final fantasy VI

『a cold war』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『88888』を踏んで下さった、『Die Freiheit』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。
 尚、この物語は、リクエストにより、『空を取り戻した日』シリーズの、『第三部設定』に基づいて書かれています。

 

 

 

 

 フィガロシティの、学生街と官庁街の丁度中程に位置する、リストランテの片隅で。
 げんなりとした顔をしながら、マッシュ・レネ・フィガロ二世は、恋人であるティナ・ブランフォードに、切々と訴えていた。
「……それは……大変、ねえ……」
 先程より、延々マッシュに愚痴られている話に、一応、嫌な顔一つせず、カフェオレが、未だ半分程入っているカップを取り上げながら、ティナはしみじみと言う。
「ホントだよ。お陰で昨日から、兄貴の機嫌の悪いこと悪いこと…………。別にさ、兄貴がセッツァーと喧嘩しようがどうしようが、俺達の知ったこっちゃないんだけど。──二人が『ああ』なってから、結構時間経つだろう? その間に兄貴、八つ当たりって言葉覚えちゃったみたいで。一寸ね、女性で言うんなら、今の兄貴、ヒステリー状態」
「それ、さっきも聴いたわ……」
 ──マッシュの兄であり、この国の現・国王陛下、エドガー・ロニ・フィガロ二世が、自身の恋人であり、フィガロ空軍のエースパイロットである、セッツァー・ギャビアーニと喧嘩をしてしまった所為で、酷く迷惑している、と、本日のデートにての開口一番、ずっと文句を吐いている恋人へ、同情を示したら。
 もう一時間近く繰り返されている話を、再びマッシュが言い出したから。
 ティナも又、げんなりとした色を頬に浮かべながら。
 マッシュがこんなに愚痴る程の喧嘩、あの二人がすることが珍しいんだけど……と、頭の片隅で考えながらティナは、カフェオレのカップに口を付けつつ、はふ……と溜息を零した。
 

 

「あのう……。少佐? その…………──」
「──何だ」
「い、いえ、その……えっと……。しょ、書類っ! 先日の懸案の報告書類っ! ここ置いておきますからっ!」
 ────頻繁に利用する、リストランテの一席で、マッシュが、デート中であるにも関わらず、延々と愚痴を零し続け。
 零されて行く愚痴に、ティナがうんざりとした溜息を付いた、丁度その頃。
 官庁街から少しばかり離れた、情報局の一室で、鬼上司、とか、絶対に怒らせてはならない怖いキャップ、とか何とか、部下達には言われている彼──シャドウ、と、人々に呼ばれている彼のデスクの前に立った部下は。
 今の上司には、何処からどう見ても、目には見えない『御機嫌斜めオーラ』が漂っている、と察し、本当は、提出するだけでなく、口頭での報告も添えなければならなかった書類を、シャドウのデスクの片隅に置き、そそくさと上司の部屋から退散して行った。
「あ、おいっ! …………全く……どいつもこいつも……」
 ひくりと唇の端を引き攣らせて、脱兎の如く逃げて行った部下を、シャドウは呼び止めようとしたけれど、別のことに気を取られていた所為で、それは一瞬遅れ。
 逃げられた、とシャドウは天井を仰いで苦虫を噛み潰した。
「大体、何で俺が、あの馬鹿の愚痴を聞かされなければならんのだ……。エドガーの奴と喧嘩をしてしまったと言うなら、とっとと原因を排除してくればいいものを……」
 ──どうやら。
 同じ時刻、マッシュがティナへと愚痴っていたことと。
 部下に逃げられると云う失態を犯す程、シャドウの意識を奪っていた事柄は、等しいらしい。
 尤も、マッシュは兄の八つ当たりを受け、シャドウはセッツァーの愚痴を聞かされた、と云う違いはあるらしいけれど。
 兎に角、そういう訳で、シャドウの機嫌も、今は又悪く。
「本当に、あの二人に関わると、碌なことがない」
 彼は一人、ぶちぶちと文句を呟きながら、部下が置き去りにして行った書類の束を取り上げた。
 

 

