Final Fantasy VI@parallel

『その恋の始まり』

 

前書きに代えて

 

 この話は、読後、読んでしまったことを後悔される方が、もしかしたらおられるかも知れないと思います。
 ご注意を。
 後悔すると言いましても、死にネタとか、そーゆーのではありません。
 因みに、現代パラレル。
 原典では、エドガーさんは国王陛下でセッツァーさんはギャンブラーですが、その系統のことは、いっっっさい、忘れて下さい。

 それでは、どうぞ。『その恋の始まり』。

 

 

 その日、彼は困っていた。
 その学園で、用務員を勤める彼は、とてもとても、困っていた。
 何故ならば、その日も又、学生達に嫌がらせをされてしまったからだ。

 ──彼の名は、エドガー・ロニ・フィガロと言う。
 当年とって、二十七歳の青年だ。
 彼、エドガーが何故、この学園にて住み込みの用務員を勤めているのかは、語ると長いので脇に除けるとして。
 兎に角彼は、この学園で用務員として働き、朝は学園内の用務員室で起き、夜は用務員室にて眠るという、勤めている学園一色の生活を送っている。
 ……そんな彼に、不幸が舞い込み始めたのは、その年の初夏辺りからである。
 毎日毎日、デッカい帽子を被って、薄茶色と言えば聞こえは良いが、真っ向勝負で述べるなら、『ばばっちい色』と表現するに相応しい用務員服に身を包み、腰のベルトに鎌を差し、肩には竹籠を引っ担いだ出で立ちで、いちーーー……んち中、巨大な敷地を誇ることで有名な勤め先の学園の花壇や植え込みや立木の世話をし、あちらこちらを清掃して歩き……としている、やっていることは、間違っても派手とは言えない彼を、『からかい』の標的として、春先に入学して来た一年坊主達が目を付けたのだ。
 誠に世知辛い今日日、十代後半の年齢に達した『お子様達』は、変な所世渡り上手で、教師をボコにしても、同級生や下級生をボコにしても、不利になるのは己、程度の知恵は働くらしく。
 ……まあ、何処まで行っても、お子様の浅知恵はお子様の浅知恵なのだが、教師や生徒をボコるよりも、立場が決して強いとは言えないだろう用務員相手のイジメに勤しんだ方が、未だいいかなー、と判断して、結果。
 クソ生意気な一年坊主のお子様達は、エドガーが来る日も来る日も丹誠込めて世話している花壇の苗を、片っ端から引っこ抜いて荒らす、というイジメを始めた。
 …………この出来事。
 まー、本当にお子様って、馬鹿ねえ……、と言いたくなる出来事ではあるが。
 犯人の特定がし辛いことと、馬鹿なお子様達に教科書の中身を詰め込むことで忙しい教師達が、「まあ、花壇の苗程度なら、そんなに実害はないし」と流してしまったことが相まって、中々止まなかった。
 それ処か、咎められないのを良いことに、お子様──もとい、ガキ共の悪さは、少しずつエスカレートをし始め。
 クソガキだろうが悪ガキだろうが、子供達の薔薇色の未来に傷が付いても可哀想だし、と、悟りの境地に達した仏様のよーな、優しさと言うか甘さと言うかを、エドガーが見せてしまったものだから。
 初夏の頃から始まったクソガキ共のイジメは、秋となった今、童話・シンデレラのヒロインも同情してくれるだろうくらい、ハードなそれへと、して欲しくもない、華麗な『進化』を遂げていた。
 ──だから彼は、その日、困っていた。
 宵の頃、懐中電灯片手に、静まり返った夜の園内を巡回して歩いていたら、明日から始まる学園祭の為の立て看板のメインが、無惨に壊されてしまっているのに気付いたから。
 ……それを見付けた時彼は、ああ、又きっと、何時もの奴なんだろうな……と、夜空のお星様を見上げて、遠い目をしたが。
 黄昏れていたのも束の間、はたと、現実と向き合った。
 …………彼の気付いた現実。
 それは、学園祭の初日が、明日だということと。
