final fantasy VI 『Alexandrite』
このお話は。
『Duende』の、キリ番カウンター『33333』を踏んで下さった、『mie』さんに捧げます。
リクエスト、どうも有り難うございました。
──聴かせろったって……。
ああ、判った、判った。
……仕方ねえなあ。
してやるよ。
あんたの聴きたがってる、『思い出話』って奴を。
俺とあいつの、思い出話。
それを、語って欲しいんだろう?
初めてそれを見たのは。
ああ、忘れもしない。
初めてその存在を知った時から、やたらとカンに障る、胸糞の悪くなる相手だった、ほら……あんたも知ってるだろう? ケフカって名の。
あの魔導師。
あいつを倒した、後だった。
今、こうやって思い起こせば懐かしい、けれど鮮明な記憶となって、俺達の中に生き続けてる、あの冒険の旅の締めくくり。
瓦礫の塔のてっぺんで、何とか討ち滅ぼす事の叶った、あの狂人。
……あいつとの戦いを終えて。
崩れた塔から、命からがら逃げ出して。
へとへとになってファルコンの甲板の座り込んだ俺達の前で、リルムの持っている様な、絵画の為の筆を握った『誰か』が、鮮やかに、奇跡の様に、世界の色を塗り替えて行く最中の事だった。
……そう、それが、一番最初。
たまたま、な。
俺とあいつは、生まれ育ちって奴も、生きて来た世界も、人となりも、纏う雰囲気も、何も彼もが正反対だったのに、何でかヤケにウマが合って、知り合ってから、共に過ごした、色んな事があった、あの旅の中で、親友と云うか、悪友と云うか……そんな関係になってたから。
そりゃ、他の連中も、あの時には、もうとっくに大切な友だったし、大切な仲間だったから、気にしなかった訳じゃねえが……、兎に角……あいつ──そうだ、エドガーの事が、気になって、な。
ファルコンの操舵を握り、空を駆けながら、あいつの方を振り返った。
年がら年中、女共に黄色い悲鳴を上げさせる、『綺麗』な……まあ、俺に言わせりゃ『飄々』ってなもんだが、そんな笑みを浮かべているあいつも、さすがにへばってたみてぇだったから、大丈夫かと……気になって。
操舵の左斜後ろ、そんな処にいた奴に、視線をくれた。
………………そこで俺は、初めて、目にした。
周りの誰にも気付かれない様、そっと顔を伏せ。
泣きそうになるのを堪えていたあいつ、を。
──その時の、正直な感想を云ってもいいかい?
度胆を抜かれた、ね、俺は。
エドガーの奴は、ああいう性格だろう?
国王陛下らしからぬ……良く云えば、気さく、悪く云えば、いい加減、な、女に出す手は早い、気の強い……一言で云うなら……俺とは種類が違うが、『男』。
生まれついた性別の事云ってんじゃねえぞ? 俺は。
……ああ、こいつは、『男』なんだな、そうしみじみ思える、『男』。
そんな奴が、理由が何であれ、人知れず、涙しそうになるのを堪えてる姿ってのを、見ちまったんだ、仰天しても、おかしかぁねえだろ。
──あいつが、な。
何時も朗らかに笑って、何時も他人の事を気遣って、前だけを向いて、人を導く……そう云う部分は、正しく国王陛下、てなあいつでも、泣く事があるなんて。
思ってもみなかったから。
男が泣く事を、俺は悪いとは思わない。
泣くってのは何も、女の専売特許じゃない。
『男』が涙を流す時ってのは、女なんぞにゃ想像も付かない程、重たい理由を抱えてる場合が大半だ。
女のそれとは違って、男のそれは、『武器』になんぞ、なりゃしねえ。
『男』の涙は、それを流すに相応しい『重たいワケ』よりも尚、重たい。
だから。
涙を見せる『男』を、俺は女々しいとは思わない、が…………。
あいつが泣くってのが──ああ、正しくは、泣きそうになったのを堪えてたってのが、それはそれは、意外、で。
