final fantasy VI

『Ehren geweihten Ort, Heiligen Liebeshoet』
(清められたる所を 聖なる愛の隠れ家を)

 

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『1234』を踏んで下さった、『レイ』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 それは。
 仲間達の誰かが、不意に洩らした言葉。
 そう…それは確か…世界が崩壊した後、失われた筈の飛空艇を再び、空に舞い上がらせた時だったと思う。
 

 

「セッツァーは、やっぱり。夢の為?空を駆ける、その夢の為に、ケフカと戦うの?」
 ──ファルコンの中で。
 誰かが、端正な顔に大きな傷跡を残す彼に向かって、そう云った。
「……あん?」
 言われた当の本人は、今一つ、質問の意味が飲み込めなかった様で、訝しげに首を傾げていた。
「空なら、駆けてるじゃねえか。……今も」
 端でその言葉に耳を傾けていた私も、やはり今一つ、質問の要点が飲み込めなかった。
「そうじゃ、なくって」
 誰かは、そう続けた。
「じゃあ、何だってんだ?」
「セッツァーが駆けたい空って云うのは…何て云うのかな…。清々しい…うん、所謂青空って云うのが、広がる場所かなと。…だとしたら、今の『空』は、セッツァーが駆けるに相応しい色の空じゃないなって、そう、思って。セッツァーは、青空を取り戻したいから、ケフカと戦うのかなって」
「青空……ねえ……」
 長々と続いた問い掛けに、くすっと、彼は笑いを零したと、記憶している。
 ロビーの中央を貫く太い柱に背凭れて。
 彼は腕を組んだ。
「そりゃあ…ま、確かに、青空って奴を飛ぶのは気持ちいいがなあ…。俺は、例え空がどんな色をしていようと、『ここ』に在られれば、それでいい訳で…。どんな色をしていようと、空は空だ。俺にとって掛けがえのない空は、ここにあるだろう?…だから、その為に戦うってぇ訳でも、ねえな」
「ふうん。…じゃあ、何の為に?」
「……さあてな」
 何処までも、声音が紡ぐ質問をはぐらかして。
 彼は一つ、大きな伸びをした。
「次は何処に行くんだ?決まったら、適当に云えよ」
 煙草を嗜む為に、一時、操舵から離れただけの彼は、半分程が、全て灰皿の上で灰と燃えてしまったそれを揉み消して、又、甲板へ続く階段を上がって行った。
 何故だろうか、私は。
 質問をはぐらかした彼の後ろ姿から眼差しを逸らす事が出来なくて、自分でも気付かぬ内に、彼の後を追い、同じ階段を登っていた。
 ……そっと、気取られぬ様に──何故、そんな事をしたのかも、私には説明する事は出来ないが──、半身だけを覗かせ、真っ直ぐに舵を握る彼の後ろ姿を、眺める。
 銀の髪と漆黒のコートの裾を、上空の風に靡かせ、見つめ続けるしかない後ろ姿は、そこにあり続けた。
 ………ファルコンが疾走を続ける空は。
 誰かが云った様に、どんよりと重たい。
 空に在る事が全ての彼が身を浸すには、確かに余り、相応しくないと思える、色彩。
 相応しく、ない。
 後ろ姿を見つめながら、私は漠然と、そう思う事しか、出来なかった。
 灰色掛かった空の下。
 吹く風さえ空々しく。
 耳を裂く大気の唸りしか、聞こえて来ない場所。
 ──だが。
「………Felsenabgrund mir zu Fuben
Auf tiefen Abgrund ruhu,Wie tausent Bache…………
