final fantasy VI

『Gamble holiday』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『140000』を踏んで下さった、『坊屋 桃』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 それは『彼等』の、とある休日の出来事。
 

 その綺麗な面に浮かべる綺麗な笑みを、人前では余り崩すことがない、エドガー・ロニ・フィガロは。
 あからさまに、表情を歪めた。
 彼は、鉄面皮という訳ではなくて、砂漠の国フィガロの国王という生業柄、鉄面皮を装っているだけだから、恋人や仲間達や、親しい者の前では、表情豊かになる方だけれど、彼の中には彼なりの『節度』があって、滅多なことでは渋面など、晒しはしないが。
 それでもその時はさすがに、思い切り、嫌味も込めて、不機嫌そうな、苛立った表情を拵えずにはいられなかった。
 ──彼が、セッツァー・ギャビアーニという希代のギャンブラーと、恋人同士という関係を築いてより、暫くが経つ。
 エドガーとセッツァーの二人が、知り合い、そして、恋人、という関係を築くようになった切っ掛けの出来事は、今となっては、『少々の過去』の出来事で、だから、過ぎ去ってしまった彼等の冒険の日々を語るのは、昔語りという奴になってしまうから、この場では差し控えるけれど。
 兎に角、『少々の昔』、彼等は、数名の仲間達と共に冒険の旅と日々を送り、その冒険の旅と日々が終わって久しい今、セッツァーとエドガーの二人は、同性同士ではあるけれども、恋人同士である。
 そして、恋人同士である彼等は、恋人同士らしく。
 その日、この世で唯一人だけの飛空艇乗りでもあるセッツァーの艇──この世にたった一つだけ残された、飛空艇ファルコンにて、逢瀬の時を過ごしていた。
 片や、お固いフィガロの国王、片や、碌でなしなギャンブラーと、立場も生き方も真逆な彼等は、こうして時を共に過ごすのも、余りままならないし、一般的な恋人同士が過ごす、恋人同士としての時間に比べれば、極々僅か、としか言えぬ程度の、『刻の共有』しか出来ないけれど、いざ、恋人同士として時間を、となれば、長い間連れ添い続けた二人のように、穏やかに、そして、優しく、時を。
 ……だが、常ならば何処までも、穏やかで、そして優しい筈の時間の中で、エドガーは思い切り、つまらなそうに、不機嫌そうに、顔を歪めた。
 彼が、そんな表情を浮かべることになった、そもそもの発端は、一寸した戯れ言にある。
 希代のギャンブラー、との、誉れと言うか、悪名と言うかが高い恋人とは、どうしたって肩を並べられないが、エドガーとてこれまで、強運にも、悪運にも、大層恵まれた人生を送って来ていて、故に彼も又、セッツァー以外の者には、ギャンブルだろうと何だろうと、余り負けた試しがない。
 そんな、一寸した過去の栄光がない訳でもないエドガーは、事ギャンブルに関して、セッツァーに負けっ放しであるのが、少しばかり気に入らなく。
 相手が、それこそ『希代のギャンブラー』だと、頭では判っているのだけれど。
 そう言えばこの間、二人でカジノに潜り込んだ時にも、結局セッツァーには勝てなかったなあと、そんなことを思い出してしまった所為もあって。
 その日の逢瀬の最中、エドガーは、一寸遊ばないかと、恋人を誘った。
 趣味であり、生き甲斐であり、飯の種であるギャンブルで遊ばないかとエドガーに誘われて、セッツァーが、嫌と言う筈がなく、だから二人は、先ず、カードゲームを始めた。