『…………っとにさー。そんなことで、わざわざ国際電話掛けてくんなっつーのっ! 俺とセリスは今、フィガロから、とおーーーーーーー……く離れた、裏っ側の国にいるんだよっ。判る? 知ってる? 時差。そっちは昼間でも、こっちは真夜中なんだよ、下らない話で起こすなっ! ──大体っ! セッツァーと喧嘩したってんなら、さっさと謝ればいいだろう? どっちが悪いんだか知らないけどさ、悪い方が悪くない方に謝ればいいじゃん。それだけの話じゃん。どうせ、お前とセッツァーの喧嘩なんて、犬も喰わない以前の喧嘩なんだからさ。じゃあな、切るからなっ』
「……でもね、ロック──」
『でも、じゃない。明日俺達、発掘に行くんだよ、朝早いんだよ、勘弁してくれよ、エドガーっ! それじゃお休みっ!』
 ────マッシュがティナへ愚痴を零し、部下を震え上がらせる程の不機嫌さをシャドウが隠しもしなかった頃。
 執務机の上に頬杖を付きながら、溜息付き付き、惑星の裏側に今はいる友人、ロック・コールへと国際電話を掛けてみたら。
 事情を語り終えた途端、怒濤のようにロックに喚き出されて、一方的に電話を切られて。
「もう……。愚痴にくらい付き合ってくれたっていいじゃないか……」
 エドガーはやりきれなさそうに、フン……と息を吐き出した。
 

 

 ………………同時刻。
 空軍基地の敷地内にある、滑走路の脇、雑草が生い茂る辺りに座り込んで、紙巻き煙草のフィルターを噛み潰していたら。
「随分と、機嫌悪そうだなー……」
 パイロット仲間に、しげしげと顔を覗き込まれて、しみじみと呟かれ。
「……放っとけ」
 ぶすっと、仲間に評された通りの機嫌の悪さを隠そうともせずに、セッツァーは、鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。
「ご執心中の相手と、喧嘩でもしたかー? それとも、異常に仲良しさんの陛下と、喧嘩でもしたかー?」
 が、彼の機嫌の悪さには慣れているパイロット仲間は、彼の恋人と『国王陛下』が同一人物であると云うことを知らぬまま、セッツァーをからかい。
「俺が、自分のプライベートの何に臍を曲げようと、てめえには関係がねえだろうがっ!」
 ガアッと、図星を指されたセッツァーに、噛み付かれる羽目となり。
「……やだやだ、男の八つ当たりは」
 セッツァーの、パイロット仲間は。
 こういう時のこの男には、触れぬに限る、と肩を竦め、ファルコンの為の滑走路を彩る、誠に色気のない雑草達の傍を、早々に去って行った。



 ──セッツァーとエドガーの間に、ぴしりと音を立てて『亀裂』が入ったのは、二日前の話だ。
 ……そう、俗に言う、喧嘩、を彼等二人はしてしまったのである。
 どうして、二人の本当の関係を知る者達には、『色恋に目が眩んだ馬鹿』とすら評される彼等が、一応は、犬辺りだったら食べてはくれるだろう喧嘩をすることになってしまったのか、実の処、もう当人達にも思い出せない。
 唯、二日前──正確には、一日と十数時間前──の真夜中、当事者以外には聞くに堪えない程、『愛に満ちた』話を電話にて語らっている最中、ひょんなことから二人の意見が食い違った故の口論となり、常だったらどちらかが折れてお終いになる筈だったそれが、喧嘩へと発展してしまったことだけは、二人の記憶にも新しい。
 だが、そもそも、何を語らっていて意見が食い違ったのかまでは、セッツァーにもエドガーにも、思い出すこと叶わず。
 二日──正確には、一日と十数時間──にも渡る喧嘩へと発展させてしまうくらいだったら、とっとと謝っておけば良かったと、双方共に『反省』し始めた頃には、時既に遅く。
 基本的に、互い頑固者である彼等だから、自分から折れるきっかけも見つけられず、で。
 誠に誠に傍迷惑ながら、愚痴を零し八つ当たりしまくる、と言った形で、盛大に周囲を巻き込みながら、三十数時間に及ぶ、彼等の『喧嘩』にしては、記録的、とも言える程の『長期間』、セッツァーとエドガーは冷戦状態を続けている。
 

 

