Final Fantasy VI

『Liver of steel』

 

 2006年の10月に、サイト開設七周年の記念代わりお届けさせて頂いた小説です。
 記念企画中はお持ち帰りフリーの小説でしたが、今はそうではありません。
 お持ち帰り下さった方、どうも有り難うございました。

 それでは、どうぞ。『Liver of steel』。

 

 

 彼は、頬を膨らませていた。
 何故って、そりゃあもう、超絶に機嫌が悪かったから。
 機嫌も悪ければ、体調も悪かったから。
 だから彼は、物凄い膨れっ面をしていた。
 ……比喩ではない。
 ほんとーーーーーーー……に、ハリセンボンとタメ張れるくらい、その頬はぱっつんぱっつんに膨らんでいた。
 今年で二十七になる、希代のギャンブラーとか、空賊とか、この世でただ一人の絶対の飛空艇乗りとか、あーだーこーだ、色んな肩書き──それも、強面系な肩書き付きで呼ばれることばかりの、セッツァー・ギャビアーニともあろう男が。
 癇癪持ちなお子様も裸足で逃げ出すくらい、ぷ〜〜〜〜〜〜〜〜……、と頬を膨らませて、座った両目で虚空を睨み、口許を思いっきりへの字に曲げて、跨がる風に座った椅子の背に片手で抱き着きながら、もう片方の手でドタマに氷嚢を乗せる、という姿を晒していた。
「いてぇ……。……あーーー、頭いてぇ……」
 そしてそんな醜態を、愛機である飛空艇の艇長室にて一人取りつつ、彼はボソっと、文句を呟く。
 ──セッツァーは今、酷い体調不良に悩まされていた。
 目の前はくらんくらんに回り、頭はがっつんがっつんに鳴っていて、胃は酷く重く、足腰は未だに覚束ず。
 喉が渇いて仕方なくて、なのに、只の水ですら一口でも飲もうものなら、あっ! ……っちゅー間に吐き戻してしまいそうになるだろうくらい、嘔吐感はバリバリだ。
 普段、そんなつもりが欠片もなくとも、「何を無闇矢鱈と睨んでいる?」と、十人中十人に言われる、生来より凶悪な造作をしている紫紺の瞳も情けない程歪んで、挙げ句涙目になっている。
 ………………そう。
 彼は、現在、二日酔いの真っ最中だ。
 宿酔い、とも言うあれ。
 しかも、生まれて初めての体験。
 何故、そんなことになっているのかと言えば、酒を飲み過ぎたから、以外の答えはない。
 悔やんでみたとて、もう遅い。だって、飲んじゃったんだから。
 ではどうして、生まれて初めての二日酔い体験をしなくてはならなくなった程、彼がしこたま酒を飲んでしまったか、と言えば。
 ……これが、語ると長い話で、出来ればあんまり語りたくないんだけど、語らないと始まらないので、仕方なし語る。
 ──いきなり、話が飛び過ぎやしませんか? と言われるやもだが。
 彼は、性という問題に対して、ひっじょーにリベラルな男である。
 男も女もWelcom。
 来る者拒まず去る者追わず。
 俺と『良いこと』がしたいかい? よっしゃ、シケ込むかー!
 ……な、どーしよーもない質をしている。
 だから。
 数ヶ月前自分が起こした、一寸した──否、どちらかと言えば、一寸した、ではなく、酷く馬鹿馬鹿しい犯罪騒ぎの際に出逢った、フィガロという砂漠の国の王様、エドガー・ロニ・フィガロさん、御歳二十七歳、な御仁を、内心で、いいなー、タイプだなー、とか何とか感じることにも、何の躊躇いも覚えなかった。
 それ処か、金色の髪も、紺碧色の瞳も、顔の造作も、性格も、服の趣味から何から何まで、「ああ、俺の好みっ!」なエドガーを、口説き落として押し倒して、『ヨイコト』なんかもしちゃいたくてしちゃいたくて、どうしようもなかった。
 知り合ってからこっち、仲間とか、友人とか、そんな風に例えることが出来る関係を、セッツァーとエドガーは築いたけれど、性行為に関して、リベラルでもあるけれども極悪でもある、ってなセッツァーにとって、それまで築いたエドガーとの関係を全て壊してでも、腕っ節で押し倒ーすっ! な行為に及ぶことは、何処にも、これっぽっちも、問題があるように思えることではなかった。