 ポーカーから始まって、バカラ、ブラックジャック、ブリッジその他、e.t.c。
 けれど、一度たりともエドガーが、セッツァーに勝利を治められることはなくて、むう、と機嫌を損ねた彼は、カードでの勝負を捨て、今度はダイスで恋人に挑んだ。
 …………けれど、言わずもがな、結果は何処までも変わることなく。
「一回くらい、手加減してくれたっていいのに」
 むっつり、とした顔で、むっつり、とした声を彼は放って…………、現在に至っている。
「手加減して貰って勝って、嬉しいか?」
 機嫌を損ねまくっているのが、ありありと判るエドガーの面をちらりと眺めて、でもセッツァーは、ケロッと答えた。
「……嬉しくない」
「だろ?」
「でも、ハンディくらいくれたって……」
「やってるだろうが、ハンディ。お前とのお遊びの時は、イカサマは一切、なしにしてやってる」
「それは、ハンディじゃなくて、当然のルールっ!」
 拗ね、機嫌を損ね、プッと、頬を膨らませ加減にしている恋人をからかうのが、楽しいのだろう。
 何処までも、しれっとセッツァーは科白を重ね続けて、からかいめいた恋人の言葉にエドガーは、直接座り込んでいた床を、バシンと片手で叩き掛けた。
 そうして彼はそのまま、山程重ねて凭れていたクッションの一つを抱え、床と仲良くしそうになって、ふと。
 何かを思い付いたように、傾げ掛けた体をひょいっと元に戻し、にっこり、セッツァーを見つめた。
「………………何だ?」
 ──経験上、にっこり、としか例えようがない、極上の部類には入るだろう笑みを恋人が浮かべた時は、碌でもないことを考えていると、セッツァーは知っている。
 だから、ほんの少しばかり身構えて、床の上にて掻いた胡座の片膝に頬杖を付きながら上目遣いを作って、エドガーをねめつけた。
 だが、希代のギャンブラー殿の恋人もこなせる、変な所肝っ玉の据わった国王陛下は、臆することなく、笑みを深め。
「思い付いた」
「……何を」
「イカサマだろうがそうじゃなかろうが関係なくて、賭け事として成立して、それでいて私にハンディが得られて、且つ、勝算のありそうな勝負」
 にっこりとした笑みを、少々意地の悪そうな笑みへと塗り替えつつ、床に打ち捨てられたままだった、ダイスとカップを取り上げた。
「ほう、どんな」
 思い付いたGameなら、自分にも、勝利の可能性は有り得る、とばかりに、仄かな自信を垣間見せたエドガーの口振りに、一寸した興味を引かれて、セッツァーは続きを促す。
「例えばね。三十分なら三十分、という区切られた時間の中で、君が、ダイスを振り続ける勝負をしよう? 一度も誤ることなく、私の言う通りの目を、三十分間、君が出し続けられたら君の勝ち。一度でもしくじったら私の勝ち。……どうだい? 乗る? セッツァー」
「…………乗るのはいいが、お前、それで本当に、自分に勝算があると思ってんのか?」
「思ってるよ。少なくとも、馬鹿正直に、君とカードやダイスの勝負をするよりは、遥かに勝算があると思えるから。君が、思う通りにダイスの目を出せるのは判ってるけれど、長い間続ければ、もしかしたら一回くらい、しくじるかも知れないだろう?」
「……まあ、お前がそういう勝負をしたいってんなら、俺は構わないが」
 お前は一体、俺とどんな勝負をしようってんだ? と、恋人に尋ねられるまま、思い付いた内容をエドガーは語って、聞き終えた話に、セッツァーは呆れめいた溜息を付きつつ、エドガーの手の中に今はある、ダイスとカップへ、片手を伸ばした。
 