────Der alles bildet,alles hegtd…………──」
 不意に。
 鋭い風のうねりに乗って、途切れ途切れの何かが、私の元へと届いて来た。
 …聞き覚えのある…詩?
 いいや……これは…歌?
 私はこの歌を、何処で耳にしたのだろう。
 いや、それよりも驚きなのは。
 あの彼がこんな風に、歌を一人、囁く事がある、その事実。
 …私は彼を。
 どの様な存在だと思っていたのだろう。
 彼だって、歌を口ずさもうと、こんな瞬間を一人持とうと、奇怪しくはないのに。
 歌う様な事などせず、立ち止まる様な事などせず、唯、遥か彼方、空の向こうだけを見つめて飛び、ギャンブルと云う刹那の時だけを生きる、そんな男だと、私は思っていたのだろうか。
 空の彼方の向こうに、彼が何を『見ている』か、私は考えた事があったろうか…。
「……何やってる?そこで」
 ──上半身だけを晒したまま。
 洩れ聞こえて来た歌に心奪われて、私は気配を殺す事を、忘れていたらしい。
 途切れ途切れの歌は途絶え、不意に彼は振り返って、にやりと私を見た。
「いや、その……」
 視線を外せなかったと、歌うその姿に心奪われたと、私は告げる事が出来なくて。
 罰が悪く、唯、顔を伏せ、答えを濁した。
「上がって来いよ、エドガー」
 そんな私を、彼は笑って、片手で招いた。
「ああ」
 秘密の隠れ家を発見されてしまった子供の様な顔を、その時の私はしていたのかも知れない。
 上目遣いに顔色を窺う様に、彼の瞳を覗き込んだら。
 高らかに、笑われてしまった。
「何だぁ?お前でも、そんな所在無げな顔、するんだな」
「君は私を、何だと思ってる?」
「絶対に、『勝利の笑み』を壊さない王様ってとこかね」
「そんなに何時も、自信たっぷりでいる訳でもないよ。私だってね」
 指を指されて笑われて、憤慨した様に、そんな台詞を口にしてみた。
 『君は私を、何だと思っている?』
 …そう言われても奇怪しくないのは、私の方なのに。
 私は彼を…何だと思っていた?
「何でそんな顔、するんだ?お前が」
 だが彼は、笑い顔を優しい微笑みに変えて、私を見た。
「歌、をね。歌っていたろう?セッツァー。…だからその…邪魔をしてしまったのではないかな、と…」
「別に俺が一人で歌を歌ってたからって、それを聞いちまったからって、お前が恐縮する事じゃないだろうが」
「それはそうだけど」
「おかしな奴だな」
 最後にクスっと笑って、彼は又、前を向いた。
 空の彼方へと。
 見つかって、呼ばれ、隣に並んだは良かったが、じっと虚空を見続けて、彼は黙り込んでしまったから、私は本当に所在が無くなってしまって、唯、風に負けぬ様、彼に寄り添う様にしているしかなかった。
「……聞いた事、あるだろ?お前なら」
「え?何を?」
 ──長い様で短い、風のうねりだけが音を支配した沈黙の後。
 彼は唐突にそう云った。
「さっき、俺が歌ってた歌」
「ああ…。聞き覚えはあるんだが。風が強くて良く聞こえなかったから。…私は何処であの歌を聴いたのかな…。全部聞けば、判ると思うのだけど」
「聴かせてやろうか?」
 遠い昔、何処かで聞いた事のある歌の正体を、首を傾げて私が考え出したら。
 彼は照れ臭そうに笑って、そう申し出てくれた。
「聴かせてくれるのかい?」
「他人に聴かせてやる程のもんでもねえがな」
 ぶっきらぼうに、そっぽを向いて。
 彼は、歌い出してくれた。
 一人口ずさんでいた、歌を。
 