 ……くどいようだが、彼はそーゆートコ、極悪人だから。
 なので、欲望のままにちゃっちゃと押し倒し、躰から始まる恋もあるぜ! とエドガーを騙くらかすというそれに踏み切ることだって、吝かではなかった。
 でも彼は、『エドガー・ロニ・フィガロさん、御歳二十七歳』に、マジ惚れしてしまう、という唯一の誤算……と言ったらアレだけれども、兎に角、誤算をも犯してしまったので、流石に、彼の中に残る一縷の良心に阻まれたのか、暴挙に及べず。
 性犯罪という暴挙に及べなかった代わりに、エドガーを口説き落とそうと考えた。
 その発想の源は、何処までもセッツァー・ギャビアーニ、余り真っ当とは言えないそれだったが、それでも、問答無用で押し倒すよりは未だ優しい方法を取った。
 ────セッツァーのエドガーに対する想いが、「タイプだなー。叶うなら頂いちゃいたいなー」程度で留まっていた、二人が知り合って程ない頃。
 ひょんなことから、彼等以外の仲間達も交えて、呑もう、との意見の一致を見た夜があった。
 誰も彼もが上機嫌だったその夜の酒宴は、やたらめったら陽気なそれで、少しばかり飲み過ぎた者も続出し、エドガーも又、頬を赤らめ眠たそうな顔で、余り呂律が上手く回っていない感じの風情を見せていた。
 一方、底無しに酒が強い方であるセッツァーは、途中途中で若干記憶が危なくなったものの、エドガーや仲間達の醜態に軽い苦笑を浮かべつつ、それでも面倒を見てやる側に回って。
 その時の経験より、エドガーは、自分よりは酒が弱いらしいと踏んだセッツァーは、片恋の君をべろべろに酔わせて、前後不覚に追い込んで、そうしてから、なし崩しに頂こう、既成事実を作っちゃえばこっちのもの、と。
 いや、貴方、それだって立派な犯罪、と世間からは言われるだろう、でも彼の中では『優しい』部類に入る手段に踏み切った。
 ……と、ここまでが、夕べの話。
 恋する大の男が、僅か数週間悩んだだけで至った結論の、決行日が夕べだった。
 だ・が。
 何時かの酒宴の夜、仲間達の前で見せた、しどけないとも言える姿は、一体何だったんだーーーーっ!? と叫び出したくなる程。
 エドガーは酒に強かった。
 今まで、その辺のお嬢さんならイチコロに出来た酒を、その手の中のグラスに注いでやっても注いでやっても、注いだだけ、『敵』は、表情一つ変えずに飲み下し。
 あっけらかんと微笑んでいた。
 挙げ句、
「セッツァー、このお酒、美味しいね」
 なんて、暢気な感想さえ洩らした。
 …………なので。
 ──……おかしい、こんな筈じゃなかった、こいつ、もしかして酒豪か? いや、でもあの夜は……。……いや、待て待て、あの夜の方がおかしかったのかも知れない、体調次第で呑めなくなることだってあるからな、でも、だが、しかしっ!
 俺だって今まで酒に負けたことなんざない、どんな相手と呑み比べをしようが全戦全勝、無敗を誇って来たし、それにっ!
 フィガロ城の中で、蝶よ花よと大切に育てられて来ただろう、世間知らずの国王陛下の酒量が、俺の酒量に勝るなんてことが、あって良い筈がないっ!
 ……そうだ、ひょっとしたらこの酒がマズかったのかも知れない、空前絶後なまでに、エドガーとこの酒の相性が良過ぎたのかも知れないっっ。
 うんうん、なら仕切り直しだな!
 ──と、くるくる思考を駆け巡らせ、セッツァーは、いい加減に……、と己が理性が訴え始める処まで、お嬢さんならイチコロさっ、な酒を嚥下していたにも拘らず、小汚い、白と黒の段だら模様の天使の羽を持つのが精一杯な理性が、それでもくれた囁きを無視し、チャンポン攻撃に撃って出てしまった。
 …………けれど。
 エドガーはそれさえも呆気なく受け切ってみせて、にこにこっと笑いながら、セッツァーの酌を受け続け。
 夜が更けて。
 東の空が白み始めて。
 完璧に朝日が昇り切って。
「徹夜しちゃったね。セッツァー、美味しいお酒を有り難う。少しだけ寝てくるよ」