 生徒や教師達が下校して行った時間帯には異常なかった立て看板が壊されてしまった責は、夜の園内の管理を任されている己にある、ということだった。
  ……だが、午後九時を少し廻ってしまった、そんな時間帯から、明日の学園祭の為に、今日は早く帰りなさいと、居残りしたがっていた生徒達すら教師達に追い出され、その教師達も残っていない今、たった一人で、校門の石柱を覆って余りある程の、木製の立て看板を仕上げられるとはエドガーには思えなくて。
 徹夜しても、無理だよねえ……と、彼は途方に暮れていた。
 しかし、嘆いていても始まらないので、こそこそと彼は、木工室に忍び込み、何処までもこそこそと、木材を失敬し。
 のこぎりやトンカチ片手に、看板作りを始めた。
 ──用務員室前の小さな庭で、用務員室から零れる灯りだけを頼りに、ギーコギーコ、とんてんとんてん、彼は一人、作業に勤しんだ。
 どうして私がこんなことをしてなきゃならないんだろう、と、鬼姑にこってりいびられた新妻のように、オヨオヨ泣いてしまったりもしたが、「泣かないっ! 泣かないんだっ!」と自分で自分に、これでもかと言い聞かせ、作業の手を進め。
 ………………それより、一時間程が過ぎた頃。
 殊の外音の響く夜の園内にて、正門の方で上がったらしい車の停車音がした。
 その為、誰か来たのかなと、手を止め、エドガーが暫く様子を窺っていたら。
「…………何してるんだ?」
 ひょいっと、暗闇の向こうから、一人の、長い銀髪をした青年が、エドガーの前へと姿を現した。
「……あ、セッツァー先生……」
 姿見せた青年を認めて、ほっと、エドガーは安堵の息を付く。
 ──彼が、セッツァー先生、と呼んだ彼は、セッツァー・ギャビアーニという、この学園に勤める書道の教員だ。
 ……ええ、書道。
 この、セッツァーなる教員、見た目は誠、ヤクザ者か何かのようなのだが。
 クソガキ達に教えているのは、書道。
 …………余りにも、ギャップのあり過ぎる現実ではあるが、それが現実なので、これ以上は語らない。
 何はともあれ、セッツァーがこの学校に勤める書道の先生であり、ねちねちねちねち、浅知恵の働くクソガキ達にイジメられているエドガーを、過去に何度か助けたことがある、という事実のみ認識して頂ければ良い。
 外見はお世辞にも近寄りたいとは思えない、性悪遊び人の如き彼に幾度か助けられている内に、エドガーが、「一寸、セッツァー先生って、いいなあ……」などと思い始めている、ということと共に。
 …………何故、男の身でエドガーが、やはり男であるセッツァーのことを、いいな、なんて思ったのかは、この世の謎の一つだが、ひょっとしてひょっとするとそれは、『吊り橋の上の恋』って奴なのかも知れない。
 揺れる吊り橋の上で、同じ恐怖を同時に味わった男女は、恐怖が与えて来た『ドキドキ』その他を、恋のドキドキと勘違いする、ってあれ。
 それでは幾ら何でも、と言うなら、『スキー場の恋』でも可だ。
 別に、『ストックホルム症候群』でも構わない。
 何がどうであろうと、エドガーがセッツァーのことを、「好い……」と思っているのは、変わらないから。
 ────と、まあ、そういう訳で。
 エドガーは、理由は判らないけれど、この場に現れてくれたセッツァーに安堵し、つい。
 泣くもんかぁ! ……と己に言い聞かせたにも拘らず、ホロリと涙を見せてしまった。
「……おい、どうした?」
 すればセッツァーは、慌ててエドガーに駆け寄って。
「実は…………」
 どういう訳か、しがない一用務員でしかない己の味方を何時もしてくれるセッツァーに縋るようにして、エドガーは事情の一切を語った。
「…………そうか。そんなことが……」
 事情を聞き終えたセッツァーは、嘆きの溜息を付き、墨汁臭い指先で、エドガーの涙を拭って。
「俺が手伝ってやるから。泣くな」
 そう言うが早いか、お星様の下、木屑に塗れて泣き濡れる用務員の代わりに、その手にトンカチを握った。