 

 Waldung,sie schwankt heran
 (森は揺らぎつつ来り)
 Felsen,sie lasten dark,
 (岩はそれにのしかかり)
 Wurzein sie klanneren an,
 (木の根はそれに絡みつき)
 stammmm dicht an Stamm hinan.
 (幹は並んでそびえ立つ)

 Wong nach Woge sprizt,
 (波は相追うて迸り)
 Hohle die tiefste,schutzt.
 (奥深き洞窟は人を守る)
 Lowen,sie schleichen stumm-
 (獅子は言葉なく這いまわり)
 Freundlich um uns herum,
 (親しげに我等を巡り)
 Ehren geweihten Ort,
 (清められたる所を)
 Heiligen Liebeshoet.
 (聖なる愛の隠れ家を守る)

 Ewiger Wonnebrand,
 (永遠の喜びの炎)
 Gluhedes Lisbeband,
 (灼熱する愛の絆)
 Siedender Schmerz ber Brust,
 (煮えかえる胸の痛み)
 Schaumente Gotteslusl.
 (泡立つ神の喜び)

 lst um mich her ein wildes Brausen,
 (森も岩根もうねる如く)
 Ais wongte Wald und Felsengrund,
 (荒々しい水音が周りで響く)
 Und doch sturzt liebevoll im Schlund,
 (しかしその流れは親しげにせせらぎ)
 Die Wasserfulle sich zum Schlund,
 (渓へ落ちてゆく)
 Berufen,gleich das Tal zu wassern;
 (そして速やかに谷を潤す)

 sind Liebesboten,sie verkunden,
 (これらは愛の使者であり、永久に想像し続ける)
 Was ewig schaffend uns umwallt.
 (我等の周りに漂うものの到来を告げる)
 Mein lnnres mog'es auch entzunden.
 (それが私の心を燃え立たせて欲しい)
 

 