 

「……んー。じゃあ次は、一と六」
「…………はいはい。一と六、な。──…………エドガー。お前、やる気あんのか……?」
 ──彼等が勝負を始めて、そろそろ二十分が経とうかという頃。
 自ら言い出した通り、エドガーは、セッツァーに出させるダイスの目を口にし続け、セッツァーは、言われるままに、ダイスを振り続けていた。
 勝負が開始されてからそれまで、幾度となく転がされたセッツァーのダイスは、一度も指定された目を違えることはなくて、その有り様に、いい加減嫌気が差したのか。
 やる気があるのか? と、思わずの勢いで零されたセッツァーの愚痴が示す通り、エドガーは、カップからダイスが現れる瞬間、ちらりと視線を走らせるのみになっていて、それ以外は恋人を見ようともせず、やはり、床の上に転がされたままだったカードで、至極いい加減な占いもどきを試してみたり、カードのタワー作りに挑戦してみたり、と。
 手慰みに興じていた。
「やる気? あるよ? ……ああ、又、私の言った通りの目を出したんだ。さすがだね。三十分も単純作業を続ければ、集中力も切れるかと思ったんだけど。そう上手く、事は運ばないねえ」
「お前な……。だから始める前に、俺が──」
「──そこまで。言いたいことは判ってる。……じゃあ次は、そうだねえ……、四と三でも。適当に。……ほら、後五分もダイスを振り続ければ、君の勝ちだから」
「……っとに……。──四と三、な……」
 何処からどう見ても、やる気の欠片も感じられない恋人の態度に、勝負を吹っ掛けて来たのはお前だろうと、セッツァーも流石に、声を荒げ掛けたが。
 エトガーは、あっさりそれをいなし、再び、作り途中のカードタワーに視線を落としつつ、どうしようもなく適当に、次の目を出せと、恋人をせっついた。
 …………正直な処、これ以上続けてみても、勝敗の行方は変わりようがないから、セッツァーはもう、例え後五分限りの我慢でも、したくはなかったのだけれど。
 どうせ、それを訴えてみたとて、我が儘な恋人は納得しないだろうと、半ば諦めの境地で、何回目になるかも見失ったまま、ダイスを振った。
 ────カップに放り込まれたダイスは、カラン、と高い音を立て、その後も、セッツァーの手の動きに合わせ、カラカラと鳴り続け。
 床に置かれたカップと共に、コン、と再度鳴り、動きを止める。
 そうして、静かになったカップをセッツァーが取り上げれば、中からはこれまで同様、エドガーが言った通りの目を晒している二つのダイスは、姿を見せて。
「次は?」
 後、二回もこれを振れば、やっと勝負は終わる、と。
 ギャンブラー殿は、安堵に近い笑みを浮かべた。
「次、かあ……。そうだねえ……。じゃあ、一と一、がいいかな。そろそろ、三十分経つし。終わりには、終わりに丁度いい目がいいだろう?」
「まあな。──あー、一のゾロ目、ゾロ目、と……」
 いい加減、鬱陶しくなってきたダイス勝負が、間もなく終わる事実。
 後一回、一のゾロ目を出せば、怠さから開放される事実。
 それ等に、開放感を得たのだろう。
 安堵めいた笑みを、それまで以上に深くして、セッツァーは、誠軽快にダイスを振って、それまで以上に威勢良く、カップの中に放り込んだ。
 投げ込まれた二つのダイスは、カツっとカップの底に当たって、ギャンブラーの指先が操るまま、くるりと廻り始めて……──。
 …………と、その時。
「……ねえ、セッツァー」
 カードタワーを拵えるのに夢中だった──とセッツァーの目には映っていたエドガーが、不意に、伏せ加減だった面を上げて、恋人の名を呼んで。
 自身へと視線を流しながらのセッツァーが、正にカップを床に伏せようとした、その刹那を狙いすまして、シャツの背に這う長い銀髪を、渾身の力を込めて、引いた。
「…………痛っ……。……エドガー、お前、何しやがる……っ」
 目尻にうっすら、涙さえ浮かばせる程強く、己が髪を引かれたセッツァーが、抗議の声を放つも。
「………………あーあ。同じこと、散々繰り返させられて、嫌気が差した頃に、不意打ちの一つも喰らわせたら、手元が狂うかと期待したのに……」
 何とかダイスを零すことなく床に伏せられたカップを取り上げて、中の目を確かめたエドガーは、残念そうに、肩を落とした。
「端っから、そういう魂胆だったのか、お前」
 むう、と唇を尖らせた性悪な恋人を、引かれた銀の一房の、その根元を片手で押さえて、セッツァーは睨み付ける。
「うん。まあ、結果的にはそういうことになるね。……御免、痛かった? でも、本気で引っ張った訳じゃないし、髪が抜け落ちた訳でもないだろう? 君は、髪が薄くなるのを気にしなきゃならない質でもないだろうし」
 けれどエドガーが、反省の色を見せることはなく、何処までも悪びれぬ様子で、こんなこと、些細な悪戯、と、ペロリ、舌を出してみせたので。
「…………エドガー」
 酷く不機嫌そうな顔を作って、セッツァーは、直ぐそこに座るエドガーを、更に手招いた。
「……ん?」
「俺は三十分間も、お前に吹っ掛けられた勝負に付き合ったよな? で、挙げ句の果てに、こんな仕打ちを受けたよな?」
「……うん、そうだね。だから、御免、ってば」
「なら。本当に悪かったと思ってるなら。今度は俺がお前に吹っ掛ける勝負に付き合え。──お前が音を上げたら俺の勝ち、音を上げなかったらお前の勝ち」
「…………? 音を上げる? 何の? ……って、セッツァーっっ」
 そうして彼は、問答無用の勝負を吹っ掛け。
 やはり問答無用で、恋人を床へと引き倒し。
 腕の中から上がった苦情と悲鳴を、右から左へと流して。
「自業自得っつーんだ、こういうのを」
 『性悪猫』にはお仕置きが必要、とばかりに、エドガーの衣装を、剥ぎ取り始めた。
 

 

 ──それは『彼等』の、とある休日の出来事。
 一寸した『賭け事』に興じてみた、とある休日の。
 

 ……そして彼等の休日は、未だ暫く、続く。

 

End

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、桃さんのリクエストにお答えして。
 『ギャンブラーなセッツァー/若しくはセッツァーとエドガーが二人一緒にいる所』というテーマを、海野は書かせて頂きました。
 頂いたリク内容を、足してニで割ってみたつもり、です……。
 兎に角、格好良いセッツァーを、というご要望だったんですが、格好良くはないやね……。すいません……(しょぼん)。
 セッツァーさん、肩書きの一つが『希代のギャンブラー』ですんで、今までに何回か、ギャンブルネタ書いてまして、なので、これまでに書いたのとは、一寸毛色の違いそうなのを、と思ったんですが、毛色、違い過ぎたかも知れません。うう……。

 気に入って頂けましたでしょうか、桃さん。

   

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