暫くの間、奴の顔から目が離せなかった。
──たった今、あんたに云った様に。
男が泣く事を、俺は悪いとは思わないから。
泣きたいなら、泣けばいいのに。
泣く事は罪悪だ、そんな表情をして、あいつが涙を堪えていたから、余計、に。
俺は、あいつから目が離せなくなった。
その時も。
その後、も。
過ぎて行く日々の中、様々な出来事にまくしたてられる様に生きていたんだろう。
あの冒険の最中には、気付けなかったが。
旅が終わって、世界に平和が訪れた後も、カジノでパァッと騒ごうぜ、とか、たまにゃ、のんびりと酒でも呑まねえか、とか。
頻繁にそんな理由を拵えて、あいつを砂漠の城から連れ出してみたり、あいつの元を訪れてみたりしている内に、あの時、何とか溢れる寸前で、エドガーが涙を押し留める刹那を見てしまっていた俺は、それまで以上に奴の事を『注意深く』、見遣る様になっていたから。
何が、あいつの中の『何か』を揺さぶるのか、見当は付かなかったが、ふとした瞬間、やっぱり、泣きそうな顔、泣きそうになるのを堪えている顔、を、あいつが見せる事に、俺は気付ける様になった。
そして、気付いてみれば。
案外奴は、頻繁に、そんな色を頬に浮かべるって事も、知った。
──泣く事は、罪悪。
そんな表情を、浮かべるあいつ。
辛さを堪える『辛さ』を、あの白い頬に滲ませて。
時に、うっすらと眦に雫を乗せるあいつを、俺だけは、見つけられる様になった。
だから。
もう、随分前の事だが。
珍しい酒が手に入ったから、一緒に試してみねえか、そんな誘い文句をぶら下げて、あいつの元に押し掛けて、美しい月が窓辺から顔を覗かせる真夜中、馬鹿話を肴に、杯を傾けてた最中。
ちょいと、な、酒が過ぎたんだろう、調子に乗っちまって、聴いちまったんだ。
──何でお前は。
時折、心底辛そうな顔をして、涙を堪えるんだ?
泣きたい時には泣けばいい。
泣きたい事があるんなら、泣いちまえばいいだろう?
なのに何故お前は。
涙を耐えるんだ? 辛さを飲み込むんだ? ……と。
……つい、うっかり。
そうしたら、あいつ…………。
拵えてた微笑みを、文字通り、凍り付かせ。
杯を掴んでいた手を、微か震えさせて。
紺碧の、両の瞳を見開いたかと思ったら。
そのまま。
…………そうだ……そのまま、瞬きもせず、涙を零し始めた。
名工に造られた、そりゃあ美しい面のビスクドールが、湛え続けなきゃならない永遠の微笑みに疲れ果てて、泣き出したかの様に。
微笑みを崩す事も忘れ。
目蓋を閉ざす事も忘れ。
俺を見つめたまま、杯を掴んだ、美しい面に相応しいだけ美しい指先を、微かに揺らして。
押し殺した声すら上げず……静かに、透明な雫だけを、眦から伝わせたんだ。
……だから、な。
多少の酔いの廻った俺の尋ねた事の、一体何が、それまで塞き止められていたあいつの涙を零させるきっかけになっちまったのかは、判らなかったが。
俺は。
傍らに、てめえの杯を、音を立てない様に置いて。
あいつの、震える指先からも、杯を取り上げ。
……抱き締めた。
それが、『男』の俺が、『男』のあいつを慰めてやるに相応しかったとは……、今にしてみれば思えねえが。
でも……あの時は、そうしてやるのが最も正しいと思えた。
──ああ。
事実、それは『正しかった』。
抱き締めて、胸の中に顔を伏せさせ、黄金の髪を、髪に被われた背を、優しく撫でてやったら、漸く、声を出して泣く方法を知ったと、そう云わんばかりに、あいつは泣き出したから。
『永遠の微笑み』に覚えた疲れを、あいつが忘れられるまで、俺はそうしてた。
…………こんな事、云ったら。
あいつは、怒るだろうと思うが。