 ゆっくりと。
 この身の全てと、私達を取り囲む周囲に。
 彼のテノールが染み渡って行くかの様だった。
 そう、思い出した。
 彼が口ずさんでいた、そして今、聴かせてくれた歌は。
 遠い昔、あのオペラ座で聞いた、opera の一節。
 この世の全てに魅せられた、一人の男の物語だった。
 この世界に溢れる物は全て、神の御手の中にあり、そして全ては、我等を祝福してくれているのだと…確か、そんな……。
 ──何故。
 何故彼は、この歌を歌っていたのだろう。
 彼はあの空の向こうに、一体何を見ているのだろう。
 何故こうも、神の御手の中にある我々の全てを、あっさりと受け止めて、神々しいまでに、この詩を歌えるのだろう。
「……おい。エドガー?」
 歌が消えた途端。
 黙り込んでしまった私を、不思議そうに彼は見遣った。
 何かを、云わなければ…。
 そう思って、彼を見上げはするのだけれど、喉の奥から言葉は、出て来なかった。
 善行も、悪行も、自分の中には存在しない…と、彼は何時か云った。
 それは…多分。
 神が真実、この世界に存在するか否かは別としても…彼が、与えられる全ての物を、与えられるままに受け止めて、生きて行けるからなのだろう。
 水の様に、その身の形までも変えて、全てを、穏やかに。
 そうそれは…彼が求めていた空の色が褪せてさえも変わる事無く。
 何も彼もを彼は、あるがままに。
 彼は。
 己が真実立つべき場所の有り様を、誰よりも知っている男なのかも知れない。
 ……私は。
 こんなに穏やかで、こんなに強い男を、知らない…。
「どうしちまった?お前。……何、泣いてやがる?」
「……え?」
 言の葉を、舌の上に乗せる事が出来なくて、唯、彼を見つめたまま黙り続ける私に、怪訝そうに彼は云った。
 ──泣いている?私、が?
「お前を泣かせる様な事をした覚えは、俺はねえぞ?」
 少し、困った風な表情を作った彼の指先が、私の頬に添えられた。
 手の添えられた反対の頬を、自分でも触れてみたら。
 確かに私は、涙を零していた。
「あ…奇怪しいな…私は、何を泣いて…」
 慌てて目尻を擦ってみたけれど、止めどなく溢れてくるそれは、止まってくれそうにも無かった。
「馬鹿。擦ったら…」
 いけない、と、彼は私の手を押さえた。
 そうされてしまったから、私は唯、呆然と、彼の顔を見つめたまま泣き続けるしか、出来なくなる。
「本当に、どうしたよ、お前」
 まるで幼子をあやす様に、泣き濡れた私の髪を、彼はそっと撫ぜてくれた。
「………君、がね。…君と、君が歌ってくれた歌がね…。…そう、余りにも、神々しかったから。だから私は、泣いているんだと思うよ。あの歌の詩の様に、全てを祝福する神がこの世にいるとするのなら…。君は多分、最も彼の想いを理解しているのかも知れない…って…」
「神々しい?俺が?…何を寝ぼけた事を云ってやがるんだか。…俺は子守歌を歌ってやった覚えはないぞ?」
 何とか紡いだ私の言葉を、彼は一笑に付した。
「だって……」
 それ以上、何と告げていいのか判らず、私は又、俯き黙り込む。
「……な、エドガー」
 彼は唯、私を抱き寄せ、髪を撫ぜ続け。
 そして私の名を呼んだ。
「…ん?」
「神様ってのを…お前は信じるか?」
「──さて…。どうかな。存在する事は、するのだろうね。私達が倒す相手は、『神』だから。でも。教典の中に描かれる様な神様と云うのは…どうなのだろうね」
 彼の胸の中で、私はそう答えた。
「俺は…神なんざ、信じはしない。…でもな。この世界の全ては、確かに誰かが決めていて、全てはあるがまま、流れて行くもんで。俺達は唯、その流れの中で、自分の立つべき場所に立ち続けるしか、ないんだろうな。……だけど。本当にあの歌の様に、神ってのがいて、この世の全てが俺達を祝福しているのなら。俺達が足掻けば足掻いた分だけ、あるがままの流れは、穏やかになるんだろう。…そう思うから。だから俺は、あのアリアが好きなんだ」
 くすくすと、私の顔を覗き込みながら、彼は笑ってみせた。
 感極まって流してしまった私の涙も止まったらしく…注がれた微笑みに、同様の微笑みを返す事が、漸く出来た。
「Ehren geweihten Ort, Heiligen Liebeshoet.
 (清められたる所を 聖なる愛の隠れ家を守る)
 ……その為に、君は戦うのかい?」
 微笑みに、私はそう尋ねてみた。
「お前は?」
「………恐らくは」
「俺も、多分…な」
 その、やりとりで。
 私達が思う事が一つだと、私は知る。
「じゃあ……誰の為との『隠れ家』を?」
「その答えは…又、その内に…な」
 ──歌を歌って聴かせてくれた時の様に。
 私を抱き締めていた腕を解いて、心底照れくさそうに、彼は笑った。
「楽しみにしているから。今度、是非、その答えを聴かせてくれ」
 私はそう云って、彼に背を向け、階段を降りた。
 

 甲板から、又。
 彼の口ずさむあの歌が、風に乗って、私の耳に届いた。
 

 

 これは。
 生涯忘れ得ぬ、あの冒険の旅の。
 忘れ得ぬ、彼と私の、思い出の一つである。

 

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、レイさんのリクエストにお答えして。
 『歌うセッツァー』を海野、書かせて戴きました。
 …成功している…かな?(成功しているといいな…(希望))
 何故、この話を陛下の一人称にしたのかは、自分にも謎だったりします(笑)。書き出したら、もう唐突に、エドガーが一人で喋ってた(笑)。
 気に入って戴けましたでしょうか、レイさん(はあと)。

 

 

*作中の詩に付いて*

 

 作中の詩は、実在する歌です。実際に歌っている方は女性の方です(女性の歌う、所謂オペラのアリアでは有りません)。
 歌詞その物は、ゲーテ作『Faust(ファウスト)』の一部分に当たります。
 尚、この詩はドイツ語です。ですが、正しい表記をしますと、特殊な物が含まれ、文字化けをする可能性が大でしたので、普通のアルファベットで表記致しました。ご了承を。

 

 

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