 ……だから。
 弟であるマッシュに、セッツァーと喧嘩して以来ずっと、八つ当たりを続けても、ぐずくずと燻る感情を持て余す他なかったエドガーは、国際電話を掛けロックを叩き起こして、が、さっさと愚痴電話を切られた直後。
「どうやって謝ろう……」
 チン……と空しい音を立てつつ受話器を置いて、もう一度、深い深い、溜息を付いた。
 今回の諍いの発端となった言い争いの、その詳細を自身も覚えていないのだから、どちらが悪いのかとか、どちらが謝るべきなきかとか、そんなこと、どうでもいい次元の問題となってるから、さっさと電話を掛けるなり、直接セッツァーの元へと赴くなりして、御免、と告げてしまえばそれで済むことくらい、エドガーも重々承知しているのだけれど。
 口論の最中、我を張ってしまった手前もあって、詫びを言い出すタイミングが、どうしても掴み切れず。
「困ったな……。どうしよう……」
 唯々、溜息と思い煩いを、彼は零し続けるだけで。
 

 

 恐らく──否、間違いなく禁煙である筈の、滑走路脇の雑草の上で。
 何時までも煙草を燻らせ続けながらセッツァーは、がしがしと頭を掻きつつ、空を見上げていた。
 同じ空の下、己の城の己の執務室にて、どうやって謝ろう、どうやってそれを切り出そう、と考えているエドガーとは違い。
 セッツァーは、どうやってエドガーの機嫌を取ろうかと、そんなことに頭を悩ませている。
 口論の発端が何だったのか、例え記憶にあろうとなかろうと、エドガーが悪かろうと己が悪かろうと、そんなことは彼にとってどうでも良いことで、例え自分に非があったとしても、心底の詫びを告げる気など更々なく、恋人の機嫌が直ればそれで問題ない、と考える思考を有しているのが、セッツァーと云う男の有り様なので。
「一度機嫌を損ねると、長いからなあ、あいつは……」
 やれやれ……と彼は呟いて、もう、何本目になるか判らない煙草に、又火を点けた。
 そうして、暫し。
 上官辺りに見つかったら、問答無用で叱り飛ばされるだろう喫煙を続け。
「…………ま、何時ものことだ。仕方ねえから、折れてやるか……」
 彼は、詰まらなそうに独り言を呟き立ち上がって、滑走路脇より姿消した。
 

 

 折角のデートだったと言うのに、延々、愚痴を聞かせてしまったから、とマッシュが言い出し。
 後日改めて、先日のリストランテで待ち合わせ、食事を共にしながら。
 「……それで? 結局、エドガーはセッツァーと仲直りしたの?」
 少しばかり贅沢なランチが、デザートに差し掛かった頃、思い出したようにティナは、そんなことを尋ねた。
 すれば、マッシュは、数日前とは些か趣の違う溜息を零し。
「仲直りはしたよ、仲直りは、ね……。今回のあの二人の喧嘩、一寸派手だったから、三日……もしかしたら一週間は続くかなー、って思ってたんだけど。案外、呆気なく。結局セッツァーが、何時も通り上手く、兄貴の機嫌取ったみたいで」
「なら、良かったじゃない」
「……まあね。土台無理なんだよ、あの人達に長期の冷戦なんて、出来っこない。ま、それでも二日近く続いたんだから、最長記録は更新したけど。──でもさああ……」
「…………でも?」
「何時もよりも、ちょーーーっと派手な喧嘩して、とっとと仲直りして。そこまではいいけど。たった二日、仲違いしてだけだってのに、その二日がよっぽど辛かったのか、あれ以来あの二人、ずーーーーーーっと、ベタベタしっぱなしなんだ。……もう勘弁して下さいって言いたくなるくらい、二人の世界展開されちゃって。あんなん見せつけられるくらいだったら、八つ当たりされてた方が、よっぽどマシだよ……」
 心身ともに辛そうに、げっそりと肩を落としたマッシュは、数日前、延々とティナに愚痴を零したあの日以上に、それはそれは遠い目をした。
「……相変わらず、極端から極端に走る人達ね……」
「所詮は、あの人達だから……。でももう、俺ヤだな……、あの二人に振り回されるの……」
 そうして、マッシュは。
 今更そんなこと言ってみたって仕方ないじゃないの、と目線で語って来るティナが、それを言葉にしようかどうしようか悩んでいるのにも気付かず。
 今度は、仲直りを果たした馬鹿な恋人同士が、如何に『馬鹿を晒しているか』を、己が恋人に語り始めた。
 

 