 ……と、物凄くしっかりした足取りで以て、寝泊まりしている部屋へとエドガーが戻って行くのを情けなく見送るや否や、セッツァーは、その場にぶっ倒れるとの運命を辿った。
 男の沽券に懸けた気合いで、平静を装い、又後で、とか何とか誤摩化しつつエドガーを見送るのが、彼に出来た精一杯だった。
 直ぐそこにある寝台に辿り着くこともままならず、言葉にならない呻きを上げ、床の上にてひたすらに眠り。
 夕刻近くに目覚めた時には、生まれて初めての二日酔いまでをも経験し。
 だから、セッツァーは今、物凄い膨れっ面を晒しながら、唸って、いじけ、海よりも深く落ち込み。
 ……荒れた。
 そりゃあもう、凄まじい勢いで、彼は荒れた。
 今、彼の手の中にクッションと鋏があったら、キーーーーーーーっ! とヒステリックに叫びながら、布から綿から切り刻んじゃうだろうくらい、荒れた。
 ──酒に弱いと思ったのに。否、少なくとも、自分よりは弱いと思ったのに。生涯初の二日酔いを経験する程、しこたま呑んだのに。……負けた。呑み比べで、エドガーの奴に負けた。本当だったら今頃、今まで美味しく頂いてきた、『お嬢ちゃん』や『お坊ちゃん』達のよーに、エドガーも、そりゃあ美味しく頂き終えて、幸せに浸っている筈だったのに。そんな、『ささやか』な夢さえ打ち砕かれて、ドタマに氷嚢乗っけて、一人侘しく唸るしか出来ないなんて。 神様の、馬鹿っ! 神様なんて信じてないけど、神様の馬鹿っっ!
 ……ってなもんである。現在のセッツァーの荒れ具合を言葉にするなら。
 だがしかし。
 一頻り、そんな風に嘆いた所為で、すっきりしゃっきりしたのか。
 立ち直るに要した時間は、ものの数秒だった。
 あっちゅー間に、彼は復活した。
 痛む頭も、腹の中でひっくり返りそうになっている胃の臓も何のその。
 過ぎたことを、何時までも悔やんでいても仕方がないと彼は、どうして夕べの、『酔っ払いエドガーを美味しく頂きましょう大作戦』が成功しなかったのか、その原因を探るべく、よろめきながら自室を出て、片恋の君の双子の弟、マッシュ・レネ・フィガロの部屋へと向かった。
 生まれた時から一緒だった双子の弟ならば、己の知りたいことを、当然のように知っているだろうとの、酷く単純な思考に従って。
 ……………………でも。
 唐突にマッシュの部屋へと赴き、何の前置きもなし、酷く単刀直入に。
「答えろ。お前の兄貴は、酒に強いのか? 弱いのか?」
 とぶつけてやった質問に、マッシュは。
「……うわ、セッツァー、酒臭いよ、近付くなよ……。二日酔い? ふらふらしちゃって……。って、兄貴が酒に強いか弱いか、だったよな。人並みだと思うよ? 何度か、酔っ払った所、見たことあるし」
 瞑想を中断された不機嫌さも忘れて、きょとん、としたまま、そう答えた。
 なので。
「……判った。邪魔したな」
「……あ、でも……、って、セッツァーーっ! …………まあ、いいか……」
 続いたマッシュの言葉を最後まで聞くことなく、彼は踵を返した。
 ──人並み。
 エドガーの奴の酒の強さを訊いたら、マッシュの野郎は、人並みだ、と言いやがった。
 双子の弟の言うことだ、そこに間違いはないんだろう。
 だとするなら、夕べのしくじりの原因は、セレクトした酒にあったということになる。
 ならば。
 ………………リベンジだなっ!!
 と、無駄過ぎる程に無駄に熱く、力強い握り拳を固めながら。
 二日酔いの撃退方法? んなもなぁ、この世にたった一つしかない、そう、迎え酒! とばかりに。
 彼は、もう間もなくやって来るその夜も、『タイプでタイプでどうしようもないエドガー・ロニ・フィガロさんを、美味しく有り難く頂いちゃって、然るが後、既成事実を振り翳し、恋人同士となりましょう大作戦』を決行し、そして成就させるべく、新たなる酒を用意しようと、飛空艇のカーゴルームへ、もそもそ降りて行った。
 尚、その際の彼の足取りは、浮かれ気分なスキップだった。
 