その時のあいつの……エドガーの涙は、な。
そりゃあ…綺麗、だったよ。
美しい、そう思った。
柄にもなく、な。
何時か、世界が平和を取り戻した、あの刹那。
絵画の為の筆を握った『誰か』が、鮮やかに、奇跡の様に、世界の色を塗り替えた、あの美しさよりも。
あいつが零した涙の方が、美しい、そう思った。
そして、な。
こうも、思った。
──涙ってのは、何も、哀しい時だけに流されるもんじゃない。
感激に打ち震えた時、喜びに打ち震えた時……そんな時にだって涙は溢れ出るから。
次は、喜びの中で、愉しみの中で、あいつが零す涙を見てみたい……ってな。
つい、そう思っちまった。
少なくともあいつが、俺の前では、涙を堪える必要がないと、そう思ったと云うのなら、今度は、そんな涙を見せて貰いたい。
俺の前で、な。
──透明な涙も、色を変える。
哀しみのそれ、喜びのそれ……。
あんまりにも、美しい涙だったから。
そのどちらも、見てみたいと思った。
俺の前で、涙を流して欲しいと思った。
……俺の前で、だけ。
昼と夜では、纏う色をうつろわせる、Alexandriteの様に。
様々な色をした涙を。
様々な色の面を。
見せて欲しい、と……そう思ったんだ。
…………ん?
……ああ、その願いが叶ったか?
──聴きたいのか? あんた。
結論から云えば、叶った、な。
……と云うか……叶ってた、な。
知りたいか? どう云う意味、か。
────…一等最初。
飛空艇の甲板で、あいつが泣き出しそうになったっての、話したろう?
後になって、あいつが教えてくれたんだが。
あの時、な、あいつ、『冒険の旅の終わり』を、嘆いたんだと。
あいつは、あんな風でも、国王、だから。
抱えてるものは山の様にあって、抱えてかなけりゃならねえものも、山の様にあって。
泣く事も許されず、表情を変える事のないビスクドールの様に、国王として笑み続ける、そんな人生を送ってやがるから。
空に放たれた籠の鳥が、狭い籠の中に戻らなけりゃならない寂しさを、覚えちまったんだと。
そして。
あの夜、奴が泣き出した理由は。
泣きそうな自分に、それを堪えている自分に、気付いてくれる人間がいた、その喜びと。
自分も泣いてもいいんだ、それを知らされて、それまで堪えてたものを、堪え切れなくなった故の涙だった、んだそうだ。
だから、な。
あれから、暫く経った今では。
俺の前だけでは、あいつも良く、泣く様になった。
それこそ、俺が思ったまま。
Alexandriteの様に、くるくると、纏う色を変える……様々な涙、をな。
嬉しい時に流されるそれ、哀しい時に流されるそれ、辛さを堪える時のそれ。
幾つもの色合いを持った……──。
…………そして。
あれから。
俺達の関係にも、少しばかり、変化って奴が訪れたから。
真実、俺しか知り得ない涙ってのも、あいつは見せてくれる様になった。
…………あん?
『俺しか知り得ない涙』、の意味する処?
──それは、あんたが、自分で考えな。
もう、これ以上の思い出話は、俺には出来ないんでね。
End
キリ番をゲットして下さったmieさんのリクエストにお答えして。
『泣く陛下』と云うテーマを、海野は書かせて頂きました。
セッツァーさんの語る、思い出話、と云う形で仕上げましたが、如何でしょうか。
若干、掟破りだったかなー……と、思わなくもないんですが……(すみません…)。
タイトルは『Alexandrite(アレキサンドライト)』、太陽の光と、人工の光の下では、色を変える宝石の名前です。
セッツァーが、「それはあんたが自分で考えな」、とラストで云っていた、『陛下が流す涙』の種類の一つは、皆様の御想像に(笑)。
気に入って戴けましたでしょうか、mieさん。