 さて、それより数時間後。
 そろそろ丑三つ時、な頃合い。
 一人だけではどうしようもないと思えた立て看板制作に、大の大人が二人掛かりで挑んだ為、一区切りが付いた。
 綺麗に造り上げた木枠に板を嵌め、白い模造紙も貼って、あちこちの教室から少しずつ失敬して来た飾りの品も、べちべち付けた。
 故に、残る作業は、『第×回 ○△□学園 学園祭』の文字を綴るだけとなり。
「もう一寸で、終わるね」
 良かった……と、心底からの科白を零したエドガーの傍らで。
「そうだな」
 額の汗を拭いつつ、セッツァーは何処からか、すちゃっと、何処に隠していたんだそんな物、と言いたくなる大きさの箱を取り出した。
「……それは?」
 取り出されたそれへ、疑問の視線をエドガーが向ければ。
「マイ書道道具だ」
 きっぱりはっきり、セッツァーは答え、徐に蓋を開けた箱の中から、ぶっとい……いや、それはそれは見事な筆を取り出し、エドガーに運んで来て貰った水を用いて、スリスリスリスリ、墨を擦り。
「フンっっっ!!」
 気合い一発、掛け値無しに見事な達筆で、真っ白だった模造紙の上に、『第×回 ○△□学園 学園祭』の文字をしたためた。
「…………凄い……」
 セッツァーの綴った文字に、エドガーは唯、感嘆の息を洩らす。
 ……そこに感嘆する前に、色々、突っ込んだ方がいいことがあるのではないのか、という気もするが、欲目があれば、あばたもえくぼと相成るのが世の常なので、エドガーにその突っ込みは叶わなかった。
 それ故二人は、何処か無邪気に、学園祭の為の立て看板が修復出来たことを喜び合い。
 翌日。
 晴天の下、明るく賑やかなそれには余りそぐわぬ、侘び寂びの世界を具現化したような立て看板が飾られた、入口からミスマッチ、な雰囲気がガンガンに漂う学園祭は、それでも無事、開催された。


 …………そして、始まった学園祭の片隅。
 昨夜、もう家に帰っている時間もないと、エドガーの家でもある用務員室で夜を明かしたセッツァーと、セッツァーを泊まらせてしまった為、上手く眠りに付けなかったエドガーは、揃って赤い目を擦り擦りしながら、きゃいきゃいと騒がしい子供達を眺めていた。
「…………処で、セッツァー先生?」
「……何だ?」
「夕べはどうして、ここへ? 何か、忘れ物でも?」
「……いや、そういう訳じゃない」
 展示の行われていない教室棟の外壁に凭れて、そう言えば、何故、とエドガーが問えば、セッツァーは急に顔色を変える。
「じゃあ、何で?」
「……お前、何時も一年の悪ガキ共に、イジメられてたから。又何かされてんじゃねえかと、そう思ってな」
「…………え? 私の為?」
「……ま、そんな処だな。あんまり深く考えるな。偶然でも何でも、夕べここに来て、困ってるお前のこと、助けられて良かったよ」
 だが、少々尋常でない勢いでその顔色を変えながらも、セッツァーは、エドガーの問いをはぐらかした。
「ああ、それは本当に。来て貰えて良かった。看板も直ったし。素晴らしい文字も書いて貰えたし」
「当たり前だ。お前の為にって、魂込めたんだ、俺は」
「………………魂?」
「そう、魂」
「……ふうん……。何だか良く判らないけど。でも、有り難う」
 だからエドガーは、首を傾げながらも、セッツァーに礼だけを告げ。
「気にするな。又、何か困ったことがあったら、何時でも言ってこい。相談くらいなら乗ってやれる」
 セッツァーはそんな彼へ、笑みのみを向けた。

 

End

 

 

 

後書きに代えて

 

 ……先日ですね。友人とですね、再び、学パラ@セツエドの話になってですね。
 セッツァーが書道の先生で、エドガーが用務員って設定はどうだ? 学園物は学園物だぞ? ってな話が飛び交いまして。
 物は試しと書いてはみましたが。
 ………………やっぱり、シリアスにはならないよ……(笑)。
 御免、某友(笑)。
 それが何か、と言うのは難しいけど、セッツァーが書道の先生で、エドガーが用務員で、で、且つこの設定、って、何処か何かが、萌え街道の王道から、外れてる気がするよ……(笑)。
 ──しかしこれ、だから何だ、何がどうした、って話だな(大笑)。
 ──皆様に、お楽しみ頂ければ幸いです。

 

 

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