 フィガロから考えた場合、地理的に、惑星の裏側に位置する某国よりの、国際電話が入っていると言われ。
 何の連絡かと受話器を取り上げてみれば、それは、今は遠い彼方の大地で蠢いている、宝探し屋の妻よりの電話で。
「……どうしてそんなことの確認の為に、お前達夫婦は一々、俺に電話を掛けて来るんだ?」
 電話回線の向こう側より捲し立てられたことを聞き終え、誠に不機嫌そうな声で以て、シャドウは素朴な疑問を口にした。
『だって。あの二人が珍しく喧嘩したんでしょう? どうなったのか気になるじゃない。でも、当人達捕まえて、「仲直りした?」って尋ねるのも何だし。多分貴方なら、あの馬鹿な二人のどっちかから、愚痴の一つは聞かされてると思ったし。だから貴方に電話したのよ』
 げんなりと、電話の主──セリスにそう問えば。
 セリスはコロコロと笑いながらあっさりと、それまで以上にシャドウの機嫌を損ねる発言をし。
「俺じゃなく、マッシュやティナに尋ねても構わんだろうが」
 どうして俺に、白羽の矢が……とシャドウは、遣る瀬ない目をした。
『あら、駄目よ。マッシュはきっと、エドガーに八つ当たりされて荒れてるだろうし、ティナは、荒れてるマッシュの相手させられて、うんざりしてる頃でしょうし。で、どうなったの? あの二人。一応は、これでも心配してあげてるのよ? 皆のこと』
 だが、遠い遠いフィガロの空の下、刹那シャドウが見せた眼差しのことなど、セリスが知る筈もなく。
「間違いなく、貴様の想像通りだ」
 心配している、ではなくて、楽しんでいる、の間違いだろう? と内心で毒付きながらも、うきうきと弾むようなセリスの声音に怒鳴り声を返す気力すら失せさせ。
 端的に事実だけを述べ、シャドウは一方的に電話を叩き切った。
 

 ────さて、舞台は変わって。
 恋人との、約三十数時間に渡る『冷戦』を戦ってしまった所為で、家族や友人や仲間達に、散々迷惑を掛け、八つ当たりをかまし、冷戦に巻き込まれた人々の口より、多量の愚痴を零させ。
 仲直りを果たしたら果たしたで、その余りの『馬鹿っぷり』の所為で、再び、周囲をげんなりとさせている当の恋人達は。
 様々な意味で、仲間達が厄災を被ってる頃。
 あの二人、どうしてくれようか、と嘆き呪う人々のことなど知りもせず、片割れの持ち物である高層マンションのペントハウスにて、いちゃいちゃと、二人の世界に浸っていた。
 直接の原因不明のまま突入してしまった、セッツァーとエドガーの仲違いは、何時も彼等が交わしている痴話喧嘩同様、セッツァーが上手くエドガーの機嫌を取る、と云う形で回復していたから。
「どうしようか、今晩の夕食。外に何か食べに出る?」
「ん? 俺は別にどうだっていい。お前の好きにすればいいさ」
 数日前、珍しく盛大な喧嘩をしたことも、その喧嘩の所為で、友人達に被害を及ぼしたことも忘れ去っているとしか思えない会話を交わし。
 久し振り──と言っても、実際は数日振り──に過ごすこととなった、二人きりの夜を、どうやって楽しもうかと、そんな相談を交わすに終始していた。
 

 

 尤も。
 因果応報と云う奴で、後日、この恋人同士は、彼等の八つ当たりの被害者である家族や友人達より、八つ当たりを仕返される運命を辿ることとなるのだけれど。
 そのようなこと、今の彼等に知る由もなく。

 

End

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さったDie Freiheitさんのリクエストにお答えして。
 『第三部設定で、三日以上続く喧嘩(冷戦可)』と云うテーマを、海野は書かせて頂きました。
 ……が、御免なさい、第三部のお二人さん、デキあがってしまったが最後、喧嘩しない人達なんです(笑/痴話喧嘩は別よ)。
 例え喧嘩しちゃっても、「あー、はいはい」ってノリでセッツァーが折れて、それでお終い。
 ……非常に判り易いバカップルです(素)。
 なのですみません、こんな形で……(ごにょごにょ)。
 冷戦、三日続いてもいなければ、陛下、泣き暮らしてもいないので、多大に、リク内容に沿ってないんですが……。

 気に入って戴けましたでしょうか、Die Freiheitさん。

 

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