 

 さて、その頃。
 不躾な訪問と、不躾な質問を、連続コンボでセッツァーに繰り出された所為で、未だ、呆気の表情を崩せずにいたマッシュは。
「馬鹿な奴だなー…………」
 いそいそ、ってな擬音付きでセッツァーが潜って行った部屋の扉を、独り言付きで眺めていた。
 ──マッシュ・レネ・フィガロさん、双子の兄上と同じく、御歳二十七歳。
 フィガロという、小国の割にはそれなりに名の通ったお国の、王位継承権を持っているにも拘らず、職業はずばり、モンクである。
 モンク。修行僧。ぶっちゃけ、お坊さん。
 経文を読むのかどうか、それは知らないが、兎に角、お坊さん。
 それが、マッシュの生業だ。
 禁欲を旨とし、清廉潔白に、慎ましやかに生きるご職業。
 故にマッシュは、何時かの酒宴の夜、馬鹿騒ぎに興じている仲間達を冷静に見つめていられる程度しか、酒の付き合いをしなかった。
 要するに、あっちでもこっちでも酔っ払いが生産されている傍らで、彼一人だけが完璧に、素面だったのである。
 それが、仲間達と興じる酒宴の正しい過ごし方か否かは別問題だけれど、そこを突っ込んだら、マッシュの、職業はお坊さん、なアイデンティティが崩れるやも知れないので、黙認。
 ……とまあ、そういう訳で。
 あの夜、何時も通りの平静を保っていられた彼は、思いっきりうっかり、へべれけではないまでも、それなりには酔い始めていたセッツァーの、
「エドガー、良いよなー。美味しそうだよなー……」
 ってな感じの呟きを、聞いてしまっていた。
 ……………………は? 美味しい? 美味しいって何が? エドガー? あ、兄貴? 兄貴が美味しい? ……いや、兄貴だって一応人なんだから、食べても美味しいってことはないと思うけど……。あ、つーか、ひょっとしてあれですか? そういう意味の『美味しい』じゃなくって、ぶっちゃけ、『ヤッちゃいたい』って方の『美味しい』ですか? そうですか、そうですか。セッツァー君、君にはそーゆー趣味があったんだねー。へー、ほー、ふーん。
 ──その呟きを拾ってしまった瞬間、マッシュの『小さな』心に過った想いはそんな風で、刹那、彼は酷く遠い目をしたが、それでも、友となった強面系の男が、自分の兄に対して、『れつじょお』を抱いているのだけは良く理解出来たので。
 先程やって来たセッツァーの不躾な質問が、何に端を発しているかなど、マッシュにはお見通しだった。
 だが、清廉潔白が心情なお坊さんであるマッシュは、例えそれが、大切な家族である兄に絡むことであるとしても、他人の色恋に口は挟まないぜ! な『清廉潔白さ』をも持ち合せていたので──それを世間では決して、清廉潔白とは言わないが──、セッツァーが兄貴を好きだと言うなら、放っといてやるかー、とも思ったし。
 『無駄な努力』をしないで済むように、助言もしてやろうとしたのだが。
 迂闊なことに、マッシュの『助言』を最後まで受けることなく、セッツァーは去ってしまった。
「本当に、馬鹿だなあ……。折角、兄貴の奴は、本気で落としたいと思った相手と酒を呑む時だけは、気構えと気合いの入れ方が違うのか何なのか、化け物並の酒豪に豹変する、って教えてやろうと思ったのに。勿体ないことしちゃって。……多分、セッツァーの奴、明日も二日酔いだな」
 だからマッシュは、呆気に取られた表情を漸く元へと戻して、やれやれと肩を竦め。
 お馬鹿さん達に付き合っていたら、疲れるのはこっちだと、瞑想タイムに戻った。
 

 

 因みに。
 マッシュが伝え損ね、セッツァーが聞き損ねた、『エドガーの肝臓の具合』に関する真実が公になったのは。
 セッツァーが、博打で稼いだ金に飽かせて集めた、飛空艇ブラックジャックのカーゴルームの片隅の酒蔵が、空っぽっぽになった後だった。
 尚、酒蔵が空っぽっぽになるまでに、セッツァーが経験した二日酔いの回数は、ここでは敢えて語らない。

 

End

 

 

 

後書きに代えて

 

 たまには、コメディを、とそう思いまして。
 元気良く、私は今、500%お笑いの星の人っ! なノリで書いてみましたが。
 ……これは、コメディと言うよりは、単なる馬鹿話、ですなー……(渋茶啜り)。
 開設七周年の記念企画小説が、これでいいのか、自分。
 ──たまには、思うようにエドガーさんのこと落とせなくって、くるくるしちゃうセッツァーさんを、書いてみたかったんですが、私が書くと、単なる馬鹿になる……(笑)。
 因みに、タイトルの『Liver of steel』は、鋼鉄の肝臓、の意(笑)。
 ──皆様に、お楽しみ頂ければ幸いです。

 

 

キリ番目次    pageback    Duende top