〜、と言いたくなるのも、又否めない話ですけれどもね(笑)。
  ──某チャットにお邪魔中、年賀でフリー小説書こうかと思ってー、という話をさせて頂きました処、現在進行中の絵を元に、とのリクエストを頂きましたので、それに沿わせて頂いたお話でした♪
 ──お楽しみ頂けましたならば幸いです。

 

 

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